第9話 サファイア、ついに仕掛ける。
「魔力を温存しろなんて言わないわよね!?」
「あぁ、もちろんだ!」
「ここは僕に任せて!」
「まだ敵が残っている! トパーズ、右!」
私たちは張り切っていた。
手強いモンスターばっかりだけど、そんなこと関係ない。
これまでのような偉い人から命令されてのお使いなんかじゃなくて、困っている誰かのために戦う。
何だろう? この湧き上がってくるこの高揚感は?
パーティの一体感が私を熱くする。
大丈夫! 私たちはイケる!
スキのない連携にみんな手ごたえを感じていたと思う。
こうして私たちは怒涛の快進撃を続けていた。
本当は馬車を使うような距離じゃなかったけれど、ケチってなんかいられない。
高熱でうなされる娘さんのことを思えば、できるだけ急がないといけない。
行き帰りで馬にムチを打って走らせた。
馬には本当に申し訳ないが、休みなしで頑張ってもらう。
街の中までは乗り入れることはできないので城門のところで馬車を降りると、後は一番足の速い私が領主屋敷まで走ることになった。
白くて可愛いチックルの花束を抱えて一心不乱に駆けていく。
大通りにはいつも祭りがあるのかと思ってしまうぐらい人が溢れている。
そんな私の行く道を邪魔する彼らの間を多少乱暴にすり抜けて走る。
息も絶え絶えに、やっとのことで領主屋敷に到着すると、呼吸も整えず庭を突っ切り扉を勢いよく開けた。
不躾は承知の上だ。
誰かを呼ぼうとして息を吸い込んだ矢先、私の視界へ入ってきたのは、人形を抱えて楽しそうに走り回っている領主の娘の姿だった。
その瞬間、途轍もない脱力感が体を襲い、私はその場にへたり込んだ。
あ…ありのままに起こったことを話す……気力もない。
ただ一つ言えることは、私たちの受けた衝撃は決してチャチなものではなかったということだ。
私たちは前回も通された応接間に案内され、前に会ったときよりもさらに丁寧に応対してくれる領主ホルスさんからの出迎えを受けた。
怪訝な表情を見せる私たちにあの後何があったのか、ホルスさんが説明してくれた。
私たちが屋敷を出たあと、滅多に顔を合わせない友人が現われて、その彼がたまたま高熱に効く薬を持っていたらしい。
そしてその薬を使ったら娘さんが見事に回復したという。
すぐにでも私たちを追いかけなければいけないところだったが、仕事が立て込んでいて伝令を動かすこともできなかったらしい。
……そう言われても、どこか釈然としないというのが正直な感じ。
とはいえ、領主といえば王様に当たるようなような偉い人だし。
そんな彼が何度も頭を下げて世話をかけた、迷惑をかけたと謝罪してくれたのだ。
こちらとしても、あまり大きく出るわけにもいかない。
みんなで顔を見合せて、ここは矛を収めることになった。
取りあえず娘さんが元気になったのだから、それでよしとしよう。
一応、モンスター討伐任務の達成名目で手間賃を頂いた。
交渉しなくても往復の馬車の料金もきちんと頂くことができた。
お医者さんにも挨拶をと伝えたら急に顔を曇らせて、暇を与えたとそっけない返事。
それが意味するのは、恩給なのか厄介払いなのかは判らなかったし、首を突っ込む気にもなれなかったので私たちは何も反応しなかった。
ホルスさんもそれ以上のことをいうつもりは無さそうだし。
ただ花を渡す相手がいないのでどうしようかと相談すれば、結局その花も買い取って貰えることになった。
最後までホルスさんは申し訳なさそうに、ありがとうと言ってくれた。
そして私たちは、元気になった娘さんに見送られて屋敷を後にした。
「あの人たちは誰?」と侍女さんに尋ねる娘さん声を、私のよく聞こえる耳が捕らえたが、流石にそのことはみんなには言えなかった。
私たちは宿屋に荷物を置くと、そのまま無言で酒場に直行した。
まだ早い時間だが、山を降りてから飲まず食わずで頑張ってきた私たちには関係ない。
まずはお腹に何か入れないとやっていられなかった。
やけ食いやけ酒で腹を満たしながらの愚痴大会を繰り広げる。
まぁ、基本的に愚痴るのはクロード一人だけど。
みんなも本当はホルスさんを悪いとは思っていない。
クロードも当然それはわかっているはず。
……でも到底納得できない。
私たちの真心を返せ!
そんな気持ちが胸の中に渦巻いているのも事実。
彼は私たちの言いたいことを全部言ってくれている感じでぶちまけた。
少なくとも私が胸に抱えていた何とも言えないモヤモヤした気持ちを代弁してくれていた。
きっとみんなもそう思っていたはず。
私たちはそんな彼を宥めながら、少しずつ怒りを納めていった。
特にクロードはこの仕事に強い思いを込めていた。
きっと彼は娘さんとマインズのレスター君と重ねていたのだと思う。
あの子のおかげで今がある。あの子に恥じないように生きていく。
本当によく彼の話の中に出てくる。
一度も会ったことがないけど、レスター君は今のクロードを支える大きな柱の一つであることは疑いようがない。
私もいつかそんな柱になりたいと願っている。
ようやく冷静になってきた私はこの前ほど店内に活気が感じられないことに気がついた。
まだ昼前とはいえ、全く景気のいい声が飛んでいないのだ。
見渡すとこの店の元気の象徴ともいえるアリスちゃんがいないことに気が付いた。
まだ出勤前なのかなぁ。
そう思って他の給仕さんを呼び止めて聞いてみると、もうこの街には居ないとのこと。
そもそも駆け込みで数日働きたいという話だったらしい。
それを聞いてちょっとがっかりしているウチの男二人組。
実際、店の売り上げもガクッと落ちたらしい。
というよりもアリスちゃんがいる時だけ異様に売り上げが伸びたらしい。
確かに彼女は魅力的だからなぁ。
あの華やかさにクロードもトパーズも目を奪われていたのは気づいていた。
……せめて私も彼女のように積極的にならないといけないかなと思う。
このまま何の進展もなければ、またルビーの気持ちがクロードに戻ってしまうかもしれないし。
今のうちにもっと大胆に。
アリスちゃんのように女性らしく。
この前貰ったリボンをそっと撫でる。
……ねぇアリスちゃん、お願い。私に力をちょうだい。
結局あのままグダグダと飲み続け、夕方店が込み合う頃にフラフラとした足取りで宿屋へと戻った。
そのまま今日はお休みという流れに。
私もみんなと同じようにベッドに入ったものの、変に興奮してしまったせいかいつまで経っても眠れなかった。
仕方がないので宿屋の中庭で体動かすことにした。
同室のルビーを起こさないようにゆっくりと部屋を出る。
ルビーもたまに訓練付き合うようになったが、今日の彼女はさすがに魔力も体力もすっからかん。
ベッドの中で規則的な寝息を立てている。
月明りの差し込む中庭で準備体操をしていると、宿屋の扉が開きクロードが出てきた。
「あっ、サファイアか……」
誰もいないと思っていたのか少し驚いたように目を丸くしていた。
「……クロードも眠れないの?」
「いや軽く一眠りしてから起きた。……さっきはゴメンな」
愚痴大会ことを言っているのだろう。
むしろ私の方が代わりに言ってくれてありがとうだ。
「いいよ。私はいつも強いクロードが弱みをみせてくれるの嬉しい。……頼られているなって思うから」
今の私はアリスちゃんみたいに可愛い笑顔を見せているのだろうか?
私につられるようにクロードも少し力の抜けた笑顔を見せてくれた。
「まだちょっとだけモヤモヤが残っているから、訓練につきあってよ」
折角のクロードからのお誘いだ。
断るわけがない。
「もちろんいいよ」
私は軽く構えて準備万端だということを見せた。
お互い素手で何回か組み手を行い、ようやく一息ついた。
私はボーっと花壇の縁に座って、井戸の水をかぶり体を冷やすクロードを眺めていた。
月明かりで、引き締まった体に滴る水が輝いて、彼がいつもよりも格好よく見えた。
彼は最後に喉を鳴らしながら水を飲むと大きく息をつき、私に並んで腰かけた。
「……ありがとう。スッキリしたよ」
「……私も。これで眠れそう……」
そしてお互い沈黙の時間が続いた。
別に世間話をしてもいいけど、そんな気にもなれず二人で静かに月を見上げていた。
「……ねぇ、クロードはルビーのことどう思っているの?」
いきなりの問いかけに、クロードは少し困ったような顔をして考え込んだ。
「……まぁ、頼りになる仲間だよ」
そして当たり障りのない答えが返ってくる。
……当然といえば当然だよね。
「……私は?」
彼の発する言葉を一言も漏らさず聞くために集中する。
「サファイアも……まぁそんな感じかな」
「……そっか」
これも仕方ない。
「じゃあ、……アリスちゃんは?」
「ん? ……あの娘は……知り合いかな?」
「……だよね」
クロードも今晩の私に何かを感じたのか、こちらを一切見ないでひたすら月を見続けていた。
「私はね。クロードのことは頼れる仲間だなんて思ってないよ。トパーズのことはそう思っているけど……」
「……えっ?」
少しだけ傷ついたような顔をしてこちらを向いたクロードの唇に不意打ちでキスをする。
目を見開くクロード。
……やってしまった!
もう後には引けない。
覚悟を決めろ。サファイア!
何か言おうとするクロードより先に言ってしまえ!
深呼吸して一気に捲し立てた。
「私はクロードのことが好き! クロードは特別! ただの仲間だとかそんなんじゃない!」
「えっ?」
「別に返事が欲しいわけじゃないから。私の気持ちだけ知っていてくれたらいいから。それだけで十分だから。変に気を使ったりしないでね。……おやすみ!」
何が起こっているのか理解していないクロードを残して、私はダッシュで部屋へと逃げ帰った。
ベッドに入ってからも結局興奮して眠れなかった。
明日もあるから早く眠らないといけないのに。
シーツを頭から被り、目を閉じるも全く眠くならない。
……告白しちゃった。
生まれて初めて告白した。
こんなにドキドキするなんて。
お父さんやお母さんもこんな風だったのかなぁ。
なんて、ふと山に住んでいる両親を思い出してみたり。
……ううん、きっと全然違うと思うな。
だって山にはクロードみたいにカッコいい人いないし。
見ているだけで胸が苦しくなってくるほどの男性なんていなかった。
ようやく落ち着いてきたのもつかの間、次に頭に浮かんだのはあの感触。
……初めてキスしちゃた。
男の人の唇ってあんな感じなんだ……。
あの感触を思い出しながら自分の唇を撫でる。
クロードの顔があんなに近くにあった。
きれいな目だったなぁ。
もう一回したいなぁ。
そして次に襲ってきたのは不安。
……どうしよう。
明日からクロードが私のこと邪険にしたら。
そうなったとしても、こんなこと絶対にルビーには相談できないし。
でも、まだ起こってもいないことで悩んでも仕方ないよね。
私は一晩中そんなことをグルグルと考えていた。
……あぁ、でも幸せかも。