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2周目は鬼畜プレイで  作者: わかやまみかん
4章 補領ロゼッティア編
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第8話  領主ホルス、クロードに薬の調達を願う。


 今朝の執務中、冒険者を名乗る一行が我が屋敷を訪ねてきたと報告を受けた。

 何でも、娘の病気について手助けできることがあれば協力するとか、そのようなことを申し出てきているらしい。

 確かに娘はこの数日間高熱が続くという大変な状況なので、有難いことではある。

 だが、何故このことを一介の冒険者が知っているのか?

 真っ先に考えたのは、娘のことを気に病んだ誰かが彼らに漏らしたということだ。

 この屋敷で働いている者は決して少なくない。

 娘はそんな彼らから愛されている存在だと思っていても、決して親の贔屓目ではないだろう。

 ただ、医者からは命に別条はないと聞かされている。

 代々領主の侍医を務めてきた一族の長である彼は、我々の身体を知り尽くしているのだ。

 当然、娘の病気に関しても全て任せてきた。

 私自身、彼には全幅の信頼を置いているし、何より彼以上の医者がこの街にいるとも思えない。

 ……それでも私はこれは何かの巡り合わせでははないかとの思いが湧きあがり、彼らを招き入れることにしたのだ。



 娘の治療に勝手な口出し手出しをされるのは医者としての矜持が許さないのか、彼は終始乗り気ではない様子で無愛想に冒険者一行に対して病気の講釈を垂れていた。

 その中で一応熱を下げる薬があることはあるという話が出てきた。 

 チックルの花がどうとか……。

 以前娘にも使ったことがあるという。

 あまりにも熱が下がらない時にはそれを使うこともあるそうだ。

 ただ、現在持ち合わせがないと。


「……ならば採ってきたらいいじゃないですか?」


 クロードと名乗る青年が躊躇うことなく、真っ直ぐな視線で尋ねた。

 ……実は私も今そう思った。口には出さなかったが。


「……簡単に言ってもらっちゃ困る。山には魔物が棲みついておるし、儂らじゃどうすることもできん」


 医者は彼の視線から逃げるように俯いた。

 後ろ暗いことをしている訳ではないのだが、その仕草に少しばかり不信感が生まれる。


「でしたら僕たちが行きましょうか? その為にこちらへ伺ったのですから」


「……そうしてくれるならありがたいが、ちゃんと分かる人間が見極めないと同じ花でも全く効果がない。根っこを使うから慎重に採取しないといけないしな」


 そして花についての説明が始まった。

 花弁の開き方がどうのとか、大きさがどうのとか。

 相変わらず面倒臭そうに。


「その花なら知っていると思う。ムルの大樹の根の近くに生えている花だよね。うちの村でも使っていたから」


 今まで聞き役に回っていたサファイアと名乗る女性が口を挟んだ。


「……あんたの国では大樹をそう呼ぶのか?」


 彼女が頷いた。


「それならば話は早いな。ここから少し離れた高い山にその大樹の群生地がある。この町の西門から出れば正面に見える山だ。ただ季節的にはもう終わりに来ている。見つかるといいが……」


 どうやら彼らが取りにいってくれる流れになったみたいだ。

 彼らを屋敷に迎え入れたことが上手く転がったようだ。

 この運命の出会いをマール神に感謝しないといけない。



「……何故山に棲まう魔物を放っておいたのですか? 今からでも軍を使って魔物討伐できないのでしょうか?」


 今までの流れを断ち切るように沈黙を続けていたトパーズという男が口を開いた。

 ……実にもっともな話だ。

 ここからは私が事情を説明した。 

 そもそも我が領の軍隊は国の義務で徴兵した分のみで編成される最小限規模に留めている。

 これは補領全般に言えることで、帝都に対して叛意がないと証明するためでもある。

 そしてその軍は現在女王国への牽制の為国境付近に派遣している。

 ……確かに魔物を放っておいたのは私の責任だ。

 だが今から魔物に退治に向かうといっても遊兵がいない。

 国境を詰めている軍の一部を山の魔物退治の為に裂くのは公私混同だ。

 娘の病気よりも国の安寧が最優先。

 国を守るのが私にとって最重要事項なのだ。


「トパーズ。こういう時こそ、自由に動ける僕たち冒険者の出番じゃないのか?」


「……あぁそうだな」


 クロード君の真摯な問いかけに、トパーズは簡単に引き下がった。

 残りのメンバーは拍子抜けしていたようだが、彼は仲間の反応には一切構わず再び黙り込んだ。



 私にはトパーズが何を言いたいのか分かった。 

 これはギルドの創設理念にかかわる問題なのだ。 

 自分のため、そして弱い者のために動く人間を支えるために作られた組織、それが冒険者ギルドであり、冒険者は軽々しく権力に従ってはいけないと決められている。


『こういう時こそ、自由に動ける僕たち冒険者の出番じゃないのか』


 トパーズはクロード君からその言葉を引き出さなければいけなかったのだ。

 権力者である私の私兵としてではなく、困っている私個人を助けるため動くと宣言させるため。

 それを目の前の私に理解させるため。

 だから彼はあえて現状を再認識させるための言葉を投げかけた。

 ……ならば私も筋を通さねばなるまい。


「……領主としてではなく一人の父親として、君たちに花の採取をお願いしたい」

 

 私は深々と彼らに頭を下げた。

 横にいる医者が止めようとしたが、それでも私は下げねばならなかった。


「もし君たちが無事に花を持って帰ってきてくれたとしても、領主の権限を使って厚遇することはできないし、相場通りの謝礼しか出せない」


 彼らは黙って私の話を聞いていた。


「ただ、君たちが何か困った状況に陥ったとき、恩人の一人として何かできることがあれば必ず何とかしよう。……それでいいだろうか?」


 彼らは真剣な面持ちで頷いてくれた。


 

 最後にクロード君は娘の顔を見たいと願い出た。

 医者はやはり軽々しく見せることを反対したが、私はそれを了承した。

 静かに娘の部屋に入る。

 数日間付きっきりの妻の顔色も悪い。

 ベッドで眠る娘の息が荒い。


「……こちらの冒険者の方々が、熱を下げる薬の材料を取りにいってくれることになったよ」


 何もできない親の私たちの代わりに、危険を顧みず魔物の棲む山へ。


「……どうかよろしくお願いします」


 それを聞き、涙を流し頭を下げる妻。

 クロード君がベッドに近づいて、そっと娘の頬を撫でた。

 それは娘を撫でているようであり、他の誰かを重ねているようであり。

 ただ、その優しい表情の中に彼の決意を見た気がした。



 クロード君たちが屋敷を去ってしばらくした後、再び侍女から娘の件で面会したいという女性が現れたと報告があった。

 アリスと名乗る女性が高熱病について話したいことがあると申し出てきたという。

 ……高熱病。初めて聞く病気だ。

 娘の病気は風邪ではなく、高熱病というのだろうか?

 それにしても娘の病気の件はいつの間にこれほど広まっていたのだろうか。

 これからもこの用件で訪ねてくる人が出てくるのだろうか。

 娘が愛されているといえばそうかもしれないが、正直なところ得体の知れない人間はなるべく屋敷に入れたくはないというのが本音だ。

 如何なものかと医者に相談すれば、当然のように怪しいから追い返せという。

 解熱の薬ならば彼らに頼んだはずだと。

 女性を拒絶する流れになった私たちに侍女が訴えてきた。


「高熱病に効く薬を持っているから話だけでも聞いて欲しいといっていました。もし追い返すならもう二度と来ないと……」


 何ということだ。これは半分脅しに近い。

 本当に薬を持っているならぜひ会いたいのだが……。

 招き入れることは弱みを見せるのと同じことだ。

 帝国領主としては避けなければならない。

 ふと視線を上げると目の前で侍女が泣きそうな顔をしていた。

 彼女が娘のことを本当の妹のように可愛がってくれているのは、妻や娘の話からも度々聞くことがあった。

 だから藁にもすがりたい思いなのだろう。

 その気持ちは痛いほどわかった。 

 横では医者が首を振っている。

 確かに怪しい人間から薬を受け取ることなんてできない。

 その結果、もし娘の身体に取り返しのつかないことが起きたとしたら……。

 それでも高熱病という初めて聞いた言葉が私の頭から離れなかった。


 

「さて、……まずは通して頂き感謝します」


 アリスと名乗る女性はやや不機嫌な顔をしていた。

 私が勧める前に来客用ソファに腰掛けこちらを睨みつける。

 確かに考える時間が欲しかったので、少しばかり待たせてしまったことは申し訳ないが、領主相手にその態度は不遜だと言わざるを得ない。

 しかしその振る舞いが許されるぐらい、彼女自身が風格のようなものを身に纏っていた。

 身なりも決して派手ではないが、それでも我が領の貴族女性より立派な服を着ている。

 ……一体、()の娘だ?

 私と医者が向かいに腰を掛けるのを待って、彼女は話し出した。

 

「こちらがチックルの根を乾燥させて粉末にしたものです。小さじ一杯ほどのコレを水に溶かして飲ませてください。熱が下がるはずです。あと涼しくて暗いところに保管すれば、娘さんが成人するまでの分はあるはずです。……どうぞ」


 そう説明しながら布袋いっぱいの薬を私に押し付けてきた。


「本物かどうかもわからない怪しげなものを受け取ってはなりません。それに薬なら今、冒険者が取りに行っています。……お前のような身元の分からない人間の薬を受け取れるか!」


 アリスは彼女に暴言を吐く医者には見向きもしないで私を見つめていた。

 私という人間の器を量るかのように……。

 意を決して私は目の前に差し出された袋を受け取った。 

 そんな私を見て微笑むアリス。


「ホルス様!?」


 医者は声を荒げるが、娘の薬と聞いてそれを撥ね退けられる父親がいるだろうか?

 私は侍女にアリスの指示通りに薬を飲ませるよう伝えた。

 ……彼女を信じよう。

 私は腹を括った。

 


「……まずは医師殿。高熱病について知っていることを」


 アリスは顎で医者に対して答えろと命令する。

 厳しい目で医者を睨みつけるその表情には殺気さえ感じさせた。


「……貴様、何を偉そうに」


「早く答えなさい!」


 医者はその気迫に押されて、しぶしぶ答えた。


「……厳密に高熱病という病気はない。特効薬もない。これは幼少期特有の発熱で長期間続くのが特徴だ。熱を下げる以外の方法はない。……ただ命に係わることは少なく、成長すればその症状もなくなる」


「そうですね。大体合っています。……ですが、たとえ命に係わらなくても発熱が長期に渡ると体の発達や運動機能の一部に障害が残ることがあります。そのことをお忘れでは?」


 ……そうなのか?

 問い詰めるように医者を見るが、彼はこちらには目を合わせなかった。

 知っていて黙っていたのか?

 それとも知らなかったのか?


「帝国領のほとんど地域では、高熱病の対処法としてできるだけ早い解熱をするよう徹底されているのですが……。なぜ医師殿はそうなさらないのですか?」


「チックルの花の群生地である山には魔物がいるのだぞ。私たちのように戦えない人間にどうしろというのだ」


「それならば温室の薬草園を造ればいいじゃないですか。少なくとも本領の街には必ずといっていいほどありますよ。補領でも大きな街ならあります」


 吐き捨てるように呟く医者に対して、間髪入れず問い詰めるアリス。

 その話し方は丁寧だが、言葉の端々に怒りが籠っていた。


「冒険者が取りに行ったとおっしゃいましたが、今の季節では花が咲いているのかもわからないのですよ。その点、温室なら常に温度を管理することができます。……するべき仕事をせずに、命を運任せにするなんて医師としてあるまじき行為ではありませんか?」


 医者にそう断じると、アリスはこちらに向きなおった。


「確かに温室作りには大金がかかります。その維持にも。そして何より特別な知識が必要です。おそらくこちら医師にはそれを造る能力が足りていないと思われます。……私としましては速やかに別の医師を採用することをお勧めます」


「ふざけるな! 私以上の医者がこの国に居るわけないだろう!」


 彼女は俄かに信じられないと目を見開き「そうなのか?」と無言で私に尋ねた。

 私はそれに黙って頷く。

 実際彼は医者の中で一番力がある。

 我が国の医者は彼ら一族の人間とその門下生たちで構成されていた。



「……そうですか。ですが、クビにした方がいいと思いますよ。娘さんの薬自体は私が持ってきた分で足りるでしょうが、この地域で高熱病に苦しむお子様はきっと貴方の娘さんだけではありませんからね。……病気に対する知識が乏しい、薬草園も造れない、粉末にして保存する技術すら持たない、そんな役立たずをいつまで抱え込むおつもりですか?」


「黙れ娘! 今すぐ帰れ!」


 声を荒げる医者を完全無視し、少し考え込むアリス。


「そうですね。……じゃあテオドールさんにでも相談してみますか?」


 しばらくの沈黙の後、いきなり出てきた名前で一瞬にして部屋の中が静まり返った。


「ご存じありませんか? ポルトグランデのテオドールさん」


「……もしかして本領執政官のテオドール=ターナー殿のことかな?」


「えぇ。私の知っているテオドールさんはその人だけですね」


 恐る恐る尋ねる私に対してこともなげに答えるアリス。

 本領執政官と言えば、私のような領主と肩を並べる地位にある。

 帝都における重要性でいうなら我々領主以上ともいえる。

 しかもテオドール殿といえば傑物として有名な人物だ。

 ……ただ一方で何か企んでいるとの話も。

 その結果、帝都から敬遠されているとも。

 その様な人物を軽々しく()()付けで呼べる彼女は一体何者なのか?

 それに彼女が今まで再三に渡って口にした『医師』というのは、確か帝都の上流階級で使われている言葉のはずだ。

 考え込む私の様子で何か勘違いしたのか、彼女は笑顔を見せた。


「もし、伝手が無いのでしたら私の名前を出して下さい。『アリスと名乗る生意気な小娘』と伝えれば向こうも必ず分かってくれます」


 ……一応自分でも生意気だと自覚しているみたいだ。


「テオドールさんならいい医務官をたくさん抱えていますよ。……温室建造の為の資材もすぐに準備してくれるはずです」


 ……これで本当に上手くいくのか?

 娘のようにつらい思いをしている子供たちを救うことができるようになるのだろうか?

 もしそうなら帝都から睨まれているような後ろ暗い人物でも助けを求めるべきなのか?

 そんなことを考えているときに、先程の侍女が部屋に駆け込んできた。


 

 彼女から熱が下がったとの報告を受けて、娘の部屋に走った。

 ベッドの脇では妻が涙を流して娘の手を握っていた。

 額に手を当てると明らかに先程よりも熱が引いており、娘も穏やかな寝息を立てて眠っていた。

 再び応接室に戻ると、アリスが笑顔で迎えてくれた。

 ムスっとしたままの医者とは実に対照的だった。

 ……お前は娘の無事も喜べないのか?


「どうでしたか?」


「……ありがとう。無事に熱が下がったようだ」


「そうですか。それは何よりですね。……では私もそろそろお暇します。……あぁそういえば、冒険者に薬の依頼をしていたと言っていましたね?」


 ……あぁ、すっかり忘れていた。


「彼らには悪いことをしてしまいましたね。……どうか一仕事終えた彼らには、必ずねぎらいの言葉をかけてあげてくださいね。……それと、できれば私の名前は彼らに教えないで頂けますか? 正直恨まれたくありませんから……」


「……もちろんそうさせてもらうよ」

 

 確かに人助けして恨まれるのは納得いかないことだろう。

 それにしても見ず知らずの冒険者にまで気を掛けることができるというのは、それだけで素晴らしいことだ。

 纏っている風格とも勘案するに、帝国の大物かそれに準じる人物だと容易に想像できた。

 少なくともただの街娘であるはずがない。

 だが彼女が素性を明かさない以上、今はそれを探るべきではないということだろう。


「必ずテオドールさんに連絡取ってくださいね。私からも手紙を書いておきますから」


 何から何までありがたいことだ。


「あぁ、そうさせてもらう。……いつか必ずこの恩は返させてもらうよ」


 私の声に頷き、アリスは屋敷を後にした。



 そして、私はその場で医者に暇を与えたのだった。


 

 



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