第6話 山岳国軍部隊長ジェス、南征軍に参加する。
我が国の歴史上において、こんなに楽な進軍というのはあったのだろうか?
まずは適当に街を包囲する。
その後、将軍閣下が例の『キャンベル状』なる書状の写しをあちらの代表の眼前に突きつける。
大抵向こうはそれだけで武器を捨てて、悔しさを滲ませ天を仰ぐ。
それでも、まだ抵抗するならば俺たちの力を味あわせるだけのこと。
どうせ相手には援軍も無い。こちらが一方的に蹂躙して向こうが白旗を揚げる。
ただそれだけの話だ。
あとは数日間、街でひたすらタダ酒タダ飯で大騒ぎし、イイ女を抱く。
どうせ聖王国の男どもは、俺たちに牙をむくことすら出来ずに黙って睨みつけることしかできない腑抜け野郎どもだ。
そんなヤツらの殺気立った視線が俺たちをさらに奮い立たせるのだ。
そしてようやく酒が抜け始めた頃、再び進軍開始する。
街の大小あれど、俺たちはこれらを繰り返していた。
何て簡単なお仕事!
これでさらに制圧の特別給まで頂けるなんて!
山岳国の兵士でよかった!
聖王国に生まれ落ちようものなら……なぁ?
いやはや『キャンベル状』様々だ。
そもそもこれが無ければこんな楽な進軍は成り立たなかった。
キャンベル卿とやらも一体何を考えていたのだか。
いくら切羽詰まっていたとはいえ、敵国の我らにシシル以北を譲り渡すなんて。
しかも外交文書として残すなんて不用意にも程がある。
何よりその状況を作り出したハルバート候の恐ろしいこと。
あの御方は王国と和平交渉を行いながら、すでに俺たちにエリーズ制圧を命令していた。
結果、和平交渉に賭けていた王国側のスキを突く形になり、簡単に彼らを追い出すことができた。
挙句、追い出された王国軍は反撃することもなく、そのまま背中を見せてノコノコ逃げ帰りやがった。
その上、この期に及んでまだ和平などという夢物語にすがる気だったとは!
俺たちはそのマヌケさに腹を抱えて笑ったものだ。
そして極め付けがあの『キャンベル状』だ。
エリーズ制圧後間もなく、アレが将軍閣下の元へ送られてきたのだ。
いや、閣下も驚いてたね。俺たちもみんな目を疑ったよ。
「何だこれは!?」
ってな。
で、その後大爆笑したよ。
それからは本当に出発の日が待ち遠しかった。
ライオットからの援軍が早く合流できるように、毎日お星さまに祈ったね。
童心に帰るとはこのことだろうな。
「おやつは10Gまでなら大丈夫ですか?」
ってな感じでみんな浮かれていたのを覚えている。
そうやって俺たちは今まで聖王国に煮え湯を飲まされてきた恨みを晴らしていた。
兵士たちが好き勝手しても、誰一人咎める者などいない。
むしろ閣下自ら率先してこの状況を楽しんでおられた。
本国には「順調に進軍しております」とだけ報告していると聞いていた。
いやはや、話のわかる閣下殿だ。
こうして俺たちはこの世の春を楽しんでいた。
だが、こんな楽しい日々もいつかは終わるもの。
この宴会旅行の終着点、北都シシルが少しずつ近づいていた。
シシルと言えば芸術の都とか何とか言われているらしい。
……全然興味はないが。
金目の物があるなら手をつけたいところだが、たぶんバレるとヤバい。
俺たちが街に入ったときから、きっと我が国の領土扱いになるからな。
芸術品の数々も王様のものになるのだろう。
それでも上手いことやって一攫千金を狙ってみたいものだ。
そんなことを考えながらも、俺は部隊長として包囲を実行する兵士たちの監督をしていた。
制圧後しばらくはハルバート候の指示を待つ為、この街に待機するそうだ。
いつものように兵士たちは新しい街での飯、酒、女の話で盛り上がっていた。
……まったく、緊張感のないヤツらめ。
そういう俺も実はその気になっていたのだがな。
無事包囲完了すると閣下は俺たち部隊長を伴って街の代表者と会談を設けた。
そして例によって『キャンベル状』を見せるものの、何故か代表であるシシルの市長に完全無視された。
今までは偽物だと反発するか、肩を落とすかの二択だったのに。
閣下も少し驚いていた。
「我が国は聖王国などという国ではない。水の女王国だ。よってその書状には何の意味もない!」
それがシシル市長の言い分だった。
なるほど、どうやら俺たちが進軍している間に聖王国は消滅したようだ。
何ともあっけないことだ。
「……何だと、これを無視するのか?」
閣下は書状を市長に突きつけ低い声で恫喝し、暗に武力行使を仄めかす。
「無視するも何もない。そこに書かれている名前の人間は我が国の役人ではない。そんな人間の書いた物など見るだけ無駄だ。帰って頂こう」
交渉決裂だな。
ならば目にものを見せてやるだけの話だ。
俺たちは席を立った。
だが市長は不敵に笑う。
「……我が国の女王は帝国皇帝の側室だぞ。その意味が分かっているのか? ……お前たちは本気で帝国と戦争するつもりなのか?」
「……戯言を。お前たちの無力さを思い知らせてやる」
閣下はそれを一笑に付した。
全くだ。
皇帝の側室だと?
そんなヨタ話に縋るほどコイツらは追い込まれているのか?
あの書状のキャンベルにしろ、この市長にしろ、聖王国の人間のアタマの悪さには驚かされてばかりだ。
「あと数日持ちこたえれば、女王陛下が援軍届けて下さることになっている。お前たちこそ覚悟はできているのだな? 自分たちの決断で山岳国の歴史を終わらせる覚悟を……」
「黙れ!」
閣下が一喝する。
まだ言うか?
そんなくだらない話に付き合うヒマはない!
さぁ戦闘開始だ。
戦闘が始まると相手は徹底的な籠城戦術を取った。
余りのその徹底ぶりにこちらは攻めあぐねる。
本当に女王は兵を出すのか?
どれぐらいの軍勢なのか?
圧倒的有利な状況にも関わらず、徐々に焦りが出てきた。
どれぐらい時間が経ったろうか、突然街の中から大歓声が沸いた。
いきなりのその声に思わず身構えてしまう。
それと同じくして、閣下から包囲を解き、敵後詰部隊を迎え討てとの連絡が入った。
そうか、援軍が来たのか。
思っていたより早かったな。
意外と女王国とやらは戦争が得意なのかもしれない。
閣下の指示に従い、迎え撃つ態勢を作る。
敵が目視できる段階まで近づいてきた。
派手にはためく旗が見える。
見覚えのある王国旗。
こっちの旗は情報として入っている女王国旗。
そしてあれは……帝国旗なのか?
本当に帝国軍が来たというのか?
包囲を解き戦列を整えた瞬間、それを待っていたのか援軍と連携し挟み撃ちに入ってくる街防衛軍。
戦況は一気にこちらが不利になった。
「一旦、ローナに退くぞ!」
閣下は早くも、先日制圧した街を指定して撤退を始めた。
仕方なく前線の俺たちも慌てて撤退準備を始めた。
しつこく追ってくる敵を相手にこちらは必死で応戦しつつ後退する。
……本当に鬱陶しい。
ある意味この南征における初めての本格戦闘で俺たちはロクに戦わせても貰えずに敗走した。
そもそも軍の頭が真っ先に逃げる戦争で勝てというのが無理な話だ。
おまけに帝国までもが参戦するなんて、そんなこと聞いていない。
閣下はこれからどうされるおつもりなのか?
俺たちは何とか占拠していたローナに戻り態勢を立て直すことができた。
すぐに仮司令室として接収していた元庁舎で部隊長を集めた会議が開かれた。
「何が起きたんだ!?」
将軍閣下が俺たちに怒鳴りつける。
……知ったことか!
「……女王が皇帝の側室だって話あったよな。あれは本当なのか?」
俺は隣に座る同僚に小声で尋ねた。
もしそうなら、俺たちは確実に帝国を敵に回していることになる。
やばい。本当にやばい。
先ほどの戦闘は知らなかったで済むかもしれない。
だが帝国の旗と認識した上で、もう一度戦闘すればもう言い訳はできない。
それでも戦うのか?
それとも撤退するのか?
全ては閣下の判断に任されていた。
俺たちはそれに従うだけだ。
その結果、本国から詰め腹を切きらされるようなことになっても、全て閣下が決断されたことだ。
それが上に立つ者の責任というヤツだ。
所詮俺は部隊長でしかない。
閣下はその重圧を感じているのか、沈痛な面持ちで黙ったままだった。
俺たちの視線に耐えられなくなったのか。
「……取りあえず本国に相談する。それまではここで待機」
と言い残し、席を立ち上がろうとした。
が、その時一人の兵士が飛び込んできた。
「ウチの兵士が街で酒を飲んで暴れていたら、武装した市民が襲いかかってきました! すでに何人か殺されてしまいました。どうしますか? 取り敢えず向かってきた市民はある程度返り討ちにしましたが……」
「クソッ! もう一度アイツらに分らせてやる!」
血気盛んな部隊長の一人が叫ぶ。
「やめろ! そんなことをすれば、帝国を完全に敵に回してしまうかもしれない!」
閣下が慌てて止める。
「一旦、兵士たちはこの庁舎に避難させろ! ……いや。ここは危ない。全員街を出る!」
結局閣下の命令で街を出て野営することになった。
撤収する俺たちに罵声を浴びせ石を投げつける民衆。
彼らもすでにシシル郊外の戦闘の情報は入っているのだろう。
今までとは違う剣幕でこちらを睨みつけている。
……調子のいいヤツらめ!
俺たちはオマエらのそういうところが大嫌いだ!
頭に血の上った兵士が飛び出そうとするも周りの仲間に止められていた。
閣下から余計なことはするなとの達しが出ていたからそれに従ったまでだが、止めた側の兵士の表情にも苛立った感情がありありと出ていた。
……何でこんなことになるんだか。
俺もやり切れない思いで街を後にした。
ツイていないときは悪いことが重なるものだ。
深夜、野営地で宿直仲間と街からかっぱらってきた酒を飲んでるときだ。
今まで聞いたこともないような轟音がした瞬間に、さっきまで目の前で笑っていた仲間が吹っ飛んだ。
人間っていうのは意外と遠くまで飛ぶモンなんだなぁ。
そんな風に俺の思考が停止している間にも襲撃は続いた。
……なぁ、アイツ等ってもしかしてバカなのか?
何でこんな夜中に攻めてくるんだよ。
夜襲は基本戦術の一つだとわかっているが、実害を受ける側としては理不尽そのものだ。
囲まれているのか、四方八方から絶え間なく途轍もない威力の魔法が飛んでくる。
辺りは真っ暗なため魔法使いがどこに潜んでいるのかさえわからず、ただ、身を伏せることぐらいしかできない有様だ。
聖王国と戦うということは魔法使いと戦うというのと同じ意味だと分かっていたのだが、実際俺は魔法使いと戦った経験は数える程しかない。
それも前線に送られてくる程度の低レベル魔法使いだ。
他の連中だってそうだろう。
そもそも高レベル魔法使いである上級貴族が最前線に出てくることがありえないからな。
ましてや夜襲に使うなんて……。
なんてことを考えていたらあることに思い当たる。
……あぁ、そうか。
アイツら国が無くなったから、もう貴族サマじゃないのか。
妙に納得しながらも、それがわかったからといって何か対処法が浮かぶものでもない。
寝起きの回らない頭で北も南も分からず逃げ惑う兵士を魔法が無差別に襲う。
その一撃によって彼らが飛ばされるのを俺は横目で見ながら、どうか自分にだけには当たらないようにとキール様に祈りながら伏せていた。
結局、貴族だか元貴族だかの襲撃は夜明け前まで続いた。
魔法が止んでしばらくすると、ローナの街の方角から大歓声が聞こえてきた。
さながら英雄の凱旋といったところだろう。
俺たちはその雄叫びを聞きながらゆっくりと伏せた体を起こし、身体に積もった土を払い、黙々と撤退準備を始めた。
どの街にも立ち寄らず一気にエリーズまで引くとの閣下の号令があり、行軍を開始する。
振り向けば、かつて野営地だった場所には大きな穴がいくつもできており、その周辺にはさっきまで仲間だったモノが転がっていた。
大きく溜め息をつき、俺もエリーズに向けて足を引きずるように歩きだした。
……本当に最悪の気分だった。