第5話 ドーティ、夢にまで見た鋼の剣を作る。
最近になってようやく王都――厳密にいえば旧王都から援助物資が届き始めた。
その物資の中に帝国の刻印が押されているものが混ざっている辺りに何か思うところがあるのだが、それでも女王がマインズのことを気にかけてくれているということがわかって、俺を含めた大部分の民衆は歓迎の雰囲気だ。
町長も胸を撫でおろしているところだろう、
武器屋の俺からしてみれば、この国が帝国になろうが女王国になろうがやることは同じだ。
朝早くから武器を打ち、それを売る。
破損した武具を修理して、時間が来たら店を閉めて、飯食って寝る。
気が向いたら酒場に繰り出す。
基本的にそんな感じだ。
そんな毎日を過ごしていた昼下がり、役人二人組が唐突な感じで店に現れた。
彼らは無言で入ってきて、店に置かれている武器を手にした。
そして納得した様子で顔を見合せて頷きあう。
……俺は何か悪いことしたのか? 俺は捕まるのか?
そんなことを考えながら、表面上は冷静を装いながらも内心恐怖に震えている俺に近づいてくる役人たち。
「……ドーティさんで間違いありませんね?」
物腰に似合わず、やわらかい口調で話しかけてくる。
「……はい、……そうですが……」
そして、女王国の軍部の役人と名乗った彼らは、何日か店を空けなければいけないが一緒に来てほしいと命令に近い要請をしてきたのだった。
ミュゼは王都より南西にある港町だ。
俺も何度か洞窟を越えて来たことがあるのだが、あの頃とはすでに別の町へと変貌していた。
あちこちで立派な倉庫や工場が建設されている。
港も拡張されていて、大きな船が何隻も入れるようになっていた。
その中のとある施設に集められた俺も含めて五人の鍛冶屋たち。
何人か知り合いもいた。
みんなで不安そうな顔を見合わせながらも、一応目で挨拶しておく。
後でゆっくり話すことにしよう。……それができるならば。
そうこうしているうちに役人が現れた。
後ろには職人らしき人物も三人ほど控えていた。
「これより、皆には鋼を使った武器を打つ講習を受けてもらう」
……鋼ってあの? 帝国でしか見られないあの?
メッチャ高い武器だよな? お前ら見たことある?
そう言って俺たちは顔を見合せて小声で尋ね合う。
っていうか、そんな要件ならあんな紛らわしい態度でここへ連れてくるなよ。
ざわめく中で「静粛に!」との声が響く。
「えー……、此の度はこちらにおられる帝国の技術者の方々から教えて頂けることとなった。我々としては皆には一刻も早く鋼の武器を打てるようになってもらいたいと願っている。是非励んでほしい」
その後、役人から紹介を受けて、控えていた技術者たちが笑顔で頭を下げた。
帝国の人間というのは偉そうな者だと勝手に思っていたが、意外と穏やかなようだ。
これならば仲良くやっていけそうだ。
「無事、技術を継承できたものは、女王国認定の鍛冶屋として登録されることになる。認定されれば国から鋼を打つための新しい窯の無償提供を受けることができ、さらに鋼塊の優先取引権も与えられことになる」
再びざわめく俺たち。
さすがにこれは破格すぎるだろう。
王国時代には考えられないことだ。
「但し、こちらの武具発注分を優先的に作成してもらうという義務も負っていただく。もちろん代金は国が責任をもって支払う。そこは安心してもらいたい」
義務というほどの悪い話ではない。
寧ろこれは女王国という安定した顧客がつくことを意味する。
それより、早く鋼を打ちたい。
俺はそんなことを考えていた。
それからひたすら武器を打つ日々が続いた。
慣れない道具や設備に四苦八苦しながらも、新しい発見に心躍る毎日。
帝国の職人たちも丁寧に教えてくれたおかげで、確実に俺たちは技術を身につけていった。
連帯感も高まり、講習が終わったら毎晩酒場に繰り出した。
生まれ育った国など関係なく、うまい酒を飲み、ただの武器職人仲間として、武器や食い物、女の話で盛り上がる。
こんなに充実した日々を過ごしたことがあっただろうか。
そう思えるぐらい俺は楽しんでいた。
自分自身でコツを掴めたと実感できた頃、俺は満を持して煩悩剣を打ってみることにした。
試作を重ねること数本、ようやく形になってきた。
先生たちの評価も上々だった。
「さすがマインズのドーティだな……」
そんな仲間も声も聞こえた。
気を良くした俺は、さらに煩悩剣の作製に没頭していった。
そんなある日、見慣れない明らかにお偉いサンと分かる人物が役人と帝国の職人たちと話しているのが見えた。
気になってそちらを観察していると、職人の一人が俺を指さした。
それを受けてお偉いサンがこちらにやってくる。
「君がドーティだな。……剣を一本頼みたいのだが。貴人が所望だ」
この熱気が篭り金属音と大声が響く場所に似つかわしくない、役人特有の冷たい視線と温度を感じさせない声に緊張する。
おそらく、これが卒業試験のようなものだろう。
何故か俺はそう思った。
今までの先生たちの教え、仲間たちと試した技術、そしてアリスのあの感覚。
それら全てを出し切り、俺は今の自分に打てる最高の一本を生み出すことに集中した。
みんなに見送られながら馬車に乗って、完成した一振り『新・煩悩剣』を携えて王宮を訪ねた。
追い返されないか心配しながら番兵に事情を話すと、あっさりと通されてやや拍子抜けするも、今度は広いエントランスに度肝を抜かれた。
マインズの町長屋敷とはケタ違いの豪華さに目がくらむ。
どこに行けばいいのか全く分からずに立ちすくんでいると、あの偉いサンが現れた。
彼に先導されるまま謁見の間とやらへ向う。
本当に緊張する。
礼儀作法も知らないし、不敬なことをすれば殺されるかもしれない。
アンタがもう少しこちらに気を使ってくれれば、こんな思いしなくてもいいのに……。
俺は勝手に前を歩く彼に八つ当たりしながら、何とか精神の均衡を保っていた。
「アリシア=ミア=レイクランド陛下の御成りでございます」
待てと言われた位置で膝をつき頭を下げてじっとしていると、そんな声が聞こえた。
王国を滅ぼすなんてことをできるのはどんな女性なのか興味があったが、とりあえず頭を下げたままの姿勢で待機していた。
衣擦れの音が聞こえ、玉座に腰かけた気配がした。
「……こちらが、彼の一振りでございます」
俺を先導してきた偉いサンが剣を献上した。
しばらくの沈黙の後、女王のゆったりとした足音がこちらに近付いてきた。
俺の緊張も最高潮を迎える。
「……これは本当に素晴らしい剣だわ。……よく頑張ったねドーティ」
一瞬にして蘇るあの最高の日々の記憶。
忘れようがない声。
その声を聞き、俺は思わず頭を跳ね上げてしまった。
そこにいたのは紛れもない、あのアリスだった。
声も出ない。
少し見ないうちに更に綺麗になった。
……いや、そうじゃない!
なぜ彼女がここに!?
彼女が女王なのか!?
俺の頭の中が訳のわからないことになっている。
取り敢えず落ち着け、俺!
そんなことを考えながら呼吸を整えているうちに、彼女は見たことのない真剣な面持ちで後ろを向いた。
「レッド」「はっ!」
アリスの問いかけに、明快な声で騎士が応じる。
「待たせたわね。あの時の約束を果たすわ。これは貴方の剣よ。……受け取りなさい」
「はっ」
片膝をついて受け取る騎士。
「振ってみて」
騎士は言われるまま、縦に横に振る。
あぁいい音だ。
感触も気に入ってくれたらしい。
満足そうな表情をしていた。
それを見てアリスも笑顔になる。
やっぱりかわいいな。
「クロエ」「はい」
今度は穏やかな笑みを浮かべた貴婦人がおっとりと答える。
こちらの女性の方が俺の頭にあった女王像に近いかもしれない。
「この剣に炎属性の付呪をしてお願いしたいけれど、いいかしら?」
「もちろんでございます」
炎属性ってコトは……それじゃあ、ナニか?
……えっと、伝説級の……俺の剣が?
何かエライことになった。
アリスはあたふたしている俺のことはお構いなしで、別の役人から何かの書状を受け取った。
「これが王家御用達武器職人の認定書ね。これで貴方はこの国の一流職人よ」
そういって彼女がそれを差し出す。
「光栄に存じます……」
どう言ったらいいのかわからないが、何となくそんな感じの言葉で受け取った。
「……何畏まってるの? ドーティのくせに」
吹き出すアリス。
ドーティのくせにって……。
いくらなんでもヒドすぎるぞ。
「……久しぶりね。あのときは本当に世話になったわ」
さっきよりも砕けた言葉のおかげで、俺も少しだけ気分が楽になった。
「この人は私の恩人なのよ」
アリスが広間の全員にそう紹介する。
それを受けて一同が俺に頭を下げた。
さすがにこれは照れる。
「こちらこそ、まさか女王陛下だったとはつゆ知らず……。何のおもてなしもできず、大変申し訳なく……」
何か言わなければと思うのだが、うまく言葉が出てこない。
「あぁ、違う違う。あのときはまだ普通の冒険者だったから。国を奪ったのはその後のこと」
それから彼女があの後どのように国を取ったのか、さらっと話してくれた。
簡単に言ってくれるが、あの俺の店にいたアリスがここまでのことを成し遂げるとはイマイチ想像できなかったので、何かのおとぎ話を聞いているような感覚だった。
「……いやそれでも恐れ多いことです。……皇帝陛下にも申し訳ない」
女王になる前とはいえ、自分の妃が男と二人っきりで一つ屋根の下という状況は、皇帝にとって腹立たしい限りだろう。
下手すれば何かの処分が下るかもしれない。
「……何それ? 何で皇帝がここで出てくるのよ?」
俺の漏らした一言にアリスが被っていた女王の仮面を外し、あの頃の口調に戻る。
周りを見渡すと全員俺が何を言ったのか、全く理解できていないようだった。
仕方なく、俺はゲイルに聞いた話をすることになった。
女王国は帝国と手を組んだこと。
それの交換条件として女王は皇帝の妃になったこと。
そのおかげで女王国は帝国からありとあらゆる援助を受けるようになったということ。
実際それを裏付けるように、俺が今まで学んでいた技術やマインズに届いた物資は帝国のものだったということ。
この話は俺だけじゃなく、武器職人仲間もみんな知っていたということ。
それらをたどたどしくも真剣に説明していたのだが、話すたびにあちらこちらから小さな笑声が巻き上がる。
気になって仕方ないが、それでも俺は頑張って説明した。
話し終えると、堪らないようにアリスが爆笑した。
それにつられてみんなもこらえきれず笑い出す。
あの貴婦人然とした佇まいのクロエも口に手を当てて笑いを堪えていた。
正直何を笑われているのか全く理解できないまま、俺はただその場でじっとしていた。
「詳しい話はできないけれど、確かに帝国と連携しているということは事実よ。でも皇帝の妃になった覚えはないわね。そもそも、今まで一度だって皇帝に会ったこともないしね」
アリスはこともなげに否定する。
その言葉に少しホッとしている俺がいた。
「……でも、この誤解は使えるわね……。折角だから、この噂はそのまま野放しにしておきましょうか。上手くいけば『あちら』へのいい牽制になるわ」
彼女はしばらく目を瞑って考え込む。
その間、謁見の間に重い沈黙が続いた。
やがて、目を開くと彼女は口を歪ませて笑った。
あの色男冒険者にタダ剣を売っぱらったときの、あの顔だ。
「シルバー」「はい」
後ろに控えていた穏やかそうな顔の役人が前に出てきた。
「貴族御用達の服飾店で、分かりやすい偽名を使って妊婦用のドレスを何着か注文しておいて頂戴。私の名前は絶対に出さないこと。とある貴族の女性が欲しがっているとだけ。……貴方が何者なのか、誰がドレスを欲しがっているのかは、知りたい人間が勝手に調べてくれるはずよ。後は……そうね、ブラウンにも、シシルに進軍するときは帝国の旗も一緒に掲げるように伝えておいて。それも出来るだけ目立つように、と。……この際、使えるものは徹底的に利用しましょう」
相変わらず、えげつないな。
でも、これがアリスだ。
あの頃と全然変わっていない。
本当にそれがうれしい。
「いろいろ積もる話もあるんだけど、生憎こっちもそれなりに忙しくてね。行かなきゃならないところもあるから。今度はゆっくりと話す時間をつくるわ。……グレン、船の準備は?」
「はい。出来ております」
答えたのは俺をここまで連れてきてくれた役人だった。
そのグレンに先導させ、アリスは颯爽と謁見の間を後にした。




