第4話 トパーズ、馴染みの冒険者とギルドで再会する。
我々パ―ティは強力になった敵に苦慮しながらも、鋼の剣を手に入れて攻撃力が増したクロードとルビーを中心に何とか凌ぎ、ようやくのことで街に到着できた。
すぐにでも身体を休めたいところだが、クロードはその足で教会に行きたいという。
私としては別にかまわないし、皆もそれに同意した。
まぁ、感心なことだとは思う。
神への感謝や畏敬は自らを省みるために大事なことだと考えている。
私もかつて門徒だった身として、武神キール様への感謝を忘れたことはない。
クロードが以前、山岳国の町で祀られているキール様の像を見て、モンスター扱いしたときは殴り飛ばそうとも思ったが……。
二本の上腕で剣を握り、二本の下腕で拳を握るキール様。
……合計四本の腕である。
……だが、我が国の武神をよりによってモンスター扱いすることはないだろう。
そのあたりの無神経さが彼をイマイチ信用できない要素の一つになっている。
クロードもこれで少しはマシになってくれるといいのだが。
他教徒の我々はあまり歓迎されないのは分かっていたので、皆と外で他愛のない話をしながら待っていた。
しかしいくら待てどもクロードが戻って来ない。
仕方なく教会に入っていくと、彼は神官と話し込んでいた。
やれ、宰相によるマール教会への弾圧が酷いだの。
マール様は民衆の心の拠り所なのにだの。
皇帝も宰相の暴走を止めるどころか放置し続けているだのと、そんな不満を神官は一方的にクロードへとぶつけていた。
……いや、そんなこと言われても一介の冒険者に何ができるわけでもあるまい。
神官もそれをわかっていながら、それでも愚痴を零さずにはいられないのだろうが。
クロードはどうすることもできず、ただ神妙な顔をして頷くだけだった。
だが、こんな些細なところから国の本質が見えてくることがあるのも事実。
教会は皇帝や宰相のことをよく思っていない、今はそれだけわかっていればいい。
それ以上のことはこれから帝国を旅して判断することだ。
仲間の我々が外で待っていたことに気付いた神官は、ようやく彼を解放してくれたのだった。
今日はゆっくりと休もう。
それはパーティで一致した意見だ。
宿屋に関しては修道女のタニアがおすすめの店があるというので、彼女に予約をお願いしておいた。
宿賃も比較的安い上に長期滞在もできるので冒険者からも贔屓にされているいい宿らしい。
別にギルドの宿舎でもよかったのだが、基本的にあそこは人の出入りが激しくて落ち着かない。
それに我々のパーティには女性が二人いるので、荒くれ者の中に放り込むのは男としてどうかというのもある。
広い通りを西から東へ歩き、ようやく宿に到着した。
店に着くと人懐っこそうな、四十歳ぐらいの看板ママさんが歓迎してくれた。
「いらっしゃい。あんたたちがタニアの恩人だよね? 彼女からよろしくと手紙があったよ。ちゃんと部屋はとっておいたから、早く荷物を置いてきな。……そうそう、わたしはティナ。よろしくね」
手紙は教会関係者でのみ使われる伝書鳩が使われたという。
先程の教会からその手紙が回ってきたと。
タニアはやや宗教に嵌り過ぎていた感があったが、人は良かった。
この予約の件でもそれがよくわかった。
ここのママさんのティナもすごく感じがいい。
今までロクな人間としか関わって来なかっただけに、心が安らぐのを感じた。
この宿屋は一階が食堂、二階が宿泊部屋となっているみたいだ。
食堂でご飯を食べながら、ティナと雑談した。
美味しい。本当に美味しい。
我々は口々に絶賛しながら料理を頬張った。
「へへ、美味しいでしょ。……この街じゃ旦那が一番じゃないかな」
そう言ってティナが厨房で汗をかいている男に目を向けた。
「本当に美味しいです。……お料理のできる旦那様って素敵ですね!」
「……うん。でもアレはわたしのだからあげないよ!」
料理に興奮するサファイアと照れたように笑うティナ。
サファイアは相変わらず美味しいものに目がないようだ。
王都でも感激していた。
確かに王都の酒場の飯も美味かったが、こちらはまた格別だ。
腹がいっぱいになった頃、今度はルビーとティナが街の話で盛り上がっていた。
「聖王都よりもにぎやかね。……領都もやっぱりこれぐらい凄いの?」
「領都はもっといっぱい人がいるよ。ここは国境に近い町だから軍人やその家族が多いけど。領都はそれこそ元貴族やら商人やらがわんさかとね」
大きな身振り手振りで話すティナとそれを感心したように聞いているルビー。
「……領都?」
聞きなれない言葉に思わず反応してしまった。
「うん、領都ガーランド。領主ホルス様がおられる都だね」
……領主?
帝国には領主がいるのか?
「あぁ、そういや王国の方から来たんだったね。うーんと、何から説明したらいいんだか……」
彼女は難しそうな顔で私に向きなおった。
……理解が及ばなくて申し訳ない。
ティナは本格的に我々のテーブルに腰を落ち着かせて、私に解るよう順番に説明してくれた。
まずここは『補領』ロゼッティアであると。
そもそも帝国には本国の執政官が治める帝国本領と領主が治める帝国補領とがあるらしい。
つまりここは領主ホルスの治める帝国補領となる。
かつて独立していた国家が帝国により併合された結果、君主だった者は王位を剥奪されるものの、帝国補領の領主として引き続き領地を治めることになるらしい。
つまり世が世なら、領主ホルスは王様だったということだ。
だから領主となった今でも領民からの求心力は衰えない。
そしてロゼッティアは王国の昔の名前だという。
今はこの地方を指す呼び名になっているが、それでもここに住まう民の心の支えだと。
領主領民として税や徴兵などの義務を負担することになるが、それさえこなせばあとは帝国領としての保護を受けつつ、自由に領地を運営することができるとのこと。
それゆえ補領には独自色が残り、それが帝国本領にもいい影響を与えることもあるそうだ。
帝国も無理に上の人物や地名を替えるより、抵抗されることなく穏便に統治できるのならば、それでもいいということだろう。
常に強権的なイメージが付きまとっていた帝国だが、案外頭の柔らかい国なのかもしれない。
ちなみに領主に統治能力がないと判断されたり、一定時期が過ぎて政治的意図から執政官を送り込まれたりしたときから、その領地は本領として帝都が管理されることになる。
その頃には帝国に対する反発も少ないらしい。
そんな説明をしながら、ティナはそのまま席に付いて我々と一緒に一杯やり始めた。
仕事を放って飲み始める彼女を見る旦那さんの苦笑いが、彼の気苦労を想像させた。
当初の予定通り、我々はこの地でしばらく腰を落ち着けることにした。
兎に角このパーティには足りないものが多すぎた。
レベルしかり、装備しかり。
この街で手に入る一般的な装備を整えるために、これからギルドの依頼を積極的に受けて金を稼がないといけなかった。
特に防具は必須だ。
クロードの鎧や盾はもちろんのこと、私の防具も稽古着のままでは話にならない。
他にもルビーの魔力補助アイテムなど、買わなければいけないものが山ほどあった。
モンスター討伐依頼ならレベルも上がって丁度いい。
我々は出来そうな依頼は片っ端からこなしていくことにした。
今回は夜を徹しての魔獣狩り。
レベルが上がり、少しずつ装備も揃い始め、かなり戦闘が楽になってきた。
クロードの回復魔法の性能が良くなり、回復薬を頼らなければいけない局面も減った。
ルビーはレベルが上がるたびに魔力が増大していき、簡単に魔力切れが起きなくなった。
私もサファイアもそんな彼らに負けじと己を高める。
我々は随分と力をつけたと思う。
東方3国で燻っていた頃とは別パーティとなったと自負している。
それだけの何か、この国でもやっていけるという自信のようなものも身に着けた。
夜が明けた頃、我々は依頼分を達成し街へと戻ることになった。
皆、少し体が重いが心地よい疲労感と充実感の中で、自然と笑顔が零れる。
街に入ると真っ直ぐギルドへと報酬を受け取りに行った。
扉を開けた瞬間、少し違和感を感じた。
中を見渡すと、いくらまだ早朝とはいえ、昼夜問わずいつもバカ騒ぎしている冒険者連中が休憩所のベンチに座り込み、何やら真剣な表情で話し込んでいる様子。
あまりにも難しそうな顔をしているので、気味悪くなって思わず声を掛けてしまった。
「どうした? ……何か大変なことが起きたのか?」
その中の一人がこちらを向いて答えてくれた。
「あっちにいる国境の向こうから流れてきたパーティがよぉ、……聖王国が崩壊しちまったっていうのさ」
その余りに予想外の返答に我々は固まってしまった。
特にルビーのショックは大きいらしく、目を見開き絶句していた。
「……ついに山岳国がやったのか?」
いつかは動くだろうと思っていたが、こんなに急だとは。
……我々の苦労は一体何だったのか?
それとも、あのユーノス王からの親書に何か隠された意味があったのだろうか?
私の漏らした一言に彼が反応した。
「違う。山岳国じゃない。……女王国ってとこだ」
女王国?
聞きなれない言葉に首を傾げる。
「……詳しい話はアイツらに聞いてくれよ」
そういって彼は顎をしゃくって奥を示した。
そこに居たのはボロボロの鎧を身に付け、折れた剣を抱えてうなだれている一行。
まさに満身創痍といった感じだ。
きっと修道院に辿り着いたときの我々もこんな感じだったのだろう。
憐れという言葉がピッタリと当てはまる。
ゆっくり彼らに近づくと、その中に馴染みの顔を見つけた。
確かあちこちで仕入れてきた情報を簡単に話してしまう、酒場の人気者だったヤツだ。
「……お前ゲイルか?」
「……トパーズ!? あぁ久しぶりだな! 元気だったか?」
死にそうな顔で俯いていたゲイルの顔がパッと輝いた。
「あぁ、何とか生きてるよ。……それにしても、お前は死にそうな顔をしているな」
「……うるさいよ」
彼が力なく言い返してきた。
「そんなことより、聖王国が崩壊したって聞いたけど……本当なのか?」
「……あぁ、マジだぜ」
「……詳しい話聞かせてもらっていいか?」
「飯おごってくれるならな」
そう言って強がった表情でニヤリと笑うゲイルだが、疲労の色を隠すことまではできなかったようだ。
我々はギルドで報酬を受け取った後、ゲイルを連れて宿屋に戻った。
彼の仲間はさすがに何もする気力がないらしく、適当に開いている店で飯を食って宿舎でゆっくり休むらしい。
「……しかし、お前らいい宿に泊まってるじゃねぇか」
落ち着きなく周りを見ながら飯を掻っ込み、ゲイルがぼやく。
冒険者相手は慣れているのか、朝一番にもイヤな顔一つせずにティナの旦那はせっせと俺たちの為に腕を振るってくれた。
ゲイルは奢りだということで調子に乗って酒まで注文した。
「まぁこちらにも色々事情やら伝手やらがあるんだよ。それより聖王国のことだ。……そもそも女王国って何だ?」
私はゲイルを急かした。
彼は酒で無理やり飯を流し込み、大きく息をついた。
そして体を乗り出して声を潜める。
「女王国ってのは水の公国から生まれた新しい国だ。フォート公を討った女が女王に即位したから女王国だな。……噂じゃ、まぁこれはほぼ確定だろうと俺は思っているが、どうやらその女王ってのが帝国皇帝の側室に納まったらしくてな……」
いきなりの訳のわからない展開に息を飲み、我々も体を乗り出した。
「……そんなに凄い女の人があの国にいたかな?」
サファイアは首を傾げていた。
確かにあの国にそんな野心や才覚を持っているような者がいたようには感じられなかった。
もしかしたらどこかから流れてきた人物なのかも知れない。
そんな我々の反応に満足そうに頷くゲイル。
「現に、帝国と女王国は盛んに船を行き来させてる。そうやって女王国はもの凄い勢いで力をつけていったんだ。で、ついに戦争が始まったわけだ。……俺たちゃその頃王国のシシルっていう結構デカい街にいたんだが、目に見えて王国の戦況が悪くなっていってな……」
ゲイルが酒を呷り口を湿らせる。
「で、今度は山岳国がそのスキを突いて一気にエリーズを奪いやがったんだ」
やっぱり山岳国も動いたか……。
覚悟はしていたが、やりきれない。
「……聖王国は山岳国ともまともに戦えず、女王国軍にも簡単に王都を包囲されちまった。で、最後は王宮に突入されて……おしまい」
ゲイルはポンとテーブルを叩く。
「……聖王様は?」
少し掠れた声でルビーが尋ねる。
本当に聞きたいのは家族のことだろうが、それでもまず聖王のことを確認する彼女に貴族としての誇りを感じる。
「……命までは取られなかったと聞いてる。他の貴族も誰か処刑されたとかそういう血生臭い話は一切なかった」
小さく息を吐き、ホッとするルビー。
「まぁ実際女王ってのは大した女だと思うぜ。公国を盗ったと思えば、あっという間に聖王国まで潰しちまったんだからよ」
確かに女王の才覚には恐れ入る。
あのどうしようもない公国を僅かな期間で立て直して、山岳国が何百年と攻めあぐねていた聖王国まで倒してしまうなんて。
いくら帝国の助力があったとしても相当なものだ。
「……私たちが山岳国を往復している間にこんなことになってたなんて」
サファイアはもはや感嘆といった感じだ。
彼女としては祖国の勝利だから、少し我々とは感覚が違うのかもしれない。
「……そもそも帝国が皇帝の側室を公国に送り込んだという可能性はないのかな?」
少し落ち着いたらしいルビーが鋭い質問をする。
……確かにその発想はなかった。
「帝国が東方3国支配の為に、まず公国に裏から手を回してフォート公を暗殺し、その傀儡として皇帝の側室を女王に据えた……」
ゲイルが身を乗り出してルビーの話を聞いている。
そんな彼にさらに乗り出すように彼女も腰を少し浮かせた。
「そして準備を整えると一気に聖王国を落とした。……いつ起きるか分からない政変を待つより、その方がよっぽど理に適っていると思わない?」
「……もしかしたら、そうかもな。その方がわかりやすいよな。筋も通ってるし。……きっとそうに違いない! 絶対そうだ!」
ゲイルがテーブルを叩きながら大いに納得していた。
確かに一理あるが、帝国が皇帝の側室をそんな危険な目に遭わせるとは思えないのだが。
いくら側室でも皇帝の妃だから、親族にも力があるはず。
彼女にもし何かあったら、彼らも黙っていないだろう。
まぁ帝国にはそんな常識が通用しないということも考えられるが……。
「……おそらく女王国はまだ止まらないと思う。絶対に山岳国も狙っているはずよ」
ルビーはそう言うが、山岳国は聖王国のように簡単に攻略できる相手ではないと思う。
クロードの反応は、と横を見ると既に興味が失せたようで、黙々と飯を平らげていた。