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2周目は鬼畜プレイで  作者: わかやまみかん
4章 補領ロゼッティア編
35/131

第3話  政務官グレン、聖王国終焉の瞬間を目撃する。



 こちらに入ってくるのは極めて厳しい戦況報告ばかりだ。

 女王国ごときにこれだけの力があるとは予想外だった。

 これでは巷で流れている噂にも信憑性を感じるというものだ。

 ……ついに帝国は我が国を見限ったと。

 そして今度は女王国と手を組んで、王国を獲る手伝いの約束をしたと。

 帝国から来ている駐在官はそれを否定していたが、彼自身が知らされていない可能性もある。

 そもそも彼はこの国に居ても、何か特別な仕事をしているようには見えなかった。

 部屋で書類を眺めているか、居ないときは酒場に入り浸っていた。

 彼を通じて援軍の要請を何度も行ったが、色よい答えはいつまで待っても返ってこなかった。

 ちなみにその駐在官はファーノヴァー奪還作戦の失敗の報を聞いて、その翌日には荷物をまとめて本国に帰還したと聞いている。

 もうこの国に用はないということだろう。

 本格的にこの国は窮地に追い込まれたということだ。



 もう頼れるのは、山岳国で和平交渉をしているキャンベル様だけだが、連絡役のマグレイン様は余りいい顔をしていない。

 そんな遅々として交渉が進まない中、エリーズが奪われたという報告が王宮を揺るがした。


「アイツは何をしに向こうまで行ったのだ! 直情バカだから、相手の挑発に乗ってロクでもないことを口走ったに違いない!」


 マグレイン様が報告を受けて言葉を吐き捨てた。

 そもそも誰もが嫌がった山岳国行きをキャンベル様に押し付けたのはマグレイン様だ。


『姪が頑張って和平の道を作ってくれたのだから、ここは伯父の貴方がまとめないと……』


 などと、王様の前で言ったのは彼だ。

『そなたに任せてもよいか?』と王様から尋ねられて、無理ですと答えられる貴族がいるなら見てみたいものだ。

 それにこれはキャンベル様の不手際ではないと私は思うのだ。

 明らかに山岳国は女王国を陽動に使っている。

 どう考えても、今の我が国にエリーズを奪い返す余力がないことを見越しての動きだ。



 しかし経緯はどうであれ、これで我が国は期待していた援軍を迎えることはなくなった。

 それどころか、更なる侵攻を開始するかもしれない山岳国に控えるため、兵を北方に張り付かせておかなければならない。

 何せ我が国北方での山岳国に対する敵愾心は計り知れないものがある。

 そういう不穏な歴史を両国で紡いできたのだ。

 それは山岳国南方でも同じことだが。

 領土を奪い、奪い返す、その中で北方に住まう彼らは常に犠牲になってきた。

 彼らを見捨てることは新たな火種を生むことになる。

 それだけは絶対にしてはならない。

 これは王宮の人間全員が一致した意見だった。

 結局王都を守るための兵の半数近くを北方に回すことになり、更に王都は窮地に陥ることとなった。 



 その数日後、王宮包囲との報告入った。

 そんなことは高い所から見れば誰でもわかる。

 いちいち報告するものではないと、怒りに任せて兵士に叱責する器の小さい自分自身に気が滅入ってしまう。

 相手方は決して多数ではないが、出入り口は完全に塞がれているようだ。

 むしろこの数で籠城している我らに勝てる自信があるということに彼らの強さを感じる。

 実際彼らは我らの半分どころかそれ以下の兵数であっという間に王都に詰め寄ったのだ。

 さらに王都に住む一般人に対する人的被害や物資の略奪というような報告が入っていないあたり、高い士気と理性も保っていると見られる。

 優秀な軍隊であることは認めなければならない。

 おそらく最終的には王宮に雪崩れ込んできてからの総力戦になる。

 その極めて劣勢の状況を肌で感じているのか、エントランスでは鎧を着込んだ兵士たちが落ち着きなさげにうろついていた。

 我々貴族も今回ばかりは宮廷魔法使いとして戦力に数えられている。

 我が国は伝統的に兵士が前線で相手の攻撃を受けとめ、後方から我ら魔法使いが攻撃を仕掛けるという戦術を使っている。

 何百年も前から使われている戦術だが、敗れたのはたった一度だけだ。

 その時の相手が帝国だった訳だが……。

 少なくとも、山岳国相手に後れをとったことはない。

 今回女王国相手に負け続けていたのは貴族が戦線に出ていなかっただけの話だ。

 もちろん、これは女王国を舐めていた我々の失策であるが……。

 ここで返り討ちにして彼らに王国が誇る宮廷魔法使いの恐ろしさを味あわせてやらなければならない。



 私の耳が大きな物音を捉え、ふと目が覚めた。

 ……寝ていたのか? この私が?

 こんな大事な時に?

 気を抜いていたわけではないが、改めて気を引き締める。

 周りでも何人かが眠っていたらしく慌てて周りを見渡していた。

 王族の方々はすでに東館の自室で待機して頂いている。

 もし危なくなったら、相手の隙を見て王宮を脱出してもらう手筈だ。

 エントランスに向かうと大きな音で扉がきしむ。

 そして何度目かで轟音を立てて鉄製の大扉がこじ開けられた。

 その勢いのまま敵兵がエントランスへと飛び込んできた。

 鎧を着た我が国の兵士が雄叫びをあげて相手を迎え撃つ。

 私たちもそれを見て詠唱に入る。

 味方を巻き添えにしないように冷静に後方を狙う。

 いざ魔法が放たれようとする瞬間、後ろから何か重いものが衝突するような鈍い痛みが襲ってきた。

 何事かと振り向こうとするが床に叩きつけられ、私が痛みにもんどりうって転げまわる間に首元に何かが嵌められた。

 簡単な攻撃魔法で敵を迎撃しようとするが、……発動しない!

 あっけにとられている間に、さらに一撃がみぞおちに入る。

 意識を失う直前に無表情な娘の横顔が見えた。

 確か彼女は……夕食のときに……。



 気がつくと周りが静かになっていた。

 まだ戦いは続いていたが、魔法の後方支援がない我が軍が押されているのが見て取れた。

 支援しようと魔法を唱えるが、発動しない。

 おそらく首に嵌められたモノが魔法を封じる何かなのだろう。

 少し冷静になって気づいた。

 ……聖王様は?

 聖王様はご無事か?

 急いで起き上がり王様の部屋に向かった。

 縺れる足を無理やり前に進ませ、階段を二段飛ばしで駆け上がる。

 廊下で倒れている兵士たちを踏まないようにかわしながら必死で走り抜ける。

 私は息を切らせながも、ようやく王の部屋に辿り着いた。

 扉が半開きなのが気にかかる。

 部屋からは物音一つしなかった。

 中で息を潜めているのか、もう逃げ出した後なのか。

 それとも……。

 聖王様、どうかご無事で……。

 私は祈りながらゆっくりと扉を開けた。


 

 目の前の光景は一生忘れないだろう。

 そこに居たのは跪いた王とそれを見下ろす娘。

 床に転がされている王の側近たる上級貴族の方々が数人、もちろん全員首輪を嵌められていた。

 その中にはマグレイン様もおられた。 

 当然、跪く聖王様の首にも鈍く光る首輪が嵌められていた。

 厳しい目つきをしていた娘は足元の王様から部屋に入ってきた私へと視線をずらし、場違い極まりない旧友に再会したような笑みを浮かべた。

 

「……あぁ、確かグレンさんだったかしら?」


 そのにこやかな表情に似合わない乾いた声。

 よく見ると目は全く笑っていないようだ。


「私を……知っているのか?」


 声が擦れてしまった。

 私は自分でも知らないうちにこの娘に恐怖を抱いているのだろうか?


「……えぇ、『以前』お会いしましたわ」


 いつ会ったのだ?

 こんな目立つ娘なら覚えているはずだが……。

 そんなことを考えているとき、後ろから衝撃が走った。

 地面にうつ伏せに倒され、背中に乗られたような感覚がする。

 息が詰まって苦しい。


「やっぱ、姐さん早いっすねぇ」


 全く緊張感のカケラも感じない女の声が上から聞こえた。


「……そっちの首尾はどう? ……マイカ」


「西館はカンペキっす。魔法使いはみんな嵌め終わりました。……あと残ってる兵士はレッドの旦那に任せてきました」


「……そう、お疲れさま」


 西館は私たち役人の執務室や資料室が中心だ。

 そしてその役人たちは皆防衛戦に参加しているため、やや手薄になっていたはずだ。

 それに対して東館は王族の方々の住まいが中心になる。

 そこにはかなり重点的に人員を置いているはずだが……。

 まさか、そこも抑えられてしまったのか?

 せめて王子だけでも逃げていて下されば、まだ王国は繋がるのだが。


「……パールは、まだっすか?」


「えぇ、流石にあちらは守りが固いだろうから」


 きっと東館の話をしているのだろう。

 どうやらそちらにも手が向かっているようだ。


「ワタシも行った方が?」


「大丈夫よ、その為にちゃんとあちらに多く人員を分けたのだから。あの娘を信用してあげなさい。……それより彼を解放してあげて」


 そういって姐さんと呼ばれた娘が私を指さす。


「ういっす」


 相変わらず緊張感のない返事で、マイカと呼ばれた娘がようやく私を解放してくれた。



「お前は一体誰なんだ?」


 そう偉そうに指示を出している娘に問いかけた瞬間、私の脇腹に痛みが走った。


「あ!? 姐さんをお前呼ばわりするな! 殺すぞ!」


 どうやらマイカと呼ばれた女が私を蹴り飛ばしたみたいだ。


「ダメよ。捕虜はちゃんと大事に扱わないと……」


 マイカはまだ私に対して怒りが残っているのか、もう一発蹴りを入れて、やっと離れてくれた。


「部下が大変失礼致しました。……初めまして、アリシアです。女王をさせて頂いています」


 ……女王!?

 なぜ女王自ら最前線に?

 それに以前会ったと言っておきながら、初めましてとはどういうことだ?

 ……そんなことは今は関係ない。

 女王と言えば、……本当に帝国と取引したのか?

 巷で流れている皇帝の側室に収まったとの噂は本当なのか?

 それよりも、この国をどうするつもりなのか?

 色々考えていること、訊きたいことが頭の中で廻り続けた。



 私が驚愕し何も言えずに考え込んでいる間、アリシアとマイカは部屋の中を物色していた。


「この部屋は中々いいわね。気に入ったわ。私の部屋しようかな……」


「ワタシはイヤっすね、こんなトコ。落ち着かないし……できれば酒場の屋根裏部屋みたいなとこがあれば最高っすね。……あっ! この酒、ウマそう!」


 マイカは酒好きなのか、王様の寝酒用の棚を珍しそうに漁っていた。 


「……まぁ、希望だけは聞いておきましょう」


 アリシアは本棚の背表紙を眺めながら苦笑いしていた。

 全く緊張感の欠片もない主従に怒りを感じながらも、魔法も使えず体術でどうすることもできない私たち。

 そんな中、跪いたまま微動だにしない聖王様のお姿に胸が痛んだ。



 物色に飽きた主従が退屈しのぎに緊張感のない世間話をしている中、突如この部屋に向かって駆けてくる足音が近づいてきた。

 もしかして援軍か?

 この状況を打開できるのか?

 しかしその期待を裏切る様に「お待たせしました!」と、少女が息を切らせて入ってきた。


「遅いよ、ったく!」


 マイカが悪態をつく。


「マイカ! そんなこと言わないの。……パール、お疲れ様でした」


 パールと呼ばれた娘が呼吸を整え、背筋を伸ばした。

 娘のしっかりとした態度に少し驚くが、そう言えば元々兵士とはこのような感じだったなと改めて思い直した。


「東館、無事制圧完了致しました。王族も残らず全員捕縛済です。残りの兵士はブラウン隊のみなさんに任せてあります」


 彼女の報告に血の気が引いた。

 ……駄目だったか。

 今まで無表情だった聖王様に初めて苦悶の表情が浮かんだ。


「そう、よくやったわ。二人とも頑張ったね」


 そう言ってアリシアは改めて労い、部下二人の頭を撫でた。

 照れたように頭を避けるマイカと嬉しそうに目を細めるパールの違いが妙に印象的だった。



「さて、聖王様。『最後の仕事』と参りましょうか。……立ちなさい!」


 王がよろめきながらも立ち上がる。


「王をどうする気だ!?」


 先ほどまで全く動かなかったマグレイン様が跳ね起きて怒鳴った。


「……心配しないで。殺したりはしないから」 


「嘘をつけ! フォート公は殺したくせに!」


 マイカが一瞬でまだ何か言い募るマグレイン様の傍まで飛んで行き、脇腹を蹴り飛ばす。

 骨が折れたのではないかと思わせるほどの物凄い音がした。

 マグレイン様は叫び声を上げながら床を転がり悶絶する。

 

「黙れ! クソが!」


 マイカが殺気のこもった物凄い形相で足元のマグレイン様を踏みつけた。

 その瞬間、私は生まれて初めて本物の恐怖を感じた。

 軽そうに見えた彼女でもこんな風になるのか、と。 


「……そ、それは……」


 何か言いたげなパールを手で制して、アリシアが前に出た。


「そうね。フォート公は確かに殺したわ。殺す必要があったからね。……でも聖王は殺すわけにはいかないの。これは完全にこちら側の都合ね。私が優しいからじゃない。殺さない方が今後の為になるから殺さないだけ。……だから、そういう意味では安心していいわ」


 その言葉で安心できるかどうかは微妙だが、なるほど、まぁ納得はできた。

 人情だとか、本当はこんな戦争をしなくなかったとか、そんな言葉を吐かれたら食ってかかるところだった。


「でも、確実に王としての人生は今日で終わるわ。この国に二人も王はいらないからね。これからは田舎の屋敷でひっそりと暮らしてもらう。兵を持てず、部下も持てない、外部との連絡手段も絶たれる。……政治と完全に切り離された状態で、家族と死ぬまでそこで過ごしてもらいます」


 ……王子殿下も妃殿下も助けてくれるというのか。


「貴方たちも貴族ではなくなるけど、これまで通り仕事をしてもらうつもりよ。その首に嵌めたモノも外すわ、屋敷も取り上げたりしない、……反逆の意志がない者に限るけどね。それほど悪い話ではないはずよ」


「……私たちの命も助けてくれるというのか!?」


「もちろん。……貴方がこの国を動かすために必要な人材であれば」


 そう言って挑発的に笑う。

 ……少し驚きだ。

 死罪は無くとも、確実に罰せられると思っていた。

 私財没収の上での懲役刑、国外追放あたりは覚悟していたが。

 破格だと言えた。


「……少し考えさせてもらおう」


 さすがに、聖王様の前で今すぐ「よろしく願いします!」とは言えない。

 貴族としての最後の忠義だ。

 だが、私の心はすでに新しい主に向いていた。

 アリシア女王もそのことがわかっていたのか、余計なことは一言もなく、不敵な笑みを浮かべるだけだった。

 この部屋にいた上級貴族の歴々も今の話を聞いていたのか、揃って安堵の表情を浮かべていた。



 その後、聖王は泣き崩れる貴族や兵士の前に立ち、この国は今日から女王のものになると告げた。

 これからは自分も女王国の一国民として生きていくと。

 涙ながらに王として至らなかったと詫び、傍らに立つ女王には「この国の者に温情を」と乞い、何度も頭を下げた。

 そうして『彼』は王としての『最後の仕事』を全うし、自らの手でこの国の歴史の幕を閉じた。

 もうすでに日付は変わっており、あと少しの時間で新しく太陽が昇る。

 そして私は今日も生きている。

 この戦争で死んでしまった者たちに悪いが、私は今日からこの新しい国で今までと変わらず生きていこうと思う。





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