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2周目は鬼畜プレイで  作者: わかやまみかん
3章 山岳国編
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第10話  近衛騎士レッド、ブラウンに問いただす。


 この戦争はブラウンの独断で始まったといわれている。

 ファーノヴァーに潜入させていた部下からの報告で即断したらしい。

 ファーノヴァーとは国境に近い位置にある聖王国側の駐軍施設だ。

 兵士たちの生活を支えるための施設も共存してあり、一つの街のようになっている。 

 ブラウンはレイクサイドのアリシア陛下に報告の早馬を手配すると同時に進軍開始したという。


「無理ならば、また砦に退けばいい」


 そんな無茶な檄を部下に飛ばして、そのまま戦争が開始されたそうだ。

 勢いに任せてファーノヴァー包囲するも、当然ながら戦力が足りない。

 そのまま数日拮抗状態が続いた。

 そこにアリシア陛下の命令で派遣された私を将とする軍が合流し、一気に制圧することに成功した。

 ――というのが一連の流れだ。


 

 掃討戦も無事終了し、勝利の美酒に酔いしれる兵士たちと離れたところで、この戦争の当事者ブラウンはこんこんと説教を受けていた。

 もちろん相手はアリシア陛下だ。

 ただ、芝居のようなものにしか見えないのは、私の気のせいではないだろう。

 周りの兵士たちもニヤニヤしながら、それを肴に酒を呷っている。


「あんまり、本気で怒ってる感じじゃないですよねぇ」


 パールもそれに気づいているのか、こっそりと私に耳打ちしてきた。

 彼女と一緒に陛下の帝国行きに同行してから、随分気安く話しかけてくるようになってきたように思う。私自身は彼女を見ると未だにあの時の光景が浮かんできて、少し身構えてしまうこともあるが。


「あぁ、実際この規模の駐軍基地を大して損害もなく落とすことが出来たのは大手柄だからな。本当はお咎めなしでもいいのだろうが、独断専行を取ったということのケジメとして怒らざるを得ない、と言ったところだろうな」


 そもそも近衛騎士としてここまで来る馬車でも同行していたのだが、機嫌はすこぶる良さそうに見えた。敢えてこの祝杯の場で説教するというのは、見せるためのものだろう。

 ――誰かに。


「あと、無抵抗の住民には絶対に危害を加えないようにって、ちゃんとブラウンさんが兵士たちに徹底させていたからじゃないかなぁ……」


 パールはそんなことを言いながら、ニコニコとそれを見ていた。



 そんな風に思えるのは、君の頭の中がお花畑だからだろう?

 ……と、思わず口に出しそうになって、何とか耐えた。

 どうもアリシア陛下に従っている人間には盲信的な者が多いと思う。

 いや狂信的か。

 私は初めて会ったときから、彼らほどには彼女のことを信頼していなかった。

 確かに彼女の行動によって全てが上手く回っている。

 彼女はあの日誓ってくれた通り、弱く憐れな民を守ってくれている。

 日を追うごとに国が豊かになっていき、国民からは感謝の言葉が絶えない。 

 馬車で通ってきた街道も、今までとは比べ物にならないくらいに整えられていた。

 そんなところでも彼女の力を思い知ることになった。

 女王として国を思ってくれていることには、何の疑いもない。

 仕事ぶりにも頭が下がる。


 

 それでもやはり私は彼らのように、陛下に対して全幅の信頼を置くことができないのだ。

 もちろん忠義は尽くしている。

 だが、どうしても、ふと寒気に襲われることがあるのだ。

 彼女は何者なのか?

 彼女は何処へ向かうつもりなのか?

 あの目には何が映っているのか?



「――少し話したいのだが、いいか?」


 私はほろ酔い加減で誰彼かまわず話し込んでいたブラウンに声をかけた。


「……じゃあ、小便に付き合ってくれ。ちょっと飲みすぎたみたいだ」

 

 私の口調から何かを感じ取ったのか、彼は笑顔を見せて立ち上がる。

 私が彼に話しかけることは全くと言っていいほどない。

 心のどこかで彼のことを『たかが野盗上がり』と思っている部分があるのも否定はしない。

 彼もそんな心はお見通しなのか、私に好んで話しかけようとはしなかった。


 

 ブラウンは私を連れて施設の隣にある広大な林の中へと入っていった。

 一見無警戒にも思える足取りで。

 そして大木の前で本当に用を足した。

 大きく息を吐いたあと、ようやくこちらに向き直る。


「……で、どうだ?」


 は? 何がだ?

 そう思った矢先に上から『もう大丈夫っすよ』と声が聞こえた。

 女性の声だ。

 人知れず上を取るなんて芸当ができるのはパールぐらいかと思ったが、明らかに彼女の声ではない。パールと違って明らかに頭と尻の軽そうな感じの声だった。 

 そもそも彼女と私が同時に陛下のそばを離れること自体あり得ない。


「そうじゃなくて、俺のナニのことだよ……っ痛ってぇ!」


 ブラウンが慌てて頬を押さえた。

 手を除けると血が滴り落ちている。彼の足元に固そうな木の実が転がっていた。

 おそらくこれを投げつけられたのだろう。


「野犬にでも襲われて死んじまえ! そしたら、墓標に『アレの小さい男ここに眠る』って書いてやるよ、バーカ!」


 そう言い捨てると派手な物音を立てながら去って行った。

 あの程度の軽口で過剰反応するとは、案外ウブなのかもしれない。


「何だよ、しっかりと見てるじゃねぇか……ちくしょう」 


「……今のは?」


 私の問いにブラウンは頬の血を擦りながら答える。


「あぁ、マイカって娘だ。……もうずっと俺たちと一緒に行動している。ここの偵察をしてくれてたのもアイツだ」


「……()()か?」


「……ん? ……何だ、ソレ?」


 山猫というのは陛下直属の部隊だ。

 私も詳しくは聞いていないが、パールをリーダーに十人以上で構成されているらしい。

 任務の内容は諜報活動。

 相手を殺すのではなく、徹底的に調べて、乱して、崩す。

 パールのように山で生き抜く術を持っている娘を集めたらしい。

 そのことを怪訝そうな顔をしているブラウンに説明してやった。


「ふ~ん……姐さん、やっぱり怖えぇな」


 ブラウンは神妙な顔で頷いていた。




「――で、何の話だっけ?」


 ようやく本題に入れそうだ。


「あぁ、今回の件なんだが。……本当にお前の独断専行なのか?」


 どうしてもそれが気になったのだ。

 今回の戦争のきっかけを作ったとされるブラウンに直接問いただしたかった。

 もしかすると、これはすでに決まっていた話ではないのか。

 そのことを単刀直入にぶつけてみた。


「……話せば長くなるけれど構わないか?」


 彼も真顔で答えた。

 こんな顔も出来るのかと少し感心する。

 目の前にいるのは、いつもの軽佻浮薄な男ではなかった。

 コイツは任務のために自分を殺せる類の人間だ。


「……その為にここまで連れて来たのだろう? おまけにあの娘まで引き離して」


「分かってくれているのなら、話は早いな。……質問に対して質問で返すなって昔師匠に教えられていたんだが、それでも敢えて聞かせてくれ。……何でそう思ったのか、先に聞かせてもらえるか?」


 私は試されているのだろう。ただ彼はフェアだと思う。

 返答次第では適当にごまかすと宣言してくれているも同然だから。

 だから私は思っていることを全て答えた。

 あの説教に裏を感じたこと。

 ブラウンから連絡をもらってからの陛下の動きが早すぎたこと。

 そもそも彼に任されていた兵数程度で、この大きな基地を落とそうなんてことは普通は考えもしないということ。

 それなのに即断し、あまつさえ数日間持ちこたえられたこと。

 援軍が合流し、あっさりとこの基地を落とせたこと。

 それらを合わせると、やはりどう考えても完璧な準備が出来ていたとしか思えない。


「あぁ、そうだな。改めて指摘されると俺一人でどうこうできる話ではないな」


 そういってブラウンは近くの岩場に腰をかけた。




「そもそも、姐さんからはファーノヴァーの偵察を頼まれていたんだ。指揮官の周辺とここにいる兵士の数。それを毎日確認するようにってな。……合図があるまでは、砦の死守に専念すること。偵察はマイカを使えって」


 ブラウンが思い出すようにゆっくりと語る。

 出来るだけ正確に話してくれるつもりなのだろう。

 私は黙ってそれを聞いていた。


「で、アンタらが帝国から帰ってきた後ぐらいかな。……シルバーが兵器の技師数人を連れてフラっと砦に顔を出したんだ。で、その技師たちは俺らが作った基地の見取り図を見ながら、どこにバリスタを設置するか、高さが足りないからここは少し高くするなんてことを相談し始めた」


 バリスタというのは帝国製の固定式連射弩だ。

 陛下の命令ですでに量産体制に入っている。

 この基地にも何台か持ち込まれて設置されているはずだ。


「笑っちまうだろ? まだ、落としてもいないのにな。……で、最後にシルバーが『これは姐さんからだ』って手紙を置いて行った。自分たちが帰ってから読めと。それを開けたらたった一文『ファーノヴァーを攻撃するときは必ず連絡するように』、だ」


 滅茶苦茶だ、と思い出し笑いをするブラウン。

 私も少し笑えてきた。


「それって、スキがあれば『俺の判断』でやれってことだろ? ……だからやった」


 いくら具申しても欠員を補充してもらえない、そう指揮官が副官に漏らしたと報告を受けた瞬間に決めたと。

 この戦いの第一報が入ったときは、功を逸った野盗くずれの引き起こした暴挙だと思っていたが、そのような背景があったとは。

 ブラウンには申し訳ないことをした。


 

「まぁ、そういうことだ。でも、今はなぜこんなことになったのかは解るぜ」


「あぁ。……()()に見せる為だな」


 二人で顔を見合せて頷く。

 どんな国でも普通は上の準備が終了してから、下が動く。

 だが、女王国は下の判断で戦争を行うことがある。

 いつどこで誰が仕掛けてくるかわからない、というのは受ける側からすれば脅威だ。

 それを誰かに見せたかった。

 そんな陛下の意図をコイツは完全に汲んだということだ。

 でもその誰かさんにこの話は聞かせられなかった。

 だから、この林にきた。

 マイカに追っ払ってもらう為に。

 大した男だ。



「なぁアンタ、ちゃんと楽しめているか? 真面目一辺倒じゃつらいだろう?」


 お互い少し馴れたのか、ブラウンの言葉に親しさが籠ってくる。


「……おまえは陛下に関して他の者とは違うように見えるな」


 彼の問いには答えず、こちらから聞く。


「まぁな。正直パールやシルバーのようには懐けないな。……俺は怖いよ。……アンタもだろう? いつも構えているよな」


 よく見ている。


「姐さんは、このまま突き進むよ。この戦争なんてただの通過点だ。……俺は楽しむつもりだよ。……どこまでいけるのか。どこまでやれるのか」


 この国を取るのは、これから先へ進むための布石。

 コイツはそれをちゃんと理解している。

 国を豊かにすること。自分が優雅な暮らしをすること。

 その為に上に立つ者は動く。ときには戦争も起こす。

 だが、アリシア陛下は違う。

 逆だ。戦争をするために、セカイを制するために、国を豊かにする。

 国を豊かにするための手段として戦争するのではなく、戦争するために国を豊かにする。

 少しだけだが、陛下の正体が見えた気がする。

 ……ならば私も覚悟を決めよう。

 もし彼女が祖国に害を為すなら、そのときに判断すればいい。


「……アンタも決めたんだな?」


 私の雰囲気に何かの変化を感じたのか、ブラウンが夜空を見上げながら尋ねてきた。


「……あぁ」


 私は余計なことは何も言わず、一緒になって空を見上げた。

 男二人で見上げる星空もそんなに悪いものではなかった。


 

 

本作は1章10話で12章編成の予定しています。

そういう意味ではこの3章で起承転結の「起」の部分が終了したことになります。

導入部分として世界観が出せていればいいのですが。

……難しいですね。

さてこれから舞台は帝国に移ります。

最後の陣営も出てきます。

どうか見限らず読んでいただければ幸いです。


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