第7話 レジスタンス首領ロレント、アリスと密談する。
俺は別に皇帝や宰相に恨みなんか持っちゃいない。
テオドールのヤツは俺が私怨や革命のために戦っていると思っているようだが、勘違いもいいところだ。
ヤツは昔から頭がいいが、そういう人間の本質や勝負所を見抜くのがヘタクソだった。
だから宰相に出し抜かれて、こんな所へと飛ばされるんだ。
まぁ、そのおかげで俺はこの地へ逃げ込むことができた訳だが。
何事も上手くいくようにできている。
俺が戦っているのは自分の為だ。自分がどこまでやれるのか試したい。剣の道もそうだった。別に親衛隊長を目指して腕を磨いていたわけじゃない。どこまで強くなれるか試したかっただけだ。
さすがに左腕一本となってしまった今では、剣の道の頂点を目指すことは諦めたが。
次の目標はこのセカイの頂点だ。
その為には俺をハメた教会や貴族と手を組むことさえも厭わない。
何なら悪魔とだって契約してやる。
まぁ本当は悪魔ってのは冗談だがな。
さて、今、俺の目の前に座っているこの上品な娘さんは天使か悪魔か……。
この行政府が誇る完全防諜対策された会議室で、四人が向かい合って腰掛けていた。
こちら側は三人。俺、テオドール、そしてケイト。
向こうは女王たった一人だ。
……残りの三人は部屋の外で待機している。
一人で十分だと言わんばかりの態度。全く大した度胸だ。
見てくれも悪くない、が、まだ青い。
やっぱり女は色気だ。そうアイツのような――。
あぁ、他の男のモノになった女の話はやめておこう。
そう思いながら、ちらりと彼女を掻っ攫っていった男を横目で見る。
そういう意味ではケイトはこれからに期待だな。
俺がそんなくだらないことを考えているうちに、お互いの自己紹介が終わった。
「ようこそポルトグランデへ。アリシア女王陛下。……それともアリスと呼ぼうか? ……姐さんってのも悪くないな」
まず、俺が軽く牽制を入れてみた。
不利なときは、定型で入るよりも乱す方が俺の好みだ。
さぁ、どう出るか?
しかし、それに対して女王は一切動じることなく口角を上げた。
「お好きなように呼んでください。……ロレントさん」
――バッサリと斬られた。
剣豪も真っ青。まさに一撃必殺だ。
ちなみに、テオドールは俺のことを護衛のパックと紹介したのだが、そんなこと関係なしに向こうからカードを切って来やがった。
俺の名前を知っていることと、俺がロレント本人であることを知っているのとでは大きく変わってくる。
……で、これだ。
テオドールが天井を見上げた。
メンタルの弱いヤツめ。
「……ちなみにそれ以外には、どのようなことをご存知なのでしょうか? 後学の為に是非ご教授頂けますか?」
ここでケイトが無理してでも突っ込んだ。
さすが俺の育てた娘。
父親と違ってまだやれるというところを見せてくれる。
全然効いていないと言いたげな母親譲りの笑顔が中々の図太さを醸し出す。
しかし女王はそれにも全く表情を崩さなかった。
「いえいえ、そんな大したことは……。そうですね、後はケイトさんが胸に秘めている殿方のこと、ぐらいですかね?」
そう言って俺を挑発的に見るだけだった。
……で、ケイトが撃沈した。
机に突っ伏す娘と天井を仰ぐ父親。
この戦いはわずか数十秒でこちらの全面降伏で終了した。
「あの……そろそろ、お話を始めてよろしいでしょうか?」
女王の一声で我に返る父娘。
そう言えばまだ、何も話し合っていなかった。
こちらが勝手に負けた気分になっていただけだ。
「失礼しました。さっそく陛下からの親書の件ですが……」
テオドールが気を取り直すように軽く咳払いをして進行する。
「先日お持ち頂いた鉄塊を拝見させて頂きました。あれを鉄の相場でこちらにお売り頂けるとのお話でしたが、本当にそれでよろしいのでしょうか?」
女王は笑顔を浮かべながらゆっくりと首を振った。
いきなり交渉決裂か? まさかの事態にこちら側が身構える。
そんな俺たちの反応を見て逆に女王はビックリしたようで、手をブンブンと振った。
「あぁ、違います、違います。取引の話ではなくて、その言葉使いが何とかならないかなと……。畏まった話し方だと完璧な意思疎通が難しいですよね。私も元は冒険者みたいなものですから、そういうのはあまり慣れていないもので」
なるほど、それはこちらとしてもありがたい。
女王もこちらの警戒が解けたのを見て取れたのか、息を吐いた。
「取引の件はその通りです。鉄塊を相場どおりで」
あくまで、鉄塊で押し通す女王。
「こちらとしてもそれは助かる。だが、それだけではないのだろう? 陛下の要求は?」
「……あぁ、先ほど好きなように呼んでくださいって言いましたが、やっぱりアリスでお願いします。呼び捨てでいいです。……で、こちらの要求ですが。正直、いろいろありますね。ですが、総じてそちらに対して損害を与えるものではないと思います」
えらく勿体ぶるじゃねぇか。
ここは俺が突っ込む。
「なぁアリス。……それを判断するのはこっちだ。まずは聞かせてもらえないか?」
俺は前置きはいいから早く本題に入れと急かす。
この時点でもう既に彼女の術中に嵌っているような気もするが。
アリスは神妙な顔で頷くと口を開いた。
「……私たちはあの鉄塊の品質に満足していません。それは皆様も同じだと思います」
確かにあれは鋼の一歩手前という話だった。
それでも十分使えるが、出来れば正規の鋼が欲しいというのが正直なところだ。
俺たちも無言で頷く。
「私たちはもっと高品質な鉄塊を作って、こちらに納品したいのです」
それは最早、鉄ではなく鋼と呼ぶべき代物だが、あえて鉄と言い張るところが肝なのだろう。
だから突っ込まないでおく。
「しかし、私たちにはその技術も設備もありません。ですから、その為の技術を譲って頂きたいのです。――炉と釜の製作技術、並びに職人の育成技術を。もちろんそうやって出来上がった鉄塊は据え置き価格でそちらにお譲りいたします。皆様としても、それ程悪い話ではないですよね?」
正規の鋼は鉄の価格の十倍近くもする。
それを鉄の値段でこちらに卸すということか。
先行投資が高く付くが、確かに悪い話ではない。
むしろ、上手く回転すれば明らかにこちらが得をする。
俺はテオドールと顔を見合わせて頷いた。
「分かりました。そのように手配しましょう。……ただ、設備を作るための資材の手配に時間が掛かるかもしれませんので、今日明日ということは――」
「もちろん、心得ております。そちらの準備が整い次第ということで」
両陣営とも納得の交渉になった。
――ここまでは、だが。
ただ、これで済むならそもそもロレントがここにいる必要がない。
それに要求はいろいろあるとアリス自身がそう言ったのだ。
「――それでは、本題に入ってよろしいですか?」
アリスが真顔になった。そら来た、交渉開始だ。
「魔装技師、農業技師、建築技師、兵器製作技師、薬師、それらの派遣と技術の継承を要求します」
アリスはいきなり欲しいものを全てテーブルに並べてきた。
よりによって全て技術。金品や物資に全く興味を示さない。
おかげでこちらとしては、それほど痛くはないのがありがたい。
だが、ここまで徹底されるとさすがに見えてくるモノがある。
「……嬢ちゃん。アンタ何が狙いだ? 何を目指している?」
俺もここからは真剣にならざるを得ない。
それを見極めるためにここへ来たんだ。
「……東方3国を獲りにいきます」
そうなるな。その為の力だ。大きく出たとは思わない。
コイツなら簡単に出来るだろう。
……だが。
「その後だよ。手に入れてからどうする? 次は帝国に、俺たちにケンカを売る気か? 少なくとも東を制したアンタを黙って放っておくほど帝都の人間はお人好しじゃねぇぞ」
俺の恫喝めいた質問に対してアリスは微笑んだ。コロコロと、少女のように。……本当に楽しそうに。
「帝国とは仲良くしたいですね。……ですがそれは今の帝国ではなく、新しく生まれ変わった帝国と、――ということになりますが」
ゆっくりと噛みしめるように答える。
やっぱりコイツは俺たちの目的を知っている。
顔を見合わせるこちら側に向かって、アリスはさらに爆弾を放り込んできた。
「……つまり、貴方たちのおっしゃるところのパーティに私たちも参加させて頂こうかと……」
パーティというのはここにいるレジスタンス中枢の数人にしか通じない符牒のようなものだ。
意味するのは『帝都への反乱』。
――何故この小娘がその言葉を知っている?
声にならず、驚愕する俺たちを尻目にアリスは続ける。
「もちろん、パーティの準備に時間や手間がかかることは承知しております。物資、エキストラ共に全く足りていないことも。ですから私としても何か協力できないかなと……」
「……つまり嬢ちゃんは、俺たちのパーティに花を添えてくれるという認識でいいのか?」
主賓として?
しかもこちら側の陣営として?
てっきり、一枚噛むぐらいの軽い火遊び程度かと思っていたが……。
「はい。できればメインヒロインを演じたいですね。今はまだ力不足なのは重々承知しておりますが。……将来的には数千人単位でエキストラを提供できると思いますよ。もちろん彼らのパーティ衣装も、ちゃんとこちらで用意いたします」
そう言うと彼女は輝くような笑顔を見せるのだ。
すでに、主賓としての風格は十分だ。
「……ヒロイン役を射止めるために、東方3国を制したいと?」
「はい」
「その為の技術が欲しいと?」
「はい」
あぁ、コイツは極上だ。
一片の迷いもない答えに並々ならぬ覚悟を感じる。
「……わかった。喜んで提供しよう」
エキストラの衣装とはすなわち兵士たちの装備品のこと。
実際人間だけ寄越されても困るというのが戦場での話だ。
人間と装備が揃って初めて兵士といえる。
そして、装備の準備というのはそれなりに大変なことなのだ。
そのことをキチンと分かってくれているのはありがたい。
この後も会談は続き、定期的に会談を持つこと、お互いに連絡員を常駐させることにも合意した。
船に積まれた鉄塊も全て即金で買取った。
その代金でアリスは食糧や苗を大量に買い込み、意気揚々と船に積み込んで帰っていった。
雌伏の時が流れること早十年。
ようやくこちらにも運が回ってきたようだ。
俺は万感の思いで、彼女たちの船が出るのを見送っていた。