第4話 女王国政務官シルバー、帝国観光を満喫する。
『アリシア=ミア=レイクランド女王陛下バンザイ!』
これが私たち水の女王国に住む国民一同の総意だ。
相変わらず彼女を姐さんと呼び、女王に対する敬意もそれほど感じられないが。
彼女自身も、自分は女王だとふんぞり返らない。
そこがいいのだ。
彼女につき従っていた人間はもちろん、以前から宮殿で働いていた人間も皆彼女を愛している。
最初は上に立つものとしての威厳が足りない、などと文句をつける元貴族らもいたが、そんな声も数日で無くなった。
国民の為に一日中働いている美少女を見て、誰が文句をつけようか。
むしろ仕事量を減らすように、皆が彼女から仕事を奪っていった。
彼女が女王になってから目まぐるしく日々が過ぎていった。
私のところにもたくさんの情報が舞い込んだ。
ブラウンからは聖王国との国境での防衛戦での報告。
今回も無事に守り抜いたらしい。
ただ、砦が破損したため建築資材を求むとのこと。
他にも食糧、武器も必要だと。
結構結構。責任を持って手配しよう。
鉱山からも連絡が入った。
こちらが要求した数量の鉄塊を無事都に発送したからちゃんと受け取ってほしいとのこと。
さすがダンさん。いつもきっちりとした仕事だ。
これでようやくメドが立った。
山林からの連絡も届いた。
以前ロンドさんから、山では木が根を張りすぎて大地から養分が失われている、という話があった。
このまま放っておいたら、山全体の力が無くなって災害が起きる可能性があるという。
アリス様の指示で、間伐後その木材を建築に回すことになった。
その方針を受けて現在、順調に伐採中とのこと。
開拓村の建設現場からも報告が入っている。
山から積極的に移民を受け入れ、農地開拓に励んでもらうことになった。
間伐材をふんだんに使用して、街道沿いにどんどん新しい村が出来つつあるとのこと。
アリス様が女王となってから、全てが順調に進みつつある……ように見えた。
しかしそれらを長期的に、滞りなく行うために必要なものがあった。
――そう『金』だ。
金がないと話にならない。熱意だけでどうにかなるほどセカイは甘くない。
その為に私たちはここ帝国領ポルトグランデにやってきた。
一度は来たいと夢にまで見た帝国領。
我が国で一番立派な船に、山から納品された鉄塊、そしてフォート公をはじめとした歴代公が貯め込んだ宝物を積み込んだ。
今回この国を訪ねるのは、船乗りを除いて、アリス様とレッドさん、そしてパールと私の四人だけだ。出来るだけ少人数で行きたいというアリス様の人選でこうなった。
立派な港に船を停泊させてから、乗組員には待機組を除いて自由行動を命じた。
アリス様の配慮だ。それを聞いて喜び街に繰り出す男たち。
そして私たちはというと、……当然お仕事だ。
まずは行政府を訪問することになっている。
アリス様と私が横に並び、その前をパール、後ろをレッドさんという陣形で大通りを歩く手筈だった。
しかし僅か数分歩いただけで、我が国では考えられない人の波にパールが呑み込まれていくこと数回。
そんなパールを見かねてアリス様が手を引いて歩くことに。
ごめんなさいと謝りながらも、手をつないで嬉しそうなパールに少し和んだ。
いつも冷静なパールが興奮を隠しきれずに、アレコレ指を差してはアリス様に質問していた。
しばらく歩くと、大きなレンガ造りの建物に到着した。
「……ここよ。さぁ入りましょう」
「……門番はいないのでしょうか?」
レッドさんが不思議そうに呟いた。
「えぇ、そんな無粋な者はいないわ」
「誰でも入れるということですか?」
今度は私が尋ねる。
「そうね、用事があるものは誰でも入れるわ。でも一応巡回兵はいるわよ。……ほら」
アリス様の指差した方向に、制服を着て帯剣している男がいた。
見渡すとあと数人同じ格好をした人間が厳しい目つきで歩いていた。
私たちは建物に入り、忙しく歩き回る人たちの横をすり抜けながら奥の受付を目指す。
そこにはきれいな服装の女性が腰かけていた。
彼女がこちらへ一礼して声を掛けてくる。
事前にアリス様からの命令で、ここからは私が応対することになっていた。
「お初にお目にかかります。私は水の女王国政務官のシルバー=ケインズと申します。女王陛下より親書を届けに参りました」
受付のお姉さんはビックリした顔でこちらを凝視した。
そりゃそうだ。いきなり女王とか言われても……、誰だって困惑するよね。
「あ、あの、すみません。今すぐに取り次ぎますので、少々お待ちください」
受付嬢は慌てて誰か使いにやれる人間を目で探し始めた。
だがこれは想定内だ。
「いえ、全く急ぎませんから。……『あと十日間』ぐらいならこの街でゆっくりしますので。それまでに連絡いただければ」
「……はぁ」
少し間抜けな声を出す受付嬢に私は笑顔で親書を差し出した。
「こちらの親書はロレント様宛となっておりますが、執政官のテオドール様に届けていただければ、ちゃんと伝わると思います。……と、そう女王に聞かされております」
親書の宛て名はロレント=バーゼル。
誰のことなのかは全く知らない。
アリス様も意味ありげな顔で教えてくれなかった。
「……わかりました。ではそう伝えておきます」
「あとこちらを……」
レッドさんに目配せすると、彼が港から抱えていた鉄塊をドスンと机の上に置いた。
「こちらも一緒にテオドール様に届けていただければ、すべて分かってもらえると思います」
「……はぁ」
「私たちはこちらに滞在中、港に停泊している我が国の貨物船で寝泊まりしております。そちらに連絡頂ければ、誰ぞそこに居ますので」
わかったような、よくわからないような顔の受付嬢を置いて私たちはさっさと退散した。
「――あれで大丈夫なのですか?」
「えぇ、完璧よ」
私たちは行政府を離れて再び大通りを歩いていた。
「……待たされるのでしょうか?」
「そうね。かなり待つかもしれないわね。あちらさんはこれから我が国のこと、私たち四人のこと、鉄塊のこと、それらを片っ端から調べないといけないから。……でも十日もあれば十分でしょう。それで足りないなら、彼らの能力はその程度ということね」
そう言ってアリス様はイタズラっぽく笑った。
「ちゃんと調べてくれますよね? ……無視されたりしませんよね?」
「それは絶対に無いわね。その為の宛名だから」
彼女は口元を歪めながら私に振り返りながら後ろ向きに歩いていく。
その間も色々な人とすれ違うが、器用に彼らをよけながら歩く。
まるで後ろにも目が付いているようだ。
「……ロレントさんって人ですか?」
「えぇ、そうよ。……その名前を出されたら向こうは調べない訳にはいかないからね」
それが誰なのかは、聞かないでおこう。
アリス様は聞けば大抵のことは教えてくれるが、絶対に教えてくれないときはちゃんとその理由がある。それはこの数カ月で学んだ。
「それまでどうすればいいのでしょう」
「もちろん、観光よ! いろんなものを見学して、私たちの国の発展に役立つように勉強しましょう。せっかくお供の方々もおられるのだから、派手に行きましょう!」
「……え?」
「……そりゃ女王の使いを名乗る私たちは要注意人物でしょう?」
そういってアリス様は意味ありげに、人ごみの方へ視線をやった。
こうして私たちの観光(監視付き)が始まった。
「――このお店! いいですか?」
最初はいろいろと遠慮していたパールだが、嬉しそうに次から次へと店を覗いて回る。
「アリス様! 食べたい! コレ食べたい!」
「はいはい。……おじさま、これを四人分お願いします」
「あいよ。……こちらの元気のいい嬢ちゃんにはサービスな」
「ありがとうございます!」
パールが満面の笑みでそれを受け取る。
そして幸せそうな顔で頬張っていた。
私とアリス様も受け取った。
細長い焼き菓子のような感じだが、甘くて美味しそうな匂いがする。
「いえ、私は……」
レッドさんは一人乗り切れず遠慮する。
そんな彼をアリス様は睨みつけた。
「貴方、私の近衛騎士よね? ……だったら、ちゃんと毒味ぐらいしなさいな」
「そうですね。……はい、わかりました。……では頂きます」
そういって、一口また一口と頬張るレッドさん。
「……どう?」「はい、甘くて美味しいです!」
「そうじゃなくて毒は?」
「あっ……大丈夫なようです」
珍しく顔を赤らめるレッドさんを見て、私たちは顔を合わせて笑った。
「そう? じゃあ私も頂こうかしら」
そんな感じで帝国観光を楽しんだ。
楽しい日々は時間が経つのも早い。
観光して、持ってきた宝物を骨董屋に売って、アリス様とレッドさんの訓練を手伝って、また観光して、食べ歩きして、パールの質問攻めに澱みなく答えるアリス様に感心して、美味しいごはんを食べて、また観光して……。
あっという間に十日が過ぎた。
もう帝国最高! ポルトグランデ最高!
あっ! みんなにお土産買わないと……。




