第3話 トパーズ、山岳国で鬼退治を命じられる。
前回の水の公国への旅と打って変わって、今回は馬車での旅となった。
ルビーの伯父が役人に掛け合って用意してくれたという話だ。
王都から山岳国の首都ライオットまで徒歩ならば、最低でも一月以上かかる。
『我が国にそんな時間の余裕があるのか!?』
『そもそも国の命運を懸けた聖王様の親書を歩きの人間に預けるのは余りにも不用心過ぎる!』
というのが名目らしいが、実際のところは可愛い姪の為に何かしてやりたいだけなのだ、とルビーが白状した。
更に言うならば、死地に赴く姪に対するせめてもの心遣いといったところだろう。
それは絶対に口にしてはいけないことだが……。
ただそのおかげで我々は旅路を快適に過ごすことが出来た。
山岳国は聖王国と違って武の国だ。
剣士、武道家などが幅を利かせている。
魔法使いや神術師はひ弱と見做され、隅に追いやられているというのが現状だ。
私もこの国で修業をしていた頃は、失礼な話だがそれに近いようなことを思っていた。
体力の無い人間は気合いが足りない、などという馬鹿げたことを……。
だが冒険者となり外に出ると、色々と見えてくるものだ。
剣や拳ではどうすることも出来ない局面に出くわすことがある。
力押しでは全く歯が立たないこともある。
過去に組んだパーティでは何度も神術師に命を助けられた。
今ではもうそんな偏見をもっていないと思うが、それでもこの国で刷り込まれた考え方が簡単に抜けるとも思えない。
知らないうちにそういうことを口走ることもあるかも知れない。
思ったことをすぐに口にする人間は精神が未熟な証拠だ。
気を付けないといけない。常々そう自分を律している。
首都ライオットは三方を山に囲まれた自然の城塞都市だ。
石組みの建物が、きっちりと区画整理され立ち並んでいる。
そこが住居や商店が混在していた聖王都と決定的に違うところだろう。
これはもうこの国の特色といってもいいだろう。
どちらが良いというものでもない。
きっちり分けないと気が済まない、この国の人間の性分のようなものだ。
大通りの突き当たりにあるのが王城だ。
山の中腹に作られているため、絶対的な防衛能力を誇る。
ずっと昔、この国が多数の豪族によって分割統治されていた頃は、この城を取った者こそがこの国を制するとまで言われていたらしい。
そして実際この城を取った一族が現在の王族だ。
城門の辺りで馬車を止め、二人いる門番に聖王国から親書を持ってきたことを伝えた。
しかし案の定、敵国の人間は帰れとの一点張りで、全く取り合ってもらえない。
予想していた通りではあるが、やはり冒険者の身の程というのを思い知らされる。
私は縋るようにルビーに目を遣ると、彼女はこちらに頷き返してくれた。
そしてルビーが一歩前に出ると恭しく膝を曲げる。
誰が見ても分かる貴族子女の振る舞いだった。
門番たちも驚き目を見張った。
「初めましてルビー=キャンベルと申します。この度は聖王より直々に親書をお持ちするよう言付かりました。……あと、こちらにワタクシの伯父であり、聖王国上級政務官でもありますケンタロス=キャンベルの手紙もお持ち致しましております。こちらも併せてどうぞ」
彼女はそういって懐から取り出した手紙を差し出した。
「親書を受け取るかどうかは、せめてこちらの手紙を役人の方に読んで頂いてから、お決め頂くことはできませんか?」
さらにルビーは鞄から布袋を取り出す。
「ワタクシと致しましても、お二人様にお手数を掛けることになるのは、大変心苦しいことでございます。……おわびと致しまして、どうかこちらをお納め下さいませ」
そういって重みのある布袋を年長の方の門番に握らせた。
門番二人はお互い顔を見合わせた後、しばし待たれよと言い残し、一人が手紙を持って城の中に入って行った。
門番が戻ってくるまで失礼にならないよう、我々は少し離れて場所で待機していたのだが、その間事情を知らないクロードが何度もしつこくルビーに何を渡したのかと尋ねていた。
流石に門番からは何を話しているのかまでは聞こえないだろうが、それでもここでその話をするのはあまりにも不躾だ。
ルビーも無言で首を振るだけだ。
ただ目は口ほどに物を言うとは、よく言ったもので、『後で話すから少し黙れ』と、彼女の目がはっきりそう言っているのが分かった。
クロードはまだ何か言いたそうにしていたが、私が睨みつけると仕方なく黙り込んだ。
そんなやり取りをしているうちに先程の門番が役人らしき人間を連れて戻ってきた。
我々は終始無言で早足の役人に案内されるまま、謁見の間に通された。
堂々とした態度で玉座に腰を掛けて、こちらを睨みつけているのはユーノス王だ。
この国では王にも強さが求められる。
国の成り立ちからしてそうさせるのだ。
そして彼はその国民の期待を裏切らない、尊敬されている王だ。
我々は失礼にならないよう、所定の位置で膝をつき頭を垂れた。
「――面を上げよ!」
その朗々とした声に顔を上げると、無警戒に悠々と胸を張ってこちらに近づいてくるユーノス王。
「こちらに聖――」
クロードが両手を添えて親書を渡そうとする前に、ユーノス王はそれを乱暴に奪い取るとそのまま床に叩きつけた。
呆気にとられる我々を、ユーノス王は見下ろす。
「俺に受け取らせたいなら、山に棲みついた鬼の群れを片づけてこい」
そう言うとニヤリと笑った。
「断るならばこれは受け取らぬぞ? お前たちの仕事は受け取らせることなのであろう? それまではそこに置いておけばよい。どうせそんなもの誰も欲しがらぬ。……せいぜい励め」
言いたいことは全て言ったのか、ユーノス王は大股で広間を後にした。
結局、我々は親書を謁見の間の床の上に投げ捨てられたまま、城を追い出されることになった。
「……で、門番に渡したのはやっぱりお金なのか?」
クロードが耐えきれないようにルビーに尋ねた。
よりによって、城から出て来てからの第一声がそれなのかと呆れてしまう。
「そうだけど……。伯父様から預かったお金だから、みんなのお金じゃないから心配しないで」
苛々している感情がルビーの言葉から漏れ出てきている。
「……別にそんなことを気にした訳じゃない!」
そんな彼女の言葉に噛みつくようにクロードがムキになって言い返した。
「賄賂を渡すようなマネをするのがイヤなんだ! ちゃんと話せばわかってくれるはずだろう! なんでこんな汚い手を使うんだよ!」
彼のその言い方にルビーが俯いた。
クロードは少し大人になったのかと思っていたが、やっぱりまだダメだ。
ユーノス王のあの言い方に腹が立つのは分かる。
だが彼女に八つ当たりするのは、絶対に間違っている。
仕方なく私は彼女を庇うように前に出た。
「……ルビーのやり方は確かに不正だが、少なくとも私はこれが最善だったと確信を持っている。彼女の用意していた手紙や機転がなかったら、こんなにも上手くいかなかったはずだ。我々のために、ここまでしてくれているルビーを責められる人間が、このパーティにいるのか?」
そもそも彼女がいなければ馬車を使うことすら出来なかった。
清廉潔白、それも結構。
しかしそれで通らない場面など、これから先幾らでも出くわすだろう。
クロードは私のキツい言い方にむっつりと黙り込んだ。
――少し頭を冷やせばいい。
これでは余りにもルビーが可哀想だ。
そんなことより、考えなくてはいけないのは鬼退治の件だ。
武力に自信のあるこの国の兵士たちは、水の公国のそれと違って百戦錬磨だ。
モンスターや賊程度なら簡単に退治できる。
それでも、この任務を我々冒険者に丸投げするにはちゃんとした理由がある。
この国で鬼と呼ばれているモンスター、オーガには物理攻撃が効きにくいのだ。
戦うのに疲れる、武器は壊れやすい。
その上、群れる。
我々にとっては本当にやっかいなモンスターだ。
オーガには魔法が一番効果的。――つまりルビーに頼らなければいけないということだ。
そのことを目的の山に向かう途中で、皆に説明しておいた。
「じゃあ、最初の一撃をアタシが与えていく、その方針でいいのかな?」
私にそう尋ねるルビー。
「あぁ、それがいいと思う。一撃で倒せればそれでよし。無理なら後は残りの3人で仕留めよう」
それが一番効率的だろう。
「分かったわ、それでいきましょう。……出来るだけ魔力は温存しておくね」
このパーティで一番成長しているのはルビーだと思う。
戦闘でもそうだが、それ以外のところでの貢献度が高い。
貴族の娘だというのに、少しも威張ったところがない。
特別扱いを求めたことも一度だってない。むしろ文句一つ言わない。
水の公国の劣悪な環境でさえ平気な顔をしていた。
肩書を振りかざすのではなく、上手く利用して我々を助けてくれている。
魔法使いだけあって頭がいいから、先回りしてきっちり手を打ってくれる。
今回の件にしてもそうだ。
彼女はパーティの頭脳になりつつある。
彼女の成長こそが、これからのカギになるといっても過言ではないはずだ。
「ありがとう。……頼りにしている」
私がいろいろな思いを込めてそれを口にした瞬間、――ルビーが呆けた顔を見せた。
顔や耳を赤くして何か言いたげだったが、結局何も言わず俯いた。
そして小さい声で「……うん。がんばるね」とだけ答えた。
もしかして強行日程が響いて体調を悪くしてしまったのか。
……心配だ。