第8話 サファイア、アジトに夜襲をかける。
野盗のアジトに到着したのは日が傾きかけた時間だったが、私たちは万全を尽くす為、襲撃は深夜に行うことになった。
トパーズの意見にクロードが賛成したことであっさりと決めることができた。
夜襲は対人戦の基本だ。
トパーズが言い出さなかったら私が言わなければいけないところだった。
……クロードもちゃんと成長してくれているようだ。
それが何となく嬉しかった。
屋敷は山の中腹にあり、周りに里もなくひっそりとしており、そこら中で雑草が伸び放題になっていた。
正面に見張りはいなかった。
見回りの人間の気配を探るもそういった者も感じられない。
先導する私がドアを開けようとするも、入口はカギが掛かっていてビクともしない。
私はみんなに振り返り首を振ると、トパーズが屋敷の裏側を指差す。
みんなで頷きあうと、今度は物音を立てないようにして裏口へと回ってみた。
案の定こちらにも見張りはいない。
勝手口の扉にそっと手を伸ばしてみるが、こちらはカギも掛ってなかった。
月明かりの下、仲間と無言で顔を見合わせ、ここから潜入することに決めた。
当然暗闇の中でもある程度目が利く私が先頭で屋敷に潜入することになる。
息を殺しながら数歩進んだ瞬間、何か唸り声のようなものが聞こえてきた。
……嘘!?
まさかモンスター? ……こんな屋敷の中に?
襲い掛かってくる気配を感じて、私は慌てて身構える。
――来る!
次の瞬間、クロードが私を庇うように前に出ながら盾を構えて、敵の攻撃を受け止めた。
そして攻撃を受けた方向に剣を突き出す。
何かに突き刺さる音と同時に呻き声が上がった。
間髪入れずトパーズがその付近に蹴りを入れる。
骨が折れるような音がして、そのまま何かが崩れ落ちる気配がした。
そして再び静寂が戻ってくる。
「……ちょっと待ってて」
ルビーはそう言うと、魔法の明かりを絞りながら灯した。
トパーズの足もとに転がっているのは、やはり野犬型のモンスターだった。
この国の山で一番よく見るモンスターだ。
「……なるほど、夜目の利くモンスターを配置するとは考えているな」
クロードが感心したように呟いた。
「山で生活する人間にはモンスターを飼い馴らして、身や屋敷を守らせる者もいる、と聞いたことがある」
トパーズも腕を組んで何度も頷いていた。
「公国が手出しできないと言うからには、それなりの理由があるということね。……これは気を引き締めないといけないわ」
ルビーは腰に手を当てて気合いを入れ直していた。
みんなの言うことはその通りだが、実はこれらのモンスターはそういった類のモノじゃない。
でも今それをこの場で伝えるのは空気を壊しそうで何だか申し訳なく思い、黙っておくことにした。
トパーズのいう通り、モンスターを飼い馴らすことはある。
でもそれは知能の高いモノだから出来ることであって、この程度のモノでは話にならない。
それに飼い馴らされたモンスターは、いきなり襲いかかるような馬鹿な真似はしない。
さらに言えばこんなに弱いモンスターを馴らす為に時間をかける馬鹿はいない。
もっと言えばこの種類のモンスターにしては動きが鈍すぎた。
本来ならクロードが私を庇う前に一撃が入ったはず。
その辺りに何とも表現し難い違和感があった。
屋敷の探索は実に順調だった。
襲い掛かってくるのはモンスターばかり。
それも動きが鈍かったり、足を引きずっていたり。
大した問題もなく各部屋を制圧していき、置いてある宝箱などを物色する。
……しかし、ロクなモノがない。
「回復薬は……まぁ必要だけど……」
宝箱を開けるたびに、期待外れ感を隠し切れないように溜め息をつくクロード。
「……ホント野盗という割にはショボイよね。貴族から盗みを働いたって聞いていたのに……」
ルビーも同じように溜め息を漏らす。
「ここは国としても貧しいから……宝は期待するほうが間違っているのではないか?」
……トパーズ。
もしかしてそれ、フォローしてくれたの?
貧しくてゴメンね。
それにしても、もう少しぐらい値の張る宝物入れてくれたらいいのに。
恥ずかしいじゃない!
私は心の中で野盗たちに八つ当たりしていた。
そんなこんなで私たちは簡単に一階を制圧したのだった。
残るは二階の奥の部屋のみ。
ここに来るまで人間はいなかった。
だが流石にここにはいるに違いない。
人らしき気配も感じる。
クロードとトパーズは顔を見合わせると、息を合わせて力一杯扉を蹴り飛ばす。
……が、予想外の軽い音であっさりぶっ飛んでいく扉。
何やら拍子抜けしたように二人が顔を見合わせていた。
――せめてボス部屋の扉ぐらいしっかりとしたものを使いなさいよ!
私も思わず溜め息をこぼした。
部屋の中にいたのは盗賊が三人。
三人だけ、だ。
……え? これだけ?
思わずみんなで顔を見合わせてしまった。
それでも何とか気を取り直して私たち武器を握りしめる。
「さぁ、覚悟は――」
クロードが格好良く決めようとした瞬間、いきなり盗賊たちが這いつくばった。
唖然とする私たちの目の前で広がった光景は、いわゆる命乞いというモノであった。
十歳ぐらいの少年が涙ながらに語りだす。
病気の妹がいる。
可愛い子でどうしても助けたいが、高価な薬がいる。
その金を作るために両親は体を壊した。
だから僕がお金を稼がないといけない。
でも体の小さい僕にできることなんてない。
そんなときリーダーから声を掛けられた。
悪いとは思っていた。本当に申し訳ないことをした。
続いて、しわがれた声の老人が語りだす。
自分は元貴族だったが、部下に裏切られて地位を追われた。
その時に妻の形見さえも奪われた。
それを取り戻すためリーダーを頼ることにした。
悪いとは思っていた。本当に申し訳ないことをした。
そして最後にリーダーが語りだす。
「俺たちだって生きるために必死なんだ……。あんたら余所モンには分からないだろうがな」
疲れたような、それでいて全てを諦めたかのような声だった。
「俺はもういい。もういいんだ。もう十分だ。……だがコイツらの命だけでも助けてやってくれねぇか。……頼む、この通りだ」
涙を流して命乞いする三人が哀れだった。
クロードも沈痛な面持ちだった。
トパーズとルビーは冷ややかな目で何か言いたそうな顔をしていたけれど……。
彼らに私たちの気持ちまで察するのは難しいかもしれない。
クロードだけでも私の気持ちが分かってくれていればいい。
それ以上、私は何も望まない。
「……一つ間違えれば私もこちら側にいたかもしれないの。だから命までは取らないであげて」
私にはどうしても他人事だと割り切ることができなかった。
単純に彼らを悪人と切り捨てることができなった。
だから彼らにどうしても肩入れしてしまう。
「……確かにこの国の貧しさが彼らを狂わせたんだと思う。取り敢えず三人は都へ連行しよう」
クロードも理解を示してくれた。
「でも、公は絶対俺たちを許さない。せめてコイツらだけでも……」
そう言い募るリーダーにクロードは優し気な笑顔を見せる。
そして肩を震わせるリーダーの腕を取ると、膝を付いたままの彼を引き起こした。
「分かっているさ。……僕たちも口添えしよう。キミを絶対死刑にはさせない」
やっぱりクロードは優しい。
彼のような優しく思いやりのある人と一緒に冒険できる私は幸せ者だ。
私の目にはクロードが少しだけ輝いて見えた。
次の日、野盗三人を連れて宮殿に戻ってきた私たちに対するフォート公の第一声は、「何故ここに連れてきた? 汚らしい。早く殺せ!」というものだった。
こちらに対する労いの言葉もない。
「人を殺したわけでもないのに死刑は重すぎるのではないですか?」
クロードは公に対して臆することなく真っ向から意見する。
私たちのリーダーとして凛々しく思えた。
「我が国の秩序を乱した罪は重い。彼らは死をもって償うべきだ」
公の言葉に取りつく島もない。
何か言わなきゃと一歩前に出るが、焦って上手く言葉が出てこない。
クロードはそんな私の肩に手を置くと更にその前に出る。
「……秩序ですか!? まさか、この国にそんなものがあったのでしょうか?」
彼に珍しく侮蔑の目つきを見せながら、どこか小馬鹿にしたような口調で返した。
思わぬ反撃にフォート公が真っ赤な顔をして口篭る。
「「黙れ! この冒険者風情が!」」
何も言えない公の代わりに側近二人が芸術的に口を揃えて罵ってくれた。
それに対して私たちは全員で睨みつけた。
……殺意を込めて。
フォート公は怯えた目で私たちから視線を逸らすと、私たちの後ろに控えていた近衛騎士のレッドさんを指差し怒鳴り始めた。
「……そもそもお前たち兵士がしっかり働かないからこんなことになったのだろうが! ……どうしてくれるのだ!」
「「全く、おっしゃる通りでございます。……この無駄飯喰らいの役立たずめっ!」」
まさかの八つ当たりだった。
これは余りにも酷過ぎる。
醜悪すぎる展開に私の血の気が引いた。
しかしレッドさんは何もいわず、唖然としたままの私たちの横までゆっくりと歩み寄ってくると、平然とした面持ちで膝を着いた。
「申し訳ございません。今後二度とこのようなことの無い様に気を付けます。……冒険者の皆様方にも面倒をお掛けしましたこと、どうぞお許しいただけないでしょうか?」
深々と公と側近に一礼。
そして私たちにも同じように深々と一礼。
私が思う限りこれ以上ない大人の対応だった。
彼の見事な振舞いに広間がしんと静まり返った。
沈黙に耐え兼ねたのか、公は咳払いを一つ。
「……野盗を牢屋に繋いでおけ」
そう誰にともなく命令した。
私たちは追い出されるように宮殿の外へ案内されると、そこで聖水のたっぷり入った樽を受け取った。
そしてレッドさんが見送りに出てきてくれた。
「さすがにこれを手で持って帰るのは冒険者の君たちでも無理だろう」
と、荷馬車まで用意してくれた。
礼をいう私たちに対して、彼は「嫌なものを見せてしまった償いのようなものだ」と言って力のない笑顔を見せた。
「……フォート公に仕えていて空しいと思ったことはありませんか?」
知らないうちに私の口からそんな言葉が漏れていたみたいだ。
「すみません! つい、その、……実は私もこの国出身なもので」
何の言い訳にもならないが取り敢えず謝った。
しかしレッドさんは「気にしていないよ」と笑顔で許してくれる。
「……私はこの国の騎士だからね。こんな生き方しか出来ないのだよ。……君は素敵な仲間に出会えてよかったね。本当を言えば君のように国を離れて幸せを掴むことも、考えなかった訳ではないが……まぁ、これ以上はやめておこう」
そう言いながら何度目になるか分からない、どこか諦めたかのような笑顔を見せた。
――これからの君たちの旅に幸多からんことを。
最後にレッドさんは私たちの旅を祝福して送り出してくれた。