第6話 クロード、野盗の討伐依頼を受ける。
ようやく僕たちは水の公国の都レイクサイドに到着した。
都と大層な名前が付いているが、実際は普通の田舎町だ。
ここに来るまでの町並みから比べれば幾分立派ではあるが、取り繕った感は否めない。
湖の畔に宮殿と呼ばれる建物があり、そこにフォート公が住んでいるという。
貧弱な装備の兵士たちに聖王国の使いだと告げると、簡単に謁見の間へ通された。
この国では一応ちゃんと通してもらえるということで一安心だ。
この程度のしょぼい国でも聖王国のときのような、あんな扱いをされたら温厚な僕でも暴れてしまうかもしれない。
単に聖王国の使いだから、無下にされなかっただけなのかもしれないが。
謁見の間に入ろうとすると、扉の前にいた一人の騎士に声を掛けられた。
「フォート公の近衛騎士のレッドと申すものです。……失礼だと存じておりますが、公の安全の為に武器を預からせて頂いてもよろしいでしょうか?」
流石に騎士を名乗るだけあって、一般的な兵士よりも明らかに格上と見られる佇まいだった。
剣も鎧もしっかりと装備している。
そして何より礼儀正しい。
この国で初めてちゃんとした話し方の人間に出会えた。
「申し訳ございません。謁見の間では武器の持ち込みは許可されておりませんので。――たとえ聖王国からのお客人といえども。……どうかご了承ください」
重ねて頭を下げるレッドさんに好感が持てた。
こんな人もこの国にいるんだと感心してしまう。
「……分かりました」
僕たちは武器を彼とその部下に預け、謁見の間に入った。
広間に入って、まず目に入ったのが壁に掛けられた宝飾品の数々。
次に立派なイス。
そしてそれに腰掛けるでっぷり太ったおっさんだった。
おそらくこのおっさんがフォート公だろう。
貫録でいえばマインズ町長のアンドリューさんの方が数倍格上に感じられる。
そして彼の両脇には人相の悪い貧相なおっさんが一人ずつ。
僕たちは一列に並んで膝を付くと彼らに対して頭を下げた。
「ようこそ、我が宮殿へ。そなたらが聖王国の使いか?」
「はい、聖王国より貴国から聖水を持ち帰るよう言付かりました。……冒険者ギルド所属のクロードと申します」
一応、礼儀は弁えておかなければいけないだろう。
不作法あってはいけないし、何より聖王国のメンツを潰してはいけない。
僕は順番にパーティメンバーを紹介した。
「ふん冒険者とな? ……そなたら聖王国の人間ではないのか?」
「王宮の人間ではございません。……僕の出身は聖王国でありますが、あと、こちらのルビーも同じく――」
「もうよい。……要するにお前たちは便利屋で、聖王国に頼まれたからここに来たということだな? ……全く、我々も馬鹿にされたものだ!」
「「全くでございます」」
吐き捨てるようにいう公と、それに対して相槌を打つ両脇のおっさん。
おそらく側近なのだろうが、彼らからは不快感しか得られない。
「……いつもいつも、我々は聖王国の無理難題に振り回される。やれあれをしろ、やれあれを寄越せと。……今回は聖水だと? お前たちは要求するばっかりで、こちらのことなど気にもかけやしない。」
「「そうでございます。全くその通りでございます」」
公の愚痴にテンポよく相槌が入る。
愚痴はいいが、それを何故僕たちが聞かなければならない?
それも便利屋呼ばわりされた挙句だ。
しかも僕たちが聖王国の人間ではないと確認しておいて、お前たちときた。
性根が腐りきっているとしか思えない。
「我々はいつまでこのように苦しい思いをしなければならないのか? 苦労を強いられるこの国の民を思うと胸が張り裂けそうになる!」
「「大丈夫でございます。公のお気持ちは確かに民へと届いております!」」
きっちり揃う側近の相槌。
きっと決まり切ったセリフなんだろうなと、今更ながらに気が付く。
しかしまた胸が張り裂けそうになるとは上手いことを言ったものだ。
確かに胸元は張り裂けそうになっている。
……服がパッツンパッツンで。
思わず醜悪な公から目を背けると、僕の真横で拳を握り締めながら俯いているサファイアが見えた。
悔しいのかその拳が震えている。
彼女のことだ、きっと恥じているのだろう。
でも何を恥じることがある?
サファイアと公や側近は全然関係ないのに。
僕は誰にも悟られないようにそっと彼女の震える拳を包んでやる。
――大丈夫だよ、ちゃんと分かっているから、という意味を込めて。
僕のいきなりの行動にサファイアは驚いたように顔を跳ね上げた。
そんな彼女に僕は心配しないで、との思いを込めて頷いて見せる。
彼女は目を見開き、そして弱々しいを笑みを浮かべて再び俯いた。
少しだけ耳が赤くなっているような気がする。
こういうところを見てしまうと、年上だけどかわいいなって思う。
僕たちがみんなにバレないように手をつないでいる間も、公の恨み節と側近のテンポ良い相槌が続いていたようだ。
「――聞いておるのか? 便利屋よ!」
「……冒険者です。聞いていますよ」
「お前たち、腕は立つのか?」
「立ちますよ」
少なくとも数秒で貴方たちを床に沈められるぐらいは。
「では、仕事を与える。……聖水が欲しいのだろう?」
そして僕たちは野盗退治を命令された。
山の中に居を構える一味だという。
都に住む貴族の屋敷から、盗みを働く常習犯らしい。
聖水を貰い受けてくる依頼を受けている以上、こちらに拒否権はなかった。
それにここで躓くようなら、これからの冒険者人生上手くいくはずがない。
依頼人であるグレンさんのメンツを潰す訳にもいかない。
何より聖王様との謁見が懸かっている。
宮殿を出た後、サファイアが小さい声でみんなにゴメンと謝った。
「……この国にいるとね、みんなどんどん浅ましい人間になっていくの。この国でいい暮らしをしている人間でさえそう。……山ではもっとひどいの。優しかった人がある日突然、自分のことしか考えられなくなってしまう」
サファイアがどんどん小さくなっていく。
背中を丸めて小さく小さく。
「……父さんのように誇りを失わない人間もいるんだよ? でも私自身、あんなクズのような人間にならないという自信がなかった。家族や友達にそんな姿をみせるのが怖かった。……だから逃げたの」
声もどんどん小さくなってくる。
その声色に涙が交じってきた。
「……ゴメンね、私は弱い人間なの。フォート公や野盗らを非難する資格なんてない。……私、ずっとこの国を捨てたって思っていたんだけれど、本当は逃げただけだったみたい」
「――サファイアは関係ない。これ以上卑屈にならないで」
僕はサファイアを力一杯抱きしめた。
いつも凛としたサファイアが、この国に入ってからずっと幼い少女のような弱さを見せている。
僕が守ってあげないといけないって思った。
強くそう思った。