第5話 村長ダン、アリスの説得に耳を傾ける。
「……皆様は自分たちが貧しい暮らしをしている、という自覚はございますか?」
アリスという名の娘っ子が放った一言は、ここに揃った皆を怒らせるには十分だった。俺とて村長という肩書きがなければ、怒鳴り散らして屋敷から追い出しているところだ。
誰だって面と向かって、お前は貧乏人だと分かっているのかと言われれば腹が立つ。――それを自覚しているのだから、尚更だ。
だがこれだけ周りが怒鳴っていると、不思議と冷静に見られるものだ。
ブラウンの小僧は天井を仰ぎ溜め息をついているが、娘っ子は落ち着いたものだ。
「出て行け!」
そう叫んだ若い衆を、娘っ子が一睨みして黙らせる。
……中々の眼力だ。
「お前ら静かにしろ! 俺が話せねぇだろうが!」
俺が皆を怒鳴りつけると徐々に広間が静かになってくる。
「……すまねぇな。喧しくしてよぉ。……続けてくれや」
続きを促すと、我が意を得たりと娘が微笑んだ。
「この村もそうですが、他の村も貧しいですよね。……何故だと思いますか?」
「フォート公のせいだ!」「役人も悪い!」
勢い余って叫ぶ村の衆。
……だからお前ら静かにしろっての。
今度は俺が睨みつける。
全く、これじゃいつまで経っても話が先に進まねぇ。
最初に娘っ子が口出すなといった意味がよく分かった。
「……まぁ、確かに俺もコイツ等の言う通りだと思うぞ」
この国を治めている人間に責任がないなんて、誰にも言わせねぇ。
上に立つ人間にはそれなりの役割ってモンがある。
自分のことを棚に上げているようで格好悪いが。
それでも、俺は俺なりにこの村の為に出来ることはやっているつもりだ。
その責任から逃げるヤツはダメだ。
「確かにそうですね。……では、公や役人をこの国から排除すれば、それだけでこの国は豊かになれると思いますか?」
娘は俺たちの答えを受け止めた上で、もう一度切り込んできた。
……それは、と思わず口ごもってしまう。
他のヤツらもみんなそんな感じだ。
「……答えは否です」
えらくはっきりと言い切るじゃねえか。
俺は無言で続きを促した。
「そもそも、この国は立場が弱すぎるのです。上の人間を排除したところで全く意味がありません。例えばそうですね……この村にも鉱山で働いている方がおられますよね?」
娘の問いかけに何人かが首肯した。
「あなたたちが荷車いっぱいになるまで掘った鉄鉱石は、この国の役人が聖王国まで売りにいっています。……ご存じですね? ……それらは本来王国内で取引される値段の一割ほどの、石ころ同然の値段で買い叩かれているのですけれど――」
知っているのか? と目で問いかける娘。
どれぐらいの値が付いているのかと言うことまでは、流石に誰も知らないことだった。
首を振る一同。
「何故か? 先程も言いました。……何度でも言いましょう。この国が弱すぎるからです」
「……だから、上が――」
「替わりに上に立った者が聖王国に対して強く出てくれると?」
言い募る若い衆の言葉を、娘が強い口調で遮る。
その口元にどこか嘲るような笑みが浮かび上がっていた。
「無理ですよ。……たとえ言えたとしても、王国にだって飲めない理由があるのです」
娘の言葉が徐々に熱を帯びていった。
俺たちに出来ることは黙ってそれを聞き続け、必死で理解することだけだった。
「現在、聖王国は帝国の従属国です。つまり彼らがこの国に対して行っているような酷い振る舞いを、彼ら自身が帝国から受けているのです。……そして、この国はその割を食っているだけなのですよ。つまり捌け口です」
弱い者が更に弱い者を見つけて叩く。
……悲しいことだがどこの世界にもよくあることだ。
しかし俺たちにとってはそれが死活問題になってくる。
「……そもそも大量の鉄鉱石が欲しいのは帝国なんです。聖王国じゃないんですよ」
じゃあ、なんで自分たちで掘らないのか?
帝国にだって鉱山ぐらいあるだろうに。
俺の考えなどお見通しだったのか、娘はこちらを見て何度も頷いた。
「……帝国民は高い給料を貰って豊かな暮らしをしています。自国で鉄鉱石を掘るにも、労働者に高い給料を払わないといけません。……ですがその金がもったいない。もっと安く鉄鉱石を手にいれたい。鉄鉱石が欲しい人間はそう考えます。……だから王国から安くで仕入れるのです。……安く。更に安くです。……多少無理を言ってでも。相場の半額程度で」
娘は挑発的な目で俺を見て笑う。
口元だけで。
「じゃあ、それを強いられた聖王国はどうすればいいのでしょう? ……簡単ですよね?」
「……この国から安く仕入れるんだな?」
やっとのことで、その言葉を絞り出した。
俺は完全にこの娘に飲み込まれていた。
「そういうことです」
満足そうに娘は頷いた。
……出来の悪いガキに計算を教えることに成功した教師のような表情で。
「……この国が強く出たところで、相手にしてもらえる訳ないのですよ。帝国が鉄鉱石を欲している、それも安価で欲している以上、聖王国はこの国から富を奪うという選択を続けるしか方法はないんです」
結局はこの国だけの問題ではないと言いたいのか。
「この搾取する、されるという形を変えない限り、これから何百年とこの国は貧しいままです。皆さんも子供も孫も曾孫もこの国に住む者たちは、ずっと貧しいままです」
娘はきっぱりと言い切った。
それは俺たちにとって死刑宣告のようなモノだった。
「……じゃあ、俺たちは、どうすればいいんだよ……」
静まり返った広間でポツリと呟いた俺の一言がやけに大きく響いた。
ここにいる皆もそう思ったに違いない。
「……まず、この国を王国から解き放ちます」
「聖王国と戦争する気か!?」
「違います。……まずこの国を奪います。……私たちで!」
「どうやって!? 俺たちはロクに武器も持っていないのに」
俺たちは武器を持てない。
そう決まっているからだ。
この国で武器を持っていいのは国の兵士だけだ。
それ以外の人間が持つと罰せられる。
そう言い募る俺に娘は腰に差した剣を放り投げてきた。
「これは私が自分で打った剣です。これから皆さんに剣の打ち方をお教えします。……まずは鉱山を押さえましょう。そして鉄を作り武器を作る。そして戦える人間に武器を行き渡らせる」
放り投げられた剣を皆で回していく。
皆がそれを興味深そうに眺めていた。
惚れ惚れするような見事な剣だった。
……これを俺たちが打てるようになるのだろうか?
「そして国を奪った後、王国への鉄鉱石の供給を止めます」
「……そんなことをしたら、向こうから仕掛けてくるだろう?」
「それまでに兵士を募り武器を与えます。……それに向こうは山岳国との争いもあるから、大規模な派兵は出来ない。せいぜい様子見程度、脅し程度です。……あちらは拳を高く揚げて見せれば、この国の人間はすぐに頭を下げるモノだと信じ切っています」
……なるほど。少しではあるが希望が見えてきた気がする。
他の連中も同じように感じているのか、徐々に表情が明るくなってきたように思えた。
「……姐さん、ちょっといいですかい?」
そう声をかけたのはずっと黙っていたブラウンだった。
姐さんと呼ばれるからには、この娘はコイツのボスということだろうか?
だがどう見ても、この娘はゴロツキには見えない。
娘はブラウンを見つめて無言で促した。
「ここには、たとえ僅かな金であっても、あちらさんに鉱石を売ることでメシ食ってきた人間がいる訳ですよね? ……もし聖王国へ売らないなら、そいつらはこれから、どうやってメシ食っていけばいいんです?」
意外な方向からの言葉に広間がざわめいた。
さすがロンドの自慢の弟だけある。
コイツは元々アタマの回るガキだった。
今は悪い噂しか聞かねぇのが残念で仕方ないのだが……。
でも確かにブラウンの言う通りだ。
実際ここにはそれで食ってる人間がいる。
しかし娘は動じることなく、今までない満足げな笑みを浮かべた。
「よく気づいたわね。……でも大丈夫よ。適正価格で買ってもらえるアテがあるから。そこは何の心配もしなくていいわ」
それを聞いてブラウンは、話のコシを折って済みませんでした、と頭を下げた。
「要するにアンタの話ってのは、俺たちにこの国を奪う協力をしろ、ということでいいのか?」
「はい。……あと、他の村の方々にもダンさんの名前で協力を要請してもらえないかと。一人でも多くの仲間が欲しいです」
「……分かった。だが他の村のヤツらの前でもその話をして貰えるかい? ……俺は喋るのが苦手だからよ」
俺はこの娘っ子、……いや、アリスを信じてみることにした。