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最終話  消えるセカイ

 

 小高い丘で背中に矢を受けた少女が倒れ込んだ。

 普段から入念に手入れされていたのだろう、少女のその長く美しい指から何かの小物が滑り落ちる。

 その瞬間を待っていたかのように、木の陰から女性が姿を現した。

 その姿は血まみれで泥まみれ。ここまで走り続けてきたので息も荒い。

 女性は鬼のような形相を崩さずに呼吸を整えながら、うつ伏せに横たわったままの少女にゆっくりと近付く。そして動けない彼女を力いっぱい蹴り上げると、苦悶の表情を見せる少女の耳元で囁いた。


「マヒ矢よ。耐性があっても確実に決まる特別製(とっておき)だから、しばらくは動けないわ」


「……何故?」


「何故だと思う?」


 女性は微かに笑みを浮かべると、もう一発脇腹を蹴る。


「……『絶命回避』か?」


「ご名答! プレゼントはこちらです!」


 途端に上機嫌になった女性は更にもう一発少女を蹴り上げる。


「……あと、もう一つ挙げるとしたら妹が渡してくれた霊薬(エリクサー)ね」


 次の瞬間、少女が表情を歪める。

 それはこの少女がほんの気まぐれで自分を慕う娘に渡したモノ。

 それがここに来て致命的な事態を引き起こしてしまったのだと悟ったのだ。

 その姿を見たかったのだと女性は大喜びしながら、何度も少女を蹴り続ける。

 やがて蹴り疲れたのか大きく深呼吸すると、草の上に転がっている小物――逆巻きの懐中時計――を拾い上げた。



 女性はその宝具を何度も何度も愛おしそうに撫でて、頬擦りする。


「――あぁ、ずっとこの瞬間を待っていたの。これでようやく幸せになれる! ……もう二度とあんな顔だけの、ロクでもない男なんて好きにならない!」


 女性は瞳孔の開いた目をらんらんと輝かせながら、壊れた笑みを浮かべた。


「新しいセカイに行ったら、私だけを愛してくれる優しい男のヒトと出会うの。()とゆっくりと愛を育んで、みんなから祝福されて結婚するわ。そして田舎で幸せに暮らすの。畑を耕し、自然の恵みを受けて静かで穏やかな日々を送るわ。……子供はやっぱり五人ぐらいは欲しいかなぁ? みんな思いやりがあって素直ないい子に育つの。子供たちが独立したらまた二人っきりで新婚の頃を思い出しながら仲睦まじく暮らしたいな。たまに子供たちが孫を連れて遊びに来たりして。……そして、いつかやって来るその時を穏やかな気持ちで迎えるの。子どもたちや孫たちに囲まれながら、あぁ私の人生はなんと幸せなモノだったのか、って笑顔のまま死ぬの」


 うっとりとした、それでいて狂気に満ちた声で女性は止めどなく話し続ける。

 格好良くはないが物静かで、妻だけを一途に愛し続ける男と添い遂げる。

 貧しいながらも日々に新しい幸せを見つける生活。

 子宝に恵まれ、その子たちの輝かしい未来に思いを馳せる。

 今その女性が語った理想とする未来は、()しくも名も残さない山暮らしの女性が、手にしようとしていた人生そのものだった。

 ……彼女の義弟は歴史に名前を残すような将軍になったが。


「そんなことの為に? ……そんなくだらないことの為に宝具を?」


 小さな声で呟いた少女の声を、耳の良いその女性は聞き逃さなかった。

 彼女は再び鬼の形相を見せると、足元の少女を力いっぱい蹴り上げる。

 しかし少女の口から出てきたのは苦悶の声ではなく、乾いた笑い声だった。


「オレはこんなクソみたいな、頭がお花畑の馬鹿女に、出し抜かれちまったとでもいうのか? ……このオレが!?」


 蹴られながらも少女の声は麗しいままだったが、言葉使いは()そのものだった。


「うるさい! うるさい! うるさい!」


 女性は何度も叫び、ひたすら少女を蹴り続けた。


 

 そもそも女性はこの少女のことが憎くて仕方がなかった。

 ずっとずっと憎み続けていたのだ。

 生き別れになっていた妹を捨て駒にしたからではない。

 自分と自分の今までの人生を虚仮(コケ)にするようなマネをしたからだ。

 確かに妹は可愛かった。

 でもそれは同じく貧しい生活をしている妹であって、みんなと楽しそうに笑顔で充実した日々を過ごす妹ではない。

 ――これでは並々ならぬ決意を秘めて、山を下りた自分は何なのか!?

 妹を見る度、彼女は胸の痛みに悶え続けていたのだ。

 女性はそんな理不尽な状況を作り出した女王とやらが憎かった。

 自分のいた山が豊かになったと聞いたときから、ずっと殺してやりたかった。


「――それにしても、やっぱりアイツはクソみたいな男だったよなぁ?」


「……うるさい! 黙れ!」


「よくもまぁ、あんな男と結婚しようと思ったものだ。……どうせオマエのことだから新しいセカイに行ったとしても、またアイツのようなクソ男を掴むんだろうよ!」


「だから、黙れって言ってるだろう! ……このクソ女!」


 罵声を浴びせる少女に対して、女性は怒りに任せて何度も蹴りつける。

 今までの想いをひたすら蹴り続けることで解消していく。

 だが、その中で彼女はふと何か違和感のようなモノを覚えた。

 女性が知るこの少女は蹴られたままで何もしないような人間ではなかった。

 絶対に何かを言って籠絡してくるか、何かを企んでいるか。

 このまま蹴られ続けてじっとしているのには、何かしらの理由がある。

 ――()()を待っているのだ、と。



 女性は一瞬にして血の気が引くような感覚に襲われて身を震わせると、慌てて少女から離れた。そしてじっくりと観察する。

 真っ先に目についたのは、うつ伏せに倒れながらも不自然に身体の下に押し込まれた左手首。

 彼女はそこに何か作為的なものを感じ、再び少女に近付くと慎重に蹴り転がして仰向けにする。

 露わになっても、まだ握りこまれたままの左手。

 だが麻痺はまだ残っているようで、身動きが取れない様子だった。

 警戒しながら全体重をかけて、握りこんだままの手首を慎重に踏み潰す。

 簡単に骨の折れる音がした。

 力無く開いた左手からこぼれ落ちるのは、つるんとした小石。

 それを拾い上げ、見よう見まねで握りこむと体力が回復していくのを感じた。


「なるほど。……これがあなたの奥の手という訳ね」


 女性が睨みつけると少女は晴れやかな笑顔を見せた。


「……何とか言いなさいよ!」

 

 それが気に障ったのか、女性は叫びながら全力で少女の胸を踏みつける。

 肋骨の折れる音がした。

 それでも少女は可愛らしい笑顔を見せたまま無言を貫くのだ。

 女性は感情に任せて少女に馬乗りになると、顔面を殴りつける。

 それでもやはり少女は笑顔のままだった。

 馬乗りの、圧倒的有利な立場にある女性の方が恐怖で表情を歪ませる。

 彼女にしてみれば、この少女の笑顔にはそれ程の破壊力があったのだ。



 女性はその少女が笑顔を見せた後には、必ず自分に災厄が降りかかることを学んでいた。その笑顔は彼女にとって不吉の象徴でしかなかった。 

 彼女は本格的に恐怖に駆られると、叫び声を上げながら腰に差していた短剣で少女の胸を突き刺した。

 それでも少女は口から血の泡を吹き出しながらも可憐に微笑んで見せる。

 女性は返り血を浴びながら、何度も何度も無我夢中で少女を突き刺した。

 この少女は何を仕掛けてくるか分からない。

 たとえ死ぬ一歩手前であっても、絶対に油断してはならない。

 女性はそう自分自身に何度も言い聞かせながら、一心不乱に少女を突き刺した。

 ――何度も何度も何度も何度も。

 完全に事切れていたにも関わらず、それでも、女性はその物言わぬ物体に恐怖を感じ続けて、少女だったモノをひたすら突き刺し続けた。



 一体どれぐらいの時が過ぎたのだろう。

 ようやく女性が動きを止めた。

 疲れ果て、知らぬ間に流れていた涙を拭うと、いつの間にか取り落としていた宝具を拾い上げた。

 そして立ち上がると、記憶を辿りながら目を瞑って右手でそれを掲げる。


「……新しき扉よ開け、我を迎え入れよ!」


 女性が空に向かって叫ぶ。

 だが何も起こらない。


「新しき扉よ開け! 我を迎え入れよ!」


 再度言葉を発するが結果は同じ。

 彼女は愕然とした表情で周囲を見渡すと、髪を掻き毟りながら何度も何度も同じ言葉を空に向かって叫んだ。

 しかし何も起こらない。

 空しくこだまが響くだけだった。

 叫び続け、喉が枯れてきた頃、彼女の中で一つの考えが頭をよぎった。

 あのとき少女が青年に伝えた、()()()()()()()()()()()可能性もあるのだと。



 ただ、それを問いただそうにも唯一正しい言葉を知っているはずの少女は、すでに目の前で肉塊と化していた。

 彼女はその現実を受け止めると、膝から崩れ落ちる。

 そして血まみれの手で顔を覆うと狂ったように叫び出した。

 女性は少女に言葉の真偽を確かめることなく殺してしまった自分の短慮を嘆き、()()()()を確信していたからこそ、笑顔のまま死んでいった少女の底意地の悪さを呪う。

 女性は涙を流しながら、身体中を掻き毟り、ただひたすら叫び、嗤い続けた。

 そんな彼女の目に血まみれの短剣が映る。

 ――先程まで少女を刺していた例の短剣。

 女性は躊躇いがちにそれを拾うと、震える手でゆっくりと喉元に突き付ける。

 そして目を瞑ると、一思いに突き刺した。



 ややあって、セカイは白く優しい光に包まれ始めた。 

 痛みによる苦しみも、家族を失った悲しみも、大切なものを奪われた怒りも、全てを洗い流す暖かな光。

 そして時間(とき)が止まり、全ての形あるものが砂のようにサラサラと崩れていく。

 平原で戦い終えた人間も、山奥に住む夫婦も、仕事に励む若き執政官も、森も家も、このセカイにある全てのモノがサラサラと――。

 やがてセカイを構成する全てがその白い光と同化し、消えていった。


  (完)


 


最後まで読んで頂きありがとうございます。

おかげ様で無事完走することが出来ました。……本当に長かったです。


いきなりの三人称に面食らわれたかも知れませんが、これはプロローグがエピローグのコピペだった頃の名残です。だから固有名詞も出していません。

最初はコレで行くつもりだったのですが、冷静になって「流石に最初のページでコレはキツいかも」と思い直してボツ。

現行の形になった次第です。


さて、一応完結した訳ですが、……こんな終わり方はアリだったのでしょうか?

何せ初の長編ですし、そもそも物語を作るのもこれが三作目というド素人です。

実際どうだったのか、率直な感想、評価など頂けたら嬉しいです。


それでは最後になりましたが、感想欄などで応援して下さった方々、ならびにブックマークして下さった皆様へ。

あなた方は私に『ちゃんと読んでくれている人たちがいる』という実感を与えてくれました。

何よりの励みでした。走り続ける動機になりました。

この場を借りて心よりの感謝を申し上げます。


繰り返しになりますが、拙作『2周目は鬼畜プレイで』を最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。


11/8追記

番外編にてアナザーストーリー『2.5周目は大団円プレイで』を展開中です。

そちらの方も是非見てやって下さい。


12/4追記

アナザーストーリー編完結いたしました。

こちらはハッピーエンドとなっております。

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