第10話 アリス、予想外の展開に困惑する。
今まさにオレの目の前で大規模戦闘が繰り広げられていた。
おそらくこのセカイで最後の戦争。
オレは巻き添えにならないように、それでいてよく見えるよう、聖域の森を抜けてすぐの帝都を見下ろすことが出来る高い木の上に特等席を確保して観戦していた。つい先程、魔王城が海に沈んでいくのもここからはよく見えた。
レジスタンス軍、帝国軍、あそこにいるのは女王国軍。他にも各補領軍たちも姿を見せている。まさに勢揃いだ。
それに対するはたった一人。
……いやはや、本当にオマエは恐ろしいヤツだよ、クロード。
彼の一振りで、人が木の葉のように簡単に吹っ飛んでいく様を見てしまうと、驚きを通り越して乾いた笑いしか出てこない。
クロードが城を崩壊させたときには、流石に度肝を抜かれた。
どうやら、オレはまだまだヤツという存在を舐めていたようだ。
だが、あの大爆発で魔力も尽きたことだろう。おまけに一対多数でそれなりに深いキズも負っているはず。
――それでも戦闘は一向に終わる気配を見せなかった。
クロードが剣を一振りするごとに野太い悲鳴が響き渡る。
……もはや、ヤツは人間じゃない。
魔王だ! セカイが、そしてこのオレが生み出した新しい魔王だ!
普通の人間が真正面から戦って何とか出来る存在ではなくなってしまった。
もちろん、クロードとて元は人間。
そのうち疲れたりするだろうし、夜になると眠たくもなるだろう。
もしオレがヤツを仕留めるならば、そう言った部分での勝負に持ち込む。
はてさて彼はそれをどう乗り切るつもりなのだろうか?
城の崩壊とともにこのセカイの指導者連中が全員くたばっちまった今、残された人間たちはクロードをどうやって討伐するつもりなのか?
この先どういう展開が待っているのか、興味は尽きない。
新しい魔王クロードの手によって、細心の注意を払って創り上げてきた最高傑作が容赦なく破壊されていく。
オレはその様をじっと眺めていた。
子供の頃、砂遊びで作った城を最後にブチ壊す感覚によく似ている。
……爽快さと物悲しさが混在する何とも言えない感じ。
やはり芸術とは最後にブッ壊してこその芸術だと再確認する。
どれだけ完成度が高いモノでも、形あるものならばいつか必ず風化してしまう。
それならば敢えて自分の手で壊して終わらせる。
それが無理ならば自分の目の前で他の誰かに壊してもらう。
その様をつぶさに見届けることで、心置きなく次の作品に取り掛かることが出来るというモノ。ゆっくりと朽ち果てていくのは、それはそれで味わい深いモノはあるのだろうが、オレの美学には反する。
そんなことを考えていると急に笛の音が鳴り響いた。
それに呼応するように、今まで統率感もなく戦っていた兵士たちが一斉に引いていく。一糸乱れぬその動きには目を見張るものがあった。
クロードは特に何かを気にする様子もなく、彼らを追いかけていく。
人間相手に負ける気はしないという感じがアリアリと出ていた。
多少の被害を出しながらも兵士たちは陣形を作りながら後ろ向きに進軍していく。高い所にいるオレから見れば、都の外に誘導しているように見えた。
あまりにも美しいその手際に鳥肌が立つ程だ。
あっという間にクロードは平原に誘い出されてしまう。
そして遠巻きで彼を何重にも囲む兵士たち。
クロードもようやくコレが罠だったと気付いたらしく、剣を下ろして周りを見渡していた。
オレも同じように見渡すと、少し離れた丘に軍が控えているのが見えた。
魔王城出現の際、迎撃の拠点にするようにと指示していた丘。
どうやらあそこから指示が出ていたらしい。
風を受けてはためいているのは見慣れた女王国旗。
ということは――。
「……ブラウンか。……生き残って――いや、クロエが初めから別動隊として準備させていたのか?」
ここまで大々的に軍が展開している以上、彼女はこの状況をも想定して動いていた可能性があるということだ。
最悪の場合に備えてブラウンを残しておくという意味――。
オレは一つの可能性に行き当たり、思わず身を乗り出すようにして丘に目を凝らす。しかしそれを遮るかのように途轍もない轟音が聞こえた。
その音と共に矢と呼ぶには凶悪すぎる石柱が発射される。
目標は当然の如く魔王クロード。
そして寸分狂いなく着弾する。
間を置かずに二発目も発射された。……それも着弾。
先に実戦経験していたのが活きたのだろう、演習の頃とは比べ物にならない程の手際の良さだった。
そしてもう一発発射。着弾。
もう一発。着弾。
それが更にあと数発程続き、ようやく止んだ。
土煙の中で動くモノの気配は全く感じられなかった。
巨大な竜でさえ一発で屠るほどの攻撃を十発以上立て続けに受けて生きていられるモノなど、このセカイに存在するはずがない。
確かにアレは新しい魔王だが、それでも一応人間なのだ。
もはや骨の一片すらも残っていないだろう。
おそらくクロードは最初の一撃で絶命していただろうし、そのことはブラウンもバリスタ班の魔法使いたちも全員分かっていたはず。
それでも彼らは容赦なく発射し続けたのだ。
それはオレやパールを奪われたことに対する怒りなのか、それとも狂気に満ちた憂さ晴らしなのか。……おそらく両方だろう。
ブラウンの、何より女王国の人間の憤りを見せつけられた気分だった。
「――おいおい、まさかコレで終わりかよ……」
オレは苛立ち紛れに独り言を呟いていた。
新たなセカイへの旅立ちを祝して、もっとこう、……豪快に派手に華々しく、ドカン! ドカン! というのを期待していたのに。
確かにバリスタがドカンとやってくれてはいたが、コレじゃない感が満載だ。
拍子抜けと言ってもいい。完全なまでの不完全燃焼だった。
もっと長い時間、ヤケクソになったクロードの頑張りを見ていたかった。
人外の強さを誇るヤツに、もっと破壊と殺りくの限りを尽くして欲しかった。
そして最後には血反吐を撒き散らしながら、剣や槍で身体中を刺し貫かれてハリネズミのようになったヤツを指差して笑ってやりたかった。
自分を信じてくれていたレッドやパールを見殺しにしてまで見たかったモノの結末がコレとは。
――最後の最後でアテが外れてしまった。
「……ルビーのペンダントを渡してしまったことがマズかったのか?」
結果としてクロエに準備時間を与えてしまうことになった。
しかしクロードが一方的だと面白くないというのも事実。
だから派手にぶつかる為には必要な手順だと思ったのだが――。
「……やはり特製バリスタが余計だったのか?」
魔王復活に備えているという本気度を皆に示す為、そして何よりオレが個人的に魔王と戦うのが面倒になったときの為、そんな気まぐれで用意させたアレがここに来て裏目に出てしまった感じだ。
しかしこればかりはブラウンを責める訳にはいかないだろう。
対魔王用最終兵器として用意していたアレを彼は正しく活用しただけだ。
オレが人知れずアレコレ後悔している中、眼下では生き残った兵士たち仲間たちの死を悼みながら、戦勝の歓声をあげることもなく淡々と事後処理をしていた。
「……さて、これからどうしたモンかねぇ?」
とはいえ、もうこのセカイに用はない。さっさと3周目に行くだけだ。
一応次回の大まかな方針も決めてある。
今度は宰相と組んでレジスタンスをブッ潰すのだ。
クロエ、ロレント、テオドールを敵に回す。
特に本気のクロエを相手にどこまでやれるのか、それが楽しみで仕方がない。
おまけにケイトも侮れないと知った。
手際としてはまだまだ甘いが、あの思い切りの良さは実にオレ好みだ。
流石はクロエの娘といったところだろう。
アイツらをどう手玉に取ってやるのか、今から腕が鳴るというものだ。
ただ一つ懸念があるとすれば、その流れの中ではコレが手に入らないことか。
そんなことを考えながら手の中の宝具を握りこむ。
最終的にコレを手に入れないことには次に繋がらない。
しばらく考えてはみたものの、イマイチ楽しい展開が思いつかなかった。
「――今回は少々上手く行きすぎたのかも知れないな」
オレは呟きながら木の上から飛び降りると、固まっていた身体を伸ばしてコリをほぐす。ここで思案してもラチがあかない。
この続きは例によって下準備でもしながら、ゆっくりと考えることにしよう。
どうせ、なるようにしかならないのだ。
俺は右手で宝具を握り、突き上げると――。
『――どうするのだ? 3周目をするのか?』
頭に直接マールの声が響いてきた。
これには本当に驚かされた。
あれだけのことをやったにも関わらず、まだ『神の声』が聞こえるとは。
どうやら本格的に声が聞こえる条件を検証しないといけないのかもしれない。
あちらの気まぐれでこうも簡単に話し掛けられてしまっては、オレの精神衛生上よろしくない。
『先に言っておくが、もし3周目をするにしても、それを受け入れるかどうかは我の心次第なのだぞ?』
……そうなのか?
流石にその可能性までは考慮していなかった。
だがオレの本能は今のマールの言葉を嘘だと決めつけた。
……何故だろう? ……あぁ、そうか。
もし今のマールの言葉が真実ならば、ただ黙っていれば良かったのだ。
伝えずにオレを新しいセカイから排除すればいい話。
だがそれをしなかった。
だから嘘。なるほど、理に叶っている。オレの判断は正しい。
おそらく自発的に宝具を使わないような形に持っていきたいのだろうが、そうはいかない。
――ただ、今こうやって話しかけて来たことを利用しない手は無いだろう。
『今のお前は信用出来ない。だから我は――』
「これはただの独り言なのだが――」
なおも見苦しく言い募るマールの声を遮り、オレは一つ情報を提供する。
「オレは3周目をするつもりだが、次回も勇者としての道を歩むつもりなない」
『何を――』
「――だが、たとえどの道を通ったとしても、オレは最後には必ずコレを手にしているハズだ」
そう言いながら握り込んだままの右手を振る。
『……ほう、……なるほど、な……』
どうやら言葉の意味をちゃんと理解してくれたようだ。
それはすなわち魔王討伐を意味する。
オレが倒すとは言わない。
だが必ず魔王は倒される。――今回のように。
『そうか……ならば、我はお前がレスターを見捨てた瞬間に、新しい勇者を投入すればいいのだな? ――今回のように』
「そのあたりの判断はそちらに任せよう。……だがオレとしてはそちらの方がやりやすいだろうな」
『……理解した』
これで多少は動きやすくなるだろう。別にマールの味方をするつもりはないが、今回のように目の敵にされるのも面倒な話だ。
あちらとしてもオレの立ち位置が分かれば無駄な策を弄する必要もない。
今まで通り、勇者を正しい道に導くことに注力すればいいだけの話だ。
このあたりがお互いにとっていい落とし所だろう。
オレは溜め息をつくと、再び右手を掲げた。
「新しき扉よ開け、我を――」
次の瞬間、背中に鈍い痛みが走った。
……何か刺さったのか?
……身体が痺れて思うように動かない!
地面に倒れ込みながらも視界の端で捉えたのは――――の姿だった。
これで12章が終了しました。
残すは2話。――断章とエピローグのみです。
クロードの死に方には賛否両論あるかもしれませんね。
そろそろ物語は閉じる訳ですが、アリスは無事勝ち逃げ出来るのでしょうか?
それとも……?
残り僅かですが、最後までよろしくお願いします。




