第3話 アリス、魔王城で観戦する。
「もう少しこっちよ。……ちゃんと柱に隠れて!」
激しい戦闘で石畳が豪快に剥がれて、その破片が離れたここまで飛んでくる。
「……お姉ちゃん、大丈夫でしょうか?」
オレはパールと一緒に姿を隠しながら戦況を見守っていた。
いま彼らが戦っている相手――魔王。
懐かしい相手だ。
「正直分からないわね。だけど、彼らは三人で戦うことでここまで強くなったわ。援軍に入ると逆に足を引っ張るかもしれない。……だから本当に危なくなったとき、ソレを持って入りましょう。その為にも気持ちだけは切らさないようにね?」
そう言ってパールの手を握り締めた。
彼女の手の中にあるのは、ついさっきオレが渡した霊薬。
ただ、正直なところ援軍が必要だとは思えなかった。
今まで何度かコイツらの戦闘を見てきたが、その頃見受けられた無駄が見事に削ぎ落とされていた。
別にトパーズが無駄だったという意味じゃない。
ただコイツらが一番機能するのはこの形だったという話だ。
それを今、目の前でまざまざと見せつけられている感じだ。
前衛のクロードが盾を使って積極的に相手の攻撃を受け止めながらも隙を見て剣で攻撃し、そして危なくなったら回復する。後衛のルビーが安全な位置でひたすら魔法をぶっ放す。この辺りは以前同様基本的な戦い方なのだが、サファイアが完全に別人になっていた。
変わらず弓を使っているのだが、魔王の攻撃が当たるか当たらないかの場所に陣取りながら紙一重で攻撃を回避して矢を打ち抜く。
今までのように安全な距離ではなく、近い距離で魔王の周りをグルグルと回るように軽やかな動きで。
「……お姉ちゃん、すごい」
パールはうっとりとした表情で姉の動きを追いかけていた。
あれは相当近距離での戦闘経験を積んできた動きだ。
その応用を、よりによって魔王相手にやってのけるのは物凄い戦闘センスだし、何よりも一撃が致命傷になりかねない魔王との戦いでそれを選択するという必死さがこちらにも十分伝わってきた。
その奮闘のおかげで盾役のクロードにも攻撃や回復の余裕が生まれるのだ。
トパーズがいた頃では絶対に考えられないような美しい連携だった。
前回のオレたちとは比べモノにならない程強い。
それが素直な感想だった。
確かに魔王は魔王だけあって今まで勇者が戦ってきたどんな敵よりも強い。
おそらく彼らもそれなりに苦戦するだろう。
前回勇者だったからこそ、オレはこのセカイの誰よりも魔王の強さを理解しているつもりだ。
だからこそ言おう。それでもコイツらは魔王よりも強いのだ、と。
まさかここまで強くなれるとは想像もしていなかった。
正直どこかオレの中で彼らをナメていた部分があった。
そもそも人間がここまで強くなれる生き物なのだと想定していなかったというのもある。
最悪コイツらがくたばれば、オレが軍を率いて魔王を倒せばいいと軽い感じで考えていたぐらいだ。
やはり後が無くなったというのが大きいのだろう。
相当追い込んでやったから無理もない。
追い込んだオレが言うのも何だが、あの謁見の間でのクロードは少々哀れだった。一応オレたちも通ってきた道なのだが、アレよりは幾らかマシだった。
魔王が復活したときも、別にオレたちだけが悪い訳ではないと、皆からそれなりに優しい言葉も掛けてもらえた。……それでも直接的な原因を作った者の責任という、無言の圧力の中で魔王討伐に向かわされるハメになっちまったが。
これは仕方ない。
実際魔王を復活させてしまったのだから、これはこれとして割り切るしかなかった。ウィップはしばらくの間「梯子を外された!」と喚き散らしていたが……。
まぁ、女のヒステリーってヤツだ。
――これも割り切るしかない。
そんな昔のコトを思い出している場合ではなかった。
どうやらオレは幾つか勘違いをしていたようなのだ。
それに気付くきっかけになったのは、あの隠し小部屋の宝箱だ。
あの崩れる壁は前回アックスが馬鹿力で敵を吹っ飛ばしたときに偶然発見しもので、そこにたまたま宝箱があり、開けたら立派な斧が出てきた、と。
アイツは相当それが気に入ったらしく、魔王戦でも使っていた。
確かトドメの一撃を与えたのもあの斧だったと記憶している。
――だけど今回は弓だったのだ。
そこから考えられることは二つだ。
まず一つ。
あの宝箱には現在魔王に挑んでいる勇者のパーティメンバー用の武器が入っているのだいうこと。
前回のように斧ではなく、第一発見者のオレが使える武器でもない。
そしてもう一つ。
それを準備したのはマールだということだ。
魔王がわざわざ自分を倒しに来る勇者一行の素性を調べて、それに合わせた武器を用意するぐらい親切ならば話は変わってくるが、流石にそれはないだろう。
ここから導き出される答え――。
それは、この魔王城はマールの影響下にある、ということだ。
……いや影響なんて可愛らしいモノではない。
魔王と魔王城はマールの支配下にある。
そう断言してもいいだろう。
オレはてっきり、実体を持たず直接魔王を滅ぼすことが出来ないマールが、自分の手足として動く勇者を用意して成長させ、魔王を滅ぼすところまで誘導する、そんな感じだと考えていた。
しかし、その前提が完全に崩れた。
マールと魔王は対等ではなかった。
そして――。
『随分と苦しそうだぞ? ……助けに入らないのか?』
そう、オレにもコイツの声が聞こえるようになっていたのだ。
クロエが帝都にやってきた直後ぐらいだろうか。
聞こえたときの衝撃は前回のそれを遥かに上回るものだった。
この忌まわしいおっさんの声が頭の中に響いた瞬間、今までの疲れが一気に噴き出して数日間寝込んでしまった程だ。そのせいで皆に迷惑をかけてしまったのは本当に申し訳なかった。パールなんかは本当に心細そうにオレの世話をしてくれたものだ。
何故いきなり聞こえるようになってしまったのか?
それを問いだたしたことはない。
そもそもまだ一度も返事をしていない。
ずっと聞こえないふりを続けている。
次第にマールも反応しないオレに対して返答を求めることもなくなった。
その代わり、事あるごとにクロードの情報を垂れ流し始めたのだ。
当然それも無視し続けた。
ひょっとしたら、帝都の混乱を収めたことが、神の声の条件でもある善行として扱われたのかもしれない。
だが、それならば女王国で民の生活を向上させたことも善行だったはず。
そんな釈然としない思いを抱きつつも、その辺りの事情は『神のみぞ知る』といった感じで考えないようにしてきたのだ。
しかしながら、このセカイの仕組みがおぼろげながら理解出来た今ならば、見えてくるモノがあった。
もしかして魔王と魔王城は舞台装置に過ぎないのではないか、と。
そもそもこのセカイは、マールの作り出した実験のような、遊び道具のような、そんなセカイなのではないか?
勇者と魔王のどちらが勝つのかという、そんな感じの。
コイツは何度も何度もこの遊戯を繰り返しているのだ。
――暇つぶしか何かのように。
それならば2周目勇者という考え方も理解できる。
マールの気まぐれによって何度も何度もこのセカイは作り直され、その度に魔王や人間たちはあるべき場所に配置された。
そしてヴァルグランの領主夫妻や皇帝はその度に殺され続けてきたのだ。
それが役割だからだ。
あまりにもオレたち人間を虚仮にした話だが、一応コイツは神だ。
悔しいが、仕方がないと割り切るしかない。
まぁこれはあくまでオレの推測でしかないのだが、当たらずとも遠からずといった感じだろう。
おそらくこの遊戯におけるマールの勝利条件は『勇者が魔王を倒すこと』だ。
そう仮定するならば、クロードが魔王に負けれた時点でマールの負けとなる。
だがオレという存在を再び勇者と見做すことで、クロードとオレのどちらかが魔王を倒せばいいのだと都合よくルール変更したのだろう。
その証として、オレに『神の声』を届けることにした、と。
そう考えれば全てが繋がった。
勇者になったつもりはないが、勇者並みの仕事をしたのだと解釈すれば納得出来なくもない。
更にクロードへの言葉がオレには聞こえていないことを考えれば、マールは俺とクロードに対して別々に話しかけていると考えられる。
要するにマールはクロードに無断で二枚賭けを始めたという訳だ。
随分と姑息だが、この柔軟な考え方は嫌いではない。
むしろオレ好みだと言えるだろう。
『――まさか共倒れを狙うつもりなのか? ……これはまた随分と姑息な』
…………まぁ、似た者同士、ということか?
二枚賭けはオレの常套手段だから、あまり人にどうこう言える立場でもない。
ただこのマールの欲張り戦術のお陰で、オレも上手くいく為の道筋を見出すことが出来た。
むしろこの状況に大変満足していると言っていい。
当初の予定とは随分と狂ったが、クロードたちの動向を正確に知ることに成功した結果、より楽しくなる計画を立てることが出来たのだ。
マールはあまりクロードのことを信用していないのだろうが、この戦闘を見る限りオレの出る幕はないと考えている。
……一体何が彼らをここまで強くさせたんだろうね?
何が彼らをこれ程までに突き動かしているんだろうね?
魔王を倒した先に彼らは何を見ているんだろうね?
オレは口元を結び、必死の思いで笑いを堪えた。
ここまで追い詰めるには追い詰めるなりの理由があったのだ。
オレはオレの目的を果たす。
その為だけに知恵を振り絞ってきたのだ。
それでは見せてもらおうか!
オマエたちの徒花を!
――オレの用意した最高の舞台で!
……なぁ、クロード?
頼むから最後まで楽しませてくれよ?




