第9話 テオドール、愛娘の公開告白に度肝を抜かれる。
アリシア女王は現在療養中だ。
魔王復活以降、混乱するセカイの陣頭指揮を執っていたが、頼りにしているクロエが帝都に到着するとつい気が緩んでしまっただろう、崩れるように倒れて込んでしまった。
我々の前では気丈に振舞っていたが、頼りにしていた近衛騎士のレッドと熱心に勧誘していたトパーズの二人を同時に失ったのだ。――それも自身を庇って。
気を病んでしまっても不思議はない。
女王としてどれだけ毅然とした態度を取っていたとしても、彼女はまだまだケイトよりも幼い少女なのだ。
今はそっとしてあげようというのが我々大人の総意だった。
そんな女王に後事を託され、動いていたのがクロエだった。
彼女のどこにこれ程の才があったのだと思えるほど精力的に、そして圧倒的な能力を周囲に見せつけていた。宰相ニールも躊躇うことなく妹であるクロエの指示に従う。気が付けば私もロレントも彼女の言うままに身体を動かしていた。
よく考えれば彼女はアンダーソン一族の人間なのだ。
宰相と同じくらいの力を持っていても不思議ではない。
そう思える程、あの一族は優秀なことで有名なのだ。
――そしてもう一人、その優秀さを誇る一族の者が彗星のように現れた。
「――それにしてもケイトは本当に素晴らしいな。……彼女がいなかったらと思うと正直恐ろしい」
宰相ニールは珍しい笑顔で娘を褒める。
彼の性格を考えれば、これは大絶賛と言ってもいい。
……彼からすれば姪っ子だ。どうやらそれなりに可愛く思っているらしい。
いや実際、娘は可愛いのだ! ……ケタ違いに可愛いと言っても過言ではない!
よく気が利くし、性格も申し分ない。
母親であるクロエに扱き使われながらも、健気に帝都狭しと走り回る娘の姿は私たちの癒しだった。
非常事態とはいえ、未だに権威だの何だのという輩は一定数存在する。そんな彼らを下から丁寧にお願いするという形で、上手く譲歩を引き出す手管は見事なものだった。
新しい神官長も諸手を挙げて娘を褒めてくれる。
「いやはや、本当に彼女は凄腕ですよ。我々教会もケイト嬢だけは絶対に敵に回したくないという話で持ちきりでしてね。……全くもって恐ろしい!」
そんなことを言いながらも、彼は楽しそうに笑うのだ。
物騒な言葉とは裏腹に、教会と娘は緊密に連携を取りながら実に友好的な関係を結んでいる。少なくとも今のような軽口を言える程度には親しいらしい。
今の教会はオランドのいた頃とは比較にならないぐらい協力的なのだ。
娘がお願いに行けばすぐに動いてくれるようになった。
新しく生まれ変わった教会指導部は話が分かる人たちのようで、本当に助かっている。
「――準備が整いました」
軽いノックの後、伝令が一礼し控え室に入ってくる。
私たちは立ち話を中断すると頷き合い、本会議場に向かうことにした。
本日の議題は『ゴールド卿の処遇について』、だ。
先日ゴールド卿がオランド神官長殺害教唆の罪で捕らえられた。
更に冒険者クロードに対して皇帝暗殺命令を出していたことも判明した。
他にも余罪が次々と。
取り調べ中、彼は「ケイトにオランドを殺せと命じられた」と、そればかりを繰り返した。
当然ながらケイトはそれを否定する。
教会関係者も「オランドと彼女の関係は実に良好であり、そんなことはあり得ない」と口を揃えて証言した。
我々はそれらの事情を勘案した結果、『ゴールド卿による教会とレジスタンスを離反する為の姦計』だと断じた。
しかしそれに納得しない彼は申し開きの場が欲しいと嘆願してきたのだ。
何を思ったのかケイトまでそれを受けて立つと了承する。
仕方なくクロエに相談してみれば、彼女も笑顔のまま「面白そうですね。私も是非出席させて頂きます」なんてコトを言い出す始末。
あれよあれよと言っている間に、法的拘束力を持つ帝国議会での審問という形になった次第だ。
最後に私が議場入りすると、出席者全員が起立して出迎えてくれた。
今回の議会は各領主それに執政官が居並ぶことになった。
このように全員が出席する議会はここ二十年の間、一度も無かったことだ。
少なくとも私はポルトグランデの執政官になってから一度も出席していない。
さらに発言権のある議員ではないものの、教会関係者の席も埋まっていた。
枢機卿である次兄殿下やその横に先程まで一緒にいた新しい神官長もいる。
振り返り壇上を見上げると当然ながらそこだけが空席だった。
この席に彼女が座ることになるのか、それともあの席自体が廃止されるのか。
いずれそれも明らかになるだろう。
私が宰相席に着くと、皆もそれを見届けてから着席する。
手短に開会の挨拶を済ませると、早速ケイトによる査問が始まった。
ケイトとゴールドの二人が机越しに対峙し、それを皆が遠巻きに見守る形だ。
まず娘が書類の束を抱えて立ち上がると、彼にかけられた罪状を読み上げた。
「――以上がゴールド卿、貴方にかけられている嫌疑です。……否定されるのであればどうぞ?」
それだけ言うとケイト澄ました顔で着席する。
それに入れ替わるようにゴールドが軽く咳ばらいするとゆっくり立ち上がった。
「オランドへの殺害教唆以外は全て認めましょう。……皇帝陛下暗殺教唆も、です。死罪となったとしても文句は言いますまい」
彼は帝国貴族らしく堂々と語り出す。
「ですが、これまでも取り調べの度に何度も何度も申し上げましたが、オランド神官長の殺害教唆の罪だけは絶対に認められません。……確かに彼の殺害手配こそ行ったのは私ですが、それを私に指示した黒幕がいたのです。当時追い詰められていた私はそれに逆らうことが出来なかった。……先程罪状を読み上げながら貴女は仰いましたよね? 『逆らえない冒険者クロードに命令』と。……私も同じ状況だったのですよ。あの状況では到底逆らえなかった。……ケイト=ターナー、貴女に、ね?」
最後の一言に議場がどよめいた。
「――静粛に願います!」
私は議場の混乱を鎮める為、そして何より私自身を鎮める為に木槌を打つ。
その間、娘は平然とした表情をしていた。
女王国関係者の席にいるクロエの顔を見ても、特に驚いた様子はなかった。
「どうぞ、そのまま続けて下さい」
ケイトは着席したまま手を差し出し、ゴールドに続きを促した。
その全く動じていない態度に攻めているはずの彼が呆然とする。
「ですから! ……貴女はあの夜、我が屋敷を訪れオランドを殺せと言ってきたでしょう!? どうなんです!?」
「そのような事実は一切ありません。……誰か証人でもおられるのですか?」
「……な、何を!? まさか、貴女、本当にしらばっくれるおつもりですか? ……あの夜のことは我が執事が――」
「信用出来ませんね。貴方がそう言えと命令すれば、彼はそう証言するでしょう?」
ゴールドが目を見開いて歯を食いしばっていた。
対するケイトは余裕の笑みを浮かべている。
強い口調で詰問するゴールドとそれに歯牙もかけないケイト。
二人の主張は真っ向から対立していた。
お互いが言った言ってない、屋敷に来た行ってないとの水掛け論。
その中で今度はケイトがゆっくりと立ちあがると机の周りを歩き始めた。
「――そもそも、仮に、仮にですよ? ……私がオランド殿を殺せといったところで、下手人を調達し命令を下したのはあなたでしょう? その証拠もありますし、何より貴方自身がそれを否定していない」
ぐるぐると彼の周りを歩きながら娘は続ける。
「ねぇ、何故私なのです? 何故貴方はこんなにもこの私を陥れようとするのです? ……私がオランドさんを殺して、一体何を得るというのです?」
娘のその言葉を聞いてゴールドは頭を跳ね上げた。
そして勢いよく立ち上がる。
「あのとき貴様はロレントを救いたいと、そう言ったではないか!」
そして彼は熱く語り出した。
――娘の動機を。
ケイトはロレントがヴァイス将軍の二の舞になるのを恐れていたのだと。
女王とオランドが手を組めばロレント一人を悪者にして幕引きが出来る。
女王には手を出せないからオランドを殺すことを彼に提案してきたのだと。
それを語り終えたゴールドは鼻息荒く着席した。
そしてどうだと言わんばかりにケイトを睨みつける。
対する娘の表情には笑みが浮かんでいた。
「なるほど確かに筋は通っていますね。事実私は子供の頃からロレントさんのことを愛していました。家族としての親愛ではなく、一人の男性として! その気持ちは今も変わりありません! 私はいつか彼の花嫁になりたい!」
まさかの堂々たる告白に議場から感嘆の声が上がった。
――「「おぉー!!!」」ではない!
認めん。そんなことは絶対認めん!
娘はずっと私の元に置いておくのだ! 嫁になど行かん!
私は静まる(鎮まる?)よう、ひたすら木槌を叩き続けた。
私の木槌の音が気に障ったのか、ケイトは苛立たしそうにこちらを睨みつける。
慌てて私がその手を止めると、娘は苦笑しながら続けた。
「……ですが、何故それとオランドさんを殺すことが繋がるのでしょう? 私の恋心を詭弁に利用するのは貴方の勝手ですが、そこがどうしても解せないのですよ」
確かに繋がらない。
ゴールドはいろいろ言うのだが、やはり説得力に欠けるのだ。
ロレントの命を救う為と言うが、実際はオランドを殺しても何も解決しない。
もし娘がヤツを救いたいのならばまず私に訴えるべきだし、何より以前も今も変わらず女王の側近として唯一無二の存在感を示し続けている妻に相談すれば済む話だ。クロエもロレントを見殺しにはしないだろう。
「そもそも今日の議会で女王国側から出席された方々をご覧になってください」
ケイトの声に皆が一斉にそちらに向く。
「女王陛下の名代としてウィルヘルム=ハルバート様。そしてその補佐としてケンタロス=キャンベル様。……極めつけは本日『女王国の宰相』として出席されているニール=アンダーソン様――」
今回傍聴人兼お目付け役として女王国の人間が顔を出していた。妻もそこに用意された席に座っている。そして先程控え室でニールから、今日付けで女王国の宰相に就任したとの報告も受けた。
「彼らの出自を見てください。山岳国、聖王国、そしてつい先日まで我々と戦争をしていた宰相ですよ? そんな彼らが現在アリシア女王陛下の側近として存在感を示しているのです。……女王国は優秀であり志の高い人間ならば、たとえ昨日まで敵であろうが関係なく受け入れる懐の深い国です。それを私たちもまざまざと見せつけられてきたではありませんか?」
その通りだ。そしてその雑食性こそが女王国の強みなのだ。
「貴方が今名前を挙げられたロレントさんも魔王復活以後、他ならぬアリシア女王陛下から直々に将軍に任命され、モンスター討伐任務を主導し今も民の為に血と汗を流しております。彼自身も仕事にやりがいを感じているそうです。更に女王国の将軍であるブラウン殿からも彼の仕事を高く評価しているとの証言を頂いております。……そのような状況で私がわざわざオランドさんを殺す必要など一体どこにあるのでしょう?」
出席者全員が一様に頷いた。
この議会に参加している面々の中にも、ほんの先日までは女王に敵対していた者たちがいる。
そんな彼らも咎められることなく、引き続き役職を任されているのだ。
「――だが、ヴァイスがあのように殺された以上、ロレントもそうなる可能性はあったはずだ!」
ゴールドはなおも言い募る。
「いいえ、そもそもその論理がおかしいのですよ」
しかしケイトは余裕の表情でそれを受け止めた。
「いいですか? そもそもヴァイス将軍の件は貴方に原因があるのですよ?」
ケイトが理解の遅い子供に言い含めるように優しく話しかける。
「本来ならば貴方が何を置いても彼を守るべきだったのです。それなのにも関わらず貴方は彼に対して、逆に責任を押し付けたのです。貴方が被るべき罪を一方的に、彼の同意なく擦り付けた……違いますか?」
ケイトが机に手を付くとゴールドの目を下から覗き込んだ。
彼がそれを嫌がるように顔を背ける。
「もし父とロレントさんが同じ立場になったとしたならば、おそらく父は女王陛下を敵に回してでもロレントさんを守ろうとしたでしょうね。そこが貴方と父の違いなのです! ……そしてアリシア女王陛下はそのようなコトで機嫌を損ねるような小さい器の御方ではありません! ……ゴールド卿。貴方はあのときご自分の器を試されていたのですよ、他ならぬ女王陛下に、ね? ……そして貴方はレオナール殿下と自身のちっぽけな名誉の為に、今まで身を粉にして働いてきたヴァイス将軍を切ったのです」
ケイトの迫力によってこの広い本会議場が飲み込まれていく。
「貴方は保身の為にヴァイス将軍を切った! 断ることの出来ない立場である冒険者クロードに皇帝暗殺を唆した! そしてオランドさん殺害の罪を私に被せようとした! ……万死に値する、そう思いませんか、皆様?」
手を大げさに振りながら、娘は真剣な表情で議会を見渡し同意を求める。
それを受けて議会中に拍手が渦巻いた。
その熱気あふれる光景を私はどこか遠いセカイのように感じながら眺めていた。
立派に育ってくれた娘を思うと、嬉しくもあり頼もしくもある。
間違いなく彼女は私たち夫婦の誇りだ。
――だけど、何故だろう?
どこか背筋に冷たいものが走るのも事実だった。
以前の娘と何かが決定的に違うのだ。
どこかアリシア女王のような得体の知れない何かを感じる。
マネだとか、そういった表層的なものではない。
根本から変わってしまったような感覚。
確証などはない。……だが、親だからこそ分かるのだ。
娘は一体何になろうとしているのだ?
――妻ならもしかして分かってくれるかもしれない。
そう思い女王国の席に視線を向けると、クロエは穏やかな笑みを浮かべていた。
「――ふざけるな!」
ゴールドは叫び声をあげ、ついに拳を机に叩きつけ始めた。
そして娘を口汚く罵る。
「キサマはあの夜、私の屋敷にきてオランドを殺せといっただろう! ロレントを助けたいと! ……身体を震わせながら! キサマが! ……オランドを殺せば、ロレントは助かるのだと! そう、キサマが! あのとき、そう言ったのだろう!?」
「――先程から何を寝ぼけたことを仰られているのですか? ……ついに妄想と現実の区別のつかなくなりましたか?」
大声で叫ぶゴールドに対して、ケイトが含み笑いしながら辛辣な言葉で返す。
彼は血まみれになった拳を何度も机に叩きつけながら、娘を嘘つき呼ばわりし、父である私を罵り母である妻を罵る。――聞くに堪えない言葉で。
あの帝国貴族を絵に描いたような、あの立派な彼がこうまで落ちぶれるとは……。
議会の出席者の誰もが彼を醒めた目で見ていた。
その視線に気付くと今度は彼らを指差しながら罵声を放つ。
「――かきゅう、――! キサマ――!」
もはや何を言っているのか、それすら分からない。
皆が静まれと咎めても、彼はただ叫び続けた。
声が枯れても喉からヒューヒューと音を出しながら狂ったように叫び続けた。
――やがて彼は糸が切れた人形のように膝からその場に崩れ落ちる。
床に横たわり、口から血の泡を噴きながら次第に動かなくなっていく彼を、皆が呆然と見つめていた。
そして娘は一切の感情を見せることなく、異様な雰囲気になってしまった議場を見渡していた。
帝都にあるターナー本家の屋敷に戻った私は、先程の議会のことを振り返りながら頭を抱えていた。
「……あら、戻っておられたのですか?」
「あぁ」
妻も帰ってきたらしい。
彼女はポルトグランデの屋敷には居なかった執事にコートを預けると私の隣に座る。微かに頬が上気しているようだ。
「……なぁ、今日のアレを見てどう思った?」
私は深呼吸すると思い切って妻に尋ねてみた。今の言葉で十分伝わったはず。
……娘のあの姿は一人で抱え込むには少々重すぎた。
「えぇ、そうですね。……まだまだ甘いと思いました」
少し考えた彼女の口から返ってきたのは予想外の言葉だった。
「……えっ?」
「ゴールドの執事の話になったとき、あの子、彼って言っちゃいましたよね? もちろん執事は男性の仕事ですが、女性にも出来る仕事です。そこを突かれてしまえば、形勢は逆転していたかも知れませんね。……それにあの子は自分にオランドを殺す理由がないという主張はキチンと出来ていましたが、最後までゴールド邸に行っていないという証拠は提示出来ませんでした」
クロエが口元に笑みを浮かべながら話し始める。
私はそれを呆然としながら聞いていた。
「……更に言えば女王国の山猫は、あの日ケイトがゴールド邸に入ったことを確認しています。もしゴールドが女王国の密偵の実力を知っていれば、その上で女王国にそれなりの人脈を持っていれば、何らかの取引をしてその情報を提示することも可能だったはずです。……結局相手があの程度の小物だったから助かったという感じでしょうか?」
……どういうことだ? 君は何を言っているのだ?
それではまるで――。
「……まさか、あの子はゴールドに会っていたのか!?」
「はい、おそらくゴールドの言葉が真実でしょうね。……ゴールドにオランドを殺させ、迷走する教会を混乱に乗じて牛耳る。この上ない正攻法だと思います」
――そんな正攻法など聞いたこともない!
クロエ、……君は何を言っているのだ!?
「ですが、あの子にもちゃんと釘を刺しておくべきでしょうね。今回のことで調子に乗ると絶対に痛い目を見ますから。……それこそ、あの程度の実力で陛下に仕掛けようものなら簡単に返り討ちに遭うのは明らかでしょう。そうなれば血を吐いて死ぬのはあの子の方です」
一転して鋭い目つきになった妻の、その言葉と表情に愕然としてしまう。
そんな私の様子に構うことなく妻はいつものような笑顔に戻ると、私の肩にしなだれかかってきた。
「……何故?」
私は何とかその言葉を絞り出した。
「『何故』とは、何故あの子がこんなことを考えたということですか? ……それとも何故、女王陛下はこれを黙認されたのかということでしょうか?」
クロエが小首を傾げる。
いつもなら可愛くて可愛くて抱きしめたくなる仕草にも、どこか寒気を感じた。
「……両方だ」
私はその言葉を何とか絞りだす。すると妻が楽しそうに笑いだした。
「そうですね。確かにケイトがあの馬鹿のことを愛しているのは本当でしょうが、その為だけに動くとは考えられないですね。アレはおそらくゴールドをその気にさせる為の小道具でしょう。――弱みを握ったと錯覚させる為の。……本当の理由は単純にこの状況で遊びたかったから、……だと思いますよ?」
――遊ぶだと?
意味が分からない。
「あと、陛下が黙認された理由ですが、それはすでに聞いてあります。私たち夫婦と兄、そしてあの馬鹿といった娘の『保護者』が裏切らない為の首輪にさせてもらう、とのことでした。……それにオランドが邪魔だったのは何もケイトだけではないとも仰られていました。――好意的に解釈すれば『お咎めなし』ということだと思います。……おそらく兄を宰相に就任させたのも、娘に対する援護射撃のようなものかと」
私の知らない間に動いていたセカイがあったのだ。
それを垣間見て何を言っていいのか分からず、狼狽えるしかない私の頬をクロエは愛おしそうに撫でてくる。
「……あなたも私の過去をあの馬鹿から聞いたのですよね?」
彼女が先程から言っている馬鹿とはおそらくロレントのことだろう。
「今まで隠していましたが、私はそういう人間なのです。――おそらくケイトも」
――ケイトも。
そういうことだ。娘も女王と同類なのだ。
おそらく私たち普通の人間の範疇に収まる人間ではないのだ。
それこそが今日感じた違和感の正体だったのだろう。
もう娘は別のモノになってしまったのだ。
「ケイトは今、楽しくて仕方がないのです。私にもそんな時期がありました。しばらくは好きにさせてあげましょう。……それとなく見張っておきますから、その辺りは安心してくださいな」
そう言いながら彼女は猫のように私の首筋に顔を埋めてきた。
私は溜め息をつくと妻を力いっぱい抱きしめる。
「君も絶対に無茶だけはしないでくれよ」
「……はい」
私の言葉にクロエは甘えたように返事をした。
「――ただいま~」
どうやら娘も帰ってきたようだ。
私たち夫婦は顔を見合わせると、いつも通りの笑顔で娘を迎えた。




