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2周目は鬼畜プレイで  作者: わかやまみかん
10章 魔王復活編
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第7話  ロレント、荒唐無稽な話を聞かされる。


 クロードたちの第一陣からしばらく間をおいて、俺たちの部隊も突入を始めた。

 あちこちで剣のぶつかりあう音が聞こえてくるが、そちらに見向きもせず一直線に謁見の間へと向かう。

 あれから十年以上経つが城内はあまり変わり映えしない感じだ。

 そんな郷愁めいた思いを抱きながらもひたすら突き進んだ。

 ……ようやく、ようやくだ。

 十年越しの悲願が達成されるのだ。

 女王国の思惑だとか、今はそんなことは一切考えなくていい。

 俺は本能に従うまま、ここまで必死で戦い抜いてきたのだ。

 ――レジスタンスを束ねて皇帝を倒せと、まるで何かに急かされるかのように。



 謁見の間の大扉は既に開いていた。

 俺たちは合図をすると雪崩れ込むようにして突入する。

 そこで目にしたのは、皇帝を守るように両手を広げるトパーズの姿だった。

 そしてその前ではクロードが彼に向かい合うようにして立っていた。 

 床に倒れ込んでいる帝国兵の中にシーモアもいた。

 他に誰もいないことを考えると、クロードたちは数的不利であるにも関わらず、シーモアという強敵を退けたことになる。

 これはとんでもないコトだ。

 だがこの状況は一体――。

 トパーズがチラリとこちらに視線を寄越すと、助かったとばかりに安堵の表情を見せた。

 しかしその一瞬の気の緩みをクロードが見逃す訳もなく、一気に間合いを詰めるとトパーズに当て身を食らわせた。

 クロードは思わず膝をつくトパーズの横をすり抜けると、皇帝の腕を掴んだ。

 そして乱暴に立ち上がらせると、彼を後ろから羽交締めで拘束する。

 その時クロードは初めて広間に入ってきた俺たちに気付いたようで、驚いたように目を見開いた。


「僕たちがこんなにも苦戦していたのに、ロレントさんはのんびりとピクニックですか? ……本当にいいご身分ですよね」


 彼はどこか荒んだ眼をしながら俺を睨みつけると口元を歪めた。

 そして皇帝の腕を苛立ち紛れに捻り上げる。

 苦しそうに呻き声を上げる皇帝がみじめで胸が痛んだ。

 ――どうせこれもゴールドの差し金なのだろう。

 どう考えても今のままでは彼の独り負けだ。

 だが皇帝さえいなければ、再びレオナール殿下を推すことができる。


「おい、クロード!? 皇帝は殺さないと約束しただろう?」


 俺が説得するも彼は全く聞く耳を持たず、無視を決め込む。

 ……何故彼はこんなにも頑なになってしまったのだ?


「皇帝を殺したらどうなると思っているんだ。今度は女王国と戦争になっちまうぞ? 取り返しがつかなくなっちまう!」


「……アリスの言いなりになってしまった貴方には、もう何も期待していませんよ」


 ようやくクロードから返ってきた言葉は、意味の分からないモノだった。



 そんなやりとりをしている間に、続々と別動隊が集まってきた。

 そしてクロードが皇帝を縛り上げている状況を見て絶句する。

 どうすればいいのかと皆が顔を見合わせていた。


「もう、こうするしかないんですよ! これ以上アリスの思い通りになったら、セカイはメチャクチャになってしまう。これが最後の機会なんです!……何も分からないならば、黙って見ていてください!」


 何が言いたいのか見当もつかない。

 多少考え無しなところはあったが、こんな無軌道なことをするような男ではなかったハズなのに。

 コイツは一体何を考えているのだ?

 ――もしかして()()俺の知らないことを掴んでいるのか?

 クロードのあまりの真剣な表情に、揃った皆も彼のウラを考えて黙り込んだ。



 不意にガチャリと皇帝の私室側の扉が開いた。 

 あの先は行き止まりだから、突入メンバーがあそこに入り込むことはないはず。

 ……ならば敵か? あんなところにまだ誰か隠れていたのか?

 皆の視線が集まる中、そこから出てきたのはアリス、そしてその侍従のパールだった。

 ――更にその後ろから現れたのは宰相ニール=アンダーソン。

 ……なるほど、隠し通路か。

 前皇帝から全面的に信頼されていた彼ならばそういったモノを知っていても不思議ではない。

 宰相は我々を見渡すと、まず羽交い絞めにされている皇帝に一礼した。

 次にクロードを睨みつけたがすぐに視線を外すと、今度は倒れこんだままのシーモアに笑いかける。

 

「……よく持ちこたえてくれた」


「……あぁ、ちゃんと来ると分かっていたからな」


「おかげで()()()()()()()()。……本当に感謝する」


 宰相微かな笑みを浮かべると、今度はアリスに向きなおり恭しく一礼した。



 アリスは悠然とその礼を受けると一歩前に出る。

 そしていつものように相手を小馬鹿にしたような表情を見せながら腰に手を当て、クロードを睨みつけた。


「……さて、クロード。貴方は自分で何をしようとしているのか分かっていて? 約束も守れないならば、もう一度学生からやり直してみてはいかがかしら? ……幸いにも女王国では冒険者養成学校の再建計画が進んでいるわ。よろしければそちらへどうぞ」


「……うるさい! お前の思い通りになんてさせてたまるか! お前がセカイを腐らせようとしているのを、この僕が黙って見逃す訳がないだろう!」


「セカイを腐らす? ……一体どういうことでしょう?」


 クロードの激しい剣幕に対して、アリスは楽しそうに笑っていた。

 皇帝を人質に取られた状況でもまだ余裕がある。……流石の胆力だ。


「マール神がそう言ったんだ! ……お前はセカイの敵だと!」


 俺自身これを聞くのは二度目だから、流石にそれほど驚かない。

 だが初めて聞く宰相やシーモアその他大勢は、聞いてはいけないモノを聞いてしまったと言いたげに顔を見合わせていた。

 ……まぁ、いきなり神がどうこう言われても、な?

 変な空気になってしまったことにも気付かずに、クロードは熱く語り出した。

 


 イーギスでの攻防戦のあと、神の声が聞こえるようになったのだ、と。

 そのとき確かにマール神は「アリスを殺せ」と宣託したのだ、と。

 彼女は宰相と組んでこのセカイを支配する気だ、と。

 無能な皇帝を後ろから操る気なのだ、と。

 だから神は信頼できるゴールドと手を組み、皇帝を殺すよう命じたのだ、と。

 それこそがアリスの野望を打ち砕く唯一の手段なのだ、と。 

 だから何としても皇帝を殺さなければいけないのだ、と。




「……なるほど。中々興味深いですね。よく練られています。……笑劇として、ですが」


 クスクスと笑い出すアリス。

 確かにクロードの言っていることは荒唐無稽だった。

 しかし筋は通っていると思えた。

 この際、アリスがセカイの敵かどうかは置いておこう。

 ゴールドが信頼できるかどうかも今は置いておこう。

 彼女が宰相と組んでセカイを支配するというのは、今までの経緯を見る限り十分あり得る話なのだ。

 こうやって一緒に姿を現したことも、それに信ぴょう性を持たせる。

 停戦交渉や今回のコール将軍の投降のいきさつ。

 この一連の流れは全てアリスの思い通りに動いていた。

 もし裏取引で宰相や彼に従った人間を無罪放免にし、自陣営に組み込むという話が出来ていたのだとしたら?

 そのときアリスは、このセカイの覇者と呼ぶにふさわしい存在になっているだろう。



 ――いや違う!

 それならば別に皇帝を殺しても構わないのだ。

 そもそも皇帝を殺さないことの利点はあのとき話したように、穏便にレジスタンスによる議会運営に移行する為だ。

 初めからアリスがこの国の頂点に立つつもりならば、むしろ皇帝は邪魔者でしかない。

 さっさと殺してしまえばいいのだ。

 ……では、何故アリスは皇帝を生かしておきたいのか?

 逆にクロードは何故こんなにも皇帝を殺したがっているのか?

 どうもそこがはっきりしないのだ。




「――せっかくですから、私からも皆様に聞いて頂きたい話があります」


 そして今度はアリスが語り始めたのだ。

 以前聞かされたあの()()()()()()()()()()()()を!

 

「――見てくださいこの景色! この謁見の間からは水平線が一望できます。初代皇帝は常にこの場所で監視していたのですよ。魔王城が現れたらすぐに対処するために!」 


 アリスの弁舌は留まるところを知らず、笑顔を見せながら延々と話し続けた。

 帝都は海側に向いての防壁が相当古いということ。

 それに対して陸側に防壁が作られたのは『ほんの二百年ほど前』でしかないのだと。

 その表情と語り口には()()()()()()、含みやウラを察するように誘導する要素など一切合財なかった。

 どうやらアリスは真っ直ぐに誤解されることなく至極真面目に()()を伝えたかったらしい。

 ……こんなバカげた話を、だ!

 戦争を仕掛け、国を乗っ取り、ウラから様々な工作を仕掛けて発言力を高め、ついには帝国を支配する一歩手前までやってきて、最後の仕上げの段階で皆に聞かせたい話が()()なのか?

 俺たちはこんな戯言に付き合う為に今まで血で血を洗う戦い続けてきたのか? 

 アリスは本当に心の底からコレを信じて動いていたのか?

 ――もしそうだとしたら、この娘、完全に狂っていやがる。

 彼女は言いたいことは言ったのか、満足そうに一息ついてこちらを見渡した。

 しかしどう反応すればいいのか分からず、この場の全員がただ唖然としていた。

 当然だ。

 ある程度アリスの人となりを知っている俺でさえ困惑しているのだ。

 彼女の一番の理解者であるはずの女王国の人間でさえも、主の乱心に呆けていた。


「あとは私が話そう」


 重苦しい沈黙が続く中、今度は宰相が一歩前に進み出た。

 ……()()()、だと?

 まさか、このおとぎ話を更に続けるつもりなのか?

 この国の理性とまで言われた彼が?

 帝国を裏から支配してきた一族の彼が?

 ニール! おまえもか?

 皆の戸惑いも関係なく彼は穏やかな口調で話し始めた。



 前皇帝陛下の傍で働いていたある日、アンダーソン家の当主でもあった父親から一族の秘密とされていた皇位継承の条件を聞かされたのだと言う。

 痣の持つ者こそが真の皇位後継者なのだと。

 それに逆らい初代皇帝の封印が途切れてしまうと魔王が復活してしまうという、理性のある大人ならば俄かに信じられないような話だった、と。

 しかも今更そんな重大な話を聞かされたところで、年齢的に正妃には新しい子供などとても望めなかった。

 だからといって、側妃を求めようにも仲睦まじいことで有名な両陛下に割って入ることの出来る令嬢などいるはずもない。

 そもそもこんな縁談に乗ってくれるような貴族が存在しない。 

 やむを得ず、自分の屋敷の夫子ある侍女を説き伏せて、陛下の元へと通わせたのだ、と。

 彼女が子を孕んでからもずっと隠し通した。


「――もし痣がなければ彼女と夫との子とすればいい。そうすれば私の気の迷いとして、初めから無かったこととして処理をすることが出来る。むしろ私はそうなることを神に祈っていた。……しかし結果として脇腹に痣をもった男児が誕生してしまったのだ。……正直血の気が引いたよ。こんなバカげた話は嘘であって欲しかった」


 そう言うと宰相ニールは弱々しく笑うのだ。


「だが生まれてしまった以上、認めるしかなかった。……だから私は持てる全ての力を使って、その男児を皇帝に即位させる為に動いたのだ。……邪魔をする者は徹底的に排除した。僻地へ飛ばすこともあった。ありとあらゆる人間を敵に回したがそれでも私は躊躇わなかった」


 宰相のその言葉を受けて一同の視線が皇帝に集まった。


「……それこそ作り話だ!」 


「いや。……本当の話なのだ」


 喚くクロードに対して宰相は冷静に返した。




「じゃあ確かめればいいんだ!」


 そう言うや、クロードは乱暴に皇帝の服を脱がせ始めた。


「やめろ! 陛下に狼藉を働くな!」


 シーモアが苦悶の表情を浮かべながらも、上体を起こしながら叫んだ。


「うるさい!」


 クロードが強引に皇帝の服を破くと、彼の貧相な青白い身体が衆目に晒された。

 皆の視線に晒され、恥ずかしげに皇帝が目を閉じる。

 そして皆がそれを確認した。

 ――脇腹の部分にある痣を。

 前皇帝の首筋にあったものと全く同じ痣を!

 今でも記憶に残っているから間違いない。

 ……まさか、アリスと宰相の方が正しいのか?

 本当に魔王なんてモノがいるとでも言うのか?


「どうせ、コレもお前たちが仕込んだのだろう?」


 クロードはそう吐き捨てると、力任せに痣をこすり始めた。

 絵ならばそれで消えるだろうが、皇帝の肌は痛々しく赤くなるだけだった。


「……何かを貼り付けているのか? 畜生、面倒だな」


 今度は腰に差していた短剣で皇帝の皮膚を削り始める。


「やめろ!」


 今度は宰相が叫んだ。

 しかしクロードはそれを無視して、取り憑かれたように削り続けた。

 ――()()の皮膚がみるみる血に染まっていく。

 もう見ていられなかった。


 

 レジスタンスを率いてここまでやってきたが、陛下に恨みなんてなかった。

 俺だってシーモアたちと一緒に、陛下の為に命を張って戦ってきたのだ。 

 貴族や教会の策略にハマって殺されそうになるまでは、ずっと陛下に絶対の忠誠を誓ってきたのだ。

 陛下は生まれたときから敵だらけで、大人の悪意には敏感で、覇気が薄く物静かだったが、俺たち側近には全幅の信頼を置いてくれた。

 ……幼い陛下の遊び役は少々難儀だった。

 その点何故かシーモアは苦もなく陛下に付き合っていて、内心うらやましく思ったものだ。

 恥を忍んでコツを聞けば「ガキの扱いは慣れているからコツなどない」とぶっきらぼうな返事。

 それでも何とか俺に懐いてもらおうと努力したものだ。

 陛下から「いつもありがとう」と抱きしめられたときの感動は今でも覚えている。

 例の魔法剣を俺とシーモアに下賜して下さったあの日のことも。

 ――そんな無理をしてまで封印していた記憶が一気に蘇ってきた。


「やめろ! 頼むからやめてくれ!」


 気が付けば俺も叫んでいた。

 俺たちの陛下を傷つけられて、平気でいられる訳はなかった。



 陛下の痣は偽物ではなく間違いなく本物の痣だった。

 決して何か工作したとかそういうのではないことはもう誰もが理解していた。


「……どういうことだよ!」


 クロードも諦めたのか、手を止めて叫び出した。

 俺たちに、ではない。

 中空を見つめている。おそらくマール神に対してだろう。


「……ッ、……わかっているよ、そんなコト!」


 クロードが苛立たしげに叫ぶ。

 そんな光景を俺たちは無言のまま見つめていた。

 もう何を信じればいいのか分からなかった。




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