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2周目は鬼畜プレイで  作者: わかやまみかん
10章 魔王復活編
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第5話  トパーズ、シーモアと存分に戦う。


 我々は親衛隊長シーモアと二度目の対峙をしていた。

 そして目の前で繰り広げられるこの脈絡もない会話。

 私は徐々に過去の記憶が引きずり寄せられてくるのを感じていた。

 最初の違和感はあの古い教会での一戦だった。

 シーモアは私の体術に対して苦もなく対応してきたのだ。

 少し驚いていたにも関わらず、だ。

 私とて未熟なのは認めるが、それでも初見で見破られるような動きを実戦で使う程甘い覚悟で戦っていない。

 おそらく彼は山岳国武術の動き()()()()を熟知していたのだ。 


「……シーモアさん、仮面を取ってもらえませんか?」

 

 私は口を開いた。

 どうしても確かめたいことがあったのだ。


「ん? ……断る。面倒だ」


 にべもない。

 だがそれでほぼ確信できた。

 剣も抜かずに一瞬で我々を沈める程の圧倒的な実力。

 もちろん本人の努力もあっただろうが、そもそも素材からして別格だった――。

 そしてこちらの都合など一切関係なく、自分の言いたいことやりたいことだけしか興味のないこの感じ。


「……ギースさん、ですよね? ……私の兄弟子の」


「……あ? 誰だお前?」


 ようやく私の存在を認識したのか、彼がこちらに顔を向けた。

 仮面越しだからどんな表情をしているのか分からないが、怪訝そうな口ぶりで表情も察することができる。

 だが否定はしなかった。私は少しだけ緊張しながら息を吐いた。


「トパーズです。……拳聖イクス師匠の下で修業をしていました」


「……覚えてねぇな」


 しばらくの沈黙の後、シーモアは手を振った。

 まぁ、それは当然だろう。もう二十年近く前の話だ。

 私もたくさんいた修行少年の中の一人だったのだ。彼からすれば気まぐれで構ってやった弟弟子の一人。

 それでも私にとっては大事な思い出だった。


「……お前が山岳国の拳法を使うのは知っていたが、どことも似たような動きだからな。まさか弟弟子とは気付かなかったな。……まぁどうでもいいさ。今の俺はシーモアだ。皇帝陛下から下賜されたこちら名前のほうが遥かに大事だ」


 そういって彼は玉座で震えている皇帝に顔を向けた。




「シーモアの相手は私に任せて皆は他の親衛隊を倒してほしい」


 私は彼から視線を逸らさずに横にいるクロードに告げた。


「……大丈夫なのか?」


 クロードが心配そうな声で聞き返してくる。


「あぁ、この前は遅れを取ったが相手が兄弟子だと分かっていれば十分対処はできるはずだ!」


「雑魚が偉そうに……」


 シーモアが呆れたような声で呟いた。

 本当はこれっぽっちも自信がなかったが、それでもこの作戦が一番効率がいいはずだ。


「我々山岳国武術の人間は一対一で戦うことを想定して修行をしてきた。そしてシーモアはその極みにいる人間の一人だ。……だから彼に勝とうとするならば多方向から同時に攻撃を仕掛けるしかない」


 だから先に三人で邪魔になる彼の部下たちを仕留めてもらう。

 そして満を持して四人で一気に仕掛ける。

 私はその為の時間稼ぎに徹する。

 ちゃんと伝わったのだろう。クロードが大きく頷いた。


「……分かった。持ちこたえてくれ!」


 そう言うと彼はシーモアを迂回して後ろに控えていた親衛隊員に斬り込んでいった。それを追いかけるルビーとサファイア。

 こうして戦いが始まった。



 彼らの戦闘が始まってもシーモアは微動だにせず、私に注意を払い続けていた。


「よろしくお願いします!」 


 私は修行の頃を思い出し、あのときのように胸を借りる気持ちで一礼する。 

 そして一度深呼吸し、全身から余計な力を抜いた構えを取った。

 兄弟子にも私の思いが伝わったのだろう。剣は抜かず、私と同じように構えた。


「……上等だ、遊んでやるよ」


 これは私のワガママなのだろう。

 仲間に「ここは任せろ」なんて格好いいことを言ったが、結局は憧れていた兄弟子に今の自分がどれだけ通用するのか試したかったのだ。


「――いざ尋常に勝負!」


 私は小細工なしで真正面から突っ込んだ。


 

 シーモアはやはり強かった。

 こちらも強くなったつもりだったが、彼は更にその上を行く。

 ……それでも装備の重さの差は大きかった。

 私は身軽だが防御力もそこそこ備えてある軽装。それに対して彼は重装備だ。

 何より仮面が視野を狭くしていた。いくら兄弟子といえども、それは致命的だった。

 彼の動きに慣れてきた頃、苦し紛れに繰り出したあちらの突きに対して交差気味に放った私の拳が彼の顔面を直撃した。

 次の瞬間着けていた仮面がふっ飛び、派手に床の上を転がった。

 その下から現れたのは久し振りの顔。

 やはりギースさんだった。

 ――ただ顔面に鋭い何かに斬られたような傷が残っていた。


「あぁ、コレか? ……ロレントの置き土産ってヤツだ」


 私が何を見ているのか気付いたのだろう、彼は苦笑しながら傷痕を撫でた。

 ロレントの腕を奪ったものの、無傷では済まなかったということだろう。

 成程それを隠すための仮面だったのか。

 誇り高い兄弟子が名誉の勲章とはいえ、その傷を衆目に晒せる訳がなかった。


「……ついでにその重そうな鎧も脱いだらどうです?」


 私の軽口に兄弟子は楽しそうに笑った。


「ほざけ! ひよっこ相手にはこれぐらいで丁度いい」


 だけど私をきちんと敵として認めてくれたようだった。

 彼は目を閉じて深呼吸する。

 そしてゆっくりと目を開く。

 本気の兄弟子がそこに立っていた。

 


 兄弟子はキレのいい動きで仕掛けてきたが、それでも私が有利に進めていた。

 徐々に私の攻撃が彼の身体に当たるようになってくる。

 拳の一撃は剣のように一閃で致命的な損害は与えられないものの、ある一定以上の実力のある武道家の拳ならば鎧越しでも十分にダメージを与えられる。

 今まで私の上段攻撃を上半身を反らすだけで回避出来ていた彼が、次第に大きく身体を捻ったり腕で受け止めたりすることが増えてきた。 


「……あぁ、畜生、やっぱりダメだな」


 シーモアが後方に引きながら距離を置いた。 

 そして溜め息をつくとゆっくりと剣を抜く。


「悪いが、抜かせてもらうぞ? 本音を言えばもう少し楽しみたいのだが、()が戻ってくるまで負ける訳にはいかんのでな」


 私はその言葉に無言で頷いた。

 彼の立場は理解しているつもりだ。今の兄弟子は昔の自由奔放な彼ではない。

 守るべき存在のいる親衛隊長シーモアなのだ。

 私も深く息を吐いて構え直した。



 山岳国の武術は大きく分けて剣と拳。

 それ以外の武器を使う人もいるが、この二つのどちらかを極めることが到達点の一つとされる。

 だが、兄弟子は違った。少年のうちに剣術を皆伝した後、拳術の方にも興味を示し、そちらも皆伝してしまったのだ。そういった人間は歴史上いない訳ではないが、実際に私が目にしたことのあるのは兄弟子だけだ。

 そして彼はいつの間にかフラリと山岳国から姿を消していたのだ。

 ――あれから十数年。

 私自身山岳国そして東方3国さえも飛び出したことで、見えてきたことがある。

 我々のように高みを目指したい人間にとっては、どう考えても山岳国は狭すぎた。

 今となってはあの国に残っている自分が想像できない。

 きっと国を飛び出した兄弟子も色々なことを経験したのだろう。――私がそうだったように。

 たくさんのことを吸収し、ロレントや他の猛者と出会い、あの頃よりも更に強くなったことだろう。



 まだ技の引出しがあるのか、兄弟子は山岳国剣術や帝国武術に加え、何か曲芸に似た動きを織り交ぜながら斬りかかってくる。

 初めて見る動きに捌くのが精一杯で、攻撃に転じる隙が見当たらない。

 だが、今はそれでいい。

 焦って無理に突っ込めばそれこそ彼の思うツボというもの。

 私の役割はあくまで時間稼ぎだ。

 その間に皆が他の兵士を倒してくれれば、あとは四対一で一気に勝負をかけることができる。

 取りあえず、今は凌ぐ――。

 そう頭の中で考えた瞬間、何か嫌な予感で肌が粟立った。

 反射的に身体を捻り、今まで以上に大きい動きで彼の斬撃を回避した。

 ――ハズだったが武道着の袖がパックリと裂ける。


「……ほう、凄いな! 初見でこれを避けるのか?」


 シーモアが心底驚いた表情を見せていた。

 こちらとしては何が何だかわからない。

 完全に回避したはずなのに。……何故?


「……あぁこれはな、陛下から頂いた魔法剣だ。お前さんの仲間がロレントから貰った剣の……まぁ兄弟のようなモンさ。……気性の激しいロレントは『雷』、そして何を考えているか掴めない俺は『風』なんだそうだ」


 かまいたちのようなモノだろうか? ……なんて厄介な。


「……陛下は本当に我々のことをよく見てくださっているだろう?」


 そういって兄弟子は玉座で縮こまり、息を殺しながら戦況を見つめている男を、今まで見たこともないような優しい目で見つめるのだった。

 ……我々は今まで皇帝のことなど気にも留めていなかった。

 彼がどんな性格なのか、皇帝としてどんなことをやってきたのか、全く興味がなかった。ただ言われるまま彼を玉座から引きずりおろすことだけを考えてここまでやってきた。

 だがシーモアは違う。

 皇帝の親衛隊としてずっと一緒に過ごして来たのだ。

 偽りない忠誠がそこにあった。

 強くなる以外に興味を示さなかった兄弟子に忠誠を誓わせるような何かを、あの皇帝は持っていたのだろうか?

 私は本当に皇帝のことを何も知らなかった。



「……それにしても受けに回っていたから絶対に()()と確信したのだが。……見事だと言っておこうか」


 私の考えを余所に、シーモアは残念そうな表情で呟く。

 まさか兄弟子に褒められる日が来るとは!

 今日は私にとって忘れられない日になるだろう。


「……だからこそ本当にもったいないな。頭のどこかに雑念が混じっている。お前さ、さっきからずっと何か変なコトをウジウジと考えているだろう? もっともっと戦闘に集中しろよ。……そうじゃないとここで死ぬぞ?」


 ――まさかそんなことまで気取られていたとは。

 実は昨晩サファイアから呼び出され、無理やり聞かされた話が頭のスミにこびり付いて離れないのだ。今まで無理やり忘れようとしていたのだが、それでもまだ足りないらしい。

 だがそんな簡単に忘れることなんて……

 ――いや、ダメだ! 考えるな! 集中しろ!

 相手は本気の兄弟子なのだ。しかも厄介な魔法剣を持っている。

 気を抜くと殺される!

 私は何度も自分に言い聞かせながら深呼吸した。


「……まぁ、先程よりは幾らかマシか。……今は目の前の敵と戦うことだけを考えればいい。この俺が言うのも何だが、()()()()()()()なんざ滅多に拝めねぇぞ?」


 そういうと彼は笑顔で剣を構えるのだった。



 しかしどれだけ気合いを入れ直しても劣勢に変わりはなかった。

 風刃が怖くて迂闊に踏み込めない。

 相手の攻撃を紙一重で避けることだけに磨きをかけてきた私とは圧倒的に相性が悪すぎるのだ。

 腕が裂けて血が流れ始めた。

 ただでさえ集中できていないのに、痛みでさらに阻害される。

 思わず舌打ちをしてしまった瞬間、不意に体が温かくなった。――これは回復魔法か?

 その心当たりを探すと盾で相手の剣撃を受けとめながらこちらを見ているクロードと目が合った。

 いつものように卑屈だったり傲慢だったりしない目。

 純粋に仲間を思いやる目だった。

 その真剣な表情から受け取れるのは、頼むからもう少しだけ堪えてくれという気持ちのみ。

 ……元々彼は優しくて責任感の強い男だった。

 それが焦りや屈辱などで悪い方向に出てしまうことがあるという、ただそれだけのこと。

 だが今の彼にはそのような負の感情は見られなかった。

 私はクロードに頷く。――任せろとの意味を込めて。

 彼も笑顔になって頷き返してくれた。

 そしていつの間にか私の中の雑念は消えて無くなっていた。


 

 どれぐらい拳を打っただろう。

 どれだけ兄弟子の攻撃を喰らっただろう。

 痛みや焦りなど無く、血が流れても集中を切らすこともない。

 私は心地よい高揚感に身を任せていた。いつまでもこの時間が続けばいいと思えた。

 しかし次の瞬間、魔法の火球が二人の間に割って入ってきた。

 ――何を余計なことを!

 思わずルビーを睨みつけそうになる。……私は今、何を考えていた?

 慌てて首を振り、冷静を取り戻す。 

 我々はパーティなのだ。皆で力を合わせて戦うことで強くなってきたのだ。

 一人で戦ってきた訳ではない。

 シーモアは不意打ちの魔法にも持前の身体能力で避けて見せた。

 しかし一息つく間もなく、今度はサファイアの矢が彼を追い立てる。

 体勢を崩しながらも翻して避けるシーモア。

 その間に私は彼の死角に回り込んでいた。

 だが流石兄弟子というべきだろう、私の気配を察知し交差気味に拳を叩きこんできた。

 接近戦は間合いが物をいう。

 剣では間に合わない。

 だから拳。

 反射的に正解を掴み取る兄弟子ならではの天性の動き。

 ――そう、魔法剣ではなく拳!

 これなら紙一重で避けても大丈夫!

 私は彼の一直線に繰り出された拳の軌道を読みきって回避すると身体を密着させた。

 ――これこそが山岳国を飛び出して見つけた、私の理想とする戦い方です。

 人一人で強くなるには限界がある。だからパーティで強くなる。

 私はゼロ距離から渾身の力を込めて、彼の鳩尾に向けて拳を突き上げた。

 次の瞬間時が緩やかに動いていた。

 私はその感覚に()()を委ね、拳を押し込む!

 兄弟子と目が合った。

 驚いたような、それでいて何かを悟ったような目をしていた。

 ――あなたに教わった会心の一撃です。

 彼の身体に拳がめり込むと同時に物凄い轟音が広間に響いた。


「――クロードォォ!」


 私は吠えた。

 その雄たけびに応えるように、クロードが中空に打ち上がった兄弟子に向かって飛びかかる。

 空中で身動きの取れないシーモアに対して、上段から全体重を乗せ叩きつけるように斬撃を繰り出した。

 さらに剣から雷が迸り、それが兄弟子の身体を襲った。



 兄弟子は受け身をとることも声を上げることも出来ず、地面に叩きつけられた。

 そしてうつ伏せのまま苦しそうに呼吸する。

 もう指一本動かすことができないようだった。 

 クロードは倒れこんだシーモアを荒い息継ぎをしながら見下ろす。

 とどめを刺すつもりなのかと思ったが、彼にその気は無かったらしい。

 やがてその場を離れゆっくりと歩き出した。――その先にいるのは自身の護衛が全員倒され、恐怖に震える皇帝。


「……トパーズ! ヤツを陛下に近づけるな!」


 床に倒れたままの兄弟子がこちらを見て叫んだ。

 私も精根尽き果てて膝を付いていたが、その声に反射的に立ち上がる。

 そしてクロードを追い抜き玉座を背にして両手を広げた。


「……クロード? 何を考えているのだ? ……皇帝の首は取らないという話は覚えているよな?」


 しかし彼は私の問いには答えず、無言を貫いた。

 その表情は硬く、そして頑なだった。

 それだけで十分察することが出来た。

 ……コイツは女王国との約束を守る気などなかったのだと。

 ――初めから皇帝を殺すつもりだったのだと。




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