衂の味
あの夢はいつ見た物だろうか、大抵の夢は忘れてしまうのだが、何故かその夢だけは記憶の底に沈殿していた。
吐き気を催すような、忌々しく汚らわしい悪鬼共の森……そう表現してもいささか過大にはならないであろう。
あの男の……皿の上の男の目は、確かにこちらを見ていた!
あの夢の中での私は何処か分からぬ西洋風の食卓にいた。
私は悪趣味な拘束椅子へと座らされ、食卓へと向かっていた。
食卓の上には蝋燭の火が揺らめいていたが、どういう訳か食卓以外を見ることは叶わなかった。
食卓に突如として皿が置かれる。
皿の置かれた方を見るが、皿を置いた人間、または生物は居らず、代わりにウェイトレスの服を着込んだマネキン人形が立っていた。
皿の中にはステーキが載っていて変わった所は特に無かった。
拘束されている私がどの様に食べたのか、私の理解は及ばなかった。
ステーキは柔らかく、憎々しいまでにうまかった。
すると皿の中が勝手に"変化"した。
皿の上にはステーキではなく、
焼けただれた男の顔が、
切断された首を横に晒しながら、
目だけをこちらに向けていた。
私はまたもや拘束されていながらも、その男を粗食した。
先程と何から何まで同じ味がした。
顔を食われながらも、首だけの男は顔色ひとつ変えずに、ひたすらこちらを見ていた。
突然、男の口が開く。
声を発してはいなかったが、何故か理解できた。
ゆっくりと、尚且つ正確に。
"お"
"い"
"し"
"い"
"か"
"お" "い" "し" "い" "か"
おいしいか?
男は確かにそう言っていた。
私はその夢を見てからと言うもの、あの味を思い出したいという欲望に支配されてきた。
焼けただれた男のあの味を。
私は求めていた。
あの味を。
あの味を。
肉の焼けた
人間の味を。
私はあの夢をもう見ることは無いだろう。
ただ、私はこれからも"この行為"は恐らく続けるものだと思う。
"人を喰らう"というこの欲求が、
夢にかけられた呪縛が解ける
その時まで……………