#8
白鳥さんは廊下から教室の中を覗き、首を何度も横にぶんぶんと振っていた。
彼女は通学鞄を持っていたので、ついさっきここにきたのかもしれない。
教室のドアにはガラスがついているため、廊下から中の様子はすぐに分かる。
おそらく彼女は教室に入ろうとしたが、少し躊躇ったのかもしれない。
「おはよう!」
「白鳥さん、おはよう」
「あっ、荒川さんと木野さん、おはよ」
私達は白鳥さんに近づき、挨拶を交わす。
しかし、彼女はどこかぎこちない様子だ。
「さっき、白鳥さんは首を横に振ってたけど、どうしたの?」
私はそのことに気になり、白鳥さんに問いかける。
「木野さん、今、教室の中は大変なことになってるよ?」
彼女は私の目をしっかり見ながら、緊張感のあるような口調で言ってきた。
いつもならば、「関係ないし」とか「別に」で済まされてしまうことが多いため珍しい。
彼女と向き合ってちゃんとした会話をしたのはこれがはじめてだ。
そして、彼女はこう続ける。
「あたしはさっき、ここに着いたばかりだから、よく分かんないけど、とにかくヤバい状態だよ?」
「えっ!?」
白鳥さんが言った「ヤバい状態」というものが私にはどんな状態か分からなかった。
怖い……怖いよ……。
教室に入りたくないよ……。
そう思うと脚がガクガクと震え始めた。
そこから全身に震えが生じる。
「脚、震えてるけど、大丈夫?」
白鳥さんがそっと声をかける。
「う、うん……」
「友梨奈、わたしも一緒だから大丈夫だよ」
「ほら。荒川さんもそう言ってくれてるから、一緒に教室に入ろう? ね?」
「うん。ありがとう」
白鳥さんは外見が派手だけど、一緒に教室に入ろうと促してくくれた。
彼女は案外、中身は意外と繊細なところがあるのかもしれない。
私は彼女らと一緒に勇気を振り絞ってそこに入った。
入ったのはいいのだが……。
「な、何これ!?」
「これは酷い……。明らかに酷すぎる……」
私と柚葉が同時に声をあげた。
白鳥さんが教室に入ることを躊躇ったのも言うまでもない。
私の机の中はゴミが大量に入れられ、その上は黒板消しで拭いたのか分からないけど、真っ白になっていた。
おまけに色とりどりのチョークで『死ね!』や『学校に来るな!』と男子の字で書かれ、ご丁寧に菊の花が添えられていた。
椅子の上には無数の画鋲が敷き詰められている。
「木野、お前はゴミ集めが趣味なんかよ!」
「汚ねー!」
「こっちにくんなよ、ゴミ女!」
クラスの男子の一部が私に向かって言い放った。
「男子、止めなよ!」
「その言い方はないでしょ!?」
「木野さんの席、きれいに片付けなさいよ」
「これだから男子は……」
女子が彼らに注意するが、全く聞く耳を持たなかった。
そして、毎度お馴染みの消しゴムをちぎったものを投げつけ始める……。
おまけに机の中のゴミも一緒に――。
「止めてよ!」
私は瞳から涙をこぼしながら叫ぶ。
「お前がゴミを集めてくるから迷惑なんだよ!」
「消えろ!」
「1回死んでこい!」
「なんなら、俺達で殺す?」
彼らはだんだん物騒な言葉を言い放ち、私の耳に飛び込んでくる。
「それで、荒川と白鳥はあのゴミ女と仲良くするんだな?」
「よくあの女と一緒にいられるよな」
「だよな!」
彼らはゲラゲラと笑い始めた。
耐えられなくなった私はついに教室から飛び出した。
「友梨奈!」
「木野さん!」
それからのことは教室から飛び出した私には分からないが、おそらく柚葉達が反応したと思われる。
「あーあ。君達の大切なお友達が飛び出しちゃった」
クラスの主犯格の男子がそう言う。
白鳥さんと柚葉は少しイラついた表情を浮かべた。
「木野さんは「ゴミ女」じゃないし」
「友梨奈のことをどう思っているか知らないけど、わたしは許さないから! まひろ、行こう!」
「うん」
彼女らは私を探すため、あちこちの教室を探し始めた。
2016/01/23 本投稿
2016/02/07 改稿