#2
新学期早々に忘れ物をしかけた私はなんて運がないんだろう……?
一応、早めに家を出ようと思っていたけど、そのせいでいつもと変わらない時間になってしまった。
様々な学校の制服を身にまとった同世代の学生達に紛れて私も桜並木をゆっくりとした足取りで歩いていた。
つい最近までは九分咲きだった桜は満開となり、私達の進級を祝ってくれているみたい。
私の右肩に桜の花びらがひらりと舞い落ち、左手でそっと摘んだ。
その時、誰かが走ってくる音が微かに耳に入り、どんどん近づいてくる。
私は気になり、後ろを振り向くと、通学鞄とラケットを持った1人の男の子が近づいてきた。
「友梨奈、おはよう!」
「あっ、おはよう、聡。久しぶりだね」
「ああ! 友梨奈も元気そうだな」
「うん!」
彼の名前は秋桜寺 聡くん。
中等部2年の頃のクラスメイトで私の彼氏。
彼は成績優秀でスポーツ万能だからバドミントン部で活躍しているの。
それに対して、私は成績は中の上だけど、スポーツはどちらかというと苦手な方。
まぁ、音楽だけは聡に勝てると思う。
あと、聡はイケメンで誰にでも親切で優しいから、生徒や先生からの信頼度が高い。
「なぁ、友梨奈」
「ん?」
「今年も同じクラスになれるといいな」
「うん。たとえ、違うクラスになったとしても会える時に……」
会おうね、と言おうとした瞬間、
「「いたっ!」」
また後ろから今度は元気な女の子達の声が私の耳に飛び込んでくる。
もう、誰よ!
人が大切な彼氏に今、1番伝えたいことを言おうとしてるのに!
「友梨奈っ! お・は・よっ!」
「友梨奈ちゃんと秋桜寺くん、おはよう」
「凪と早紀、おはよう」
「おっ、おはよう」
私達が後ろを振り向くと、先ほどの声の主である2人の女の子が立っていた。
「友梨奈、今日も秋桜寺とベストショットだねぇ」
「そうだねー」
「2人とも、からかってるのー? しかも、今日もって……」
「違うもん! 冗談だよ!」
「あれー? じゃあ、2人は春休みの間、一緒じゃなかったの?」
彼女らは私を手慣れた口調でからかう。
「もう! 私達はいつも一緒じゃないよ」
「確かに!」
「うん。残念ながら、僕達はご覧の通り入ってる部活も違うし……」
聡は少し呆れながら、彼が持っているラケットと私が持っているクラリネットが入った楽器ケースを指さしながら言う。
「確かに違うね」
「そういえば、新井と工藤も友梨奈と同じ吹奏楽だろ?」
彼は彼女らに問いかけた。
「うん。あたしはトランペット!」
この子は新井 凪ちゃん。
1年生の頃、仮入部期間に話したことがきっかけで仲よくなったんだ。
担当している楽器は本人が言ったとおりトランペット。
「ボクはアルトサックスとソプラノサックス」
自分のことを「ボク」って言っている女の子は工藤 早紀ちゃん。
担当している楽器は以前は曲に応じてアルトサックスとソプラノサックスを兼任してたけど、友梨香がいなくなったあとはソプラノサックス専任になったの。
「工藤は男の娘か?」
「いや、ボクはご覧の通り女の子だよ」
早紀は制服のスカートがめくれてもお構いなく、くるりと一回転する。
やだー、下着が丸見えじゃない!
ちょっと、空気読んでよ!
目の前に男の子がいるんだよ?
他にもたくさんの人がいるんだよ?
「く、工藤! 女ということは分かったから!」
「分かればいいよ」
「ところで、サックスはジャズとかでよく見かけるけど、ソプラノサックスって何?」
聡が顔を赤くしながら早紀に質問した。
やっぱり、女の子の下着が見えるのは恥ずかしかったよね……。
「んーとね……。ボクが担当してるソプラノサックスは簡単に言うとクラリネットが金ピカになったものだよ!」
「友梨奈の楽器が金ピカになったら工藤のソプラノサックスになるんだ……」
「聡、見た目だけね。見た目」
「見た目だけか……」
早紀が聡の質問に答える。
聡、純粋に信じてるよ……。
見た目はクラリネットに近いけど、音は同じじゃないからね!
「うん、見た目はそんな感じ。音域はフルートと同じくらいかな?」
「へぇー。楽器にはいろいろな種類があるんだな」
「そうだよ! ボクからも秋桜寺くんに質問していい?」
「何?」
今度は早紀が聡に訊きたいことがあったみたい。
「今頃だけど、秋桜寺くんってテニス部?」
「僕はバドミントン部だよ」
「テニス部とバドミントン部は紛らわしいよね?」
「まぁ、ラケットだけだと分からないよな」
「うん。シャトルかボールの違い?」
「まぁ、そんなところだな」
確かに納得できる。
私も本人から言われる前までテニスかバドミントンか分からなかったしね。
早紀と聡が楽しそうに話していると、
「ちょっと、早紀は秋桜寺と話しすぎ! あたしにも話をさせろ!」
凪が少し拗ねた口調で言う。
早紀を軽く突き飛ばし、彼女は危うく他の人とぶつかりそうになった。
「うわっ! ちょっと、凪ちゃん。ボクを突き飛ばさないでよ! 他の人にぶつかるところだったよ!」
「あっ、ごめんね」
「まぁまぁ、2人とも、同じクラスになったら話せばいいじゃん。ね、聡?」
「ああ。同じクラスになったとしても、違うクラスになったとしても、いつでもどうぞ」
「「やったぁ!」」
きゃっきゃっと朝から騒ぎまくる凪と早紀。
「じゃあ、あたし達は先に学校行ってるから!」
「みんなで何組になったか報告しよう?」
「僕も入ってる?」
「もちろん!」
「当たり前だよ!」
「分かった」
「じゃあ、学校でね」
凪達は桜吹雪の中に入っていき、姿が見えなくなった時、
「友梨奈の友達はいつも元気だな」
「そうだね」
「僕達もそろそろ行こうか?」
「うん!」
私達は学校に向かって歩を進め始めた。
聡はもちろん、凪と早紀も同じクラスだといいのになぁ……。
神様、お願い!
私達を同じクラスにしてください!
2015/12/05 本投稿
2015/12/11 改稿
2016/01/31 改稿