#9
私は勢いよく教室から飛び出したもののいつの間にかどこだか分からない静かな部屋にたどり着いていた。
「……ここはどこ……?」
そういえば、すでに柚葉や白鳥さんの声はもちろん、他の先生や生徒の声は全く聞こえない。
私はずっと泣きながら走っていたから気づかなかったと思う。
何も知らずにこの部屋の中に入っていた。
屋上は当然だけど、高等部の教室でもなく、その部屋の中は薄暗く、本棚には資料やら本やらで溢れている。
まるで、図書館みたいな空間だ。
唯一の灯りといえば、電源の入ったパソコン1台だけ。
話は戻すけど、ここは一体全体、どこなのよ!?
まさか、異世界に飛ばされた!?
うわー……武器とか持ってないし、学校や家に帰れなかったらどうしよう……。
「お嬢さん、何かお悩みですか?」
そこにいたのは、回転椅子に腰かけている白衣姿の研究者や医者のような雰囲気を漂わせている隻眼の男性が湯気立つマグカップを片手に私の方を向き、話しかける。
「お、お嬢さん!?」
私は驚いてしまい、気になって周りを見回すけど、私以外に誰もいない。
「えぇ。あなたのことですよ?」
にっこり笑いながら、その男性は答える。
ううっ……。
この人、なんか怖いよぅ……。
銀髪隻眼の彼はかっこいい(?)が……。
なんか知らないけど、まるで、本当の自分を晒さない仮面をつけているみたいで怖い。
「折角なので、何か飲み物でも召し上がっていきますか?」
「ハ、ハイ」
知らない人に飲み物を薦められちゃった。
彼は電子ケトルに入っているお湯の確認をしている。
「おや? お湯が切れてしまったので、沸かしますね。こちらの椅子に腰を下ろしてください」
「お、お言葉に甘えて……。し、失礼します」
彼は執事のように慇懃なタイプだ。
このようなタイプの医者か研究者なんかあまりいないと思う。
本当になんか裏がありそうな気がする……。
「飲み物は何を召し上がりますか?」
「ココアをお願いします」
「畏まりました。少しお待ちくださいね」
彼は電子ケトルに水道水を入れ、電源を入れる。
すると、先ほど腰かけていた回転椅子に腰かけた。
「僕から……」
「えっ?」
「まだ、あなたの名前を窺ってないので……」
あっ、そういえば、私は彼の名前を知らない。
当然ながら、彼も私の名前を知らない。
「ですよね……。は、はじめまして。私は木野 友梨奈です」
「木野 友梨奈さんですね。改めまして、はじめまして。僕はあなたの担当医を務めさせていただくことになったジャスパーと申します。よろしくお願いいたします」
「よ、よろしくお願いします」
「担当医」って言ったから医者かぁ……。
彼は何科が専門なのかな?
悩みがあるかどうか訊いてきたから精神科かな?
あっ、ジャスパー先生がいなくなったからお湯でも沸いたのかな。
部屋にココアの甘い匂いとコーヒーのほろ苦い匂いが絡み合っている。
「友梨奈さん、お待たせしました。毒は入っていないので、安心してお飲みくださいね」
「ありがとうございます。いただきます」
「ココアを飲みながらで構いません。1つ質問をしてもいいですか?」
「……?(なんだろう?)」
「では、唐突ではありますが、再度訊きます。悩んでいることはありませんか?」
本当に唐突だなぁ……。
私は思わず口からココアを噴き出し、ジャスパー先生の白衣にかかってしまった。
「すみません!」
私は慌てて制服のポケットからティッシュを取り出す。
「ありがとうございます」
彼は私からティッシュを受け取ると、すぐに拭き取ろうとしたが、流し台に向かい、シミ抜きをし始めた。
「これで大丈夫でしょう」と言い、ティッシュでトントンと乾かしていた。
「先ほどの答えですが、悩んでいることはないです」
私はジャスパー先生に答える。
彼は私の方を向き、
「本当ですか? あなたはここにきた時には涙が零れていましたが?」
と苦笑を浮かべながら言う。
「本当です! ちょっとだけ、目にゴミが入っただけですから」
「そうですか……。また、ご相談したいことがございましたら、いつでもこちらに脚を運んでくださいね」
「ハイ、ありがとうございます。ココア、美味しかったです。ごちそうさまでした」
「いいえ。また、いつでもどうぞ」
私はジャスパー先生がいる部屋を出た。
そこから出たのはいいけど、おかしなところに出なければいいなぁ……。
2016/01/30 本投稿
2016/12/06 ちまっと修正