仲介人と婚約者
読んだことはないですが流行っているそうなので
私のイメージと実際の婚約破棄ジャンルは違う可能性がありますが書いてみました。
私は今日、身分も人柄も申し分無い人との婚約を破棄した。
「婚約は滞りなく破棄されました」
書類を整えながら仲介の男性が言う。
「ありがとうございました…それとすみません」
彼が縁談を持ちかけてそれを両親が勝手に承諾、それを後から私が頼んで断ってもらった。
「お気になさらず」
良家との縁談を袖にして、親族からは勿体ないことをしたと散々に言われることとなったがそれでも構わない。
何故なら私には別に好きな人がいるからだ。
「まったく…今度そんな真似をしたら承知しませんからね」
母はため息をつき、静かに落胆を見せる。
申しわけないが嫌なものは嫌だった。
母が悲しみから脱するには私が彼と両想いになる他ないだろう。
けれども私は、彼が独り身なのかすら知らない。
ならば直接本人にたずねるべきか、誰かに調べさせるかを考える。
後者はアテがないため、自分で彼を調べる事にした所向こう側から声を掛けられた。
声の主は低い位置で結われた黒髪と銀で縁取られた眼鏡が印象的な男性。
彼は昨日婚約を破棄をしてくれた元仲介人である。
「こんにちは」
こうして顔を合わせるのは昨日の今日で気まずい。
彼とこうして話をしたのは今日を含めたった三度ではあるが、彼の方は始めに出会った時と変わりない。
当たり障りない様子で接してくれているようだ。
彼は私が思いを寄せる人でもある。
私は彼が縁談を持ち掛けた日に、彼の知的な雰囲気に惹かれ恋と呼べるのか怪しい感情を抱き、それを理由に良家の縁談を袖にした。
「…こんにちは」
昨日の件で、彼に快くは思われていないであろう。
きっと断っても断らなくても彼と結ばれることはない。
ならば彼が仲介に来なければ、こんなに悩まなくても済んだと言われれば、それは違う。
彼が仲介者として来たのでなければ、屋敷で出会う事はなかったのなら
彼と出会わないまま、縁談の相手と結婚していただろう。
今この状況は通るべき試練なのだろう。
「どうしてこんな処で、など野暮な事は問いません」
口の端を上げながら話すということは、彼は私が逢い引きか何かをしていると勘違いしているのか、縁談を断ったのだからそれと結び付けられてもしかたないが、更に彼から遠ざかった気がする。
「誤解を招かないように否定しておきますが、私は逢い引きの類いでここを歩いていたわけではありませんよ?」
どう話を切り出すか間合いをはかっていると彼の方から話をふってこられる。
まさか彼が、そんな冗談を言うとは想定していなかった。
「ええそんな邪推は致しません。一応申しあげますが同じように私も違います。貴方を探していたのです」
逢い引きの否定、次の話題へ繋ぐ言葉を一度に言ったせいか、それだけで疲れ、息が上がる。
「なぜ私の事など…」
冷静で、何事にも動じないであろう彼が動揺してか眼鏡の端を上げた。
「以前名前をお聞きしたところお教え頂けなかったので…」
たしかにそれもあるが、いま言うべきはそうではない筈。
「つまり私の名が気になって、探していたと?」
訝しむ彼は、随分くだらない理由だと思っているに違いない。
「あ…いいえそれもありますが」
もうこうなれば正直に理由を述べるしかないだろう。
「私は貴方が既婚でいらっしゃるのか気になったのです」
ここまで言えば察してもらえるだろうと考えたのだがやはり伝わらなかったようで、顎に手を当てて考え込んでしまう彼。
どうしたものかと思考をめぐらせていると
走っていた子供にぶつかられ私は転びそうになった。
危ういところを彼が受け止めてくれ、すぐに体勢を整えてくれる。
「ありがとうございます」
「いえ、貴女は…」
彼は眼鏡を直し再度こちらと向き合うと何かを言いかけて口を紡いだ。
こうなれば回りくどい事など言わずはっきりと言う他ないだろう。
「私は貴方をお慕いしております」
会った数が少なく何も知らない人で外面が良いだけで本質が違ってもいい。
ただの憧れかもしれないとしても、今まで好きになった男性は彼だけなのだから。
待っても返事がなく無言のままなのが心配になり顔を見た。
完全に思考が停止してい
るようである。
まさか突然告白されるなど、彼の頭にはなかった事なのだろう。
告白した直後に不快になられるよりは幾分よかったと言える。
「すみませんあまりに急なだった物で」
5分ほど待つと、彼がようやく気がついたようだ。
「まさかとは思うのですが婚約をお断りになったのは…」
「出来ることなら貴方と結婚したいと考えたからです」
間髪入れずに、彼の言葉に答えを繋げる。
「これを見て頂きたいのですが」
書類を手渡され、目を通してみる。
そこにはノーゼンターと言う婚約相手とデルテェアと言う私の名が書かれていた。
「これがどうかなさったのですか?」
彼がこれを見せた事がなにを意味するのか、私には皆目見当がつかない。
「貴方は言いましたね名を言わなかったのが何故か、と」
まさか、彼は――――
「私はノーゼンター、貴方の婚約者だった者です」
仲介人であり白紙にした元婚約相手である彼は、自身の縁談を、自ら持ち掛けたという。
あまりのことに今度は私の頭が真っ白になりそうだ。
「まさか伯爵家からの申し出を断られるとは思いませんでしたし、貴女が自分から来る事も想定していませんでした」
ノーゼンターは眼鏡の端を上げる。
断らずとも結果的にはかれと結婚できたのに、私はなんて馬鹿な事をしたのだろう。
「申し訳ありませんでした」
知らなかったとは言え、本人に婚約を白紙にさせているのだ。
最初から結ばれないことが決まっていたのかもしれない。
もう挽回の機会もない彼を、ノーゼンターは諦めたほうがいいのだろう。行き場のない気持ちに襲われた。
頭を下げ、屋敷に戻ろうとすると、ノーゼンターに肩を掴まれたので、足が止まる。
ノーゼンターと目が合ってしまい、罪悪感から私は目をそらした。
「不躾な真似をしてすみません」
まだ何か用があるとするなら婚約の件での文句くらいだが、彼はそんなことを言う様には見えない。
「私は貴女に想いを告げられて嬉しいと思っています」
破棄した婚約を再び戻す事はせず私はすぐにノーゼンターと結婚し、幸せに暮らした。
婚約者物は結構好きです。触発されたので後20種類くらい書きかけのものがあります。