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ソリッドシチュエーション

作者: 高橋勇樹

「わたし…赤ちゃんができたみたいなの…」

ファミレスのテーブルを挟んだ目の前に座る付き合って4年になる恋人からそう告げられた。

「そ、そうか…」

俺の口から出た言葉はそれ以上でもそれ以下でも無かった。

愛する恋人に我が子が宿ったことは喜ばしいことである、だが今の俺には彼女を妻に娶りこれから生まれて来る子供と共に幸せな暮らしを送る自信がない。

自信がないからこそ「恋人」という関係を続けているのである。

そんな俺の気持ちを知っているのであろう、彼女はそれっきり話題を変えてしまい普段と同じに振る舞い、そしていつもと同じように彼女を家まで送った。

どうしよう…どうするのが良いのか…喜びと不安とに苛まれながらすっかり暗くなってしまった道を独りで歩いた。

突然、何者かが電柱のかげから飛び出し俺の鼻と口を布のような物で覆った。

ドラマでよく見かける「拉致シーン」がまさか自分の身に降りかかるとは…すぐに俺は気を失ってしまった…


周囲の明るさで目が覚めると、俺は白い部屋の中にいた。

部屋は広さは30m四方といったところだろうか、壁も床も天井も真っ白で目覚めたばかりの目にはとても眩しく感じられる。

部屋の中には俺以外にも恐らくは俺と同じように拉致されたのだと思われる人々が30人ほどいて、俺たちを取り囲むようにマシンガンみたいなもので武装した黒づくめの連中が10人ほどいる。

当然のことながらこのような異常事態に取り乱し大声をあげるものもいたが「パーン!」と黒づくめが威嚇発砲をしたために再び室内は静寂に包まれた。

威嚇のための銃声のあとピンポンパンポンとよくあるアナウンス開始のような音声が流れた。

「みなさん、お気持ちはお察しいたしますが、どうか落ち着いて聞いて下さい。」

極めて穏やかな女性の声がする。

「みなさんは無作為に選ばれたテストの被験者です。これからみなさんには互いに殺し合っていただきます。最終的に勝ち残った5名だけがこの部屋から脱出することができます。」

淡々と告げられた信じられない言葉に被験者と呼ばれた俺達は騒然となったが、例の威嚇によって簡単に黙らされてしまった。

「とは言え、いくら生き残るためとは言っても人殺しなんて御免だと思う方もいるでしょう。そのような方々については生き残る意志がないものと判断し別室にて処分することとします。戦う意志のない方は扉の前に集合して下さい。」

そう言い終わると壁の一つに扉が現れた。

扉の両脇には黒づくめが立っている。

「戦わない者は今から20秒以内に扉の前に移動して下さい。」こう言いながらも別の音声が20からのカウントダウンを始めていた。

とても勝ち残れないような者たちが次々と扉の前に移動していく、カウントダウンが0を告げた時には8人が扉の前にいて黒づくめに促されるまま扉の中へと消えて行った。

相変わらず黒づくめに取り囲まれたまま俺は覚悟を決めた。

とにかく生き残ろう!彼女の為に、そして生まれて来る子供の為に、あの時はあれこれ迷い悩んでしまったが、生きるか死ぬかの選択を迫られて俺は「生き残る」事に決めた。

自分が生き残る為に他人の命を犠牲にすると決めたのだ。


先程の扉へ黒づくめ達が集まり、俺達に銃を向けながら扉の中へと消えていき、黒づくめが全員消えたところで扉も消え白い壁となった。

扉のあった壁を伝って機関銃を乱射しているような銃声と多くの悲鳴が聞こえた、どうやら脱落者を処分したようだ…

「今からあなたたちに武器を与えます。上手に活用して生き残って下さい。それではテストを始めます。」

そう言い終わると床の中央が畳1枚分ぐらいの大きさでせり上がり、そこには鉄パイプ、ナイフ、金属バット、チェーンなど武器として使えそうな物が揃っていた。


みんなが一斉に中央へ走り寄りそれぞれに武器を手にした。

むろん俺も例外ではなく1.5mほどの長さの鉄パイプを選んだ。

これなら間合いも広く取れるし殺傷力も十分だろうと思ったからだ。

最初の話しによれば勝ち残れるのは5人である、どうせならなるべくダメージを受けないで勝ち残りたい。鉄パイプの中央あたりを握り構える、すぐに一人がナイフを手に向かって来たが俺のほうがリーチが長くナイフは空を切った。

躊躇なく俺はナイフ野郎の頭をめがけて鉄パイプを力一杯振り下ろした。

ゴン!という手応えとともに鉄パイプが頭骨を砕きめり込んだ…まずは一人…

油断なくすぐに構えた俺は周囲の状況を確認する。

部屋の中は阿鼻叫喚の地獄さながらであった。

一人、また一人と動かなくなっていく。

チェーンを振り回しながら向かってきた奴に苦戦しながらも撃退した頃に、あのピンポンパンポンが響いた。


「あなたがたは勝利しました。直ちに戦闘を停止して下さい。お疲れ様でした。」

安堵の溜息と勝利の雄叫びが入り交じった…

俺はと言うと全くの無傷だ、二人を殺してしまったがこの状況ではお互い様で仕方のないことだと思う。

とにかく俺は生き残った!


壁の一部に扉が現れ勝者たちは武器を捨て扉へと向かった、俺もまた武器を捨て後に続いた。

最後の俺が扉を抜けると背後で扉の閉まる音がした。

扉の向こうは真っ暗であったが、扉が閉まると同時に明かりが灯った。

目の前には武装した黒づくめ達が銃口をこちらに向けている。

勝者に対してこの仕打ちとは、安心したのも束の間で次のテストでも始まるのかと思った瞬間である。

黒づくめ達は無慈悲に発砲した、勝者であるはずの俺達5人はなす術もなく倒れた…



「今回は30人中8人でしたか…」

白衣の男が残念そうに呟く。

「増え過ぎた人口と増え続ける犯罪を減らす為のプログラムだけど、やっぱり自分の為には平気で人を殺すような奴のほうが多いよね…」


そう、本当の勝者は戦わない選択をした8人だった。


彼らはすぐに処刑されたかに見えたが、それは戦いを選択した者達への演出だったのだ。

利己的で攻撃性を秘めた者達を排し、より従順な者達を残す、これがこのプログラムの目的である。


彼らは安全で臆病な理想的な国民としてこれからも平和な社会を暮らしていく。



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