悪の帝王サターン、少女Aを知る2
-----あれは…ほんの数ヵ月前のとても暑い、雲一つ見当たらない夏の出来事でした。
「まだ着かないの?あなた」
「んー、まだまだかなー。飽きちゃった?」
「ううん、久しぶりに家族揃っての旅行なんだからあんまり早いと台無しだなぁ、って思っただけ」
「ははは、違いない」
-----父と母はわたしが物心つく前から共働きで…いつも夜遅くまで働いて家に帰ってきません。
時には何日も帰ってこないことも少なくありませんでしたが…
それでも母は父を、父は母を責める事無くこうして月に一度、家族で旅行に行くのがお約束でした。
そして、今日はその旅行に行く日…家族と父の実家近くの海に向かっている最中でした。
「あなた、喉乾いてない?運転とか代わろうか?」
「いや、大丈夫だよ。それよりも…ほら、見えてきたよ」
父が指差した先には太陽の光に照らされて綺麗に輝く海が見え、海を見た母はまるで子供のようにはしゃぎ、車を運転している父を困らせる。
わたしはそんな子供っぽい一面を持つ母が、少し気が弱くて優しい父が……
------大嫌いでしかたなかった。
散々ほったらかしにしていながら月に一度だけのお出かけで家族の形を保とうとする。
そんな両親が許せなくて、いつしか両親との間に大きな壁が出来ていたのです。
だからわたしは…いつも笑うこともせず、両親を避けていました。
両親も自分たちが避けられている事に気づいていたのでしょう、どう接していいのか考えあぐねていたようでしたが…それでもわたしは両親を許すことができなかった。
「……いつまで拗ねてるの?」
「…別に拗ねてません」
「拗ねてるじゃない。お母さんとパパが仕事で忙しいのはあなただって分かっているでしょ?」
-----だからって、ずっと留守にしていい理由にはならないのに……
「ママ…」
父が母の肩に優しく手を置き、首を左右に振り母を無言でなだめ訴えると母は歯痒そうな表情をし、それ以上は何も言わずに腕を組み窓の方にそっぽを向いてしまいました。
恐らく、あきれ返ってしまったのでしょう。両親は何も会話することもなく。
車は何事も無く進んでいきました。
-----そして、目的地である海へと続く海岸近くの駐車場に到着したのです。
「んん~、やっと着いたー。パパお疲れー」
「ありがとう、ママ」
母と父の会話を尻目に、わたしは先に海岸の方に行こうとすると…
「こら!行くならパパに一言言ってから行きなさい!」
「いいよお礼なんて。“家族”なんだからさ」
「……何が“家族”なんですか?」
「え?」
「月に一度だけしか会えない人が“家族”だなんて言えるのですか…!?」
父が当たり前のように言った言葉に…わたしは我慢できず、言ってはいけない事を言ってしまった…
思いもしなかった事を言われた父はあ然としていましたが…
------バチン……!!
「っ…?!」
「なんでそんな事を言うの…!!」
母は顔は今まで見たこともない、泣き顔をしながらわたしの頬を叩いてきました。
今思い返したら、母に叩かれたのはその時が初めてでした。
あの痛みは今でも忘れもしません。とっても痛かったですから。
-----でも、それでも…わたしは謝ることはしませんでした。
「だって、だって本当のことじゃないですか…どんなにお願いしても、お仕事お仕事って…わたしのことなんて考えたことなんてないくせに…!!!」
「い、いい加減に…!!」
「しようかふたりとも!!」
母とわたしの間に遮るように入り込み、父は大慌てでわたしの頬を撫でてくれましたがわたしはその手を払いのけ、車の中に閉じこもりました。
少しでも両親に反抗してみたかったのでしょう、わたしのわがままを見た父は小さくため息を吐き、車に乗ってきて言いました。
「今日は帰るかい?」
「……うん」
「そっか。うん、分かったよ」
父はそう言い、母を説得し車に乗り、父の実家に連絡をしてから車を動かしてくれました。
そして、わたしに言いました。
「実はね。パパ、今日、仕事を止めるって言うつもりだったんだよ」
「……どうして?」
「…あなたと長くいたいからだって。生活の事は大丈夫よ。二人して貯めたお金は物凄いのよ~?一人暮らしなら遊んで暮らせるくらいあるんだから!」
意外でした。母と同じように仕事熱心だった父がお仕事を止めるつもりだったなんて…正直、信じられませんでした。
どうせ、母の言葉も嘘なんだろうと…疑って信用しようとは思いませんでした。
「今まで長い間寂しい思いをさせてごめんね。でも、明日からパパが毎日いるし…ママも仕事を控えめにして2日に一回は早く帰ってくるつもりだから今よりずっと多く一緒にいられるように……」
「パパ!!なんで先に言うのよ!せっかく驚かせようとしたのに~!」
「ご、ごめんごめん!つい…」
「もぉ~!」
でも、嘘でも良かった。
“一緒にいられる”、今さら過ぎる言葉でしたが…わたしにとっては嬉しすぎる言葉を両親はくれた。
----その時でした…
------ドーーンッ!!!!
幸せを感じた瞬間…わたしたちを乗せた車に何かが激突してきたのです…
大きな音と共に割れた車のガラスと凄い衝撃で車はあっという間に横転し、木々に激突しました。
正直、いまだにあの時何が起こったのかわたしには全く分かりません。
凄い衝撃で…わたしは訳が分からないまま、意識を無くしました。
そして、目が覚めた時には…全身包帯だらけで病院のベッドの上にいました。
後ろの席だった事と近くを通り掛かった男の方が迅速に救急車を呼んでくれたのとで奇跡的に一命をとりとめ、助かったとお医者さまは言いましたが…わたしが両親の事を訪ねると顔を渋らせ、言いずらそうに頭を掻いたところで言いました…
-----残念ながら……ご両親は即死でした…
わたしはあまりのショックで何も言えなかった。
両親が亡くなったと言うのに、不思議と涙は出ませんでした。
両親は…余りにも遅い決断をし…今さら、本当に今さら過ぎる言葉を残して…いなくなりました。
そう実感しわたしが泣いたのは…それから四時間程あとの事です。
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両親が亡くなってから二週間あまりの時が経つ頃にはわたしは両親の親戚の家に預けられました。
誰も彼も…両親を亡くしたショックで笑わなくなったわたしを気味悪がり、別の親戚へ…そこでもダメならまた別の親戚へ…わたしはたらい回しにされ、挙げ句の果てには両親の遺産を目当てにわたしを引き取ろうとする人まで現れたりもしました…
傷は癒えても、身も心もボロボロになっていたわたしは…夏休みが終わる前に両親が唯一、残してくれた遺産でアパートを買い、一人暮らしを始めました。
でも、学校でも笑わないわたしを気味悪がり、一人になるのもあっという間でした…
そして…夏が終わり、秋も終わり…冬がやってきて…
両親を亡くした傷も癒えていないまま、何を思ったのかクリスマスの日の夜に出掛けていました。
周りはクリスマスを楽しむ家族ばかりで…そんな幸せそうな家族を見ていてわたしは…今にも泣き出しそうな程、何もかもが嫌になっていた…
------そんな時でした…
「私の名は悪の帝王サターン様だぁ!!!」
クリスマスの日に大きな声が響き渡り…声の方を向くとそこには…
------父に良く似た…人物。
それが…おじちゃんとの出会いでした…




