悪の帝王サターン、少女Aを知る1
「やぁ、少女A。今日も晴々とした良い………」
「………おはようございます」
「あ…う、うむ…」
あれから…少女Aとまともに会話していない。
出会ったとしても先ほどと同じ、いつもより小さな声で通り過ぎてから言ってくる程度だ…
____両親の事を言わないで下さい…!
「……一体、なんだったと言うのだ…」
私は人間の感情など分からない。
いや、そもそも私は悪の帝王であり、人間を根絶やしに人間界にやってきたのだから、本来なら人間の少女を相手にしている方が可笑しいのだ。
むしろ、今までまとわりついてくるあの小娘を煩わしいとさえ思っていたではないか…
___それなのに…
「…何故、毛ほども痛くなかった筈のあの小さな平手打ちが…」
こうも痛み私を苦しめるのだろうか…?
「……よし」
私は決断し、アパートを飛び出したのだった。
>>
「ふぅ…ふぅ…!一体、どこに行ったのだ?少女Aめ」
普段なら気にもしなかった筈の少女Aの動向を私は探ることに決めた…のだが、肝心の少女Aの姿が一向に見当たらないでいた。
「いつもなら私が行く先々に現れるくせに…少女A!」
____今思えば私は少女Aの名前すら知らない…
それなのに今更、少女Aの事を知ろうとするなんて…おこがましい話ではないか。
やはり、このまま帰る方が良いのだろか…?
そう思い悩んでいた矢先だった…
「今日も“イカ目”が学校に来てるらしいぜ」
「そうなの?でもあたし、あの子“なに考えているか分からない”し。苦手だなぁ~」
イカ目…なに考えているか分からない?
もしや…あの学生たちは…
「おい、そこ行く学生よ」
「えっ…?」
「そのイカ目の子とやらを教えてくれないか?」
>>
「ここか…」
まさか、少女Aが“高校生”とは思わなかったな。
あの小さな形で高校生…やはり人間とは不思議な生物だ。
「……よし、入るとするか」
__トントン…
「ん?」
誰だ?今忙しいのだが…
「少しお話をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「………」
私は全力でその場から離脱した。
>>>
やれやれ…学校に侵入するのも一苦労だな…
…まあ、子の安全を守る概念はどこの生物も同じか。
「しかし、これで人間にバレることはあるまい…」
人間界に来る際に持ってきた貴重な魔界の魔法の粉、感知不可能の粉の効力で…
ーー説明しよう!
感知不可能の粉とは悪の帝王サターンが魔界から人間界にやって来る際に持ってきていた魔界に咲く花の花粉を調合して出来る透明になる魔道具である!
貴重な粉ゆえに量が少ないが効き目はきっかり一時間だけ効力がある!!
潜入捜査にはうってつけの魔道具だったが…仕方ない。
その内、私の部下に持ってきてもらうとして…
「少女Aはどのクラスなのだろうか?」
(※サターンの声はただ今、粉のせいで人には聞こえていません)
一時間以内に地道に探すしかないのか…む?
「知ってる?今度、C組に転校生くるらしいよー」
「C組ってあのイカ目の?」
「そうそう!いじめられっ子のイカ目ちゃんの所の!」
「えー、転校生かわいそー」
…C組か。
___だが…
「いじめられっ子だと…?」
____C組教室前
「ここか…少女Aの教室は…」
どれどれ…少女Aはー、っと…いた。
__ざわざわ…
「イカ目ってなに考えてんだろうな…」
「知るかよ。いてもいなくても一緒のような奴の事なんて」
「ほんと、気持ち悪い女だよな。イカ目って…」
「ってかさ、幽霊みたいで祟られそうだよな」
「………」
今はちょうど昼休みの時間なのだろう、周りの生徒らは友達と好き勝手に集まり、ひそひそと少女Aをチラチラと見ながら会話している。
そして、少女Aの周りの机は深い溝のように離れ、少女Aの机は孤立している。
その孤立した席で、少女Aが静かに読書をしながら座っていた…
いじめられっ子…なるほど、少女Aに近づく者がいない理由はこれか。
人間はいつも弱いモノを蔑むのを好む。
そのくせに差別は良くないとか、人に優しくしろだとか…争いの無い世界を目指そうや環境を守るとか…低俗な証だ。
これだから人間は嫌いなのだ…善人ぶり…あたかも我々の行いは正しいなどとほざく。
私たち人間で無いモノからすれば人間など皆、偽善者でしかない。
閉じ込め、壊し、同族でこのような差別を起こす野蛮な生物。
これでは小さくてちっぽけな蟻の方がまだ秩序を保ち、平和を作っている。
「人間とは…学習力のない者ばかりだな」
しかし、何故少女Aはいじめられているのに平然としていられるのだろうか…?
「くらえ、イカ目!」
__ポスッ…
「いたっ……」
「見たかよ?いたっ…だってさ!死んだイカみたいな目してるのに痛みを感じてるってよ!」
「ははは!」
____カチン…
「………」
________放課後…
授業が終わり、教室の中は少女Aを残して誰もいなくなり静まり返っていた…
____ザッ……ザッ…
いや、静まり返ってはいなかった。少女Aは一人で教室の掃除をしている。
恐らく、押し付けられたのだろうな。あの低俗な小僧らに…
「………」
「…手伝ってやろうか?」
「え?」
むっ…魔法の粉の時間切れか、独り言のつもりだったのにな。
どこぞの小僧の机の上に座わりながら言ったため、急に私の存在に気づいた為か、珍しく驚いた顔をして見せた少女Aと目があった。
数秒ほど沈黙した空気の中、少女Aは小さく頷き、ほうきを渡してくれた。
___ザッ…ザッ…ザッ……
教室に射し込む夕焼けの光、一見赤くて薄暗く不気味だが…どこか穏やかで静かな空間。
お互い交わす言葉は無く、無言で掃除を終えていく。
「よし、これで終わったな」
「……うん」
「…帰るぞ」
短い会話を終え、私は帰りの支度をした少女Aと暗くなった廊下を歩いていく。
その間も…会話は無く、また長い沈黙が続いていた。
「…学校ではいつもこうか?」
思いきって私は少女Aに今日の事を聞いてみた。
「…はい」
即答か…
だとしたら、私と出会う以前からそうだと言うことになる。
「…おじちゃんはどうして学校に?」
意外だった。質問され、一瞬言葉に詰まるがここで黙ってしまってはマズイと…私は正直に言うことにした。
「貴様を…知りに来た」
「わたしを…知りに…?」
少女Aは目を少しだけ、きょとんとさせたが…私はあぁそうだ、と頷いた。
「あの時…貴様は両親の事で私を叩いた」
両親、と言う言葉に少女Aの肩がわずかに揺れた。
まるで何かを我慢するように…
「…何が言いたいか分かりません」
弱々しく呟かれた声は…妙に力強い。
私は…真っ直ぐに少女Aの目を見ながら問いた。
____貴様の両親は今はどこにいる?
「っ…!!!」
その言葉に…少女Aの表情は崩れた…
「わたしの…わたしの両親は……」
泣きこそ流しはしなかったが…瞳に今にも溢れ落ちそうな程の涙を溜め…必死に堪えるように小さな手を力強く握り締めながら…
少女Aは静かに呟いた…
____もう、この世にはいません……
少女Aの言葉は…余りにも悲しみに満ちていた…




