悪の帝王サターン、焼肉屋へ行く2
急げ急げ私!!
紳士足るもの遅刻などもっての他!
例えそれが種族が違い、年が離れていようとも女性を待たせるなどあってはならぬ!!
「ムッ!あそこか!!」
風のように走る私は勢いよく滑りながら待ち合わせ場所である焼肉店の前で止まった。
「ふぅ……ここが焼肉店『さらし首』か」
汗を拭い、看板を見上げながら私は息を吐く。
焼肉店『さらし首』…その外装たるや中々の奇抜なデザインな店である。
周囲の店に見せつけるようにデカデカと上半身だけの竜が飾られ、それに対立しているかのように両前足を前にポーズを決めた牛のマスクをしたガタイの良い男の看板。それらを過激に演出させるネオンライトがまさに炎のように赤く点滅している。
そして、中華系統の店なのだろうか。赤い丸形提灯やら羽虫が飛び回ったかのような文字が書かれた札や何かが漬け込まれた瓶と干からびた爬虫類が干されていたり…
そんな物が至るところに在るためか、異質な匂いを漂わせている店である。
まあ、一言でまとめるなら…
----メッチャ入りづらい店だッ!!
本当に焼肉店なのかここ!?
肉の匂いはおろか、生臭いにおいがプンプンしてくるではないか!!
極限まで飢えても食欲失せるわ!!
「おじちゃーん…」
やっと来たか少女A!
退院祝いだと言うのにとんでもない店を指定するとはなんたるやつよ!!
抗議してくれるわ!!
「お待たせ…」
トテトテ走ってきた少女Aを見た瞬間、私は気づいた。
普段は付けていない筈の花柄の髪止め。少女Aが珍しくお洒落している。
「……ふむ、私もついさっき来た所だ。それに待たされるほど待ってなどいないぞ!」
「…なら良かった。それじゃあ、入ろ…」
ガラガラと引き戸を開け、少女Aは店の中に躊躇なく入って行った。
ん、なんだ。その顔は?
なに?抗議するんじゃないのかだと?
ーーーーバカめ!
「紳士なら何も言わずに黙っていているものだ!」
「誰に言ってるの?サターン」
「画面の前の皆様だ、ってミカエルぅぅぅ!!」
「うわ!急になによ?!」
いつの間にか隣にいたミカエルに驚いた私に、ミカエルも驚き戸惑う様子を見せる…のだがそんなことはどうでもいい!!
「留守番の筈の貴様がなぜここいるのだ!?」
そう、そうなのだ。
少女Aは生きているとは言え、ミカエルに命を狙われた。
それをミカエルは十二分に理解している筈…!
一体、どういう了見でここに……!!
「なんか面白そうなので来ましたー」
しまったぁ!コイツそういう奴だったぁぁ!!
はっ!!それよりも…!!
「鍵は…ちゃんと閉めてきたのか…!?」
「子どもじゃないんだから当たり前でしょー?ホラ、この通り~」
ヒラヒラと家の鍵を見せびらかすミカエルに私はせめてもの救いだと安堵のため息を吐く。
着いてきてしまったのなら仕方がない。この際、目をつぶるとしよう。
私は肩を落としながらミカエルに言う。
「夕飯に招待してやるついでにしっかりと少女Aに謝ってもらうぞ。ミカエル」
「は~い。任せなさ~い任せなさ~い」
…ものすごく不安でしかないが私とミカエルは先に入って行った少女Aの後、焼肉店『さらし首』へと入っていくのだった。
ーーーーーーーーーー
「いらしゃいアルね!」
「う、うむ…先に入って行った娘の連れなのだが…」
「あの髪止めの子アルね?奥の席案内したアルよ!」
入って早々、チャイナ服を着た元気な店員が出てきた。
ややしゃべり方が早口な上に語調が上がり下がりな店員に言われ、店の奥に進んでいく。
しかしなんだ…
「悪趣味な店だな」
壁に吊るされた妙にリアルな牛や狭い鳥かごに入れられた妙にリアルな鶏が天井から吊るされていたり、香ばしい肉の焼ける匂いの中に混じる血生臭いに加え牛と鶏の鳴き声まで流すと言う何とも言えない内装である
「魔界の王だった奴が言うセリフ?」
「魔界には魔界のモラルがあるわ!それにこんな牛やら鶏やらよく分からんオブジェなど魔界にはないぞ。失礼な奴だな!」
「あはは~、ごめんごめん。ん~…それにしても」
怒る私にミカエルは軽く受け流しながら眉を潜める。
何か引っ掛かるものでもあったかのような顔をしているがすぐに。
「まあ、いいか!」
どうでもよくなったのかミカエルは軽やかな足取りでにこやかに笑う。
…完全に面倒になったのだな?
「この部屋だよね?サターン」
「他に部屋が無かったから多分そうだ」
楽しそうに部屋を指差すミカエルに私は頷く。
ミカエルはすぐさまブーツを脱ぎ、部屋の引き戸をスパーン!と勢いよく開け、静かに開けなさい!!
「す、すまん!少女A!驚かせ…て…?」
「ロース、肩ロース、ミスジ、肩サンカク、リブロース、バラ肉、シンタマ、シャトーブリアン、ザブトン、とうがらし、シンシン、カルビ、カイノミ、サーロイン、ランプ、イチボ、トモサンカク、シラミ、ヒレ…」
「えっ、なに?呪文?」
ど、どうしたのだ?し、少女A…?
「ハラミ、サガリ、タン、ミノ、ハチノス、センマイ、ギアラ、テッチャン、マルチョウ、レバー、ハツ、シビレ、リードヴォー…」
耳に入っていないのかメニュー表を開きながら少女Aは一人真剣な表情でブツブツと唱えていく。
怖い、悪の帝王である私でもこの光景は怖い。ものすごく怖い。
ミカエルに限っては顔面蒼白で足が震えている始末だ。
本当に少女Aは人間なのか?※人間です
「……ふぅ、あっ…おじちゃん…」
ようやく気づいた少女Aは私の顔を見るなりにへっと笑ってきた。
…笑っていても相変わらず、目が死んでいるな。コイツ…いたっ!!
なぜ蹴るミカエル!!?
「…?おじちゃんの知り合い…?」
「はいはーい!初めまして~!あたし、大天使ミカエルで~す!サターンとは小さいときからの幼馴染みだよ~」
こらこらこら!色々飛ばして話すんじゃない!
少女Aがいつにもましてポカーンとしているじゃないか!
「……大天使と悪の帝王が仲良く出来る世界があるんですね…」
……………そうだな。
「まあなんと言うかさ。色々迷惑かけてごめんね。これからヨロシク~!」
「…???こちらこそ…よろしくお願いします…?」
…おそらく、と言うより確実に少女Aはなんの事か理解していないだろうが、とにもかくにも和解した…と言うことにしておこう…
「さて…まずは何から注文していこうか?」
「まず最初はタン塩、次にカルビ、カイノミ、ロース、ミスジと行き、そのままホルモンに入りミノ、ハチノスと……ブツブツ…ブツブツ……(※早口でお送りしております)」
だから怖いって貴様の食欲!!
それから野菜もちゃんと食べなさい!!
「ご注文決まったアルか?決またなら今すぐ牛切るアルよ」
むぉっ!?いつの間にそこに……って、えっ?牛??切る???今すぐ???
「うちは注文入てからお肉出すアル。その方が新鮮お肉美味しいアルね!」
まさかの現場直送システム!!
はっ!?まさか…ここに来るまでの間にあったあの妙にリアルなオブジェは……!!?
「うちの牛は活きが良いアルよ!」
ぎゃぁぁぁ!本物の牛だぁぁ!!
「うはぁぁ…とんだクレイジーな店ね…」
「だからこそ…命の有り難みをより一層感じさせてくれます…」
そんな命の尊さをひしひしと感じながらする食事なんかしたくないわ!!
「牛からいくアルか?それとも鶏からアルか?」
貴様も鶏の首を掴みながら注文を聞くんじゃあない!!
って、いやあぁぁ!!!暴れてるから!鶏がものすごい抵抗してるぅぅ!!
「ささみのポン酢あえを三つください」
「あっ、ついでに生ビール、ジョッキでー」
「はいアルー」
何事も無いように注文をするでないぞ二人ともぉぉ!!
って、あぁぁぁ!!鶏が連れていかれるーーっ!!
「少々お待ちくださいアルねー!」
店員の手に握られた鶏の表情が完全に諦めた顔になっている。
やめて!連れてかないで!!何も悪いことしてないのに!連れてかないでーー!!
脳内に流れる音楽はさながら巨大だんご虫の子を取り上げられた少女のようだ。
あぁ…さらば、鶏よ。せめて美味しく調理されてくれ…
「ささみのポン酢あえ三つと生ビール、お待ちどうさまアルー!」
オイッ早いなオイッ!!
私の悲しみを今すぐ返せ!!
あっ、貴様!長期的に書いてなかったのにこんな茶番マジ乙プギャーm9 〈^Д^〉wwとか言うな!!
「うはぁー!キレイな彩り!!これがさっきの鶏だなんて到底、思えないわね~!」
「さっきの鶏はここのジョークですよ…」
おのれ店員!悪の帝王をよくも謀りよったなぁぁ!!
「普通信じる方がおかしいアルね」
グーの音も出んなこんちくしょー!!
「では…ここから……ここまでのお肉六人前ずつ…」
一人三人前計算っ!?
「あたし、そんなに食べられるかな~?」
「大丈夫…です。わたしが…残さず平らげますから…」
「おぉ~!えーちゃん、逞しい~!!じゃあ、じゃんじゃんたのもー!!」
「おー…」
打ち解けるの早いなぁ~貴様ら…
女とはなんと不可解な存在なのだろうか…
男である私には理解できんぞ。
「タン、ハラミ、カルビ。お待ちどうさまアルよー!!」
こうして…私たちの退院祝いの食事会は無事に、幕を開いたのだった…
----二時間後----
「でさぁ~!やんなっちゃうわけなのよ~!!死者の迎えが下級天使の仕事なのに自由奔放でほんっっっっとぅにたちが悪いありゃしないんだから~!!!」
「そう…なんですか。それは……大変ですね…」
「えーちゃんだけだよ~!!あたしの苦労を分かってくれるのは~!!」
酔うと途端に老けた喋りになるな大天使…
テーブルにはミカエルが呑んだ大量のビール瓶とジョッキに、少女Aが頼んだ【オラに鉄分分けてくれ!気合いのカルビレバー玉!!】と、某アニメの各話タイトルのような山の如く肉が積まれた皿で埋め尽くされており、酒に酔ったミカエルは永遠と同じことを少女Aに愚痴るが少女Aは繰り返される愚痴にもしっかりと親切に相づちをかえゲボハァァァ!!
今回は、あれ?吐血シーンは無いんだ。まあ食事会だからな、良い回ではないか…と思っていたのにぃぃぃぃ!!!
----説明しよう!!
悪の帝王サターンは悪の根源(笑)な為、親切な気持ちや言動を見たり聞いたりすると両手足の爪の間にミシン針を三本ずつ刺されるような激痛が全身に駆け巡り、最終的には心臓に杭を打たれたが如く吐血するのだ!!
ダメージの表現が痛すぎる!!
痛いと言うかなんと言うか……イタイぞ!!
「なに勝手に清らかな心を感じているのよ~。サターン?」
吐血して悶絶している私にミカエルが慣れたように哀れむ目で蔑んでくる。
少女Aに至っては肉に夢中で見向きもしていない
ぐぬぬ…!更新を散々長引かせておいてなんだこの扱いは!!
私はこれでも主人公だぞ!!もっと労るべきでは……
む!?おい!画面の前の諸君よ!!違うぞ!!?
べ、別に心配して欲しいんだなんて思ってないぞ!?勘違いするなよ!?分かったな!!
「お客さん血出てるアルよ?摂取するアルか?」
「うぉぉい!!床を拭いていた雑巾で拭こうとするな!!見ていたんだぞ!」
「これ死体拭くやつアルよ。キレイキレイアルよ」
ゆばばばばば!!せめてもっと優しくしてぇぇぇぇぇ!!!!!
思いの外、力の強い店主は肉を削がんとばかりの勢いで生臭い雑巾で私の顔面を拭き続ける。
-------その時であった。
ポロ…ゴトリ…(※何かが取れて床に落ちた音)
「ファッ?」
「ろっ?」
「おっ?」
落ちた音に続く私とミカエルと店主の間の抜けた声がほぼ同時に発せられた。
落ちた何かは私のまさに目の前にある。目先にあまり、私の脳はそれが何なのか言葉を忘れ、理解するのに遅れたが…離れた場所で目撃していたミカエルは意図も簡単に口を開いた。
「腕、取れたよ」
鼻から吸った酸素を口から吐き出すと二酸化炭素になって出ていくのが当たり前のように、ミカエルは淡白に言ったが…
画面の前の諸君よ!!今、貴様らが思っている以上のスプラッタだからな!!!!
流石の私でもこれは………
-----カサカサ!!(※落ちた腕が動く音)
いぃぃぃぃぃぃやあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!
動いてるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ?!!!?!??!!?!
台所に潜むGなる存在の如く、落ちた店主の腕が床を這い蠢き回る。
声にならない悲鳴と共に私は蠢き回る腕から天井の隅へと確実に仕留める間合いと力と作戦を練るために戦略的撤退(逃げたのでは無いぞ!?)をした。
と言うか、何故ミカエルは悲鳴どころか慌てふためかんのだ!?
天井の隅にへばりつきながら私が蠢き回る腕と無反応のミカエルに驚愕していると…腕が落ちて蠢き回っているのを見つめていた店主は億劫そうに頭を掻きながら口を開かせた。
「あぁー…“また落ちてしまた”アルよ」
「あっ、やっぱりあんた、“そう言う種族の人”だったんだ」
「ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!……ってなに?」
そう言う…種族の人????
ミカエルの何でもない一言の言葉に、私は疑問を抱かずにはいられなかった。
----数分後----
「なんだと!?貴様、“アンデッド”なのか!?」
「正確には“キョンシー”アルよ。ほら、札もちやんとあるアルよ」
ぺろり、と中華帽の中から札を見せくれた店主は蠢く腕を捕まえると自身の体に淡々と手慣れた様子で縫い付けていく。
……食欲の失せる映像と音がする。
「最初、見た時はもしかして~って思ったけど、まさか本当にキョンシーだとはね~。こりゃぁびっくりだ~!キッヒヒ!」
「何故それを早く言わんのだお前は…!」
「いや、サターン…あなた、魔王なんだから気づいてなきゃダメでしょ」
「しかしなんだ!?何故キョンシーと言えど魔族である貴様が人間界に?それも人間相手に商売しているのだ?」
「いやぁ~。アンデッド族言えど、昔と違って今の世の中はどこの魔族も不景気で大変アルね。生活苦しいの、全種族共通アル。死んでも辛いの変わりは無いアルよ」
…案外、魔族も大変なんだな。
ふむ…私が魔界の王をしていたときはあまり政治をしていなかったのが原因なのかもしれんな…
あの時は歯向かう者には死を!!みたいな所があったし…何より力で捩じ伏せていたからな。まさか人間界に来て…貧乏暮らしをしていたおかげで気づかされるとはな……
「苦労しているのだな。アンデッド族も……」
「ふん!ふん!!」
「人間襲うよりもよぽど稼げるから今のしごと、嫌いじやないアルからへちやらアルよ!」
「ふん!!!ふん!!!!」
「ははは、そうか。それは頼もしい…ってミカエルさっきから痛い!私の足を親の仇のような顔で踏みつけるでないわ!!」
「言い返す言葉が見つからないからって無視するんじゃないわよ!!そのアホ毛むしるぞこらぁぁ!!」
ギャァァァァァ!!!!アホ毛はやめてぇぇ!!
「はぐはぐ……幸せ…もぐもぐ…」
大事なアホ毛を守るながら逃げ惑う悪の帝王である私を、恐ろしい事に引きちぎろうと怒れる大天使ミカエルが追いかける様子を見ながら、笑うアンデッド族のキョンシー店主。
そんな人外の奇っ怪なやり取りなど気にもせず、幸せそうに食事を続ける人間の女の子、少女A。
愉快痛快で奇々怪々の彼らの宴は夜遅くまで続いたのであった…