悪の帝王と大天使3
「ふ~ん~ふふふふ~ん~」
町を一目瞭然できるビルの屋上から陽気な鼻歌が静かに響き、夜風と共に町に広がっていく…
歌っているのは鉄柵に腰掛け、上機嫌に足を揺らす大天使であるミカエルだ。
「ふふ~ん~……これでサターンも魔界に帰らざるを得ない。それにしても…」
彼女は思い出したかのようにクスリと口角を緩めた。
ーーー相変わらず、人間は儚く脆い生き物だったな…
なのに、どうしてサターンはあの人間に執着していたのだろうか?
今さらどうでもいい事なのだが…やはり気になってしまう。
「…やっぱり、そう言うのは直接聞かないと分からないかな?」
ーーーーねぇ…“サターン”。
「……なんの事だ?」
ミカエルは振り返る事なく、屋上にやって来たサターンに問いかけ、サターンはそれを手短に返す。
「あの人間はどうなったの?死んだ?」
「死なせたのは貴様ではないか」
サターンは素っ気なく答えるとミカエルは…
「あっ、死んだんだ?良かったじゃない」
あくまで、悪意なく…そして、非情なまでに詫びれもなくこう、言葉を続ける。
ーーーーこれで後は“時代遅れの世界征服”だけね、と…
からかうように笑い、ミカエルは鉄柵の上に立ち、サターンに振り返った。
そして、ミカエルはあることに気がつく。
「何よ…そんなに“睨んでさ”?」
言って、ミカエルは「あぁ、そうか」と一人理解し、サターンに蔑みの目を向け鉄柵から降り立った。
「魔王サターンあろうものが…ただの人間の少女一人に情が移っているだなんて…心底、幻滅だわ。サターン…」
「………」
ミカエルの蔑みに、サターンは無言で見つめ、足を一歩前に出した。
その行動にミカエルは眉をひそめ、苛立ちを隠せないでいた。
「何よ…あなたがあの人間がいなくなれば魔界に帰るって言うからあたしが代わりに“たかが人間一人殺しただけ”じゃない。そんなことで………」
ーーーそんなことで、だと…?
「っ!?」
地の底から聞こえてくるかのようなサターンの声にミカエルは言葉を飲み込み、目を見開いた。
サターンの体から溢れる負のオーラ…それに圧倒され額から流れる汗が頬を伝う…息をすることすら許さないとばかりのサターンの威圧感…
それは紛れもなく彼は魔王であると納得させる。
「確かに…貴様の言う通りだな…」
「え…?」
だが…サターンは先程とはうって変わって、穏やかに、波一つ無い水面のように静かに口を開き、立ち止まった。
「人間界に来る前なら…私も貴様と同じことを言っていたかもな…。そうだな、たかが人間一人の命が消えただけ…私たちからすれば人間など愚かで小さく、欲望にまみれ、生きようが死のうがどうだっていい生き物だ」
「そ、そうよ。だったら……!」
「だが…」
ミカエルの言葉を遮り…サターンは続ける。
「あの娘は…違うのだ。」
「…はぁ?違う、って何が…?!人間なんて全部、一緒じゃない!見えないものにすがり!!自分達では何一つ行動せずにいつも誰かのせいにして争いばっかり!!!あの娘も本性を隠しているだけで他の奴等と同じよ!!」
「あぁ、ただの人間だ…それも体の小さく…目は生気を感じさせん。それなのに食欲に関しては悪魔よりも忠実で…貴様ら天使以上の慈悲慈愛をもった誰よりも優しい奴だ…」
「だからなに?違うからってなんなのよ?!そんな事言ってたらあなた、いつまで経っても魔界に帰らないじゃない!!」
ミカエルは拳を強く握り、純白の翼を大きく広げ、唾が飛ぶほど喚き散らす。
違うからなんだ?他より優しいからなんだ?人間ではないか。
たかが“人間”。それが何故、魔王であるサターンが特別扱いする?
「あの娘が死んだら帰るって言ったのに!!あなたの大嫌いな人間が死んだだけでしょ?!なんで、なんで…冷酷で残虐非道と言われた魔王のあなたが…!!!」
ーーー“泣いたり”なんかするのよ!!
「…」
ミカエルの叫びに…サターンは動じず、再度、ミカエルに歩み寄り始める。
ミカエルはクッ!と歯を食い縛り、両手を空に突き出した。
「もう知らない!!帰らないって言うなら…!!!」
ーーーー無理矢理にでも魔界に帰すだけよ…!!!
ミカエルが叫ぶや突然、夜空が分厚い雲に覆われ、ゴロゴロと辺りに響き渡る。
「いくら、知り合いだからって…我慢の限界よ!神の雷に打たれて魔界に堕ちろ!!」
ーーーピシャーーーーーン!!!!
両手を振り降ろした瞬間、雷雲が大きく輝き、凄まじい勢いでサターンに向かって雷が落ちた…!
だが、ミカエルは更に力を込め、次々に雷雲からサターンに向かって雷の雨を降らせる。
それは魔力が無くとも魔王に代わりはないからであり…何よりもミカエル自身、サターンの事が腹立たしくて仕方がなかったからだ…
(そんなにあの人間が良いなら木っ端微塵にしてやる!!!)
塵一つ残さないつもりでミカエルは力を注ぎ続ける…が…
ーーーザッ…ザッ…!
「なっ、嘘でしょ…?!」
雷の雨を浴びながらも、ミカエルに近づいてくるサターンの影が一向に止まらない。
どんどん、どんどん…避けようともせず、ただ真っ直ぐにこちらに歩み寄ってくる速さが増してきている。
「なによ…なによなによなによ!!!!人間なんて死んで当然じゃない!!あたしが人間をどう扱おうが勝手じゃないのよ!!」
「勝手だからだ…!」
「っ!!?」
騒いで力を注ぐのにおろそかになっていた雷の雨から抜け出したボロボロのサターンとの距離が思いの外、近づいていたことに驚いたミカエルは悲鳴を上げ、慌てて距離を取ろうと翼を羽ばたかせ、宙に逃げる…が。
「上部だけしか物事を判断しない貴様が…!!親も頼れる者もいない少女Aの気持ちを知りもせず、虫けらの如く殺めた貴様が許せんのだ!!」
ーーーーガッ!!
「きゃっ!!?」
ーーードサッ!!
飛び上がったミカエルの足首を掴み、怒り叫ぶサターンは力任せに引っ張り、空中から引きずり落とすや右手を握り振りかぶった。
「ま、待って!!謝るよ!謝るからさ!!」
床に倒れたミカエルは起き上がり、両手と首を激しく左右に振り、顔を青ざめさせた。
「あたしだって悪気は無かったんだよ?!あなたに人間界から帰ってきて欲しくてした事なの!だから……!!!」
「ミカエル…」
「な、なに。サターン…?!」
「大天使であるなら…己のした罪の懺悔は……!!」
サターンは静かに言いながら、握りしめた拳を力強く振り抜く…!!
「ヒイィィィ!!!」
「天界にまで吹っ飛びながらするんだな!!!」
ーーーーズドーーーーン!!!!
「きゃぁぁぁぁぁ…………!!!!」
サターンの放った負のオーラを纏った右ストレートが炸裂し、ミカエルは悲鳴を上げながら遥か遠い空の彼方まで吹き飛んでいき、やがて見えなくなった…
「………帰るか」
少女Aを殺めたミカエルを殴ったものの……サターンの気持ちは晴れることなく、逆にむなしさが増すばかりであった…
ーーーーーーーー
帰り道の道中、私の足は自然と病院の前で止まっていた…
「私は……何をやっているのだ」
少女Aは死んだのだ…私の腕の中で……
分かっていながら、私は少女Aのいる部屋の前に立っていた。
「霊安室……」
私は看護婦の目を盗み、部屋に入った。
入ってすぐ、目の前にやはり、死んでいる少女Aの遺体が目に入った。
傍により、顔に被せられた白い布を取り、顔を見つめる。
安らかに眠っている…今頃、あの世にいる両親に会えた頃だろうか?
そう考えると……何だかホッとするものがある…
やっと、家族に会えるのだろうからな…積もる話もあるはずだ…
安心していい筈、なのに…
ーーーこの頬を伝う暖かな物は何なのだ…?
ーーーポタッ…
落ちた滴が少女Aの頬に落ち、弾けた…その時。
ーーーピクッ…
「…!!」
今、まぶたが動いた気がした…
「少女A…?」
呼び掛けてみるが…反応はない。
やはり、気のせいだ…そう思い、これ以上、止まるわけにはいかないと部屋を後にしようとした時だった…
ーーーギュッ…
「む…?」
引っ張られる感覚がし、目をやると…そこには袖を掴む小さな手があった。
そして…
「おじ…ちゃん………」
少女Aが、か細い声で私を呼び…
ーーーーぐぅぅぅ~~……
「お腹、空いた……」
最終回みたいな終わりですがまだまだ続きます(笑)




