063「62 タイムトラベル」
「62 タイムトラベル」
駄菓子屋の店先で騒いで店のおばさんに怒られ、追いやられ
ソラは、近所の空き地に放置された庭石の上で休憩する事にした
今も昔も、空き地のままなその場所は
幼い頃、ソラが友達と一緒に遊んだ場所でもある
そこで、白い渡り鴉に
『目的を忘れたり、目的を間違ったりしては駄目ですよ』と言う
夢路の言葉の意味を説明された。
『助けられる命を見殺しにしろって言うんっすか?』
ソラは、その説明が納得できなくて声を荒げる
『目的を間違ってどうする!
叶えられる願いは「一つだけ」だからな、当たり前だろ?』
白い鴉はソラを窘める
窘められても納得しない、出来ない様子のソラを見て
白い鴉は、大きな溜息を吐いた
『では、君は…他の誰かを助ける為に
イロハを見殺しにして良いって言うのか?君に救えるのは一人だけだ!
最初の目的を忘れるな!君はイロハを救いに来たのではなかったのか?』
『でも…』
『「でも」じゃない!イロハを救うか、さっきの女を救うか
選ぶのは君だ!好きに選べばいい!
但し!さっきの女を救えば、その瞬間にイロハの未来は閉ざされる
一瞬で、取り返しがつかなくなるんだ!
好きな様に、好きなだけ後悔すると良いさ!
他の者を救えば、イロハが消えて無くなる…それは間違いない
さあ!どうする!優柔不断は全てを失うぞ?君が助けたいのは誰だ?
小細工しても、このルールだけは絶対に変わらないぞ?
どんな事情があっても、選べるのは一人だけだ!さぁ~ちゃんと考えろ!
そして今、直ぐにでも…願いを決めろ!』
白い鴉に「1」に対して「10」を返される方式で攻められ
ソラは、白い渡り鴉の有無を言わさない事葉の嵐に閉口した。
ソラと、ソラの御供の白い渡り鴉は・・・
暫く黙って見詰め合い、大きく深呼吸して溜息を吐く
『これからどうしたら良いんっすか?』
『それは助ける相手に因る』
『レイと約束したから、イロハちゃんの方を助けるっす
俺…最初の目的に絞って頑張ろうと思うっす』
『了解、取敢えず…君が知るべき事実を見守りに行くぞ』
白い鴉は呆れ顔でソラを見て、翼を広げ飛立つ準備に入った。
人通りが少なく、喧騒の少ない静かな場所・・・
『あ!やっぱりそうだ!同じ白い渡り鴉だ!』
突然、ソラ達の背後から子供の声が発せられる
ソラが驚いて振り向くと、ソコには
その時の晴れ渡る青空の色を白く艶やかな光沢のある翼に映した
美しい、空色にも見える渡り鴉と・・・
それを連れ、赤子を抱いた小学校行くか行かないかくらいの子供
漆黒の髪をした、黒い目の少年の姿があった。
『お兄さんも、願いを叶えに来たの?』
ソラが驚き過ぎて何も言えずに黙ったままで頷くと・・・
『僕等と一緒だね』と、少年は笑う
ソラも少年の笑顔に釣られて笑った
何の意味も無く、2人が笑顔を交わしあっていると…
少年は自分の連れの純白の鴉に声を掛けられ
『そっか!寄り道は駄目だね!おっちゃんに怒られちゃう
お兄さんも頑張ってね!じゃぁ~ねぇ~!バイバァ~イ!』と
乳幼児を抱き連れて歩み行き・・・
突然、空き地に現れた薄暗い森の中に躊躇なく入って行く。
突風の様に一瞬で通り過ぎて行く、子連れの少年は
酷く痩せ細った、明るい髪色の赤子を抱いていた
ソラは、歩き去る少年と抱かれた赤子を見送りながら何故か
少年と赤子を前々から知っている様な不思議な感覚に襲われる
一呼吸置いて、何事も無かったかの様に
ソラの真横で、ソラの連れの白い鴉が飛び立った
『次の分岐点に移動するぞ、付いて来い』
白い鴉は古びた雑貨屋の方向へ飛んで行く、ソラはそれを追い掛け
見覚えのある雑貨屋の扉を開けた。
扉の内側に設置された、ドアベルがカランカランと音を立てた
店の扉を開けて入った先・・・
ソラ達は、入って来た筈の店の外に出てしまう
『さてと、ソラ!
自分が住んでいた自宅の場所は分かるか?案内してくれ』
驚くソラを余所に、白い鴉はソラに蹴りを入れソラを急かす
急かされて、半ば強引に…ソラは住んでいたアパートに案内させられた
それから辿り着いた先で、ソラは人だかりを掻き分け・・・
黄色い「KEEP OUT」と、印刷された
バリケードテープを前に、立ち往生する。
立ち入りを禁止された場所で
近所の人達の井戸端会議の会話が聞こえてきた
「押し入れから、子供の死体が出てきた」らしい・・・
更に、「その家の乳幼児が行方不明」らしく
そして今、正に…その母親が連行されて行く所なのだそうだ
白い渡り鴉の言った『知るべき事実を見守りに行くぞ』の意味を
ソラはやっと、理解する事が出来た
『さっきの場所で会った
男の子が抱いてた赤ちゃんって、俺だったんすね』
ソラはその事を妙に納得する事ができた
多少疑問に感じていた、母親から引き離され育ったソラの幼少期
「何故に自分が、祖母と暮らしていたか?」と
言う理由を知ったソラは「こんな理由だったんすね」と
少し悲しくなった。
それから繰返し、夢路の居る雑貨屋を経由して
幾つかの時間をソラ達は見て回る
何度も母元に帰っては、成長しない同じ少年に連れ出されて
幼い頃のソラは、事無きを得る
ソラは初めて・・・
自分が生き残ったのは、母親から少年がソラを引き離し
小学校低学年の頃まで、祖母が生きていて
「祖母がソラを育ててくれたからなのだ」と、言う事を理解した。
その中で発見した・・・忘れていた過去、その「事態が発生」する
その少し前から少年は、幼いソラの元に訪れる事が無くなっていた
幼いソラは・・・
自分を救ってくれた少年が、自分にしてくれた様に
母が産んだ小さな赤子を連れて
助けてくれそうな大人の居る場所に、赤子を連れて行った。
同じ事が、幾度となく繰返された・・・
それは…弟が幼稚園に入り、幼いソラが小学生になった頃まで
そのリフレインが終わった時
それは、ソラの祖母が亡くなった頃であろうか?
ソラは時間旅行の途中で、貼紙を見付けてしまった
『そうか…レイは、この時に生まれた俺の弟だったんすね』
一度だけ貼り出された
「零」と言う名の子供の目撃情報を募る貼紙と
貼紙を眺める、傷を負い包帯を巻いた幼い自分
苦しい日常の為に、記憶の闇に屠られた記憶
ソラの記憶に残らない程、忘れ去られる程に子供を捜さない母親
「知るべき事実を見守り」・・・
ソラの中に存在していた何かが、時間旅行の中で擦り切れ
ソラの中から人知れず、失われて行っていた。
ソラの知らない内に、ソラの中から支払われた対価
知らない内に何かを失ったソラは
自分が居なくなった後の世界に降り立つ
ソラは嘗て住んでいた場所に立ち寄り
自分の産みの親の前へと姿を現す、黙って様子を窺い
自分が横を通り過ぎても、自分に気付かない自分の母親に
冷めた目を向け
子供を虐待する男を家に引き込む母親のネグレクト、育児放棄
育児しないのも虐待なのだと気付けない生き物達に対して
ソラは、道端に放置されたゴミを見るかのように顔を顰める
虐待を繰り返す親を持ったが為に、世話をして貰えず・・・
自分の世話も自分ではまだ、何一つできなくて
放置され命を落とす子供達を見付けては表情を曇らせた
『罪を償って欲しいって思って行動するのも…
イロハちゃんを助けられなくなるから、駄目なんすよね』
『願いを叶えられるのは、一つだけだからな』
ソラは親達に罠を仕掛けたい衝動にかられながら、そこは耐え
イロハを見付けるまで、ソラは静かに時間の流れを見守り続けた。
誰にでも優しい人って、優柔不断ですよねぇ~w