062「61 分岐点」
「61 分岐点」
ソラは必ず寝坊して・・・
御飯を食べ、割り当てられた家事をこなすと時間が足りなくなる
なので必然的に遅刻して、家庭教師な機械人形のカグヤに追掛けられ
捕獲されて、勉強の時間に突入する毎日
飽きる事無く繰返され「ずっと同じ日々が続くんじゃないか?」と
ソラが1人勝手に、錯覚していた今日この頃
日常の変化は、思わぬ形で唐突にやってきた。
イロハが皆の前で、意識を失い崩れ落ちる様に倒れ・・・
怪我も疾患も無い状態、体の何処にも異常は無いのに
ずっと目を覚まさない日々が訪れる
皆が心配し、ありとあらゆる手を尽くし
1週間、甲斐甲斐しく
イロハの家庭教師な機械人形が看病するも
何一つ、イロハに変化を与える事はできなかった。
訳も分からず舞い降りた混沌
『分岐点がやって来た様ですね』
夢路が眠るイロハの手を取り、自分に引き寄せて
その小さな手に一瞬、軽く唇で触れてから静かに呟く
『イロハの未来を選べるのは、ソラしかいません
ソラは、相応の対価を払って…イロハを救いに行く事ができますか?
それとも、このままイロハが消えるのを待ちますか?』
何時の間にか部屋の中には、夢路とソラ…
部屋の隅に、レイブンとセレスしか存在しなくなっている
イロハから離れる事の無かった
「イロハの家庭教師な機械人形が何処に消えたのか?」
ソラは少し気になり、周囲を見渡す。
窓の外の世界が鈍色の闇に変化していた
部屋の開け放たれたままの扉の外も、同じ鈍色の闇に染まっている
そこはちょっと異質な空間
さっきまで居た場所と異なる
さっきまで居た場所と同じ場所
ソラはその事に気付きつつも、気にしない方向で
『何でそんな事を訊くんすか?
イロハちゃんを元に戻す方法があるなら俺、頑張るっすよ』
違和感を拭えない状態ながらも、救いに行く事を宣言した。
『ソラ?そんな安請け合いして大丈夫なのか?
相応の対価が必要なんだぞ?救いに行くのに対価が必要で…
実際、救う為にもまた、対価が必要なんだぞ?
更に、帰る時にも対価が必要になって
帰らない事を選択しても、それはそれで対価が必要になるんだ
自分で言った言葉の意味は理解できているのか?』
意外な事に、制止の言葉をソラに掛けたのはレイブンだった
『ん~でも自分、何もしないで
イロハちゃんが消えるのを待つのは、絶対に嫌っす』
ソラはレイブンの言葉に戸惑い、困った様な表情をする
『レイ君…レイ君は、昔に自分の為に使ってしまって
もう使えないんだから、鍵をソラに渡してやれよ
鍵を使えるのは適合者一人に付き、1つの願いの為だけ
鍵を使える、使いたい奴に譲渡するべきではないのか?』
セレスがレイブンを促した。
『俺はイロハを身捨てたい訳じゃないけど
今のソラを失う危険を犯すのもちょっと嫌なんだよ…』
自分で行動してどうにかできる状態ではなく
今回は、待つ事しかできないレイブンが不安を零す
『ソラが兄貴って感じは凄く違和感を感じるけど
曲がりなりにも、俺等って兄弟だろ?
ソラがイロハを救うのに失敗したら
妹のイロハだけじゃなく、ソラまで消える可能性あるんだぞ…
それなら、ソラだけでもって思うのは間違ってるか?』
これはレイブンの立場的には、間違ってはいない選択肢
でも…それでも
『年下だけど、この世界に来た時期が浅くて頼り無いかも知れないけど
俺ってば、先に生まれた兄貴なんすよ…ベストを尽くして、全力投球で
そのままの俺で帰って来るつもりっす!だからレイには…
兄である俺を信じて、待っていて欲しいっすよ』
ソラは、決意を込めて自信有り気に笑う
『ベストとか全力じゃ足りねぇ~よ!絶対そのまんまで帰ってこい!』
自分を存在させる為に嘗て、鍵を使い過去を書き換えたレイブンが
『イロハを頼む…
俺にはもう、過去を変化させて願いを叶える事は出来ないから』と
鍵を少し不安そうにソラへと託す
「レイってば、意外と小心者でネガティブ思考だったりしたんすね」
自身に満ち溢れた普段のレイブンとは違う一面を見て
ソラは、ちょっとだけ複雑な気分になる
「兄として、男として…俺って、信用されてねぇ~っすなぁ~」
ちょっと残念な御話だった。
『決まりましたね…では、特別に近道を開けてあげましょう』
夢路が開け放たれた部屋の扉の先に、どうやってなのかは分からないが
夢路の経営する喫茶店の裏側に繋がる雑貨屋を呼び出す
セピア色の店内から、静かな時計の音が聞こえてきた
雑貨屋の店の正面入り口
扉に嵌め込まれた、時計草の柄を模したステンドグラスがソラを呼ぶ
ソラは店内に一歩踏み出した。
『目的を忘れたり、目的を間違ったりしては駄目ですよ』
夢路の声が遠くから聞こえる様な気がする
ソラは振り返る事無く、扉に向う
ソラは、喫茶店の奥に存在する雑貨屋の外への扉の鍵を開け
レイブン達に『行って来るっす!』と、言ってから
一人、潜り抜けた。
ソラは言葉を失った、雑貨屋の扉を出た先・・・
ソコには、ソラが幼い日に見た事がある懐かしい景色が広がっている
廃業し、存在しなくなった筈の店が存在する
老衰で亡くなった店主が若返り店先に立っている
駐車場になっていた場所に、元あった店が残っていた。
ソラは懐かしさから、駄菓子屋に入る
そこには何時も、幼い自分が買い物に行くとオマケをくれた
モノ言いのキツイおばちゃんが元気に働いている
何時だったか…確か彼女は、乳癌に掛かり何度も手術した末
「病院で亡くなったのだ」と、聞いた覚えがあった。
彼女が、自分が乳癌になる事を事前に知っていれば
乳癌を早期発見できて・・・
将来、死ななくて済むかもしれない
ソラが躊躇なく、彼女に声を掛けようとすると
『ソラ!それは僕が許さないよ…』
耳馴染みのある声がソラを制止する
振り返るとそこには、純白の毛艶の良い渡り鴉の姿があった。
『最初の目的を忘れるなんて馬鹿なのか?君は!』
ソラに制止の声を掛けた白い渡り鴉が悪態を吐き
『脳ミソ梅干しか?そんな阿呆で大丈夫か?!』
ソラの肩口に故意に爪を立てて降り立つ
それはセレスではない、他の白い渡り鴉
声質も、身体つきも…何となく顔立ちも違う感じのする個体だった。
『御客さん!ペットの持ち込みは困りますよ!その鳥、外に出して!
鳥だけ外に出せないなら、鳥を家に置いてからまた、来て下さいね』と
ソラは駄菓子屋を追い出されてしまった
店のおばちゃんは、渡り鴉の抜けた羽を気にして
『家は食べ物を扱ってるから、ペットの入店は本当に駄目なのよ
来る時は、ペットを連れて来ないでね』
掃除を真剣に開始し、雰囲気的に声も掛けられない状態になった。
ソラはそれでも、諦めきれず何かを言おうとする
苛立った白い鴉は、ソラに突き立てた爪を更にキツク握り締め
『君は夢路からの注意事項を聴いていなかったのか?
「目的を忘れたり、目的を間違ったりしてはイケナイ」と
言われていた筈だろ?
まさか、聴いていなかったとでも言うつもりか?』
ソラの側頭部に嘴を突き立てる
『ちょ…肩、食い込んでる食い込んでる!
頭を突いちゃ嫌っす!禿げるっす!それはマジで痛いっすぅ~!』
私生活、事ある毎にセレスに似た様な事をされていて
普段、カグヤから日常的に物理攻撃を受けていた為に
ソラは、痛さに慣れていたのだが・・・
その鴉からの攻撃には、手加減も容赦もなく
余りの激痛にソラの悲痛な叫びが、過去の世界に木霊した。
大きめな鳥の爪って痛いんですよねぇ~
鴉に爪を立てられたら、普通に流血沙汰になるんですけど
物語なので、流血しない方向にしてみましたが、しかし・・・
この物語に、そんな配慮が必要あったんでしょうか?
自分に問いかける今日この頃です。