061「60 ソラの本音」
「60 ソラの本音」
『あ゛~嫌ぁ~!誰か助けてぇ~!』
喧騒の少ない静かな時間帯
今日も、何時もの様にソラの叫び声が街中に響いていた
観光に来ていた、この街に詳しくない人々は驚きを隠さず
観光客以外の街の人々は、それに慣れてしまっていて
微笑ましいモノでも見守る様な顔で、その光景を見守っている
寧ろ、街の住民たちは面白がって
頑張れ等、どちらに対してかも分からない声援をソラ達に送る。
街中を2つの影が疾走していた、ソラを追い掛けるのは・・・
SMの女王様が着用していそうな
ガーターベルト付きのボンテージファッションに身を包む
黒髪のスレンダー美人
ソラの家庭教師の筈の機械人形な彼女は
ピンヒールの靴音を響かせ、鞭を撓らせ風を切り
逃るソラを凄いスピードで追掛けていた。
『に、逃げるの止めるっすから!鞭をしまって欲しいっすぅ~!』
ソラは何時もの様に街中を逃惑い
機械人形は、巧みに巧妙にソラを追い詰めて行く
そんな茶番を含めて、ソラの日々の生活のメインは勉強に移行し
年中無休、毎日ある割り当てられた家事の他
仕事は週2回
クリーニング屋と喫茶店の機械人形のメンテナンスの時間だけ
店員業を受け持つ状態となっていた。
『勉強の楽しさは、御蔭で実感できるようになったんすけど…
俺の家庭教師の先生がヤバイっす!
勉強する時の問答無用なSM設定、聞いてないっすよ!』
飴と鞭を使って勉強を教える方針の鞭がリアルの鞭過ぎて
日々、ソラが愚痴を零し
イロハは、それを見て聞いて
『私の先生は、とっても優しいのよ!良ぃ~でしょぉ~』と
恋人を見せびらかす様に、自分用の家庭教師な機械人形を自慢していた。
気付けば時が流れに流れ・・・
ソラは、前いた世界での半年分くらいの時間をこの世界で生きている
身長は少し伸び、無駄に全力疾走したりしている内に
身体付きや、顔付きが変化して・・・
『ソラってば、ちょっとだけイケメンになったね』と
桜花や、雛芥子に褒められる様になっていた。
そんなソラが、紆余曲折有れども
この世界に慣れて、すっかり馴染んでしまったある日の事
夢路が・・・
『ソラは今でも…
対価を払ってまで、元いた世界に帰りたいですか?』と
唐突に質問してきた。
『何でそんな事を今、訊くんすか?』
ソラが、その質問の理由を訪ねると・・・
夢路は真剣な表情で、着流しの襟を正し
今まで内緒にしてきた事をソラに伝え、悲しげに教える
「レイブン」の存在は・・・
世界に強く根付き、過去を変えても動かないらしい事
変化するとしたら・・・
世界に対する存在が希薄な「いろは」だけで
ソラが元いた場所に戻って、過去を変えてしまったら・・・
現在のイロハは確実に消え、その状態で「死ぬ」か
「存在していた事、それ自体が消えてしまう」可能性が高い
と、言う事だった。
それは最初の頃ならまだ「浅い傷」で済んだ事実
イロハと仲良くなり、同じ時間を楽しく過ごしてきた今では
身を引き裂かれる様な、真実
夢路は辛そう微笑みながら『すみません』と、ソラに謝罪する
『時が経てば、イロハもこの世界に根付いて
レイ君の様に、「過去を変えても動かない存在になってくれるか」と
思っていたのですが…どうも、そうではない様なのです』と
溜息混じりに、夢路が語った。
「夢路さんが何か隠してるとは、前々から思っていたんっすけど…」
『もしかして、俺が元の世界に帰る方法って…
夢路さん最初から知ってて、隠してたりしたんじゃないっすか?』
それは最近になって気付き、今の夢路の言葉で確信した事
「夢路が確信犯」であろう事は、何んとなくソラにでも分かっていた
「それが、イロハちゃんに関係ある事だとは
全くと言って言い程に、思いもしなかったっすけど…」
ただ、夢路の言い分も理解でき
その事を咎められる程、夢路が黙っていた事を否定できる程…
ソラとイロハの関係性は、軽くなんてなかった。
『大人はズルイっすね…そんな事を聞いてしまったら
帰りたくても気軽に帰れないっすし、俺は…自分の我儘の為、何かに
イロハちゃんの事を見殺しになんてできないじゃないっすか』
ソラから出た言葉は、夢路の望むモノだった様で
『我儘な大人で申し訳ない』と夢路は安堵の吐息を零していた
「俺ってば、母さんの事がちょっと心配なだけで
別に特に凄く帰りたい訳じゃなかったんっすけどねぇ~…」
なぁ~んて、ソラの本音を知る事も無く。
最近では、ソラが母親の事を思い出すのは基本的に
家の中を散らかす唯一の存在
ソラにとって、この世界での養母になるフィンと
その夫のハイガシラの夫婦の部屋を掃除する時にだけになっていた
「フィンさんの散らかし方がちょっと、母さんに似てるんすよね」
ソラは脱ぎ捨てられた服を拾い、選別して洗濯できない物を
御供のロボット犬のナナシの背中に乗せ
下着類をナナシが口に銜える籠の中に入れる
「もしかしたら、フィンさんの御蔭で
母さんの所に帰りたいと思わないんだったりして」
なぁ~んて思っている事も、ソラだけの秘密だったりする。
『さてと、ナナシ!俺は洗濯機に用事かあるんで
その残りの洗濯物、地下のクリーニング屋まで頼むっす』
ソラは乾燥機に掛けられる洗濯物、タオル類等を拾い集め
ナナシに指示を出した
『了解!』と、ナナシは返事をし
『今日も、これから勉強なのか?』と質問した。
『そうなんすよ…カグヤさんが鞭持って追掛けて来る前に
勉強部屋にスタンバイしとかなきゃヤバいんすよ』
『ははは…お前も大変だな』
絶望感漂うソラの表情を見てナナシが笑う
『ホントっすよ…
ちょっとでも遅刻しようもんなら、鞭振り回して追掛けてくるし
勉強サボって、抜き打ちテストの点数が悪かったら
上半身を裸にされて、紐で縛られてベットに押し倒されて
熱々の蝋を背中に垂らされるんっすから!』
ソラは、家庭教師な機械人形に最近された
御無体な御仕置きを思い出して、絶望含みの暗い表情になる
『ん~…俺様、ロボットだから理解してやれんのだが
何か、色々あるんだな…
そう言うのを好きな種族もいるそうだが、ソラは違うんだな…』
ナナシがちょっと不思議な事を口走った。
『ナナシ?その好きな種族ってそれ…何、情報っすか?』
『御隣さんな書庫の管理人のブームが
週刊SMの世界って言う、面白グッズ付き情報誌を愛読してるだろ?
最近、それに付いてる冊子をブームがデータ化したから
予備知識として、ダウンロードしてみたんだ』と、言う
ソラは緑褐色な蛇の胴体を持つ
女性の上半身が蛇の鎌首部分に生えた、ブームスランの事を思い出し
泡立つ様に全身に鳥肌を立て、顔を青褪めさせた。
『おい…大丈夫か?』
ナナシが、その状態に気付いて心配する
『まぁ~それなりに…』
ソラは青い顔を引き攣らせ、笑顔を無理矢理作って見せる
ソラは密かに、彼女に対してトラウマを持っていたりする
初対面の時に襲われてからと言うモノ
どうにもこうにも、当時の恐怖を思い出してしまって
身を強張らせてしまうのだった。
『そうっすかぁ~…ブームさん情報っすか…』
ソラはその情報が、
自分の家庭教師な機械人形の目に触れない事を本気で祈る
のだが、しかし・・・
『そうそう最近
カグヤも興味持ってダウンロードして、気に入ったって言ってたぞ』
ナナシから、悲しい現実が突き付けられた。
『マジっすか…』
『俺様…ロボットだから基本、嘘は吐けないぞ
冗談は言えるけど、こんな所で俺様が冗談言うと思うか?』
『思わないっす…そっかぁ~マジなんすか』
ソラは現実逃避するかのように、虚空を見詰め途方に暮れる
世の中、類は友を呼び…
近い趣味の者達は自然と集まり、情報を共有し合うモノである
「あぁ~…帰りたい理由が増えたっす」
ソラはこの後・・・
家庭教師な機械人形「カグヤ」の御仕置きを受けぬよう
必死で勉強に励んだのは言うまでもない。