053「52 世の中、色々あります」
「52 世の中、色々あります」
『じゃ、信じてるから』と・・・
自分に笑顔で手を振り、窓から出て行くレイブンを見送って
桜花は頬を染め暫く動けないでいた。
「レイ君が…僕の実力を認めてくれていたなんて」
思いの外、桜花はレイブンに頼りにされるのが嬉しくて
密かに顔をにやけさせてしまう
実際の所・・・白い鴉のセレスタイトの事序に
残りのメンバーの面倒も押し付けられただけなのだが
滅多に桜花を頼りにしない、レイブンに耳元でそっと
『桜花にしか頼めない』『俺の大切な者を護って欲しい』
『桜花は特攻より、守備の方が得意だろ?』なんて事を囁かれ
って、言うか・・・
根本的に「囁かれる」と言う行為に慣れていない初心な桜花は
そんなちょっとした事で騙されていた。
『何を言われたんっすかね?桜花さん』
雷の脅威から救出され、何とか復活したソラは
少し離れた場所からレイブンと桜花を見て、怪訝そうに様子を窺い
『多分、レイ君が言葉で桜花を接待したんじゃない?』と
呆れ顔で、雛芥子は桜花を見ていた。
ソラは暫く、「何か言いたげ」に黙り込み
『…雛芥子さん、レイブンさんと何かあったんすか?』
雛芥子をじっと見詰める・・・
見詰められ、雛芥子は少し動揺しながら
『何でそんな事聞くの?』と、ソラを見返した
『最初会った時「レ~君」って呼んでたのに
何か雰囲気変わって「レイ君」って呼んでるし…話し方も時々
ちょと何か、違う時あるっすよね?』
『そっか、色々出ちゃってるんだ…苦手なんだよね嘘吐くの』
人間的に鈍いと思い込んでいたソラに
自分の事が見透かされていた事に驚きつつ、雛芥子は溜息を吐く
ソラは自分の体に上ってこようとする蜘蛛に嫌な顔をし
身の回りの蜘蛛を除けつつ質問を続ける
『雛芥子さんは…嘘を吐いてるんっすか?』
「何でこんな話になったんだろう…」
雛芥子は、嫌な事・・・
もし自分にも、レイブンとの接点が少なかったら同じ様に
やらかしてしまっていたかもしれない事を仕出かした
顔見知りの女の子達の事を思い出す
雛芥子は、虚しくなって
『嘘は言ってないけど、態度で嘘をつこうとしている所』
再び、溜息を吐いた。
『その理由、訊いて良いっすか?』
繰返されるソラの質問を
『理由かぁ~…そうだねぇ~』
雛芥子は受け入れ、言葉を続ける
『何て言うか、レイ君に対してね
私ってば勝手にちょっとした幻想を抱いちゃってたんだけど…
最近、それが壊させる事があったんだよねぇ~』
『そうなんすかぁ~…』
雛芥子にとって想定外で唐突に
フェイドアウトする様な、空虚な沈黙が訪れた。
「え?マジで?」
『…そこん所、詳しく訊かないの?』
詳しく聞かれると思っていたのに訊かれなかった為
雛芥子は、再び動揺してしまう
『訊いちゃ駄目なのかと思って…訊いて欲しいっすか?
訊ねて良いなら訊きたいっす』
ソラは「仕方が無いなぁ」と言わんばかりな態度で訊いて来た。
『ちょっと!「訊いて欲しいっすか?」って
何か私が話したがってるみたいじゃない!ヤな感じ!
まぁ~でも、話しちゃうけどさ』
雛芥子は若干、苛立たしさを覚えながら
少し前にあった事を思い出しながらソラに語る。
最初に、雛芥子の脳裏に浮かんだのは・・・
レイブンの営業スマイルの事を嘗ての自分の様に
「自分に好意を持ってくれているのだ」と、勘違いして
レイブンに近付く為、レイブンの気を更に引く為
借金を作って、自滅した女達の打ち拉がれる顔だった。
本当の所、雛芥子も経緯の詳しい事は知らないのだが
人伝の話しに依ると・・・
彼女等は喫茶店の接客で、レイブンに思わせ振りな態度を取られ
少しばかり好意を持って貰ったと勘違いしてしまい
呼ばれて他の女の所に行ってしまうレイブンを呼び戻したくて
レイブンの気を牽きたくて
食べ切れない位、御金を払いきれない位の注文をしてしまって
その為に借金を作ってしまったらしい…と、言う事だけだったりする。
実際、雛芥子が知っているのは「この先の出来事」だけで・・・
彼女等は結果的に、この世界の理に従い
借金を少しでも返還する為に、食材として売り払われる事になり
雛芥子が通う市場の片隅に並び
ほんの数日前の事だが、雛芥子の目の前で・・・
レイブンは彼女等に、助けを…救いを求められていた事実だけが
雛芥子の知っている事だった。
その時、レイブンは…女達に優しく微笑み
『金も無いのに、勧められるがままに注文する方が悪いだろ?
無銭飲食した生き物に慈悲は必要無くないか?』と
大元を辿れば・・・
自分の所為で売り払われる事になった者達を前にして
『身の丈を偽り、無い金を使った報いだよ』と
言い捨てたのである。
雛芥子は「その事」をソラに話して聞かせ
『レイ君って外面は良いけど、本質は「冷たい人」なのかもって
本当は、理由が無いと誰も助けないし
助ける理由が無い者が目の前で嬲り殺されても
何んとも思わないのかもって思っちゃったよね』と語る
『うぅ~ん…何てコメントしたら良いんすかねぇ~
そもそも…無銭飲食とか、借金とかで命まで取られるって事
「それ自体」が、俺にはマジで驚きなんっすけど』
ソラは、困惑顔で苦笑いをした。
『雛ぁ~それで「冷たい」って言われたらレイブンが
ちょっとだけ…気の毒かも、僕もそう言う娘を見捨てた事あるし』
何時の間にか2人の話を聞いていた桜花が
蜘蛛の子を故意に踏付けながら会話に参加する
『その娘等が料金を支払わなかった為に、夢路の店が赤字になって
仕入れを担当していたプリムラが、愚痴を零していたから…アイツ
「金が無いなら、そのメニューを別の客に譲るべきだろ?」って
無銭飲食した娘達に対して凄く怒ってたっての知ってる?』
『ん~そっち方面から考えると、そうなんだけどさぁ~…
でも、御金持ってなさそうな子にメニュー勧める方も悪くない?
ねぇ?そう思うでしょ?』
ソラは雛芥子に同意を求められ、首を傾げる
『つぅ~か…そうなった理由が俺には分かんないっす
その人等、店の中に居たくて御金が無いなら…
コーヒー1杯でその場所陣取って粘れば良かったんじゃないっすか?』
桜花は腕を組み、頷きながらソラの意見を無言で納得し
『それじゃ、レイ君が注文を訊きに来ないじゃない!
そもそも…行列のできた飲食店に入って、それしたらアウトでしょ
そんな事して、店員と仲良くなれるなんてアリエナくない?』
「馬鹿なの?」と言わんばかりに、雛芥子が苦笑いをした。
『そう言えばそうっすねって…
この話って、御向かいの喫茶店の事っすよね?先輩…いや…
レイブンさんって、そんな所でもバイトしてたんっすか?』
ソラが話題を変える為、話しの視点を違う所にむける
『臨時だよ、臨時!
近所付合いだからって、行くと必ず無償で手伝ってんだよ
小さい女の子に無料でお茶入れて貰って
その度に、嬉しそうにニヤニヤしてやがるんだ』
桜花の機嫌が少し悪くなってしまった。
そして『ちょっと窓を塞いで来る』と…
桜花は、レイブンが出て行った窓の前へ移動して
入って来る子蜘蛛を乱暴に蹴散らし
窓の前に倉庫の中の手近な荷物を積んで窓を塞いていく
『えっと…桜花さんどうしたんすかねぇ?』
桜花に聞こえない様にソラが囁き、雛芥子が囁いて答える
『もしかして、まだ、気付いてないのぉ~?
桜花はね普段ツンツンしてるけど、レイ君の事が大好きなのよ』
『あぁ~やっぱり…そうだったんすね』
ソラは凄く納得して、雛芥子はちょっと複雑そうに桜花を眺める。
内緒話の様に、耳元で囁くように御願いした方が
御願いをきいて貰える確率って高くないですか?