047「46 横たわる不安」
「46 横たわる不安」
途絶える事の無い足音、大地を踏みしめる音
女の子達の鈴を鳴らす様な、テンポの良い会話が聞こえ
ソラは、心地よい振動の中・・・
美味しそうな香ばしい匂いで、意識を取り戻した
「臨時のオヤツ「蜂のソーセージ」を作って食べたのが
最後の記憶っすよね?」
途切れた意識を掻き集め、ソラは仰向けに寝転がり上を見る
ソラの此処に来てからの経験上
食べ物の匂いがするって言う事は、40%の確率で
オヤツの可能性もあるが、同じく40%の確率で食事時間なのだ
「蜂のソーセージは、イレギュラーっすから
蜂のソーセージの前は、虫カレーで食事…長時間寝たのでないなら
食事の後のおやつの時間っすかね?
でも、この香りは…たんぱく質っぽいから、食事の時間すか?」
焼肉っぽい香りを感じ取り
これが、何度目の食事なのか?何度目のオヤツなのか?
どれくらい時間や日数が経ったのか?
鴉のセレスが、食事の時間を頻繁に提案する為に
最近、ソラは密かに「今が何時なのか?」が
少しづつ分からなくなっていたので、指折り数えてみる
そして…ソラが見上げていた先には、空は無く
空のあるべき場所にあるのは天井で、ソラの気分を下げてくれる
『御日様が恋しいっす』
誰にも聞き届けられる事の無い呟きをソラが零した。
ガタンっと、カリブーが牽く荷台が少し大きく揺れた
突然の大きな揺れでソラは、頭を打ち付け
後頭部を押さえて、ゆっくり起き上がる
「マジすか…」
睡眠時間を上手く取れず倒れ、寝ていたソラは
食欲をそそる芳しい香りの正体に気付き、溜息を吐く事になった
「人っぽい手足の焼いたヤツを食べてるの見て、平気なのって…
寧ろ、匂いで美味しそうって感じるのって…
もう、何か…人として駄目っすよねぇ~」
ソラは茶褐色で尻尾の先が黒い女性の食事風景を見て
自分が元いた世界との違いを思い出す。
ネコ科の動物の耳と尻尾の付いた人
山羊や羊な顔を持った肉食系の人
下半身に他の動物や昆虫・爬虫類・両生類・魚類の体が付いている人
つかもう…色々な別の生き物のパーツがくっついてたり
見た目、何処も人間じゃないけど人間の様に会話できる人
ソラの元いた場所には、そんな人間は存在しない
何よりも・・・人間ぽい手足を食べながら歩いている人が存在しない
「帰りたいとは思うっすけど…
俺ってもう、帰っちゃイケナイ生き物かもしれないっすね」
また、溜息が零れた。
『溜息を吐き過ぎると…
獲物の臭いを嗅ぎ付けた不幸が、忍び寄ってくるぞ』
振り返ると、ソラが寝ていた場所の頭上近くには
牛っぽい物の兜焼きを嘴で突いて食べるセレスの姿があった
「もしかして、美味しい匂いの正体はこっちっすかぁ~?」
真剣に危機感を感じていたソラの気が抜けていく
『「嗅ぎ付ける」とか「忍び寄る」とか、表現こわっ!
普通、そういう時って…
「幸せが逃げる」とかって、言うんじゃぁ~ないっすか?』
白い翼で嘴の食べカスを掃い、セレスは
『蜂蜜並みに甘いな!
幸せは何時までも、誰がか運んで来てくれるモノではないんだぞ?
手放した幸せは、帰って来ないぞ?
失ったら、幸せを手に入れる為の苦労は計り知れないんだ
そんな心持だと、幸せを逃かして不幸を手に入れる事になっちゃうぞ』
微笑を浮かべながら、軽い口調で重たい事を言ってくれる
ソラは帰ってきた言葉の重さに、少したじろいだ。
『邪魔するぞ』
ソラの返事を待たず、荷台にレイブンが乗り込んできた
レイブンはソラを押しのけ、セレスに手を伸ばす
『師匠、翼で嘴拭かない!翼が白いんだから、染みになるだろ?
汚れて気になるなら俺に言えよ、拭くから!』
先程まで、荷台の横で歩き
ソラとセレスの会話を見守っていたレイブンが、セレスのを捕まえ
ポケットから出したウエットティッシュで
セレスの翼の汚れた部分を拭う
師匠と弟子にしては、可笑しな構図に
『先輩って、セレスさんの事を師匠って呼ぶのに
師匠としては、敬って無くないっすか?』と、ソラの素朴な疑問
『ん?そうか?』
レイブンは少し驚いたような顔をしながら
セレスの翼を綺麗にしてから、セレスに言われるがまま
兜焼きの解体作業を始める
「敬うっていうか…何か敬う範囲を越えて、先輩のが
保護者みたいになってるっす」
ソラはセレスの視線に気づき、心の中でそう思った。
微妙に気不味い沈黙・・・セレスがソラを睨んでいる事に気付き
レイブンが何か、言おうとした時
『そう言えば…何で、ソラって付いて来てるの?』
荷台を牽いていたカリブーが、足を止め振り返る
『夢路さんって白い人に…
牧場に行って、喫茶トワイライトの「イロハ」って人の忘れ物を
受け取って来るようにって、頼まれたんっすよ』
『えぇ~!夢路から依頼を受けたのぉ~?』カリブーは驚き・・・
『ソラ…アンタ何処をどう信頼されたのさ?』
カリブーの言い様にまず、セレスが噴き出す様に笑いだした
レイブンも少し笑っている様子だった
何時の間にか近くに来ていた、桜花と雛芥子も笑っている
『酷!一人で行って帰ってくるのは無理でも
俺にだってオマケで同行して、荷物預かって帰るくらいできるっす!』
ソラの声が辿り着いたばかりの牧場に響いた。
レイブンはセレスの為に、骨と肉を綺麗に分け終わり
『夢路さんの依頼には
絶対に何か裏があったり、理由があったりする筈だから
きっと、多分…
ソラにしかできない何かがあっての事かもしれないな』と
自信なさげにソラをフォローする
「ちょっと切ない気分になるんっすけど…」
『気遣って貰って、ありがたいっす』
ソラはちょっぴり悲しげに、レイブンに対して御礼を言い
『気遣ってやったんだから、俺の仕事手伝えよ
帰りも連れて帰ってやるんだから、断らないよな?』と
レイブンに言われ、ソラは手伝う事を半ば強引に了承させられた。
『ソラなんかに出来る事なんてあるの?』
無邪気に雛芥子が笑う
『此処まで来るのに成り行きで、私の仕事を手伝わしてしまったし
手伝いがいるのなら、今回は無料で僕も手伝ってやるよ!
ソラだけじゃ…正直、不安だろ?
それに、ソラも…私に手伝って貰った方が安心だろ?な?安心だよな?』
ソラに詰め寄り・・・
桜花がレイブンの今回の本命の仕事に、強引に参戦する事になった。
『所で、子牛って何処行ったんっすか?まさか…』
ソラはセレスが食べている物を見詰める
セレスがニヤリと笑い
『これは牛と猿のハーフの肉だ、あの子牛のじゃないぞ』
鼻で笑って、残りの肉を食べ尽くしていく
『子牛はもう、届けに行ったわよ
今は、子牛に怪我や病気が無いかチェック中で検査に通ったら
私達の仕事が終了なの』
まだ、訊かれないのに雛芥子が現状報告をしてくれる。
『因みに…
俺への仕事の依頼主がその仕事で忙しいから、俺等は待機中ね』
レイブンもソラに説明してくれて
『ソラが「知りたい事」を「知っているかもしれない」のもそいつだ
事情を話して、仕事を手伝って…その報酬として
何かしら教えて貰うと良い』
セレスも意地悪な事をしないで、教えてくれた。
「親切過ぎて、怖いっす…」
ソラは「何かしら裏があるのではないか?」と、少し警戒する
ソラが身構えたのを見て、レイブンは笑顔で溜息を吐く
『俺がソラに手伝って貰う事で、ソラに命の危険は無い
「肉体的な命の危険だけ」は、無いから安心してくれて良い』
『そうだな…確かに「肉体的な命の危険だけ」は、無いな』
セレスも同意するからには、本当に…
ソラに「肉体的な命の危険だけ」は、無いのだろうが・・・
『なんすかその言い方!どんな危険があるんすか?』
『あぁ~そっかぁ~…「肉体的な命の危険だけ」は、無いよねぇ~』
『だ・か・ら!なんすか!その意味深な言い方!』
レイブンの仕事の依頼主が登場するまで
無駄にソラに、不安だけが降り積もって行くのであった。




