004「03 お届け物がやってきた」
「03 お届け物がやってきた」
次の夜までに、12回鳴る鐘の一つ目が鳴った
フィンが修理したオーブンから、芳しい香りが漂う
隣のリビングでは、フィンが焼き菓子を頬張り
セレスは、いつもより早いスピードで焼き菓子を啄んでいる
システムキッチンに立つレイブンは・・・
「フィンとセレス」の食べるスピードを嬉しそうな顔で見て
初めて作った「スイートポテトのタルトケーキ」の出来を確信した。
『レイブン・・・「ホルスタイン模様の宅急便」が来ました
荷受けをお願いします』
キッチンに置いてあるスピーカーから、プリムラの声がする
レイブンが手を拭き裏口の扉に向かうと、インターホンが鳴った
扉を開けると・・・
『六白牛急便です!荷物を御届けに参りました
受領のサイン御願いします。』
2足歩行する牛の獣人のおっちゃんが
片手でヤシの実入りの袋と、少年が入った鉄の籠を背負っていた。
レイブンは笑顔で、受領書にサインしながら
籠の中の少年と、配達員のおっちゃんを観察する
籠の中では、少年が真っ青な顔して口元を押さえている
筋肉隆々とした、上半身にホルスタイン柄タンクトップだけを着た
配達員のおっちゃんからは・・・
何気に、湯気がゆらゆらと上がっ立ち昇っている
おっちゃんは、息を切らしてもいないが
多分、いや・・・きっと何時も通り、走ってきたのだろう
目算するに、籠の中で相当の揺れを感じた筈である
レイブンは、少年に同情しながらも
この後、高確率で起こるであろう最悪の事態を考え
『籠は、ここに置いといて下さい』
と、非難がましく睨む少年を無視して
扉の外の地面、ゴミ箱の横に置いて貰って・・・
『「ヤシの実」は何時もの場所へ御願いします。』
と、配達員のおっちゃんを家へ招き入れた。
配達員のおっちゃんを目の当たりにすると
『あ、も~ちゃんだ!』と、フィンが・・・
座ってた椅子から立ち上がり
配達員のおっちゃんに駆け寄り、抱き付き攀じ登る
でも、何時もの事なのでおっちゃんは動じない
『腹空かせてるかと、産地直送にしたんだが・・・
遅れても問題なかったみたいだな』
8等分にカットされたケーキを見て、笑いながら
業務用サイズの冷蔵庫の下の段、2個残ったヤシの実の袋を出し
新しいヤシの実を袋のまま入れ、その上に古い実1個を置く
と、言う・・・几帳面さを見せてくれた。
おっちゃんの横で、フィンがヤシの実を齧り穴を開ける音が響く
『時間はあるか?ケーキを食っていかないか?』
セレスがおっちゃんを誘う
『おい!セレスタイト・・・
夜明けの日にそんな時間が無いのは、お前も知っている筈だろ?
相変わらず、酷い鴉だなぁ・・・でも、貰うぞ』
空になった方の袋を携え、おっちゃんは
大皿に残った2切れのケーキを手掴みで口に運んで食べた。
『レイブンまた、腕を上げたな・・・店を出せよ
常連客になってやるから』
口に入れてからの早過ぎる判断に、本当かどうか疑わしい評価
レイブンは、軽く笑って『考えとくよ』と答える
『あ!駄目だよ!レイブンは、アタイが養子にしたんだから
アタイのだよぉ?一人立ちなんてさせないんだから!
息子は嫁に取られちゃったけど・・・
レイブンは一生、アタイと一緒に居なきゃ駄目なんだからね!
嫁を貰って来ても、婿にだけは絶対に出さないんだから!』
10代にしか見えない子供みたいな容貌だが・・・
密かに大年増で、孫もいるいるフィンが
「誰にもやらない発言」を公言する。
おっちゃんがあからさまに舌打ちした
もしかしたら、本気でそんな事を考えているのかもしれない
レイブンは苦笑いを浮かべる
『正確には、フィンだけの物でもないだろ?
天井からの廃棄物の中から、見付けて拾ってきたのは私だ!
半分は、私の所有物だぞ!』
『あはは・・・師匠、物扱いすんなよ
それと、何時の間に冷蔵庫から出して何を勝手に食ってんだよ』
油断した隙に、セレスが・・・
骨付きの豚の腿肉をがっつりと啄んでいた。
突然・・・
外から、絹を引き裂くような長い悲鳴が上がる
楽しく過ぎる時間・・・
裏口に出しっぱなしの荷物の事をレイブンは、ついつい忘れていた
荷物の事を先に思い出したおっちゃんが
急いで裏口の扉を開ける・・・
最初に見えたのは、大きい緑褐色な蛇の胴体だった。
『た・・・たすけてぇ~』
聞こえて来るか細い声は、とぐろを巻く蛇の胴体の中心にあった
裏口を出て・・・正体を一応、確認するレイブン
『ブーム・・・
それ、俺が買ったモノだから食べないでくれよ』
『あら・・・こんにちは、レイブン
ねぇ?どうしてなの?私の誘いを断る癖に雄を買うだなんて・・・
ショックだわ、ショック過ぎて・・・腹が立つわ
腹立ち紛れに、君を美味しく食べちゃってもいいかしら?』
蛇の鎌首部分に生えた、女性の上半身が
蛇な体をくねらせ、斜め上からレイブンを見下ろした。
『怖い顔してるぞ、折角の美人が台無しだ
それにしても、心外だなぁ・・・
この場に居る女性陣より、男が良いと思ってると思われるなんて
俺って、ブームの中でそんな風に評価されてんのかな?』
レイブンの「買った」と言う言葉の意味を
多分若干、履き違え・・・過剰反応し・・・
ちょっと買われた相手に対して嫉妬してしまってて
自分が言ってしまった言葉を・・・
『買った』の意味が、自分が思ったのと違うのではないか?と
気付き、後悔したブームは・・・
『そんな風に思ってないわ・・・言ってみただけよ
でも、気に障ったならごめんなさい』と、謝って
隣にある彼女の仕事場である書庫に帰って行った。
ブームに移動され、道端に放置された状態の籠の前・・・
フィンが、ヤシの実片手に覗き込む
『これ・・・もしかして御土産?』
フィンの尻尾が、嬉しそうに期待し揺れている・・・
そんなフィンに、レイブンは違うとは言えなかった。
おっちゃんに籠を、家の中に入れて貰い
少年は、プリムラの居る店の方に運ばれる
フィンが興味津々で、籠の中に入れられたままの少年に声を掛ける
『お名前は、言える?』
名前を聞かれて少年は・・・
『鈴木 空(すずき そら)っすよ』と、答えた。
『「スズキソラッスヨ」ですか?登録しておきます』
と、プリムラ・・・フィンは・・・
『スズ君かぁ~・・・ん~・・・スズちゃんのが良いかなぁ?』
早々に呼び方を考えている
『えっと・・・「空っすよ」でなく「空」っす』
『・・・では「スズキソラッス」で、よろしいですか?』
『そうじゃなくて、「鈴木 空」なんすよ』
プリムラが首を傾げ、少年は項垂れる
レイブンとセレスは・・・
何となく理解できたが、面白そうなので見守り
何度かの訂正の後・・・
『ごめんなさい・・・「ソ・ラ」・・・だけで、お願いします』
少年には何か・・・葛藤があったらしく、一人で脱力していた。
害がなさそうなのと、見ていて少し気の毒になってきたので
レイブンは優しげな雰囲気で、ソラを籠から出てこさせ
見るからに砂まみれなソラの状態に一瞬、眉を顰める
「ブームの誤解を肯定してしまいそうな行動は不味いか?」と
レイブンは、籠からソラを出す前まで思っていたのだが・・・
後で、ソラが歩き回った場所を
自分が逐一、掃除して回る事を考えたら・・・
「掃除は面倒だし・・・
こいつの為に、掃除が増えるのは面白くないな」と
あっさりと、自分の意志を曲げてしまった。
取敢えず・・・
籠をおっちゃんに持って帰って貰う
そしてレイブンは・・・セレスに後の事を頼み
『フィン、これ暫く借りるぞ
食べてる途中だった飯を食いながらキッチンで待っててくれ』
フィンをセレスと一緒にキッチンへ向かわせ
ソラを店舗から連れ出し、裏にある脱衣所に連れ込んだ
それを見て、セレスが楽しげに含み笑いを浮かべていた。
「スイートポテトのタルトケーキ」
砂糖と混ぜた卵の黄身と、同じく砂糖と混ぜ白くなったバターを軽く混ぜ
小麦粉入れて作ったクッキー生地をタルトの型に入れ
その上に、サツマイモを茹でて潰して裏漉しして
そこへ、バターとコンデンスミルクを入れて混ぜたのを入れ
表面に卵の白身を塗って焼くだけでできる
面倒だけど失敗の少ない簡単なケーキ
サツマイモ部分に角ギリの茹でたサツマイモ入れたり、ナッツを入れても
美味しいです。