039「038 セレスの心情」
「038 セレスの心情」
遠くを眺めるセレスの視界に映るのは
乾いた広いだけ土の丘と、その先にある「朽ちかけた無機質なビル街」
セレス達が普段、住んでいる街の入り口
セレスが、幾ら待っていても
そこから誰も、こちらへ向かって来る様子は見えない
セレスは目を閉じ、助けを求めに飛んで行きたい気持ちを抑え
俯き加減に大きく溜息を吐いた
『こんな事なら、あの時・・・
牛を逃がす序に、雛芥子に街まで行って貰うんじゃなくて
私自身が単独で、ハイガシラの居る場所まで飛んで行けば良かった』
セレスは、牛が牽く荷台で蜂に襲われた時の事を思い出し
眉間に皺を寄せ、物思いに耽りながら
また、もう一つ・・・大きく溜息を吐いた。
セレスの溜息を真似するかの様に
鈍色の天井方面から、強い風が吹き下ろす
風は地面に生えた草花を揺らし、木々の枝をざわめかせ
一際大きな木の枝の上にいるセレスの尾羽の先をも
セレスの孤独を嘲笑うかの如くに、揺らして通り過ぎる
セレスは、自分以外の生き物が居ない森の入口で
無事に上手に逃げて「増援を連れて来てくれる」か、すら分からない
雛芥子を孤独に待っていた。
セレスの近くに、生き物の臭いはしない
耳を澄ましても、小さな動物の気配すら感じられなかった
セレスの心の中で、不安が蝕む様に広がっていく・・・
セレスはレイブンの提案を思い出し、泣きたくなった
『別件で動いてるジャンゴが
雛芥子が救助を頼みに行った場所にいる可能性は無いだろう
ジャンゴが、こっちに来てくれる可能性は零だから
セレスは増援を案内する為に、此処で待っていてくれ』
今回のメンバーの中に、この仕事が完璧にこなせる適任者が
セレス以外存在しなかった事をセレスは悲しく思う。
目的地に近付き、臭い対策も完璧にして身を隠していなければ・・・
上空からでも、嗅覚で、でも相手の居場所を見付けられる
「カラスと言う種族」である、自分にしかできない事なのだが
セレスは断腸の思いで、レイブンが提案したこの役割を引き受けている
正直、居るとセレス的に不快なのだが・・・
桜花の傍に何時もいる筈だったセレスと同じ種族のジャンゴが
今回、繁殖の為・・・山都の所にいる事が残念に思えた。
『レイ君の馬鹿!私は、待つのが嫌いなんだぞ』
セレスは、独り言を言った
『待っている間に、いつの間にか大切なモノを無くした事のある
私にとって、これは酷い拷問だ・・・辛いよぅ・・・
レイ君の事が心配過ぎて、胃が痛いよぅ』
レイブンと一緒に行きたかったセレスは
子離れできない親の様にレイブンを思い
危険な状態にある桜花の事よりも、レイブンの事を心配していた。
セレスは森の方向を眺め、レイブンの無事を心から祈る
レイブンは、森の入口にセレスを残していく前・・・
生まれ持った責任感から、桜花を助けに行く為に
「小さな傷でも命取りになる事」を知っていながら
自分の腕を切りつけて、ソラの服の太股部分に血液を振り掛けた
『ソラ、お前・・・囮役決定な!
そうそう、獣は血の臭いに敏感なのは知っているか?
知らなかったら覚えとけ・・・
そして、気を引き締めて囮役を演じろよ!油断すると危ないぞ』
自分を切った刃を布で拭きながら、レイブンが笑った
『マジッすか!あ、でも・・・
襲われそうになったら、助けてくれるんっすよね?』
ソラに対しワザとらしくニヤリと笑うレイブンを見て
セレスの眉間に皺が寄る
これは「ソラの事を心配して」と、言う事ではない
傷の傷みは、集中力を削いでしまう事をセレスは知っていたから
セレスは「レイブンにもしもの事があった時」の事を考えて
表情を曇らせる
そんなセレスの思いに気付いてか?レイブンは・・・
『死にたくないっす!命だけは助けて欲しいっす』と、言う
ソラの悲痛な叫びを無視して、セレスの白い翼を優しく撫でて
「大丈夫だから」と、言うかの様にセレスに一瞬だけ微笑み掛けた。
レイブンはセレスに背を向け表情を変え、真剣な面持ちで
『カリブー・・・
危険だから「ずっと一緒にいてくれ」と、までは言わない
でも、目的地近くまで連れて行ってくれないかな?
カリブーが、自分で判断して
安全に此処まで戻って来られる場所まで、で良いんだけど』
レイブンは、カリブーに見えない位置で
自分で切った腕に「謎の植物」の汁を磨り込み
普段とは少し違う表情で、カリブーの返答を待つ
セレスは、カリブーに対するレイブンの狡賢さを見ながら
傷が化膿しない様に処置するレイブンの行動に
少し安心し、覗き込んで傷の大きさと深さを確認して
安堵の溜息を零した。
レイブンの表情がどうやって作られたか知らないカリブーが
少し怒った様な表情で
『私は、臆病者でも弱くも無いわよ!
危険だからとか、そんな事を気にする必要なんて無いんだから』と
背負ったままの火炎放射器のボンベに繋がった
炎を放射する部分を構えてみせた
『「来るな」って言っても、私は一緒に行くわよ!
私が「桜花へ恩を売りに行く」のは私の選択で、私の自由なんだから』
自信満々で宣言するカリブー
レイブンは『カリブーがそう言ってくれると心強いよ』と
また、笑顔を見せ・・・
ソラも、カリブーが同行する事を耳にして喜んでいた。
これからの行動について・・・
全員から同意を取り付けたレイブンは、満足げな表情で
自分で作った自分の腕の傷を、刃物に付着した血を拭った布で巻き
傷を隠すためではなく、血を止める為だけに
自分で器用に傷の処置をしていく
セレスはそれを見ていて歯痒さを感じていた
此処には痛み止めが無い、痛み止めになる薬草も自生してはいない
足や嘴を使って、薬の調合はできても・・・
調合する試薬が無くては、セレスに薬は作れない
それに、レイブンの傷を手当てしてやりたくても
手の無い翼しか持たないセレスには、傷の手当てができない
「何時もなら、フィンかプリムラに支持して
レイブンの傷を手当てしてやれるのに・・・」
セレスの中で苛立ちが募る。
更にセレスは、レイブンとカリブーのやり取りを見ていて
戦いに向かない自分が嫌になる
もっと言えば・・・
弱くても、戦える肉体を持つソラに対して若干嫉妬して
『守って貰う事ばかり求めてんじゃねぇ~ぞ』と
ソラを嘴で突いたり、飛んで足蹴にしてみたり
皮膚を嘴で摘まんで引張ったりして、少しストレスを発散させた。
『ぎゃぁ~!うわぁ~!助けて欲しいっすぅ~!』
ソラの悲鳴が木霊する
『何やってるんですか・・・師匠!』
カリブーと真剣に作戦を練っていたレイブンが
飛んだり跳ねたりして、ソラを虐めていたセレスを優しく捕まえる
『待つの嫌いなのは分かってる・・・
この埋め合わせは、ちゃんとするからソラを虐めるなよ』
レイブンにそう言われて、セレスは頬を膨らましてそっぽを向く
「レイ君と一緒に行っても
私は足手まといになる可能性のが高いんだよな」
諦めに近い感情を抱え、やらなければイケナイ事に対し
セレスは、感情的に折り合いを付ける様に頑張り
レイブン達を見送った。
そのつもりだったのだが・・・
時計無しで時間を確認する事無く、一人で待つのは辛い
何度も「増援を迎えに行ってしまおうか」
「でも、行き違いになったら・・・」と、思い悩み
精神をすり減らしながら
セレスが思っている程には、長くない時間を・・・
苦痛に苛まれ、セレスは過ごした。
刃物で生き物を傷つけて
そのまま剣を鞘に直すシーンを見た事は無いだろうか?
私は時々、ハンター系のゲームをやりながら思う・・・
『それやったら、得物が錆びたりして鞘から抜けなくなるぞ』って