035「34 取敢えず、逃げ隠れする」
「34 取敢えず、逃げ隠れする」
走る台車、吹き抜ける風の中・・・
『ソラ!お前、こっち来んな!そして、子牛をこっちに来させるな!
床を湿らせてる液体は、蜂の毒だ!
踏むな!踏ませるな!近付くな!レイ君の所へ行っていろ!』
セレスは空中でホバリングしながら、凄い形相で怒っていた
『桜花!私の言う事を聞いて、蜂を半分に折って捨てた事は褒めてやる!
御蔭で半分は、もしかしたら荷台から投げ捨てた蜂の方へ
行ってくれるかもしれないが・・・
そうでなかった蜂は、こっちを追って来るぞ!
「警告無しで敵に攻撃させるフェロモン入りの蜂の毒」の付着した
この「荷台」と「毒を噴き掛けられた雛芥子」は
確実にその蜂の餌食になるんだ!』
セレスの言葉通り、雛芥子の服の腰から下は・・・
床を濡らした液体と同じ様に、水滴を付けキラキラと光っている
レイブンの荷物も含め・・・割合、広い範囲が濡れて光っていた。
常識的に知っていた筈の事を失念していた雛芥子と桜花は
今まで気付いていなかった事に気付き
巨大な蜂に集団で襲われる映像を思い浮かべ、さっと青褪める
『取敢えず・・・その液体に絶対に触れるなよ!
雛芥子は極力、液体に触れない様に全部の服を脱いで
素足で、濡れた床を踏まない様に全裸になって乾いた場所に移動!』
セレスは、無事だった荷物が無い事を確認し
『桜花も足元が濡れてる、桜花も脱いでレイ君と御者を交代しろ!
レイ君!上に来てる服を脱いで雛芥子に渡してやれ』と、言う
桜花は、ストレッチ布地のパンツの太股辺りから下をナイフで切り離し
靴と一緒に脱ぎ捨て・・・
レイブンは『まぁ~仕方ねぇか・・・』と、言いながら
桜花と、御者席での仕事を交代して荷台に移り
羽織っていたパーカーを脱いで
『時間が無い!毒の付いた服を早く脱いで受け取ってくれ』と、言って
面倒臭そうに雛芥子を見据えた。
外からは、大量の羽音が乳牛が牽く台車に近付いて来ている
ソラは、頬を染め居心地悪そうにする雛芥子を見て・・・
『先輩・・・見てたら脱げないんじゃないんっすか?』
雛芥子の為に助け船を出し・・・
自分も見てしまわない様に、雛芥子から顔を背けた。
暫くすると、羽音だけでなく硬い物を削る様な音が聞こえ始め
台車の屋根を蜂が咬んで、穴を開け始めた
桜花は、細身の真剣を片手に持ち身構えながら
牛の走る方向を制御していた・・・
雛芥子はレイブンに借りた、胸元が窮屈で閉まらないパーカーを
セクシーに着こなして御者席に移動し
そんな桜花と交代する
『そろそろ、台車を捨てるしかないな・・・
雛芥子は乳牛に乗って逃げて、出来れば救助を呼んで来てくれ』
セレスの指示に頷き、雛芥子がナイフ片手に牛に乗り移る
御する事を雛芥子に譲った桜花は
『体格的にソラは無理だから、子牛の事を僕に任せてくれ』と
子牛をソラから自主的に引き取り
レイブンがソラを見た・・・
『だよな・・・無理そうだよな』と、溜息を吐き
『桜花、真剣を抜き身のまま持って跳び下りるなよ』と、注意する
蜂の事で失敗した所なので
桜花は頬を膨らませ、不機嫌を表情で表現はしたが
何も言わないで剣を鞘にしまう。
セレスが、ナナシに何か指示を出し
ナナシは先に台車から飛び降り、一足先に進行方向へと姿を消した
『あのぉ~、先輩・・・
さっき話してた「トビオリル」ってなんすか?』
多分、頭ではそれなりに理解していたのだろう
ソラが御者席から見える景色で、台車のスピードを確認し・・・
表情をこわばらせながらレイブンを見る
『安心しろ、ソラくらいなら抱えてても俺は大丈夫だ
寧ろ、お前を楯に出来て良いかもしれないな』
レイブンがカラカウ様な口調で
ソラの常識と安全性を無視する発言をしてくれる
『レイ君、半分本気で言ってるんだろうが
ソラを脅すのは良くないぞ・・・
ソラ、一応言っとくが・・・此処に残ったら100%蜂の御飯だぞ
覚悟決めて、不安でも我慢してレイ君に身を任せとけ』
セレスは、相変わらずフォローになってないフォローを口にしていた。
そうこうしている内に、とうとう蜂が荷台に侵入してくる
『潮時だ!逃げるぞ!』セレスの言葉を合図に・・・
桜花が御者席から子牛を抱え、木々の中へとダイブする
レイブンは、台車に火を付け・・・
セレスを胸元に大切そうに抱え、ソラの首根っこを掴んで
『雛芥子!上手くやれよ』と、言ってから
桜花と同じ様に木々の中に跳び込んだ
ソラの悲鳴が木霊する
それを見届けた雛芥子は、燃える台車と牛を繋ぐロープを切り・・・
牛を急かして台車から離れ、大きく迂回して来た道を戻っていく
4輪の台車は暫く大量の蜂を御供に進んで、爆発した。
跳び込んだ森の中、蜂を避け更に奥へ踏み入れる
『念の為、桜花の下りた所まで戻るぞ』
セレスを抱えたままのレイブンに言われ、道を外れた状態のまま・・・
蜂に気付かれない様に森を歩き、小走りに来た道の方向へ戻りながら
ソラは爆発音を起こした逆の方向へ目をやる
『今の爆発音って何で起こったんすか?』
『ナナシを充電してた・・・
車輪の回転で発電する、台車の下に設置してた機械の爆発だろ?』
『そう言えば・・・何で火を放ったんすか?』
『毒の効果が消えてくれる前に、この道を通る予定がある
あんな場所で蜂が屯してたら、危なくって仕方無いだろ?』
『荷物・・・よかったんすか?携帯とかあったと思うんっすけど』
大きく息を吸い溜息を吐いてレイブンが立ち止まる
ソラは、質問をし過ぎで怒らせたかと思い冷や汗をかいたが・・・
レイブンは振り返り
『しまった、忘れてた・・・』と、渋い顔一つ
『だよな・・・普段持ち歩かないから、忘れるよな
私も台車の荷台に、首から下げていた通信機器を置いてきてしまった』
セレスも何かしら忘れてきたらしい
『不味いな・・・』とレイブンとセレスは同時に言い
『もしかしたら、桜花なら持ってるかもしれない』と
セレスはレイブンの腕の中から飛び立った。
セレスが先導し、森の中を進み始める
セレスの飛ぶスピードが早い為、レイブンの走るスピードが上がり
ソラは息を切らしながら走って付いて行く
台車のスピードが思いの外、速かったらしく
桜花の下りた場所まで、簡単に辿り着けない・・・ソラが音を上げ
「桜花さんが下りた所、通り過ぎてないっすか?」と、言いだした頃
セレスが2度程、一つの場所で旋回し・・・木の枝に止まった
静かな森の中に、複数の羽音が聞こえて来る
レイブンは慌てて、来た道を少し戻り
声を立てそうなソラの口を手で塞いでから、羽交い絞めにして
極力、音を立てない様に木陰へと連れ込んだ
さっきまでいた場所を、大きな羽音を立てて蜂が通り過ぎていく
ソラは息を殺して、冷や汗をかきながら
遠ざかる羽音を聞き、レイブンの腕の中で身を固くしていた。
暫くして、羽音が聞こえなくなった頃
ソラは、無造作にポイッとその場に捨てられ
捨てたレイブンは、無言でスタスタと蜂が来た方向に歩き出す
『置いてかないで欲しいっす!』
ソラが声を出すと・・・
上空から降ってきたセレスに後ろから翼で、口を塞がれた
ソラが驚きと痛みで、悲鳴を上げる・・・
『空気読め!馬鹿!』
セレスに耳元で囁かれながらソラは・・・
肩口にセレスの爪が刺さり、痛みに悶えながら地面に手を突いた。
足早なレイブンの靴音が、ソラに近付き
今度は、セレスと一緒にソラは木陰に連れ込まれ
『もう、悲鳴上げてくれるなよ!』との、レイブンの言葉の後に
青臭い香りと、セレスが爪を立てた箇所に激痛を押し付けられた
涙を零しながら堪えるソラの頭上を・・・
大きな羽音が近付いてきて、遠ざかって行く
『頼むから・・・
師匠もソラも、黙って余計な事しないで大人しくしといてくれよ』
ウンザリした様なレイブンに対しソラは・・・
「そう思うなら、「対処法」とか「何をしちゃイケナイか」とか
事前に説明をしておいて欲しかったっす!」と
痛みで言葉にする事ができず、泣きながら心の中で呟いていた。
蜂って威嚇した後、威嚇した相手がいなくならないと・・・
毒を相手に噴き掛けるらしいですよ!




