034「33 通り道」
「33 通り道」
貴方は「蝶道」と、言う物を御存じだろうか?
「蝶道」とは、文字通り「蝶の通り道」である
それは空中に存在していて、人の目で見る事はできないが
蝶が、必ず同じルートを通る為、通っている蝶の姿で
そこに道が存在する事を知る事ができる、幽かな道である。
そして蝶の様に、羽や翼を持つ虫や鳥は・・・
それぞれ独自で、そう言う道を所持している事を知っているだろうか?
高い山をも越える渡り鳥や、海を渡る蝶
秋口に山から下りて来る蜻蛉、帰るべき巣を持つ小鳥だって
それぞれに、そう言う人間には見る事の出来ない道を持ち
独自にその道を自分のペースで、巡回する様に飛んでいる。
だから勿論、「蜂」にだって「蜂の通り道」は存在する
もしかしたらもう、御気付きの人もいるかもしれないが・・・
蜂の食べた「食べカスが落ちている場所」にだって
「道」は通っているのだ
レイブンは、自分達の会話にテンションが上がって
周りが見えなくなった桜花と雛芥子を眺め、溜息を吐き・・・
荷台の後ろの端、外が見渡せる床の上に胡坐をかいて座り込み
「どう伝えるべきか?」と、思案した。
セレスは、ワザとらしく騒ぎに加わっている様子で
桜花と雛芥子を窘めてくれは、しないだろう
ソラは・・・元から役に立つとは思えない
レイブンは、こっそり意を決し
『桜花!折り入って御願いしたい事があるんだけど・・・』
テンションが上がって騒ぐ桜花に対して
困っている様な表情を浮かべ、手招きをする・・・
桜花は何時もと雰囲気が違うレイブンに少々、戸惑いを感じ
『御願ってなんだよ・・・』
声が少し裏返ってしまって、頬を染める程に焦る
レイブンは、再び手招きをし
『ちょっと、こっち来て』と言って、微笑を浮かべた。
桜花は、何故か高鳴ってしまう鼓動に自分で動揺して
ソラや雛芥子から見ても、分かる程にぎこちない動作で
レイブンの元へ歩いて行く
レイブンは・・・
桜花が十分に近付いて来た所で、桜花の右腕を右手で掴み
バランスを崩させるように足払いを掛け、力任せに引き寄せ
桜花の腰に腕を回して、胡坐をかいた自分の膝の上に桜花を座らせ
腕を掴んでいた手で、今度は桜花の口を塞いだ
桜花を捕まえた、レイブンの鮮やかな動作を見て・・・
セレスが翼で拍手して、ソラから歓声が上がり
雛芥子からは『ズルイ!桜花ばっかり!』と、不満の声が零れた。
レイブンより小柄で小さな桜花は、レイブンに抱き竦められ
心臓が止まる程の驚きを覚え一瞬、呼吸をするのも忘れる
桜花の耳や首筋に、レイブンの吐息が掛かる
『桜花・・・耳を澄ましてごらん』
近過ぎる距離で、レイブンに囁かれ
緊張も相まって、桜花はくすぐったさから体をビクンと震わせる
呼吸を忘れていた為、桜花の呼吸が荒くなる
声にならない悲鳴を上げ小さく抵抗し・・・
太股の後ろや、腰回りと背中、口を塞ぐ手からレイブンの体温を感じ
パニック状態に陥り、気恥かしさから固まって動かなくなった。
様子の変化に気付き、レイブンが桜花から手を放す
レイブンは、羽音に気付いたのかと思い放したが・・・
桜花は耳を澄ませば聞こえて来る、虫の羽音に気付いた様子が無い
桜花は、逃げない様に抱き竦めた腕から解放された後も
『えぇ~っと・・・桜花?俺が言ってる事、聴いてたか?』
何故だか、大人しくレイブンの膝の上に座っていた
『桜花?おぉ~い大丈夫か?帰って来ぉ~い!』
レイブンにとって、様子のおかしい桜花に対し
レイブンが首を傾げ・・・
少し離れた場所にいるセレスに、無言で助けを求める
セレスが口元を翼で隠し
『もっかい後ろから抱きしめて
襟足部分にキスでもすれば、正気に戻るんじゃないか?』
ニヤリと、含み笑う
耳を澄ますとやっぱり、遠くから虫の羽音が少しづつ近付いて来ている
時間はそれ程、残されていないであろう・・・
視線を移し、真っ赤になってこちらの様子を見ている
「ソラと雛芥子」からは・・・これと言って、他に方法の提案が無い
レイブンは仕方無しに、両手で桜花の肩を包む様に触り
桜花の項に・・・と、言う所で雛芥子からクレームが入る。
『ズルイ!桜花だけズルイィ~!』
雛芥子は駆け寄ってきて
『抜け駆け無しって言ったじゃん!
何で、されるがままになってるのよ!抵抗しなさいよ!』と
桜花の胸倉を掴み力任せに揺さ振った
レイブンは、事前に危険を察知し・・・
雛芥子が桜花の胸倉を掴んで持ち上げた時点で
その場から逃げ出し、ソラのいる御者席の近くまで逃げて来ていた。
『先輩ってば・・・罪作りな人っすよね』
『あぁ~・・・あれって俺の所為なのか?
俺的に俺は、何も悪い事してないつもりなんだがな・・・』
声を掛けてきたソラに対し、レイブンは思った事を伝え
「蜂」が「どの位近くに、どれ位いるか?」を見る為に
御者席から外の様子を目視で確認する
蜂の姿は見当たらないが、何処からともなく
虫の羽音だけが、近くで聞こえてきているのを確認した次の瞬間
台車を牽いていた牛が、突然走り出した。
荷台が揺れ、荷台の後ろ側にいて立っていた雛芥子が
外に放り出されかける
桜花は揺れで尻餅を付いてしまったが為に
雛芥子に、手が届かなかったが
充電中であった、犬ロボのナナシの御蔭で事無きを得る
ナナシは、桜花の目の前で
雛芥子の手首を銜えて、荷台の中へ引張り引き倒して
雛芥子の危機を救う
雛芥子が落ちかけた、次の瞬間には・・・
雛芥子が落ち掛けた空間を、雛芥子より大きな蜂が通り過ぎ
雛芥子を捕らえようとして、失敗した蜂がゆっくり
荷台の中へ視線を向ける
蜂を見た桜花と雛芥子から、同時に絹を切り裂く様な悲鳴が上がる
蜂と目が合ったソラは驚きの余り、声を失いその場にへたり込んだ。
その頃レイブンは、御者席で乳牛に繋がった手綱を握っていた
パニックを起こした乳牛は・・・
手綱での「止まれ」と、言う支持に従う様子を見せない
牛が蜂の食べカスを蹴散らしながら走り、台車を牽く
左右に引けば左右に曲がりはするが、止まってはくれない牛
『だよな・・・今、止まったら確実に蜂に刺されそうだもんな』
レイブンは、荷台の屋根の上を飛ぶ
腰のキュッと括れた大きな黒い蜂に、一瞬だけ視線を向ける
『セレスには、アレをどうにかする方法ってないよな?』
セレスは御手上げと言わんばかりのジェスチャーをして
レイブンの横、御者席の背凭れの上で同じ様に蜂を確認するだけだった。
『下手な攻撃を仕掛けたら、奴等は仲間を呼ぶからなぁ~・・・
一撃必殺で息の根を止めて
仲間を呼ぶフェロモンを出す前に腹を破壊するしかないが・・・』
セレスは説明しながら荷台にいる3人を見て
『このメンバーじゃ、無理だろうな・・・』
絶望的な結論をレイブンに告げた。
そして、その直ぐ後に荷台から・・・
バチバチ何かに当たる羽音と、子牛が怯え走る音
レイブンとセレスの真後ろから、ソラの不吉な台詞が聞こえてきた
『桜花さん流石っす!生捕っちゃうなんて凄いっす!』
「って・・・マジでか?!」
レイブンは振り返る事無く・・・セレスは振り返って、深い溜息を吐く
『あぁ~あ・・・さて、どうする?』
『そうだな・・・取敢えず、俺の分の憤りも師匠に預けるよ』
『そうか、任せておけ!』
セレスは、真っ白な翼を狭い荷台に向かって広げ
ふわりと舞い上がったかと思うと、一直線に桜花いる方向へ飛び
その勢いで、蜂の括れた細いウエストに嘴を突き立てる
『取敢えず、腰から圧し折って捨てろ!』
セレスの命令に桜花が従い
それを確認してからセレスは飛び立ち、桜花に対して飛び蹴りを仕掛けた。
『この、愚か者がぁ~!』
セレスの心からの叫びが木霊し
桜花の側頭部斜め上に、蹴りがクリティカルヒットする
桜花は蹴られる理由も分からず物凄く驚いていた
『セレスなんで?なんで怒ってるの?』
ソラは勿論、雛芥子も慌てふためく
セレスとレイブンは互いに
「レイブンと、2人だけで来れば良かった」
「師匠と、2人だけで来れば良かった」と、心底
冗談抜きで、後悔していた。
余談ですが・・・
蜂は黒いモノ目掛けて攻撃してくるので
白い服を着ていた方が、蜂に狙われにくいそうですよw




