032「31 出発の日の朝」
「31 出発の日の朝」
雛芥子が、桜花と牛の母子を引き連れて来てから
ハイガシラの「地獄の特訓」改め・・・
桜花による「生き地獄的な戦闘訓練」が始まり
『この・・・軟弱者!』と、桜花に怒鳴られる程
ソラの「回避能力と逃げ足」だけが鍛えられていく
『雰囲気、似てる所があっても
ソラは、色素薄いし・・・何か生物的に弱そうよ?
「似た種類」の「違う種族」なのかも知れなくない?
まぁ・・・同じ種族でも、ソラって・・・
レイ君みたいに強くは、ならないんじゃないかしら?』
雛芥子の意見を聞きながらも桜花は・・・
『「為せば成る、為さねば成らぬ何事も」って言うだろ?
だから試しに、僕が根性から鍛え直してみるんじゃないか!』
と、引く事は無かった。
ソラは桜花の暴挙も・・・セレスの特製の「不味い味の祭典」
体の回復力を高める「超健康パワーアップジュース」と
筋力アップを助ける「パワーアップジュースハイパー」を飲み続け
何とかギリギリその日、その日は乗り切ったが・・・
ソラの体は今朝も・・・
桜花の「生き地獄的な戦闘訓練」で、削られた体力を回復できず
夜明けの日、今日も・・・ソラの目の前には
やっぱりデザイン性の高いガラス製のコップに入った
土留色の液体が存在する運びとなっている。
ナナシの犬型の大きなボディーに支えられながら
今日も今日とて、ソラは筋肉痛と関節痛に悶え
セレスが気を効かせてジュースを作り
ナナシか運んできた「超健康パワーアップジュース」を前に
深い溜息を吐いていた。
『飲んだら治るんっすけど、これ・・・不味いんすよな』と
痛みを治るまでの長期間、我慢するのも嫌だけど・・・
直で来る不味さと、暫く残る後味の悪さを我慢するのも辛い
そんな現実とソラは戦い、一人葛藤していた。
『さぁ~早く飲め!朝飯食ったら出発だ
「超健康パワーアップジュース」飲んどかないと死んじゃうぞ?
それに今日は特別に、果物の王様「ドリアン風味」にしたんだ
私としては、味わって飲んで欲しい!』
『セレスさん!何でまた、そんな余計な事をするんすかぁ~・・・』
ソラは、コップの後ろで仁王立ちする白い鴉を見て涙した。
「さっきから感じる変な臭いの正体はこれっすか・・・」
運ぶ時、零さない様にする為に被せられた蓋があるにも拘らず
部屋に、堆肥を撒いた畑に近い臭いが
少しづつ、少しづつ、漏れて充満していっているのにソラは気付き
ちょっと絶望感が過ぎる
『ナナシ・・・俺、これを頑張って飲み乾すっすから
窓を開けて来て欲しいっす』
ナナシがソラの願いに応え、鍵を外し窓を開けて回ってくれた
金属でできているとはいえ、犬の足では難しく
少々、鍵を開けるのには手間取ったが窓は開いて行く
ソラは開いた窓を眺め、覚悟を決めて
「超健康パワーアップジュース」に手を伸ばし
コップにされた蓋を開け、冷や汗を掻きながら飲み乾し
ドロリとした甘苦い咽喉越しと、風味が不味くて呼吸困難を起こし
震える手で、サイドテーブルにガラスのコップを戻しつつ
ソラは・・・ガクンと、床に倒れ伏した。
『ソラ?どうした、何があったんだ!』
薄れゆく意識の中で、ソラを心配する
機械仕掛けであるが為に嗅覚を持たないナナシの声が聞こえてくる
「あぁ~そうっすよねぇ~
機械だから、ナナシには理解できないんすよねぇ~・・・
この臭いも、この味も、この不味さも・・・倒れた理由も・・・」
飛び立つ羽音を聞きながら、ソラの意識は闇の中へ消えていった。
ソラの意識が無い間に、少しばかり時間が経過した
ソラは、体に振動を感じ・・・徐々に目を覚ましていく
体の下に感じる硬い感触に身動ぎすると・・・
『ん?起きたか?』
ソラにとって、耳馴染みある声が聞こえて来る
重い瞼を抉じ開けると・・・白い牛の横顔が視界に入る
勿論、蒙ではない・・・蒙の顔の色は、茶系だ
ソラは横を向いて寝転がっていた体を半分起こし、後ろを見た
声の主、レイブンがソラに寄り添って座っている。
『先輩・・・』
ソラが何か言い掛けるのを見てレイブンは・・・
籐の蓋付きピクニックバスケットをソラに押し付け
『取敢えず全部、お前の分の朝飯だ』と、言う
ソラは起き上がり、座り込み・・・
ピクニックバスケットを受け取って、周囲を見回した。
そこは、屋根のある荷台の上だった・・・
つまり、家の外であった・・・
レイブンは、ずっとそうしていたのだろう・・・
何処の国の言葉かもわからない様な、横文字の本を読み
「話しかけるな!」と言う、雰囲気を醸し出している
最初に見た、牛の横顔は・・・子牛の顔で
荷台は乳牛に牽かれ、何処かへ向かっている
牛の手綱を握るのは桜花で・・・
その隣に雛芥子が座って、桜花と楽しげに話をしている
ナナシは、荷台に備え付けられた
荷台の車輪の回転で発電する充電器に繋がれ眠っている
軽く丸まるナナシに埋もれ・・・
ナナシの首を枕に白い鴉のセレスが眠っている様だ
総合して平たく言うと・・・もう、旅に出発していた。
ソラは何か言おうとして・・・止めた
日和見で寡黙な一面を隠さない、気分屋なレイブンに話し掛けても
多分今は、相槌程度しかしてくれない
而も、返事は適当で・・・
経験上、正しく相槌を打ってくれるとは限らない
ナナシは充電中ランプが点灯していて、更にスリープ中
話し掛けるには、起動させるスライドスイッチを押さねば動かないが
起動させて、物を食べながら話し掛けるだけで
ちゃんと相手をしてやらないと・・・怒るので面倒だ
「超健康パワーアップジュース」の事で、言いたい事はあったが
セレスを起こすと、朝食を盗られそうだし
桜花と雛芥子に至っては・・・
女子トークを繰り広げているので声掛け難い
ソラは溜息を吐いて、バスケットの蓋を開け・・・
白い和紙に包まれたサンドイッチを取り出した。
1個目は・・・
レタスとスライストマト、薄切りのハムが数枚入り
中華ドレッシング味の千切り胡瓜と、同じ味のスライスオニオンに
フライドオニオンも入っている
2個目は・・・
レタスにイタリアンドレッシングでマリネされたスライストマト
海老のフリッターにタルタルソース
そして、塩コショウで軽く味の付けられたスライスオニオンだった
3個目は・・・
定番でレタスが入り
和風ドレッシングの味が付いた・・・
アボカド、トマト、オニオン、茹で海老
その上にマヨネーズとフライドオニオンが入っていた
ソラは・・・
瓶に入ったアイスコーヒーを飲みながら食べ、一息付いた。
空腹は満たされ、気持ちの余裕も出て気付く
起きた時には、ドリアン風味と・・・
「超健康パワーアップジュース」の後味から解放されていた事に
飲んだ後、そのまま意識を失ったので
後味が残っていてもおかしくなかった事に気付いて
セレスをちらりと見た。
セレスも寝たふりをしながら、こちらの様子を窺っている様だ
セレスは、ソラに対し・・・
「悪かった」と、反省しているのだろう
ソラの腕には、セレスが嘴を使って書く
セレスの字で小さく「ごめん」と書かれている
ソラはその文字に気付いてクスクス笑い、セレスを見て
「許してあげるべきっすよね」心の中で、そっと思い
逆の手の指で、文字をそっと撫でた。
「でも、これって・・・水とかで、落ちるんっすかねぇ?」
許す決意と、小さな不安を抱え
ソラは、残ったサンドイッチを一つ手に持ち
セレスの方へと掲げた
『セレスさん・・・起きてるっすよね?
腹減ってるなら・・・サンドイッチ、一緒に食べるっすか?』
セレスは、ちょっと拗ねた表情を見せ
『アボカドのはあるか?私はアボカドのが好きだ』と
言いながら近寄ってきて・・・
『体調は悪くないのか?もう大丈夫か?』と
本当に心配している様な言葉を掛けてきた
『大丈夫っすよ』
ソラが笑ってアボカドのサンドイッチを差し出すと
セレスは、喜んでサンドイッチを啄み始めた。
アボカドは・・・密かに山葵醤油で食べるのが好きです。




