022「21 喫茶トワイライト」
「21 喫茶トワイライト」
レイブンは、自宅「フィンレイソンの機械の修理屋さん」の
道を挟んだ向かいにある「トワイライト」と言う名の喫茶店
屋台立ち並ぶフードコートと、その後ろに雑木林と神社を隣接した
黒い瓦屋根と大きな硝子のショーウインドーが不思議な調和を生み出す
不可思議な雰囲気の店へと行く為に、来た道を戻る。
道を戻りながら、レイブンは・・・ふと、気付き呟く
『俺、もしかしたら・・・単独行動するのって初めてかも』
今回、何時も傍に居る・・・
レイブンの背中で鞄に乗り、荷物になっている鴉のセレスタイトが
「暗いの嫌い」と留守番していて、レイブンの背中の荷物は軽かった
レイブンは背中に、心許なさを初めて感じた気がした。
因みに、セレスが言う程「世界が暗くなった」と言う訳ではない
「地底の空が何時もより暗い」なんて事も無い
今日は、周囲が停電している為に
商店からの光源が無く、道の上に影が生まれているだけだ
そんな感じの普段、歩き慣れた・・・
でも、何時もより薄暗い道を一人で歩き
レイブンは色々な意味で、少し寂しく感じる事になった
『無駄に発光してる店の看板にも、沢山の意味と役割があったんだな』
物心ついた時には、何時も一緒にいたセレスが珍しく不在な為か
思いの外、感慨深い思いがレイブンの心を過ぎる。
道を進み、明るい場所に出た
それぞれ発電機を使っている為、自宅と向かいの喫茶店だけは
看板の電気も、店から零れる電燈の光も健在だった
レイブンは、向かい合うショーウインドウからの光の中
明るいセピア色をした喫茶店の店内の方を覗く・・・
喫茶店は、何時もより混雑している様だった。
この混雑の原因は、自家発電機を持っていない店舗や屋台が多く
商店街の中は勿論の事、フードコートにある屋台も
殆どが休業している為であろう・・・
レイブンは書庫にこっそり忍び込み
「旅客機」と書かれた棚から数冊のファイルを持ちだし・・・
「今、相談を持ち込んで良い物か?」と迷いながらも
中からコーヒーの香り漂う、喫茶店の扉に手を伸ばした。
レイブンが木製のステンドグラスをはめ込んだ扉を押し開けると
扉に仕掛けられたドアベル・・・
猫モチーフの飾りについている猫の首の鈴がリリィ~ンと鳴響き
店に客が入ってきた事を店員に知らせる
店内の奥、調理場付近から
不思議の国のアリスが来ている様な水色のエプロンドレスを身に纏う
色素の薄い髪と目をした幼女が走り出て来た。
レイブンを見付けると、レイブンの半分の身長も無い幼女は
『レイおにぃ~ちゃん!御帰りなさい!いらっしゃいませ!』
本当に嬉しそうな顔をして、レイブンの太もも辺りに抱き付いた
レイブンは・・・
「しまった!帰ったら一番に挨拶に来るって約束したのを忘れてた」
と、思いながら・・・ちょっと、バツの悪そうな表情で
トワイライトの唯一の生き物な店員「イロハ」の
猫耳カチューシャが付いた頭を優しく撫でた。
スーツや燕尾服を着た兎や鳥、犬や猫の獣人達で混雑する店内
通路の存在する場所の部分だけの天井をすぅ~っと移動する
蜘蛛みたいな配膳ロボを眺めながら・・・
足先に1個づつタイヤの付いた
シャーっと動き回る、アメンボみたいな御用聞きのロボの
邪魔にならないかを気にしながら・・・
レイブンは「約束を忘れていた」と言う、ちょっとした罪悪感から
イロハに対して、暫くされるがままになっていた。
顔見知りの常連客達が、そんな光景を見て・・・
何か言いたげな雰囲気を出して、イロハを見ている
女達の虐めは、陰湿で始末が悪い・・・
レイブンは、この後のイロハが客から受ける嫌がらせを危惧して
深く溜息を吐く
続けるのは得策とは言えない状態に、終止符を打つ為
『今日、夢路さんは?』と、レイブンがイロハに店主の事を聞くと
レイブンが思った通り、イロハは・・・
頬を膨らませ拗ね、失望感を露わにした表情を見せた
『レイおにぃ~ちゃん・・・
私に会いに来てくれたのでは、ないのですね・・・』
イロハの残念そうな態度に、客達が何故だか嬉しそうな表情を見せた
「何でこんな事が嬉しいんだろう、可哀相だとは思えないのか?
これだから、女って生き物は気持ちが悪いんだ」
レイブンは、店内の客達の表情を盗み見て
此処に居る事自体を苦痛に感じた。
そして今、イロハが可哀相だからと
こんな状況でレイブンが、イロハを特別扱いで可愛がれば・・・
自分で身を護れないイロハは
加減の分からない愚か者の手で、精神的&肉体的に甚振られ
精神疾患を患わされるか・・・
暴行を受け、大怪我させられたり
運が悪ければ、殺されてしまう可能性もあるだろう
しかも、前例が何例もあるので笑えないし・・・
この予想に疑う余地はないだろう事をレイブンは知っている
何せ、イロハの前に存在していた
この店で働く娘さん達は全て、酷い状況で命を落としたのだから・・・
レイブンは、打開策を思案しながら
『イロハに会いに来たと言えない事も無いよ
フィンとセレスに、イロハの様子を見に来るように頼まれてるからね』
「仕方なく来た感」を、客に対して強調しておいた。
「ホント・・・混雑している時に来るもんじゃねぇ~な」
レイブンは、混雑するトワイライトに来た事を後悔しながら
このままではイロハに危険が及ぶので・・・
『店の奥にある秘密の雑貨屋から、「夢路」を連れて来て』と
イロハに言って、イロハを奥に行かせてから
虐めを助長させそうな、意地の悪い種類の常連客を中心に
数人を選んで、親しげに声を掛け
板に付いた営業スマイルで挨拶をし・・・女達の悪意を拡散させた。
この店の店主は、喫茶店の方によっぽどの事が無い限り顔を出さない
その上、来たくないのか呼んでも中々来ない・・・
レイブンが手持無沙汰にしていると・・・
客が冗談交じりに、レイブンをオーダーし始めた
最初に客に話し掛けたのは、レイブンだったのだが
いつの間にか、客の方が積極的にレイブンと話したがり始め
レイブンは仕方無しに、店の御客様達の接客をする事になった
余談だが、御用聞きロボは・・・
向かいの店で今も店番しているであろうプリムラシネンシスに操られ
この店に無い商品を・・・
商店街の売り上げをアップさせる為に
他店舗より商品を引取って売り込んでいる様だった。
レイブンは、プリムラの便乗商売に気付き
心の中で悪態を吐きながら、最高の笑顔と甘い台詞を駆使し
髪に触れ、背中や肩に触れ、時には横に座り腰に手を回し・・・
『売り上げに貢献してくれてありがとう、助かるよ』
なぁ~んて事を言いながら
御用聞きロボの後ろで糸を引くプリムラの為に
自分を高額商品の購入と引き換えにオーダーした客の為に・・・
オーダーを受けたテーブルに10分程度参上して
他愛無い会話をし、質の良い高級品を御馳走になり
御機嫌取りをして回る事になってしまっていた。
トワイライトの店主「夢路・ツァイトロース」が
店に顔を出した頃には・・・
各テーブル、プレゼント包装された商品の山と
無駄にオーダーされた高額メニューの数々が並び
店の外には、インターネットを通じて噂を聞き付けた
近所、近隣の街の住人達までもが混ざり並ぶ・・・
この世界では、どの種の「雄」も絶滅危惧状態で
「男」が貴重な存在になっているのだが、しかし・・・
『夢路、ごめん・・・俺もこんな事になるとは思わなかったんだ』
レイブンは夢路の姿を見て、疲れの見え隠れする笑顔を見せる。
夢路はイロハ同様、調理場付近からレイブンの目線の先に現れた
夢路に気付いた客から、次々と歓声が上がっている
店の外に並ぶ客も、夢路を一目見ようと
ショーウインドウと入り口に殺到し始めている。
それにしても夢路は・・・
店内の照明の色を無視するかの様に、相変わらず白かった
時計草が描かれた白っぽい生地の浴衣が・・・
着崩された浴衣から見え隠れする胸元の白い肌が・・・
夢路の白くて長い髪が・・・その場を支配していく
夢路は大きく溜息を吐いた
『困りましたね・・・
この店は、ホストクラブとかではないんですよ
そんな許可取って無いので
風俗営業法に引っ掛かってしまうではありませんか』
冷静な言葉一つで、その場に居る者達の空気も白くしてくれた。
時々、居酒屋とかガールズバーとかで・・・
酔った客が店員を捕まえて
「その場でお酌させようとしている」なんて事があるが
許可を取ってなくてできない事を理解してあげて欲しい
配膳するだけに許可は不要だが、それ以上のサービスをする場合
キャバクラやホストクラブ、俗に言う風俗店に必要な
許可が必要になってくるのです。