018「17 遠征中11」
「17 遠征中11」
遠くから、機嫌の良い鳥達の歌声が聞こえて来る
肉食を好む鳥達の宴はもう、終わっているのだろうか?
ハイガシラは、仕事の為にレイブンを同行させた事を
少しばかり後悔していた
天井の照明を変える為に、配置されたこの場所
人気の無い周囲に、ほんのり血の臭いが香っている
多分、目の前に現れた大きな鴉は・・・
最終的に、片足と尻尾で吊り下げられてしまう事になった
蜥蜴を食べる、今回の御食事会に参加していたのだろう
しかし、鴉が空腹を抱えていない事は
安心材料の一つになりはするのだが
それで、安心できるなんて事は・・・全く無い
ハイガシラは、レイブンを護る様に大きな鴉の前に
立ちはだかった
警戒を解く事の無いハイガシラを見て
大きな鴉は、大きな溜息を吐いた。
大きな鴉は漆黒の翼を貴婦人のドレスの裾の様に優雅に揺らし
身なりを整え、緊張を解く為に優しく微笑む
『重ねて言うわね、私は君達に危害を加える気は無いの
科学者である「空色の鴉」のセレスタイト嬢に
御仕事の依頼をしに来たのよ』
『私に仕事の依頼?』
レイブンの背中の荷物に乗り
興味津々(きょうみしんしん)、レイブンの肩
に首を乗せる様にして
大きな鴉の様子を窺っていたセレスが、驚いた様な声を上げた。
『実はね・・・セレスタイト嬢の技術で
私の産んだ「卵」を今からでも、受精卵にして欲しいのよ
そうそう、できれば・・・
そこに居る「若くて強いボウヤの遺伝子」を使ってね
遺伝子組み換えをちょこっとすれば
私とボウヤの受精卵ができるでしょ?
更に、遺伝子をいじれば
「漆黒の天使ちゃん」を作るのなんて事も出来るんでしょ?』
レイブンが・・・大きな鴉の発言内容に凍り付く
『うわぁ~・・・彼女、レ~君の子供が欲しいんだって
モテモテだね、羨ましいよ』
ジャンゴが、棒読みみたいに喋り
同情するかのようにレイブンの顔をそっと覗き見る。
『ん~?良く分からんけど・・・
レイ君の精子を使った、人工授精の依頼って事か?
「漆黒の天使」かぁ~・・・悪くないね!やってみれば?
そうそう、レイ君・・・親権トラブルは大変だぞ
親権や何やらについての同意書は、しっかりしたの作れよ』
何故だかハイガシラの中だけで・・・
話が勝手に進んで、子供を作る事を決定してしまったようだが
そこは無視して、気にしないでおこう
セレスは大きな鴉の言葉を一応、吟味し色々考え
『それは私にとって、専門外な依頼だぞ・・・無理だ!
私の専門は、遺伝子組み換えでなくて肉体改造だからね
その依頼を受けるのは、少しばかり難しい・・・
その技術と機材は・・・
私に出来ない事も、集められない事も無いだろうけどね』
自分にはできないと言って断った・・・が
「興味が無い訳ではありません」
「できたら依頼受けてます」的な雰囲気を醸し出していた。
『じゃあ・・・技術者を私が見付けてきたら
その「ボウヤ」の遺伝子売って下さるかしら?』
大きな鴉は、食い下がってきた・・・
『あはは、売らないし売れないよ・・・
それ以前に、レイブンは私専属のモルモットだ!
遺伝子提供向けの個体にする事は出来ないよ・・・
私は、研究成果をそう易々と誰にも公開しないし
簡単に、譲ったりなんかしないからね』
『そぉ~なんだ・・・』と、複数の同じ感想が上がる
喜んで良いのか?悲しんだ方が良いのか?
レイブンは顔を引き攣らせ、苦悩しながら苦笑いを浮かべる
「そもそも、本人を無視して話を進行するなよ」と
レイブンは言いたい言葉を胸に
2羽の鴉の会話黙ってを聞いている
『面白いと思ったのに残念だわ・・・』
大きな鴉の言葉に、「残念なのはアンタの思考だ」と
レイブンは心の中で呟きもした。
『ホントに残念だ・・・レイ君の子なら、もしかしたら
空を飛べる天使が生まれてきたかもしれないだろうに・・・』
密かに、一番残念がっているのがハイガシラな所が
「とっても頂けない」と、言う事は・・・言うまでも無い
因みに、この世界に見た目「マジで天使」な姿の生き物はいるが
翼と肉体のバランスやら色々な要因で
飛べる奴なんて存在しない
大きな鴉が、ハイガシラの言った事を小声で反芻し
何かを思いついたのか、ニヤリを笑いを浮かべた
『ねぇ~ボウヤ、レイ君って私も呼んでも良いかしら?
私は「チムナター」よ「チム」って呼んでね
また、会いに来るわぁ~』と、レイブンの返事を待たずに
ウインク一つ残し・・・突風を起こして飛び去って行く
『今、将来的な不安要素が生まれたのを
目の当りにした気がするんだが、気のせいかな?』
レイブンの言葉に誰も何も言わなかった・・・
いや多分・・・言えなかった。
何とも言えない沈黙の後
フィン担当の仕事が、ハイガシラによって再開された
ワイヤーが切れるんじゃないか?と、心配になる程の大きな動きで
フィンより大きく重たいハイガシラが
ワイヤーにぶら下がりながら、フィンの仕事を
フィンより手際よくこなしていく
1回に、一つの場所にしか手が届かないフィンとは違い
ハイガシラは1回登って、3か所~5か所くらい手が伸ばせるのだ
仕事の効率が根本的に違っている
その間に、レイブンとセレス・・・そしてジャンゴは
切れたり、切れそうになっているワイヤーの
発見&補強に回っている。
仕事をしている間中
猛禽類達と、肉食を好む鳥達の会話が聞こえてきていた
彼女達は腹も膨れ、機嫌良く楽しげに囀り続けいる・・・
彼女等が、そこに居る御蔭で
他の捕食者達が近付いて来ず、邪魔も入らなかったのだが
『やっぱり女は苦手だな・・・』
レイブンの口から、感慨深げに本音が零れた。
『レ~君ってば、珍しいねぇ~
何時もは女性陣に「嫌いじゃないよ」って愛想振りまいてるのに』
驚くジャンゴ、「あはは」と笑うレイブン
『小さい頃から、フィンとセレスに
女性に「嫌い」って言っちゃ駄目って、躾けられてるからね』
『じゃあ・・・本音は?
レ~君は、誰かを本気で好きになった事は無いのかい?』
ジャンゴの言葉に
レイブンは、意味ありげな頬笑みで答えた。
レイブン達が居る場所に、照明が落ちる予兆
鳥肌を立てさせる様な静電気が、そこら中に広がり始めた
ジャンゴよりも鳥目な為、セレスが何時もの様に
レイブンの背中の襷がけに掛けられた鞄の上に乗る
『本当は誰も本気で好きじゃないよな、お前って・・・』
レイブンだけに向けられたセレスの呟きに
『そうかもしれないね』とレイブンは答えた。
今、ソラがこの世界に現れてから
最初の・・・ソラにとって、初めての夜を迎える
「ガチャン」と言う、金属音と同時に世界が「闇」に包まれる
ソラは初めて見た、この世界の夜に嫌な顔をしていた・・・
此処は地下の世界、そこに夜空は存在しないが
御星様みたいに、照明の白い蛍光塗料から生まれた
水に薄めた様なエメラルドグリーンに発光する
不思議な星空が存在しているのだ。
『まるで・・・空に蜘蛛の巣が張り巡らされてるみたいっすね』
ソラの呟きに雛芥子が笑った
『これで時々、本当に冗談抜きで巨大な大蜘蛛が出没するから
笑えないのよねぇ・・・洒落にもなんないわ』
若干・・・そらの笑顔は引き攣っていたが、2人は笑い合う
天井には、柱毎に放射状に広がる照明が
ぼんやりと光り、それぞれを繋ぐワイヤーがほんのり
発光している・・・
所々ワイヤーが切れたり、たるんだりして
リアル感もしっかり出ていた
そこには、言葉に言い表せないくらい
美しい蜘蛛の巣の模様が、描かれていた
そんな光景を望む場所に居る2人を見て
誰かが、嬉しそうに微笑んでいた。
天使の絵を見ると、いつも思うんです。
「そんな小さな翼じゃ、飛べね~よ!」って・・・