013「12 遠征中6」
「12 遠征中6」
フィンの手元を見れる位置に居た者達が言葉を失った
撮影していた小動物が、映像で捉えていたので
モニターの前に居た、観客達の何割かも目撃して黙り込んだ
笑顔なのに、内なる怒りを感じさせる
『言いたい事は、それだけ?』
冷たい声が、フィンから発せられた。
『桜ちゃん?
あんまり理不尽な事で言掛り付けて来るなら、アタイ怒るよ?
今、落ちちゃった人達はね・・・
「仕事前のリサーチ不足&力量不足」じゃん?
仕事を受ける前に辞退しなきゃ駄目だった人だよね?
その人が、自らに見合った仕事の中
アタイを護って死んだのならアタイも恩を感じたりもするよ
でも、今のは違うでしょ?
正直アタイは、この程度の事で落ち掛けた人にだって
今、直ぐにでも・・・
自分の実力に見切りをつけて、仕事を辞退して
さっさと、御家に帰って欲しいくらいなんだけど
そもそも、実力も無いのに参加して「お前の為に死んだ」とか
後々、その身内とかに恨まれちゃったりとかアタイするんだよ
死にたくなるくらい嫌な思いさせられんのアタイなんだよ!
それがどれだけ不愉快な事か、桜ちゃんには理解できないのかな?
桜ちゃんこそ!護られる側の事、少しは考えてくれる?』
フィンの感情を抑えた、殺意すら感じさせる声色と言葉で・・・
不用意に参加した、この仕事に向かない狩人達と
桜花から呻き声が漏れる。
『はぁ~い!フィンちゃん怒らなぁ~い、怒らない』
重い空気を打ち破るかのように、軽い口調と声が響いた
少し離れた場所から・・・
青光りする程に黒い烏が、荷物の積み上がったフィンの横
フィンの肩近くに舞い降り、フィンの肩を翼で抱く
『辛かったねぇ~俺様が来たからには、もう心配いらないよ!
君の願いは何かな?
泣きたいなら、このジャンゴ様の胸を貸してあげるよ?』
新たな・・・違った意味での沈黙があちこちに訪れた
さっきまでのが「暗い沈黙」なら
今の沈黙は、「白けた」感じの沈黙だ
フィンが弾ける様に笑いだす
『あははは鳥臭い!胸は貸してイラナイよぉ~ありがとぉ~
でも、強いて願いを言うなら・・・
この仕事に対して力量足りてない人、追い返しちゃってよ』
戻ったフィンの明るい声に胸を撫でおろし・・・
後半の声色の冷たさに、ジャンゴの羽がふんわりと膨らんだ
『うわぁ~マジだぁ~・・・
フィンちゃんってば・・・目だけが全然、笑ってないよ?
怖くて、本物の鳥肌が立っちゃった』
フィンとジャンゴの会話を余所に、白々しくなった空気が・・・
先程、呻きを漏らした者達に
フィンに対する反発した感情を呼び起こさせる。
一部の者達から非難めいた呟きが漏れる
その波に乗って、フィンを批判する女性的な惨い怒号が飛んだ
まだまだ、御機嫌斜めのフィンの手から
潰れた電球が投げられ、その者が立っていたワイヤーを揺らす
その場から、その者の姿が消えた
次の瞬間、悲鳴が上がる・・・
その者の片足が、膝から細いワイヤーで引張られ
その者が立っていた場所の真下に吊り下げられる状態になっていた
吊るされた者の体重でワイヤーが締り
その痛みで、吊り下げられた者の悲鳴が上がり続けている
吊るワイヤーの出発点には、レイブンがいた
『取敢えず君は、仕事を自主的にリタイヤして家に帰りなよ』
爽やかな笑顔のレイブンに対して、どよめきが起こる
反発した感情を発散する出鼻を挫かれ
敵意の標的を、フィンからレイブンに移す者・・・
非情な対応に出そうなレイブンに対し
恐れを抱いてレイブンに従おうとする者・・・
取敢えず「自分は関係ない」と、参加しない事にする者・・・
その場にいた者達は、大まかに3種類に分かれた。
その中、桜花は・・・
自分の言った事に少し後悔し、フィンに謝りたいと思いながらも
「自分の正義を貫く為・自分を正当化する為」に
レイブンに敵意を向ける
『幾らフィン様に酷い事を言ったからって
即効で、女の子を吊るし上げる事は無いだろ!』
『結果的に吊るしちゃってはいるけど、上げてないし・・・』
レイブンの冷静な突っ込みに、桜花は無駄に腹を立てた
『お前は「男」だろ?「男」として恥ずかしくは無いのか?
今回、参加している狩人はお前以外全員、女の子なんだぞ!
男の癖に、女の子に対する手加減と言うモノを知らないのか?』
桜花は吊り下げられた者を救い出し
ワイヤーの輪を緩め外してから、レイブンを睨みつけた。
レイブンは小道具にワイヤーを巻き戻しながら・・・
「あぁ~めんどぉ~くせぇ~・・・」と、思いながら・・・
不敵に笑って見せていた
『俺はお前等と違って、確かに男だよ
でもさぁ~、身内を護るのが「男」の仕事じゃなかったっけ?
「俺の女」でもない、身内でもない「女」・・・
しかも、身内に危害を加える様な者に・・・
それが女でも、本当は同情の余地って無いよな?
これがどういう意味か・・・分からない事無いよね?
桜花は・・・俺に怒って欲しいの?』
『あぁ~もぉ~レイ君まで御機嫌斜めになるなよぉ~
今それどころじゃないっしょ?
此処は一先ず、蟠りを俺様に預けてさぁ~・・・
今回の事は後で、俺様と男同士で話し合おうぜ!
良いよな?桜ちゃん?俺様の顔、立ててくれるよな?』
フィンから離れ・・・
桜花とレイブンの間にホバーリングしながら入り
ジャンゴは、この場を収める事に成功して
レイブンの近く、セレスの隣に行った。
ジャンゴは吐息を吐き、あざとく額の汗を拭う様な仕草をして
黙ってセレスに、にじり寄っていく
『もしかして、褒めてでも欲しいのか?』
セレスは自分より小柄で嘴の大きいジャンゴに顔を向ける
『麗しの渡り鴉の御嬢さんからの御頬美なら
何でも喜んで受け取りますよ?』
ジャンゴは・・・
何かしらを期待している様な眼差しで、セレスを見ていた。
セレスは、溜息を吐く『御苦労さん』
『それだけ?』ジャンゴは、不服そうな表情を浮かべる
セレスは面倒そうに『じゃ~、お疲れさま』と、言い直す
『寄り添うとか、嘴を磨り合わすとかしてくれても良いのに』
『私にバカップル演じろとでも言うのか?』
『んじゃ、俺様とデートしてよ!
何なら本物の「恋人同士」になってくれても良いんだよ』
『寝言は寝てからにしとけ』
要求をエスカレートしていくジャンゴに
セレスは困り果て、敵前逃亡で答える
その場から飛び立ち、逃げるセレスを見送るジャンゴは
『照れちゃって、セレスは可愛いなぁ~』と、感想を残したが
近くで見聞きしていたレイブンは・・・
噛合わない会話を心配しながら
「凄く前向きだな」と、ジャンゴの考え方に感心した。
セレスを追い飛び立つジャンゴを見送り
レイブンは、フィンの近く・・・
フィンと荷物を吊るすワイヤーへと移動する
レイブンが近くに来て・・・
安心したかの様に新しい電球の箱を開け、作業を再開するフィン
フィンを横目に・・・
レイブンは、周囲への警戒を強化した。
プライドの高い女性狩人達は、数を減らす事無く残っている
レイブンは、捕食者が何処から現れても対処できる様に
移動できるワイヤーの位置を把握し、ひっそりと愚痴る
『落ちそうになってた娘を助けた結果が
吊り下げる事になったってだけなのに・・・酷くね?』
そんなレイブンを見て・・・
結果的に吊り下げられてしまった娘さんは
桜花にお礼を言いながら、桜花の勘違いに気付きながら
その事には、口を噤んで・・・
「フィン様を否定したのに・・・
レイブン君ったら、身内でもない私の命をこっそり救うだなんて
ツンデレさんね・・・私に気があるのかしら?うふふふふ」
なぁ~ん思想をこっそり胸に秘め、誰にも気づかれない様に
レイブンに熱い視線を送っていた。
同じ時、同じ場所に居ても
皆が同じストーリー上に居るとは限りません
気付かなければ、知らなければ、見ていなければ、経験しなければ・・・
御話は変わってきてしまうモノなのです。