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星のような世界  作者: ジョバンニ
第一章  星の見えない世界は素晴らしい世界
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赤レンガ魔法工場  2

 一本角のドラゴンがまだ喋っている間に、階段を物凄い速さで駆け昇る音がした。メティが振り返る。シトラスだった。

 メティは怯まない、ここまでやって来たおかげで珍しいドラゴンを見つけてきたのだ。シトラスもこれを見れば怒らずに褒めてくれるに違いないだろう。そう思って笑って待っていたら、剣を振り回しながら追いかけてくる三人の剣士がいることに気付く。さらに剣士達の後ろで、炎が燃えたぎっているのを確かに見た。

 シトラスはメティを捕まえて持ち上げると、一緒にジャンプした。

 先ほどまで立っていた場所を炎の塊が殴りつけた。

 背中に感じる熱気。次々と降りかかってくる炎の球。メティは悲鳴をあげ、シトラスは黙れと一喝してから再び跳躍する。偶然にも二人が避けた炎の球がいくつか一本角のドラゴンの体に当たったが、傷一つ付かなかった。ドラゴンに巻きついていた鎖にも炎の球が当たり、焼き斬れた。

 シトラスとメティは階段を駆け下りる。後ろから三人の剣士が、怒鳴り声を投げかける。

 メティは逃げながら集中し、時間をかけて生み出した水の球を後ろに投げた。メティはあまり水流魔法を攻撃に使ったことがない。水の球は剣士をひょろりと避けて、二階を流れる川に当たった。川を優雅に進んでいた船の模型が砕け散る。剣士達よりも後ろで火焔の魔法を使っていた作業服姿のおじさんは、さらに激怒した。

「何! 何あの人達! 何あのおじさん!」

「工場長だ見りゃ分かんだろ!」シトラスが怒鳴る。

 逃げる二人は一階まで降りる。おじさんが放つ無数の炎弾が、足元の鉄板や、真横を通り過ぎてたくさんおかれてある水車に激突する。仕事に励んでいたドラゴン達は驚いて飛び去っていった。

 一つの水車が炎弾に当たり、入口に向かって倒れた。工場の外に出られなくなった二人は大回りをして再び階段を駆け上る。一本角のドラゴンがいた三階まで戻ってきた。

 ドラゴンはどこにもいない。天井に、ドラゴンが出た後の大穴が生まれていた。感謝もせずに逃げていってしまったのだろうか。

 三人の剣士と、元気な魔法使いのおじさんが追い付く。シトラスは背負っていた剣――ロングソードを抜き、メティも拳を作って一応構える。 

「仕方ねえやるか。喧嘩は買う。お前のせいで不審者扱いになったんだからな、手伝え! 水流は使えるようだからな」

「私のせいじゃないよ! あと、シトラスさっきドラゴン見えた?」

「知るか!」

 シトラスは走り出す。

 三人の剣士は剣を構え、前と左右の三方向から向かってくる。

 シトラスはロングソードを振るった。前から襲いかかる剣士と勢い良く斬り結んだが、残りの剣士が左右からシトラスを狙う。メティは思わず目を閉じた。

 直後に、互角にシトラスと斬り結んでいたはずの剣士が吹き飛ばされる。左右から狙っていた剣士たちも後ろへ大きく飛ばされ、鉄板に体を落とした。

 シトラスは悠然と立ち、ロングソードを虚空に振ってから肩に担ぐ――彼の持つロングソードは青く光り、湖の波紋のような優しさを浮かばせていた。

「憑依魔法を使った俺の剣にてめえらの剣は通用しねえ。力押しだ!」

 シトラスは左手の人差し指を剣士の一人に向けた。

 一瞬で生み出した水の球が発射される。敵は剣で防御しようとしたが、刀身は根元から折れて、そのまま剣士の顔面にぶつかる。仲間が仰向けに倒れるのを、残りの剣士二人は青白い顔で見ていた。

 シトラスが止めとばかりに次弾を放った。立ち尽くしている剣士に向かってそれは音を立てて飛ぶ。しかし、水弾は遠くから降ってきた炎弾に当たり、飛沫を上げて崩れた。

 シトラスは舌打ちをして走り出した。がむしゃらに炎の球が襲いかかり、必死に走っても背中に伝わる振動と熱気は近付いていく。

 シトラスは弾の襲い来る場所へと目を向けた。二人の剣士よりも離れたところに、作業服のおじさんが大声で笑っている。片手を頭上へ向け、そこから炎を凝縮させた弾を放つ。安全な場所で魔法に集中している分、無数の炎弾を作り出せているのだ。

 シトラスは息を切らして立ち止まる。限界だった。

 炎の弾が上着の背中をかすめた。シトラスは何とか少ない時間で魔法を使おうとする。ところが、彼が何もせずとも大きな水の壁が突如として出てくる。炎の球を受け止めてくれた。

「ふっふっふ、私の力に恐れるがいい!」

 メティが自慢気に笑い、シトラスの後ろで水流の魔法を使っていた。

小さな水滴が集まり、シトラスの周りを泳いでいる。敵のおじさんが炎の弾を放っても、ところどころに生まれた水の壁が受け止め続ける。シトラスよりも水をコントロールするのが遥かに上手い。シトラスも遠くにいるおじさんも驚いていた。

 メティはその間に目を閉じてさらに集中する――今までとは違う独特な彼女の雰囲気に、シトラスはメティがやろうとしていることを直感で知った。そして勝手に体が前へ動く。走った。

 おじさんを護ろうと二人の剣士が前に立ちはだかる。しかしシトラスは相手にしないで走り続ける。

 剣士は絶好のチャンスだと思い襲いかかるが、襲いかかるばかりか足をもたつかせながら道を開けてしまった。シトラスは剣士と剣士の間を走り抜けた。

 二人の剣士は、剣を目一杯に振り回してぎこちないダンスをする。やがて二人は向き合って、同時に剣を振り上げる。刃の腹を使って相手の頭を叩き合い、仲良く気絶した。気絶した剣士の剣は、青く光っていた。

 おじさんは震えた声で叫んだ。

「くそ、なんだあの小娘は!?」

「俺も聞きたいところだ!」

 走りながら放った水弾とおじさんの炎弾が衝突し、弾ける。

 絶えることのない炎弾の嵐をシトラスは左手の水弾で受け止めつつ、右手のロングソードを掲げる。集まるのは、大量の水。今まで生み出したシトラスとメティの水流魔法をロングソードに集中、そして全力で振り下ろした。

 轟音を発するのは、今までのような球の形ではなく、大きな飛沫の上がる波だ。工場の一面を覆うほどに大きな波がスピードを上げてシトラスの眼前を飲み込む。おじさんは何も出来ず、叫び声をあげて両手で顔を隠す。すぐに体は波の中に消えた。

 波の力が弱まり、静けさが蘇るともう立ち上がっている人間は二人だけ。先ほどの強力な魔法のせいで窓の燭台が消えてしまい、薄暗かった。ドラゴンが空けた天井の穴がなければ真っ暗だっただろう。

 シトラスはロングソードを背中の鞘に収める。メティは腕を組んで笑っていた。シトラスはあえてメティを褒めない。

 二人の剣士を、メティが憑依魔法を使って足止めしたことはシトラスも十分に分かっていた。憑依魔法は、精霊を呼ぶだけではなく、エレメントと呼ばれる小さな小さな精霊も操れる。操ったエレメントを敵の剣に憑依させてダンスをさせることは少し難しい技だ。だからこそ今褒めてしまうと、メティは調子に乗ってしまうだろう。面倒なことになる。

 この兎の子供と行動をしていたら、命がいくつあっても足りない。早くどこかにメティを捨てられないか、頭を悩ませていた。そんなシトラスとは違い、メティは呑気に天井の穴を見ながら、手を振っている。シトラスはとりあえず怒りがおさまらず怒鳴ろうとしたが、後ろから聞こえる羽ばたきと鼻息が、背筋を凍らせた。

 振り返る。一本角のドラゴンが宙に漂っていた。

 大きな体をしている癖に、ぱたぱたと動いている翼だけはとても小さかった。

「ドラゴンさん戻ってきたんだ!」

「もちろん、感謝の言葉を忘れちゃ神様に怒られるからね。ありがとう。おかげで帰れるよ。もし良かったら僕たちのビーチに遊びに来てね、友達も紹介したいから。女の子だったら大歓迎さ!」

 言うだけ言って、一本角のドラゴンはゆっくり飛び去っていった。あのドラゴンは完璧にシトラスの存在を消していた。ドラゴンは皆、女の人が好きなのだろうか。

 メティは確かに見た。一本角のドラゴンの傍を飛んでいた、小さな黄色いドラゴンを。その黄色いドラゴンはメティにウインクをして、風のようにいなくなった。



 大量の水が無数の滝となって窓から外に落ちる。赤いレンガはところどころが砕けていて、今にも崩れそうだった。

 魔法工場を取り囲んでいた男達は何があったのかと声を荒げる。しかしたった一人だけ、何も喋らず、群れの先頭で楽しそうに見上げている男がいた。

「面白いね」男は呟いた。

「スラ。この工場、ドラゴンを拘束していたようだ。一本角の」

「ほんとか、リー」

 男はまた笑った。頭上を、工場の看板が落ちてくる。男が片手をあげると看板は空中で止まり、次の瞬間、粉々になった。


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