赤レンガ魔法工場
地下街はたくさんの巨大な地下空間が細い通路で繋がっている、アリの巣のような形をしていた。たくさんの人が暮らしており、じっとメティが見ていると、座っている人もすれ違う人も、ひどく冷たい目で睨んでくる。シトラスに目を合わせないようにと注意されても、メティは好奇心に負けてここの人達を一人も見落とさずに見つめる。シトラスは舌打ちをした。
そこら中にあるかがり火の光を受け止める家は、どれも鉄板を組み合わせて出来ている。
竜の鱗に似た岩盤の段差に家が並び、段差の一番上は兎の国の城よりも高いところにあった。メティは見慣れるまでずっと感嘆の声を出していた。一番上の段差から地下空間を見下ろしてみたい。
シトラスが前を見たまま後ろに付いて来るメティに教えた。
「ここは地下街デリア。悪人の巣窟だ。兎の国からずっとずっと北まで飛ばされたんだよ」
「ここに来た時、振り返ったら穴から竜巻が生えてたよ」
「誰かがあの穴に風神魔法を仕込んどいたんだろ。あんなバカみてえに強い風神魔法を使える人間なんて見たことねーが」
地下空間の一番端まで行ったが、岩壁を強引に砕いて作られた細長い通路があるだけで、その通路を進んでも別の地下空間があるだけだった。方向感覚もこの場所では分からない。二人はとにかく上に上がろうと、地下空間から地下空間へ何度も渡り歩き、時には戻るを繰り返した。その間もずっと誰かが睨んでいた。たまにメティに殴りかかろうとする人もいたが、その時は全速力で走ってやり過ごした。
途方に暮れた頃、今までになかった坂道を発見する。ようやく地上かと思って登るが、何度目かの地下空間が広がっていてメティは落ち込んだ。
この地下空間は他とは違って一つの家も見当たらない。岩の天井に当たる寸前の、大きな赤レンガの工場が立ち上がっている。メティの目が輝いた。
シトラスは引き返そうとしたが、メティは工場へ走る。彼女を捕まえようとシトラスが追いかけるも、メティはいきなり跳び上がってシトラスの顔を踏んだ。豪快にジャンプするメティと沼地に倒れ込むシトラス。
工場の前まで来ると、段々と鉄臭い空気に満たされていった。
「赤いレンガの建物だ! 面白そう!」
「やめときな。デリアの工場なんて怪しい臭いしかしねえよ。他の連中に道を聞くぞ」
シトラスは泥にまみれた体で、腕を組みながらメティを説得する。その隣でメティも腕を組んで考えるふりをしていた。シトラスはまだ、メティのことを知らないのである。メティはいきなりはしゃいですぐ傍にある小窓から中へ入ってしまう。
シトラスは額に血管を浮き上がらせる。窓に向かって唾を吐いた。
工場の中は、大きな水車がところ狭しに置かれてあった。メティは熱気に怯えながら見渡す。無数とある水車の一番上で、それぞれ小さくて茶色いドラゴンが火を噴いていた。
水車の羽根についているのは大きな鉄の箱。箱の中には無数の刃があり、ドラゴンの火を浴びてからぐるぐると下に戻って、水路を流れる冷たい水で冷やされる。一瞬だけ冷やされて一瞬だけ火を浴びての繰り返しに、メティは胸を高鳴らせた。
シトラスは背後からメティを殴って、引き戻そうと小さな体を軽々と持ち上げた。しかしメティは丁度上に出てきた通路の手すりに掴まり、よじ登る。シトラスは驚いた、掴み上げていたメティがさらに上へと浮き上がったのだ。
宙に浮かぶ鉄の通路は、水車を避けながら枝分かれして続いている。メティは仕事に励んでいるドラゴンに声をかけてみた。しかしどのドラゴンも、仕事中だから話せないと返してくる。ドラゴンに仕事は似合わない。
鉄の通路を進んで行くと階段を見つける。同時にシトラスの怒号が聞こえてきたので、メティは慌てて登った。
次の階では、鉄板の床の曲がりくねった窪みに川が出来ていた。帆まで付いている船の模型が川を流れ、またしても剣の刃がたくさん載せられていた。
川の底には、たくさんのモンスターの死体が沈んでいる。メティは思わず身を引いた。しかしシトラスの怒号がまた聞こえ、急いで川を跳び越えて見つけた階段を登る。最上階へと着いた。
真っ暗だった。水車のところよりも川のところよりも広い、しかし何もない空間がメティを迎えた。
メティは歩く。鉄板を踏み抜く音だけが埋め尽くしていたが、それに加えて低い声音が聞こえてきた。
「誰だ。女だったら嬉しい……」
真っ暗闇の向こうにいる何かに聞かれ、メティは考える。どう考えたところでメティは女の子である。自信を持って良い。
「私は女の子だよ。名前はメティ」
「おお!! 女の子だったら大歓迎だよ! ちょっとこっち来てよ暗くてよく見えないから、いやねお願いがあるの、実は俺風邪を引いててさ調子が良くないんだよね。だからここに閉じ込めた奴等が来る前にこの腕についてて離れないのを代わりに壊してほしいんだ、もう参っちゃうよ俺が女の子について熱く語ってたら美女を紹介するって嘘つかれて気付けば鉄の箱の中! 人ってのは都合が良いよねほんとおかげでこれから人を見つけた時は上に付いてる髪を毎回燃やしてやりたくなるよ。いやいや冗談だって少なくとも女の子にそんなことはしないつもりさ。神様に誓う!」
メティは口を開けたまま、低いのか高いのか分からない声を一段落するまで聞いた。内容は半分も覚えきれなかった。
とにかく声の主へ近付く。すると突風のような鼻息が吹いて来て思わず倒れる。鉄板の上を転がった。
何かが背中を打ち付けて体は止まる。メティは涙目になって悶絶した。しかし鎖の引かれる音がしてすぐに立ち上がる。何かの装置が作動したのだ。鎖が天井の歯車を回し、その歯車が側面にかけられていた鉄板を上へと引っ張る。鉄板が退いたおかげでたくさんの窓が現れた。
そもそもこの場所は太陽などない。そのため窓に備わっているのは作動式の燭台だった。次々と火が付いて、大きな室内を炎色に染めた。
目の前にいる、お喋りのドラゴンも姿を現した。
体が固まってしまった。生まれて初めて、ここまで大きなドラゴンを見たからである。
特にメティを怖がらせたのは、大木を薙ぎ払い、岩をも貫いてしまいそうな巨大な一本角。真っ暗な中で角にぶつからなかったことが幸いだった。
驚いている場合ではないと、メティは一本角のドラゴンへ近寄る。ドラゴンの両腕と首に、巨大な鎖が巻き付けられている。これを外さないといけない。
メティは不敵な笑みを見せてから、片手を天にかざして叫んだ。
「お願いします、ウンディーネさん!!」
一本角のドラゴンはウンディーネという名を聞いて驚いたが、しばらく経っても何も起きない。一匹と一人は互いに見つめ、同時に首を傾げた。
「君、ウンディーネの憑依魔法を使えるのかい? そんなのトリティエラとアドルナしか無理だったと思うけど」
「トリティエラ……ドラゴンさん、お母様のこと知ってるの?」
「知ってるも何も友達だったさ。そういえば昔は美人だったなあ、それなのに何でずっとおばあちゃんの姿だったんだ納得できないな今でも、だって不老不死だったらどんな歳の姿にでもなれるんだから若いままでいいじゃん、そういや君は何歳なんだろう、まだまだ子供だろうけどねきっと美人になるよ、それとね白い耳が付いてるから青い服が似合うかな、イメージチェンジってやつ」
メティは話を聞く気分が最初の辺りで消えてしまった。こんなに元気だったら自分で鎖くらい外せるんじゃないかな。




