詩人と緑の弓使い
謳え叫べよ、悲しみの竜よ、オーロラよ。
何を望んで地に落ちる、何を望んで涙を流す、悲しみのオーロラよ。
踊ろう歌おう、悲しんではならない、黒き太陽のように。
簡単な詩を披露すると、村の子供達は拍手をして喜んだ。悲しんではいけない、踊らなくてはならない、と口にしながら一人の吟遊詩人を囲む。吟遊詩人は大きくて青い帽子を深く被り、楽器を背負って村を出た。
草原へやってきた。太陽が熱く、適当な木に背中を預けて座る。ブーツを脱ぎ、裸足で草の感触を味わう。そして大好きな夢の世界へ行くために、目を閉じた。
細い木陰に、人間の形をした陰が増える。
吟遊詩人は目を開けて、後ろに立っている、緑の髪をした少女に視線を送った。理由は分からないが、相手はずっと笑っていた。もしも寝ている時に起こされていたら、少女にナイフを投げていたことだろう。
「女性の詩人は初めて見た。でも村の子どもに詩をあげるなんて、安っぽいんじゃないの」
少女は歌うような口調で問いかける。吟遊詩人はその質問に答えた。
「詩はしまうものではないですよ、広げるものです」
少女はすぐに納得した。何度も頷いている。
風が吹く。少女はいきなり真面目な顔になって、得物である弓を向こうへ構えた。
構えている弓矢は真っ白で、ペガサスの真っ白な翼を吟遊詩人は思い出す。
彼女の緑色の髪、薄いピンクのシャツが風に揺れてはためく。弓を引き絞る手には矢が握られていない。彼女が片目を閉じると、引き絞る手を中心に赤い輝きが生まれて矢の形になった。火焔魔法を凝縮させて作り出された、スペシャルな矢だ。
唇を舐めて、口の端を持ち上げる。矢はもう消えていた。残された弦の震えを見てから、吟遊詩人は大空を仰ぐ。遥か高くまで放たれた赤い矢がひゅるり、地面に落ちる前に爆発し、綺麗な火花を散らした。
遠くからゆっくり近付いていた小人のモンスターが踵を返して逃げ出す。どうやら遠くに小さく見える、鉛色をした山に住んでいるらしい。
小人が一人だけ戻ってきた。草原に落としてしまっていた帽子を拾って、仲間を追っていった。
「あの小人はロンロン・レーティ。人に危害を加えるものではありません」
「んーん。違う違う、遠くに鉄板で覆われてる山があるでしょ、あそこはネオンデール唯一絶対の狩場なんだ。モンスターを溜め込んどくのが目的なの」
強くなるためにはそれより弱いものが必要。吟遊詩人は頷きながら、歌うようにそう言った。弓矢の少女は笑顔で頷いた。
吟遊詩人は古い本を取り出して、ページを開く。腰に片手を当てて立っている少女に一つの詩を贈った。
罪を見つめるのは光に、罪を裁くのは炎に身を任せ。水の流れは心の流れ、心を映すのはいかなる時でさえ自分自身。
魂あるものには絆を、魂なきものには支配を。生けるものには祝福を。
すべては風の中で起きること。
少女は困ってしまった。吟遊詩人は立ち上がり、広々と絶えることのない草原を歩き始める。後から詩人の言葉が返ってきた。
「私は詩人、あなたは心のよく通った魔法使い。いつかまた会えることを風に祈ります」
少女は首を傾げた。そろそろ陽が暮れ始め、草原も景色を一変させそうな、不安気な風が吹いている。少女は弓を背負った。緑の髪が深く輝いた。




