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星のような世界  作者: ジョバンニ
第一章  星の見えない世界は素晴らしい世界
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森と鳥と看板と

 メティは野原を歩いていたつもりだったが、気付けば木立の中へと入ってしまい、ほの暗い先を進んでいた。踊っていたマントはしおれ、白い兎の耳は垂れ下がっている。思わず枝を踏んで折ってしまうと、その音だけでメティは声を出して驚く。叫び声が木から木へと伝わり、最後は一斉に小鳥が飛び立ち空を彩る。小鳥がいなくなると静寂が戻る。メティは息をするのも忘れて歩き続けることになった。

 男が目の前に現れたのは、メティが三回目の叫び声をあげた時だった。前に立っている大木の後ろから突然に男が現れ、思わず何かのモンスターかと思ったのである。

 男は叫び声の止まった少女を、怪しい占い師を見るかのような細い目で見ていた。メティもまた、彼をまっすぐに見上げる。背が高く、旅人の服装をしていた。旅人らしくないところと言えば、その筋肉質の体と背負っている大きな剣だ。

「あなたもしかして剣士? 騎士なのね」

「ガキのくせに意外と良い目をしてるんじゃねえか。いいから俺と一緒に、この大木に隠れてろ」

 男がそう言って、大木に背中をくっつける。メティは頷き、隣で同じく背中をくっつけた。

木漏れ日が何度かぴかぴか光るのを、メティが数えてみようかなと考え始めた時だった。大木の後ろから、地面を重く踏みしめる足音がした。メティは何事かと声を出そうとしたが、隣にいた男に手で口を塞がれた。

 やがて足音は聞こえなくなる。男は息をついてから言った。

「オオトリドリだ。まさかあんなちんちくりん野郎がいるとは思わなかった」

「オオトリトリ?」

「オオトリドリだ」

「オオドリトリ?」

「オオトリドリ」

「オオドリトル?」

「わざとやってんだろ」

 メティはオオトリドリを見たことがなかった。

 兎の国の書斎でお母様に読み聞かせてもらった絵本だと、オオトリドリは真っ白な身体の上にエプロンを着て、キッチンでシチューを作っていた。つぶらな瞳で絵本の外のメティをじっと見つめていたが、次のページでは途端に怒っていた。仲間をシチューの材料にするとは、人間とは何という残酷な生き物なのだと包丁を手にして暴れていた。そこまでメティは思い出し、オオトリドリが鳥だということだけは分かった。

 メティは男に今までのことを話してみた。驚くことに男はメティが兎の国のお姫様だと知っても、平然とした顔を崩さなかった。

「どーでもいいけど、何か目的とか準備とかしてんのか」

「準備は見ての通り! 目的とかはないよ、こーやって外を歩ければそれだけで」

「……穴に潜ってな、ガキ」

 男は一人、先へと進んで行ってしまう。メティは頬を膨らませた。張り合うつもりで男と並んで一緒に歩く。男は何も言わずに口笛を吹くばかりだった。

 二人の間に会話は全くない。空模様が変わり始めたところで男はマイペースに立ち止まって、休憩を始めた。メティなど完全に無視している素振りだ。

 メティは水も持っていないため、男が水筒を懐から取り出すと羨ましそうな目で見上げていた。男はメティと目を合わせながら、容赦なく水を全て飲み干す。メティは男の足を蹴った。男が片足を上げて悶絶して、メティは嬉しそうに笑った。

 しかし、メティが笑っている間に男は急にいなくなっていた。まるで森に吸い込まれたかのようだ。メティは真顔になって辺りを見回したが、草が茂っていて薄暗く、加えて虫の鳴き声が邪魔をしてくる。二人の時では感じなかった恐怖が蘇った。

男の名前を呼ぼうとした。だが彼の名前すらまだ聞いてない。

 怒りが込み上げてきて、小石を無造作に投げる。しかし、小石は凄まじい勢いで跳ね返ってメティのおでこにぶつかる。あまりの激痛に身を反り返してピエロのように暴れた。

 それにしても、と思いメティは激痛で暴れていた体を止めた。木に当たっただけでここまで強く跳ね返ってくるわけがないのである。

 丁度良く風が吹き、木漏れ日が動いて、薄暗い中にいる存在を照らした。太陽の光を照り返しているお腹は、ふっくらとしていて真っ白だった。お腹と同化しているたたまれた翼はさらに毛が長く、ベッドよりも柔らかそうだ。

 メティは首を曲げて、倒れたまま真っ白な身体の頂上を見上げた。木立からフクロウのような首のない丸い顔が跳び出している。クチバシは小さく、唯一真っ白ではない真っ黒で大きな瞳が、じっとメティを見下ろしていた。

男が言っていたオオトリドリが目の前にいる。

 メティは、口を開けたまま理由もなくお辞儀をした。

 目の前にいる生き物も真似をしてお辞儀をした。 

 オオトリドリがいつ襲ってくるかとメティは倒れたまま石像になっていたが、真っ白な身体も羽毛すら動かない。メティは立ち上がる。絵本に出てくるオオトリドリは包丁を振り回していたが、本物のオオトリドリは穏やかだ。

 メティはオオトリドリの顔を見上げながら、男がどこに行ったか聞いてみた。するとオオトリドリは首を何度も傾げた後に、小さなクチバシでメティの近くに空いている穴を指し示した。

 綺麗な丸い穴で、大人一人は何とか入れる。茂みに隠れていて、探しても見つかりにくい場所にあった。男はこの穴の中にいるらしい。メティはオオトリドリのお腹を触りながらありがとうと言った。本物のオオトリドリは穏やかで、とても親切だ。

 メティは遠慮無く穴の中へと吸い込まれる。兎の国では地下のトンネルがたくさんあり、穴に落ちるのは慣れていた。

 オオトリドリはメティが穴の中へと消えると、羽毛で隠れていた小さな足で歩き始めた。しばらくすると、大きなバッグを背負った旅人を見つけた。オオトリドリはたたんでいた羽根を広げると、羽根の先に付いた強靭なかぎ爪だけを使って森を突き進み、まだ気付いていない旅人を後ろからつまんで呑み込んだ。

 穴には丁寧に梯子がかかっていたが、メティは使わずに穴に落ちる。途中何度も土壁を蹴ることで一番下まで無事に降り立った。土の欠片が彼女に続いて落ちた。

 メティは前を見る。二つに枝分かれしている坑道の最初のところの土壁に、かがり火がめりこんでいる。

 注意書きが書かれた看板が、かがり火に照らされていた。

 『右の道は商人の道。左の道は悪人の道。引き返す人は臆病者。考えてしまう人はもっと臆病者』

 丁寧な字で突き付けられる選択肢は、脳天を雷が走るほどにメティを動揺させた。メティは商人ではなく、悪人でもない。しかし引き返しては臆病者になってしまうのだ。そして時間をかけて考えてしまえば、もっと臆病な人間になってしまうのだろう。

 薄闇の中で、かがり火に照らされた顔でメティは不敵に笑った。ずっと昔から悪人になりたかった想いが、沸騰して出てくる泡のように蘇る。動く足がどうして動いているのか分からないように、メティが鼓動を高ぶらせると動き出すしかない。マントを揺らして、悪人の道である左の方へと足を進めた。かがり火は決して燃え尽きずにそこに在り続ける。

 行き止まりになるまで時間はかからなかった。再び綺麗な丸い穴がぽっかりと空いている。メティは震える体を強引にその穴へ通した。

 体は無音の空間へ真っ逆さまに落ち――メティが声をあげる暇はない――今度は風にお尻を持ち上げられ、上へと浮上する。次は右、左と曲がり、無重力をメティは流れる。

 光が見えた。瞬間に跳び出され、焼ける視界の奥では太陽も青空もなかった。

 巨大な薄暗い空間だった。宙を漂っていた両足が、沼に似た、湿っている地面をゆっくりと踏みつけた。後ろを振り返ると、飛び出してきた穴から小さな竜巻が音を出して回っていた。思わず後ろへ身を引く。すると誰かにぶつかった。

 男が、森で会った時と同じ落ち着いた風貌で彼女の後ろに立っていた。

 メティは男を指差して笑った。どうしていなくなったのか聞くと、男は怒る。

「俺はいなくなったんじゃねえ、てめえに蹴られて落とされたんだよ!」

「てめえじゃない私の名前はメティだよ、水くれなかったおじさん!」

「じゃあメティちゃん、俺の名前はシトラスだ。水はそもそも持ってねえお前が悪いし、おじさんと言われるほど歳取ってねえ! 名前を覚えたらさっさと家に帰れガキ!」

 薄暗い空間に、二人の言い合いが何度も反響した。


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