〈6〉
支配とか言われたけど、結局それは「一生手もとに置きますが何か?」的な意味だと説明を受けてわかった。いや、クロさんはそんな風には言わないひと――竜だけども、とっつきやすく要約してみた。逆効果か。実際はこんな感じ。
「そういう由ゆえ、そなたには命尽き果てるまで我が翼のもとにて暮らしてもらうぞ」
「はあ……」
「覚悟はよいな」
「かくご……って言われても……」
急展開すぎた。てか、今までは帰れる宛とかあったんだ?
「否。そなたを元の世界に帰すことはできぬ。ただ、ヒトの群れにはかえしてやれるやも、と」
それって、この世界のニンゲンのひとたちのとこに、ってことだよね? 天敵らしきドラゴンさんと一緒にニンゲンのとこになんて行って大丈夫なんだろうか。
「う、む……。ヒトが異世界人をどのように扱っておるかはわからぬ。魔術師になった異世界人と戦ったことはあるが。あれはなかなか強烈であった。小さいのに強かったぞ」
……で、いまクロさんがご無事ってことは、その戦いの勝敗は聞くまでもないデスよね。
「無論よ。まあ、向こうも死んではおらぬ。天寿を全うしたのではないかのう」
てんじゅ。まんじゅひゃくじゅ的なお酒でも呑みたいわ。もう。
……二度と呑めないんですよねー。そうよねー。
ドラゴンなクロさんがくれる食べ物って言えば、当然ながら、木の実・果物・お魚・葉っぱ(野菜?)なので。そこいらへンは非常に不自由。調理道具はないから、調理方法は「焼く」の一択。葉っぱに包んでの蒸し焼きもそれに含まれる。
正直、飽きる。
でも空腹を抱えて自力で採取してくるのは無理だ。絶対に。だから贅沢は言えない。
っていうか、そんなことより、深刻な問題があるわけで。
二度とほかの誰にも逢えない、っていう現実がね。
元の世界の家族にも友だちにも親戚にも……全員に逢えないっていう。
ふと思い出す度、悪い夢だったなんてオチが欲しいとか、いっそ死んでしまえば魂で千里万里を駆けて逢いに戻れるかもとか、ろくでもないことを考えてしまって鬱になる。ヤル気が失われる。たまには気落ちしすぎて寝込んでしまう。
あーあ。
帰れないんだろうな、って気はしてた。誰かに喚ばれたとか、どこかを通ってきたとか、そういう道筋みたいなものが何にもなかったから。
手がかりはゼロ。
最初っから、帰れるかもって希望を抱く余地もなかったけどさ。
――ん? あ、でも。
クロさんには無理でも、ニンゲンのひとなら、チチンプイプイで帰してくれたりしないかな。人間の魔術師だったら。
「確かに我はヒトの魔術のことは知らぬ。互いに知恵を交わしあう仲でも無し」
そっか。クロさんが尋ねることは無理で、わたしは恐らく言葉が通じない。前途多難か。
「そなたが異世界の者であるのは奴らにもわかろう。我らにも、魔物にもわかる。魔術師となった者がおるからには、おかしな待遇ではなかろうな」
それって、むかしむかーしの話だよね?
「うむ。我が対峙した折りは。しかしながら、つい六巡り前にも異世界人の魔術師と戦った話を赤の者から聞いた。だから世情にさしたる差は無きものと思う。しかし――」
と、急にクロさんの聲に、駄々をこねるような、拗ねるような響きがまじった。
「そなたは我に真名をおしえたのだから、そばに居る外ないぞよ」
なにその「ぞよ」かわいい。いきなり萌えた。キュンときた。
「真名を知った者の希みに反することはできぬのだから」
てことは……?
クロさんがわたしの面倒を見てくれてるのって。怪我させちゃった行き掛かり上、仕方なくではなくて。
けっこうたのしくやってた、ってことデスか? なんでまた?
もしかしてクロさんて竜としては変わり者?
「よく言われる」
そーなんだ。
「未来」
「はい」
「未来――何でもよいから、鳴いてみよ」
「クーロさぁあん」
「……うむ。もう一度」
「クーロさぁあああん。クロさん、クロさん、どーしてクロさんはそんなにおおきいの? そーれはねー。お山をもりもり食べちゃったからだよー」
「……うむ……………」
クロさんはうっとりしている。小鳥の鳴き声とか、子猫の鳴き声とか、そういうの聴いてるような気分なのかな。
「クーロさーんはー、まっくろけっけー。けっけ、けっけ、毛はないよー」
「………………」
「鱗はぴかぴか。なめらかツルツルうらやましー。宝石みたいなドラゴンよー……っ、ゲフッ」
調子に乗ってうたってたら、喉が詰まった。げふげふ。まだ調子よくないの忘れてた。
「大丈夫か。血を飲んでおくか」
だから、やたらに血を飲ませようとしてくれなくていいですから。あれ絶対効きすぎですから。