〈4〉
「若づくりではない。事実、我はまだ若い。ヒトの年恰好であればこのようになる」
さらりと受け流すような聲が響いた。ほんとかいな。
「そういえば、先ほどは何と申した。何か食べられそうなものでも思いついたか」
喉が渇いた。そう、アタマのなかで答えたら、うむとか顎ひいて頷いてた。これで若づくりじゃないとか言われても。ねえ?
「水をやろう」
謎の元でっかいひとは、黒いひとは、水を取ってきてくれた。そのための器とか、この寝場所とか、色々と道具があるのが不思議だった。準備がよすぎる。向こうだってわたしの存在を意外がっていたのに。
身を変えた、って言ってた。わざわざ変えた、ってニュアンスだった。普段はあのでっかい姿なんだろう。人間用家財道具なんて、どうやって用意したんだろう。いぶかしく思った。
あとあと聞いたら、人間の侵入者の遺品とか、人間のいる大陸に行ってきた竜の戦利品とか、そんないわくありげな逸品の数々だったそうな。
だから、なんでそんなもん集めてたんだ。謎だ。
クロさん(あとでつけたあだ名です)は、持ってきた器をなぜか一旦、寝床脇の床に置いた。かと思うといきなり左前腕からブチッと何かを千切りとった。
――うへっ。
なにあの音。痛そう。キモチ悪いな。
思わず感情を隠すのも忘れて顔をしかめてしまった。負の感情なんてぶつけたら、怒り出すかも知れないのに。この状態で怒られたら、逃げることも避けることもかなわないのに。
そこまで頭がまわっていなかった。何しろたぶん肋骨折れまくりの、他にもどこか怪我しまくりの、満身創痍的状態だったから。思考力、判断力が低下していた。
クロさんがちぎったものは、腕毛だとか皮膚だとかではなく、薄い黒色の板のような――鱗だった。透けて、掌サイズくらいの。
人間の形のときは、見た目には鱗は見えないんだけど、無くなっているわけではないらしい。どうなってるんだ。
それに、そもそも、鱗――って?
鱗のある、馬鹿でっかい、人間に変身したりできる生き物?
そんでもって、ここはたぶん、いわゆるファンタジーな世界。
…………………ドラゴンですねわかります。
わたしたちの世界で想像されてるようなものが実在する世界なのか。
少なくとも、わたしのこの姿が「ヒト」と認識されるほど、ポピュラーなものなら。似たような生態系? 世界の系列が似てる? 何かそんな感じなんではないか、とか。似ててもドラゴン? つじつまがおかしくないか、とか。恐竜だっていたし、でもあれは知能がうんぬんかんぬん。
ばーーーっと思考が走って、疲れた。
脳みそにエネルギーがもってかれるのはまずいような。
「疲れたか。また眠るがよいぞ。その前にこれを飲め」
クロさんはちぎった鱗の根本を水に浸していた。
うえ。
あれ、血とか入るんじゃ。
「左様。我の血よ。飲むとよい。傷の治りがよくなる故。薬と思え」
と例の聲で言って、水の入った器を差し出し――かけて、止めた。
「起きられぬのだったのう。よし。我が飲ませてやろう。恐ろしいかも知れぬが、さわぐでないぞ。傷に響くからの。静かにしておれ」
そうわたしに言い聞かせてから、クロさんは水を自らの口に含んで飲ませてくれた。看病のお約束なのか。そうなのか。まあ、美形で助かった。いや、逆か。どうかな。うーん。
クロさんの身体は、口も、口のなかも冷たいらしく、水はひんやりとしたままだった。味はよくわからなかったが、少なくとも血生臭くはなかった。むしろ若干、甘くて美味しかったような。喉が渇いてたからだけでなく。
淡々と作業的に、水の口移しは行われた。
向こうはわたしを意識してないし、こっちも痛みでそれどころではなかった。
「大丈夫か」
器一杯分、飲み切ったところで、そう聞かれた。視線がおなかに向けられてた。
とくに問題はなさげだった。消化不良はなさそう。
それどころか、水に含まれたクロさんの血のおかげなのか、ほんわか身体があったまってきた。さっきまで血の気が足りなくて寒かったのに。
感覚がまともになると気になるのが寝心地だ。もっとふかふかのもふもふがいいなぁ、と思った。クロさんはそれを聞き取ったらしく、小首を傾げていたが、善処しようと請け合ってくれた。