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〈3〉




次に気づいたときには、どこか薄暗い洞窟のなかにいた。ていうか、最初から洞窟にいたらしい。だから床も壁も岩だったのね。


うすぐらい――周囲がぼんやりと見える程度の暗さの場所だった。


そのときのものすごい安心感。


状況がわかるって、慣れた知覚器官での認識って、精神衛生に多大なる影響を与えるものなんだなあ。



でも、その安らぎは一瞬で吹き飛んだ。



多少はものが見えても、見知らぬ場所なのには変わらなかった。しかもまた場所移動してるっぽい。なにここ?ってびっくりして大きく息を吸い込んだだけで、飛び上がれるものなら飛び上がったくらい、脳がしびれそうなくらいの痛みを感じた。痛くて硬直したので、実際には飛び上がれはしなかった。


ぜはぜはと、そうすると胸が軋んで痛んだが、荒い呼吸をするだけ。


身を起こせず、頭も動かせず、目だけで辺りをうかがう。


天井の様子から、天然の洞窟っぽいというのは、目が覚めてすぐわかった。身体は何か敷物の上に寝かされてるようだった。あまり寝心地はよくない。後で知ったけど、枯れ葉やら枝やら何かそんなものだったらしい。一応、その上に敷布が掛けてあったけれども。身体の上にも何か掛けてあった。それはマントだと、あとでわかる。


近くでパチパチと火のはぜる音と煙のにおいがしていた。だから見えるんだ。わずかに安堵した。真っ暗闇はもういやだったし、火は人間らしさの象徴のように思えた。



「灯りはいつでも絶やさぬようにしよう」



不意に、またあの声が聞こえた。聲が。びくりと身構えて、痛みに襲われ、また酷い思いをした。



――いたいいたいいたいいたいいたい……!!



泣き喚きたいのに痛くてそれもできない。くるしい。



「すまぬ……。力加減を誤って、つい潰してしもうた」



……………………つ い ?



「あー、そのー……」


カシカシと頭をかく音がした。


「ヒトは面倒だなあ。思念をたぐれば聲が聴こえる。面倒だ……」


「……ひどい。…………ひどい……」



喉が乾燥しきってて、身体が痛くって呼吸がうまくできなくて、かすれた囁きしか出なかった。


はあ、と近くから溜め息が聴こえた。


ためいき。


ふつうの人間の溜め息に聞こえた。



「ああ、泣くな。鳴くな。すまなかった。そなたのその声が愛らしゅうて、ついじゃれついてしもうて……」



アタマのなかに直接響く聲だから、鳴くと泣くの違いなどニュアンスが正確に伝わる。


考えてみれば、すでにこの時からヒントはあった。ひとの声を、鳴き声って言ってたんだから。最初っからずっと、彼はわたしを小鳥か何かみたいに見ていたのだ。


この時点で、ペット扱いだなー、と思ってもよかったのだが、「つい」で重傷を負わせられたことへの憤りで目がくらんでいた。まあべつに、そう思ったからって、その後の何が変わったわけでもないんだけどね。少しは飼い主に媚びてサービスして、気分よくさせてあげられたかも、くらいか。



「すまん、すまん。きちんと治るまで面倒を見る。だから許せ。――そうだ。何か食べたいものはあるか。とってきてやるぞ」



身体が痛すぎて食欲なんかあるわけなかった。大体、食べて大丈夫なのか、内臓が無事なのかもアヤシイくらいだった。



「う……む……。それはそうか……」


「のど……かわいた……」



ほかん、とした間。


……無視?


と思ったら、慌てた雰囲気の聲が言い訳してきた。



「無視などしとらん。ちょっと聞き惚れておって……、ああ。うむ。我にはそなたの鳴き声はわからぬのだ、ヒトよ」


「そう……」


「ほぅ……、ほんに愛らしき声だのう。ヒトの声がこれほど耳に快いとは思わなんだ。その昔に遭遇したヒトはもっと低くうるさく鳴いておってな。あれはいかん。オスだったからかのう。メスの鳴き声は愛らしいのか、ヒトは」



それはどうだろう、と正直思った。ヒトの声には幅がある。誰の声でも心地好いかどうかはわからない。



「そうか。ならば、そなたは貴重かも知れないのだな」



思いがけず、保身できた、のか。逆かも。貴重――珍しいから売り飛ばす、とかさ。



「否。売り飛ばすなど。そなたは我が翼下にて愛でようぞ」



……愛でられたら困る。痛い。死ぬ。



「おう、おう。わかっておる。だからこうして身を変えた。そなたの世話をしくじらぬよう、ちゃんと考えておるのだぞ」



なんだか。急に猫なで声を出されても。自分を潰し殺しかけたひとに。不気味。こわい。



「チチチチチ………」



突然、近くで声がした。声だ。アタマに響く聲じゃない。綺麗な、ものすごく透った声が、鳥のような囀りを謳った。



「え……」


「そう、怖がるでない。よしよし」



言葉はアタマに直接届く聲の方で。


ぱさり、と衣擦れの音がして。


すぐ脇に誰かがいた。あのでっかい気配じゃなく。誰か。



「ヒューイッ」



短く鳴いて謳って、その誰かは横たわったままのわたしの顔をのぞき込んできた。


パサ、パサアッと、長い長い髪が落ちかかってくる。思わず目をすがめた。髪が顔にあたる。


細目で、ゆっくりとかがみこんでくる顔を見つめた。じいっと。


そして、吹いた。


―――――――――痛い。


笑ってる場合ではなかった。



「……また面妖な鳴き声を。面白いのう、そなた」



と心の聲で感想を告げる人影は。


そう、ヒトの姿をした、元でっかいひとは。


真っ黒な石を切り出して磨き上げたような姿のヒトガタだった。ヒトらしき姿だった。めちゃくちゃ美形の。若い男の。



――なにこの若づくり。



そりゃあもう吹き出しもする。




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