〈2〉
岩壁のドン詰まりの一番端っこにへなへなと座り込んだ。
じっとしてれば見つからずに済むか?
まず無理なような気がした。隠れるものかげもないこの場所で、わたしが居ることに気づかないはずがない、と思った。
足音はどんどん近づいてくる。テンポはゆっくりだけど、大きいのだろう。歩幅があるから、速い。
かなり近くなっても光は見えない。灯りは携行していなかった。この暗闇でも見えるのか、視覚以外の感覚が利いて動けるのか。道をよく知ってて暗くても困らないのか。
ドシンッ!
凄まじい振動が間近で止まった。へたりこんでたおしりが浮いた。多少は離れてるけど、あの音。この振動。さぞや大きなモノに違いない。数メートル程度の距離なんてないものと思うべき。
フシューッと息を吐く音が聞こえて突風が起きる。ひっと悲鳴をあげそうになった。何とかこらえたけど。
――イキモノ、イキモノだ、イキモノ!! 生き物!! ナマモノじゃなくて!!
もともと、とっくに総毛だっていたのが、さらに髪の毛まで全部逆立ちしそうな感覚だった。
――こんなでっかい生き物とか!! あ、あ、あ、あり得ないーーー!!!!!
ブワッとまた突風。真っ暗闇で何か大きなものが動く気配。風が自分に向かっている。
――――――――――――気づかれた……!!
フウン、と巨大なイキモノが鼻を鳴らした。またまた突風。
「かような処で何をしておる」
頭のなかに声が響いた。直接、頭のなかに。言葉の壁も飛び越えて。
「ヒトか……、我が食物をかすめ盗りにきおったか」
声、なんだけど、声じゃない。耳は何も聞いてない。ただ問い掛けが頭に浮かぶ。
「どうした。盗人よ。このような奥深くまでやってくる度胸があって、今さらだんまりはなかろう。……はて。我の姿を目の当たりして恐ろしゅうなったか。さしも、胆力がもたぬか」
も――もたぬに決まってるわ!! ナニソレ当たり前でしょ!!
アタマのなかで叫んでいた。
いきなりこんな真っ暗闇で!!なんかでっかいのが来たと思ったらアタマのなかに語りかけてくるとか!!いいいいみわかんないわかんないわかんない……なにこれいったいここどこなの!?このひとなに!?なになになんなの何が起きてるの!?
「ああ、もう」
うるさそうに言われた。
「わめくな、ヒトめ。やかましくてかなわん」
ひっ、と今度こそ悲鳴をもらした。フゥン、と鼻息がかかる。
――ううううるさかったうるさかったうるさかった!?ころされる!?ころされるころされちゃうたべられちゃう!?
フウーと今度はながーい吐息。
「そなたぽっちり喰ろうたところで。豆ひとつ、つまむようなものぞ。食い手がなさすぎるわい」
けなされたきがする。でもいい。食べないでくれるなら何でもいい。
「……ふむ。盗人ではなさそうだが、だとしたら何故こんなところにおるのだ。我が食事場に潜り込んで何をしていた。ヒトが我らの領土を侵すは稀なことぞ。敢えてと挑むならば石を狙うてのこととしか思えぬ」
いし? え……、この壁?
「そうだ。我が食物だ」
……しょくもつ……、石、食べるんだ……。
「なんだその反応は。失礼だのう。生きとし生けるもの総てを食らうそなたらの方が余程に奇妙珍妙であろう」
ん? この世界じゃ、ヒトみたいな生態の生き物は珍しいの?
と考えて。
ガン、と頭を殴られたような気がした。
あ……ああ、ああ、あああああああ!! そうだ、そうだよ、この「世界」だよ!! どう考えても「世界」がちがう、そうだよ、そうなんだよ!! こんな生き物わたしの世界にはいなかったよ絶対!!
「ほう。ほうほうほう……なるほど。あいわかった。そなた、異世界人か。道理で強い魔力を駄々漏れさせておるわけだ。気配どころか魔力を垂れ流しとは間抜けな盗人もおるものだと思うたら、のう……」
また失敬なことを言われてる気が……どうでもいいけど。
「いせかいじん?」
「おや。鳴きおるの。残念ながら、そなたの鳴き声は我にはわからぬぞ、ヒトよ。だが……」
暗闇のなか、ブオッと気圧の変化みたいなものを感じた。なにか馬鹿でっかいものが動いて近づいてくる。
ドン!
それが身体にぶつかって、わたしは気絶した。たしか、たぶん、ものすごく痛かったと思う。
後で聞いた話では、鼻先でちょいと突つくだけのつもりが加減を誤って、わたしを岩壁に向かって突き飛ばしてしまった、らしい。しかも軽くオシツブシタそうだ。
……加減、間違いすぎだろ。
おかげであばら骨がいっぱい折れて死にかけた。背骨や首をやられなかったのは奇跡だと思う。